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2. 最初の友達(さいしょのともだち)

廃墟の上に、夕陽が長く影を落としていた。

崩れた壁の向こうでは、魔力の残り香がまだ空気の中を漂っている。


冒険者が五人、慎重にそこを横切った。

先頭の女剣士が手を上げ、全員を止める。


「……気配がある。生きてるのは間違いない」


その一言で一行は一気に緊張し、それぞれ武器を抜いた。

南の廃広場――そこから、かすかな金属の擦れる音が聞こえた。


「……あそこだ」

「動いてる」


ひとりが廃墟の屋上へ上がり、魔力透視石を取り出す。

青い魔力の宿る珠の中に、“それ”が映った。


白い全身甲冑。

広場の真ん中に、静かに立つシルエット。


「……なんだ、あれ。騎士か?」

「いや、雰囲気が違う。魔物だったら厄介だぞ」


その瞬間、

廃墟の反対側――影の中で、別の気配が立ち上がった。


黒いローブの連中が姿を現す。

虚ろな目。手には呪文書と魔法球。


「あっ、教団の連中だ」

「黒太陽教団め……この辺りで動いてるって噂、本当だったか」


教団はオルタを囲むように散り、

冒険者たちは目つきを鋭くする。


「……あの鎧。まさか、噂の“殺人鎧”か?」

「たぶん……確実に処理しないと」


言い終える前に、

教団側から魔法陣がひとつ、立ち上がった。


両陣営が同時に、武器へ手をかける。


先制は教団だった。


黒いローブがめくれ上がるほど魔力が爆ぜ、

赤い稲妻が冒険者たちの陣形へ降り注ぐ。


「散開!」


女剣士の叫びと同時に、

冒険者たちは素早く散った。


魔法陣が落ちた地点で衝撃波が弾ける。

砂塵が舞い、瓦礫が四方へ跳ね上がった。


二人の戦士が前へ食い込み、

後衛の弓手が魔法の宿る矢を立て続けに放つ。


「光の干渉――透視を解除しろ!」


教団の張った視界歪曲の結界が揺らいだ。

光が裂けるように、内側の構造が露わになる。


女剣士は隙を逃さず、

剣を振るって司祭のひとりを斬り伏せた。


血飛沫が散る。

すると教団の司祭たちが一斉に叫んだ。


「オルタを守れ!」

「魔導陣、起動!」


瞬く間に、オルタの周囲へ防御の魔法陣が幾重にも重なる。

だが冒険者は退かない。


「鎧の中に何がいるかは知らないが……

あれは間違いなく危険な存在だ」


ひとりが短剣を抜き、

魔法を乗せて投げつけた。


ドンッ!!


防御膜の一部が裂け、

中に立つ白い鎧の姿がはっきり露わになる。


――しかし、白い鎧は動かない。

虚空を見つめたまま、一歩も踏み出さなかった。


「左だ! 気をつけろ!」

「走れ!」


続く攻防の中、冒険者側も次々と傷を負う。


剣士は右腕を失い、

魔法使いは炎に巻かれて全身を焦がした。


「……くそっ」


残った二人は歯を食いしばり、

教団の中核となる司祭へ突撃する。


剣と魔法と矢が重なり、

激しい肉弾戦が起きた。


時間が経つにつれ、教団側の人数も

ひとり、またひとりと倒れていく。


血の匂い。魔力の振動。

瓦礫の転がる廃墟の上に、

冷え切った静寂が降りた。


そして――

ただ一つの存在だけが、その場に残った。


そのとき、

オルタのうなじに取り付けられた制御魔導具が

勝手に反応し始めた。


機械的な振動音。

赤い魔力が微細に震え、

制御刻印がゆっくりと光り出す。


やがて、彼の意識へ

命令が流れ込んだ。


生命反応を排除せよ。

魔力を回収せよ。

戦場を整理せよ。


オルタの頭が、わずかに揺れる。

魔導具が作り出した人工の声が

脳内で繰り返された。


抗おうとした。

だが――遅かった。


鎧が低く震え、魔力を引き上げる。

背の刻印が青く揺らめき、

彼は……動いた。


最初の標的は、近くで倒れていた教団の司祭。

重傷で動けずにいたが、


致命的だったのは、

彼の“味方識別用魔導具”が破損していたことだ。


戦闘の衝撃で砕けた装置。

今、黒太陽教団の司祭長はオルタにとって“味方”として認識されない。


その結果、

オルタは彼を障害物と判断した。


ためらいなく腕を上げる。

一条の閃光が司祭を貫いた。


「……オ、オルタ……止まれ!」


血に塗れた顔で手を伸ばしても、

その絶叫は虚空を彷徨うだけで、

意味は届かない。


次は――冒険者側だった。


傷を負った弓手が、ようやく息を整えながら顔を上げる。


「お前……いったい、何なんだ……!」


返事はない。


オルタの指先が彼へ向いた。

魔力がうねり、

一瞬で弓手の胸が裂けた。


広場が、さらに赤く染まる。


オルタは

動くものを一つずつ消していった。


教団も、冒険者も。

敵も、味方もなかった。


壊れた制御魔導具は

もはやピアを識別できない。


彼は今、

命令だけを基準に動く――殺戮の機械だった。


「……もう、やめたい」


ヘルムの内側から漏れる、

小さく震える子どもの声。


だがその声を理解する者は、

もう誰も残っていなかった。


戦場は、

やがて静まり返った。


残滓の魔力。

血に汚れた街路。


そこに立つのは、オルタだけ。


彼は静かに、

ゆっくりと、自分の腕を見下ろした。


血に濡れた手甲。

こびりついた肉片。


呼吸が震えた。



燃える灰の中、

彼はゆっくりと廃墟を歩き出した。


周囲に、誰もいない。


折れた武器、

砕けた魔法陣の痕、

黒赤い血の筋が道を汚している。


オルタはゆっくり、

壊れた魔導具を見た。


首の後ろの抑制具は片側が割れ、

制御刻印は不規則に点滅していた。


手を上げ、

自分の鎧を見た。


血の固まった白い手甲。

乾いた黒い血の筋。


静かに、

ゆっくりと動く。


ガタン。


まずヘルムが地面に落ちた。

続いて肩、腕、胸当て、脚の装備まで。

重い金属の部品が一つ、また一つ、

鉄の音を立てて外れていく。


まるで、自分自身を削ぎ落とすように。


その隙間から現れたのは、

あまりに小さく、か弱い子どもの身体だった。


焦点の合わない灰色の瞳。

光を受ければ銀にきらめく髪。

乾いた唇の上に、

言葉にならない感情が静かに乗っている。


そして首には、

まだ制御の魔導具が刺さったまま。


白い肌の上、

青く刻まれた命令の残滓。


作動は止まっている。

だがそれは、自由ではないという証拠だった。


オルタは、

そのまま静かに廃墟を歩いた。


どこへ向かうのかも、

なぜ歩くのかも分からないまま。


数日が過ぎた。


人のいない村、

崩れた野、

死だけが残る土地を越え、

彼は彷徨った。


そしてある日、

小さな尾根の下、

静かな村に辿り着く。


家々は空で、

扉だけが風に揺れていた。


そのとき――


丘の上。

岩に腰掛けた少女が一人、

こちらを見ていた。


風にふわりと揺れる、茶色の短い髪。

静かな表情のまま、

少女はゆっくり立ち上がる。


「……え?」


少女は首を傾げ、

鞄を抱え直して慎重に立った。


陽が髪に触れると、

茶色の短髪が金色みたいにきらめいた。


彼が近づく前に、

少女のほうが先に手を振った。


「こんにちは! どの村から来たの?」


オルタは答えない。

ただ静かに、彼女を見るだけ。


おかしかった。


これまで自分を見た者は、

逃げるか、叫ぶか、倒れた。


けれどこの少女は、

逃げなかった。


近づいてきた彼女が笑って言う。


「私はルアール。ねえ、あなたは名前ある?」


しばし、沈黙。


やがてオルタは、

ゆっくりと頷いた。


「……オルタ」


少女は何かすごいものを聞いたみたいに、

大きく頷く。


「オルタ? 名前……かっこいい!」


彼は、初めて疑問を抱いた。


どうして――

この子は、俺を見ても笑えるんだ?


その日から、

二人は一緒に過ごした。


たった三日。

けれどオルタにとっては、

何もかもが見慣れず、不思議な時間だった。


――


一日目。


ルアールはオルタの手を引き、

近くの川辺へ連れていった。


澄んだ水辺で、

小さな動物たちが跳ね回る景色を見せて言う。


「これ、水うさぎ。臆病だけど可愛いんだよ」


少女は笑い、

オルタは初めて

“眺める命”という概念を知った。


捕まえるものでも、消すものでもない。

ただ、そこにいる生き物。


二日目。


野の真ん中、草の上に寝転んで

一緒に空を見た。


ルアールが言う。


「雲って、いつも動くでしょ。人の心と似てるんだって。

軽くて、流れて……たまには泣いたりもするの」


オルタは何も言わなかった。

けれどその言葉を、心の奥に刻んだ。


空を見るって、

こんなに静かで、楽なことだったのか。


三日目。


廃墟に近い丘の上で、

小さな花を見つけた。


ルアールはそっとそれを摘み、

オルタの髪に挿した。


戸惑うオルタに向かって、

彼女は屈託なく言う。


「オルタ、私たち友だちでしょ!」


その言葉は、

名前を呼ばれた次に、

彼が受け取った二つ目の温かい言葉だった。


彼は知らなかった。


その時間が、どれほど大切だったのか。

そして――どれほど短い平和だったのかを。



それから三日後の午後。


曇った空の下、

森の向こうから

見知らぬ気配が聞こえた。


オルタは

池のほとりでルアールと座っていたが、

静かに顔を上げる。


風向きが変わった。


湿地の向こう。

黒いローブの者たちが

無表情のまま近づいてくる。


オルタの首の後ろの刻印が反応した。


ゆっくり立ち上がったオルタの背後で、

足音がどんどん近づく。


ルアールが振り向く。


「え、誰……? 知り合い?」


何も知らない声。

だがオルタの瞳が、わずかに揺れた。


彼は低く呟く。


「……逃げろ」


しかしルアールは、

首を傾げるだけだった。


オルタは足を動かそうとした。

だが、遅い。


首の後ろの刻印が強く光る。

抑制具が作動し、

強制命令が脳へ流れ込んだ。


オルタの指先から

青い魔力が流れ落ちる。


抗おうとした。

だが――身体が止まらない。


彼を操る仕組みが、

すでに命令を実行していた。


ルアールが

何かおかしいとでも言いたげに、静かに聞く。


「……オルタ?」


少女は

オルタから離れなければならない存在だった。


けれど彼女は、

逆に近づいて、目の前に立つ。


笑って言った。


「どうしたの? オルタ……大丈夫だよね?」


その瞬間、

時間が止まったように感じた。


けれど、

命令は止まらない。


オルタの指先が、

とてもゆっくり持ち上がる。


空気が揺らぎ、

見えない力が

彼女へ届いていく。


風もないのに、

スカートの裾がふわりと揺れた。


まるで世界でいちばん慎重な手つきが、

彼女を持ち上げるみたいに。


だがそれは、

温もりではなかった。


プツン。


何かが断ち切れる音。

ルアールの身体が宙で小さく揺れ、

ゆっくり……力なく

地へ落ちた。


オルタは呆然と、

手に付いた血を見つめた。


続けて、

短かった三日間の記憶が駆け抜ける。


最初に聞いた名前。

最初に交わした挨拶。

一緒に笑った話。

並んで見た空。


そして、彼女の言葉。


「オルタ、私たち友だちでしょ!」


「……初めてだった。

誰かが俺の名前を

温かく呼んでくれたのは」


胸のどこかで、

初めての感情が顔を上げた。


それが何なのか、名前は知らない。


ただ一つ――

それが痛みだということだけは、はっきり分かった。


沈黙が落ちた。


残滓も、指示も、

今この瞬間には何の意味もない。


オルタはその場に、

動けず立ち尽くしていた。


指先にはまだ

微かな魔力が残り、


目の前には、

すでに息の止まったルアールがいた。


避けられたかもしれない命令。

止められたかもしれない反応。


でも彼は、

止められなかった。


「……俺は……」


初めて感じた、

初めて突きつけられた感情。


温かかった時間が、

静かに崩れていく。


名前を呼ばれた瞬間。

花を髪に挿された指先。

“平気だよ”と笑った顔。


そのすべてが、

自分の手で

壊れた。


「……初めてだったのに」


その言葉は、

誰かへの嘆きじゃない。


ただ自分に、

問いかけるような独り言。


「どうして……俺が……こんなことを……」


廃墟と死の上で、

オルタは立っていた。


破壊の道具として作られた自分を、

初めて――否定した。


それは反抗ではなく、

自覚だった。


いつからか、

彼は“誰かの意志”ではなく

“自分の感情”を感じ始めていた。


「……もう二度と、こんなことはしたくない」

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