いにしえの恋ガチャ
「めんどくさいんだよね、恋のきっかけ作りがさあ」
お盆休みに実家へ帰省中、小学校からの親友である陽人と、近所のファミレスでダラダラと話していた。
俺の話などまるで無視しているかのように、ドリンクバーのコーラを飲み続ける陽人。
「気に入った子がいても、どうやって恋に発展させるかがもうめんどくさくて、一層のことハプニング系であれよあれよという間に発展するのが理想なんだよ」
なおも飲み続ける陽人。
「聞いてる?お前糖尿病になるぞ」
それでもなお無言のままコーラをすすり続ける。
それからどれほどおかわりしただろうか。陽人がやっと話し始めた。
「そういった恋のきっかけを与えてくれる何かが欲しいってことだろ?」
「そうそう、そういったものってどこかにないかな?」
すると、陽人は何かを思案しながら、グラスに入っていたコーラを一気に飲み干すと、
「…一年分」
「はっ?」
「だから、ここのドリンクバー代一年分、払ってくれたら協力してやるよ」
それから数日が経ち、お盆休みが明けるとともに自宅のある都内のアパートへ帰ってきたところ、玄関の前に直径20センチほどの小包が置いてあった。
宛名は「神」とだけ書いてあったので、俺はすぐにピンときた。
――さては陽人、早速何か送ってきたんだな
陽人は俺の友人の中でダントツに頭が切れる男だが、陽人自身が自分のことを「神の化身」とか言うくらい自信過剰な男なので、アイツがからかってそう書いたのだろう。
部屋に入り、早速包みを取ると、中から桐箱が出てきた。桐箱の蓋にはこう記してあった。
「恋ガチャ」
――恋ガチャって?
俺は訝しげな表情のまま桐箱の紐をほどき、蓋を開けた瞬間、今度は不快な表情に満ちあふれた。
「くっさ!!」
長年どこかに保管されてあったのか、カビ臭いものが鼻につき、危うく胃袋に入っている夕飯のカレーを吐き出しそうになった。
中身を見てみて、次は困惑な表情になる。
――ガチャガチャ?
全体が古く苔むした小型の自動販売機らしきものが入っていた。
壮絶な異臭に顔をしかめながら桐箱から取り出し、テーブルに置いてみた。
――何でこんなもん送ってきたんだアイツ…
陽人に騙されているように思ったが、とりあえず半信半疑で、そのガチャガチャのダイヤルをゆっくり回してみた。
ギギギギギ…
という嫌な音とともに、カプセルが出てきた。
その瞬間、桐箱を開けた時以上の悪臭に俺は咄嗟に走り出して、ベランダの窓のドアを開け放った。
クローゼットに閉まってあった軍手をつけて、鼻にティッシュを詰めながらその臭いカプセルを開いたところ、中からおみくじのような紙が入っていた。
開いて読んでみると、こう書かれてあった。
20XX年8月23日午後2時
白に赤の水玉模様が入った傘を差しながら東京駅から皇居へと続く道を歩け。雷現れ恋始まる。
妙に具体的な内容に思わず苦笑したが、改めてこの古ぼけた機械を見ると、とても重厚で威厳があり、本当に神さまが宿っているのではないかという雰囲気を醸し出していた。
ある日の昼下がり。
俺はわざわざデパートで買ってきた白に赤い水玉模様がアクセントの傘を差しながら、猛暑の中、皇居まで歩いてきた。
あの「お告げ」のとおりにしたものの、買いたくもない傘を買って指定された時間に指定された場所へやってきた俺はだんだんめんどくさくなってきた。
――バカバカしい。帰ろう
皇居近くまで来てからクルリと振り返り、東京駅まで戻ろうとした時、
ゴロゴロゴロ…
傘を差していたから気づかなかったが、いつの間にか空模様が怪しくなっていた。
ほどなくしてゲリラ豪雨となり、近くにいた人々は蜘蛛の子を散らすように屋根がある方へ逃げ出した。
俺は傘を差していたのでゆるりと歩いていたのだが、前方には一人の女性がずぶ濡れになりながらよろよろと歩いていた。
――あの人、あんなにずぶ濡れに
俺は駆け出してその女性に追いつき、スッと傘を差しだした。
「もしよろしければこの傘、入ります?」
すると、急に声を掛けられてぼんやりしていた女性の表情がみるみると変わり、そして、
「もしかして、八雲さん?」
「えっ?」
「私のこと、覚えていますか?梨花です!あの、陽人の妹の!」
「梨花ちゃん?」
「はい!」
そう言うと、梨花と名乗った女性は頬を赤らめて下に俯いた。
梨花の服装はこのゲリラ豪雨によって下着が見えるくらいずぶ濡れになっており、俺は目のやり場に困った。
「梨花ちゃん、どうして東京へ?」
「去年から都内の大学に通っているんです」
「そうだったのか、全然知らなかった」
梨花は兄の陽人と十歳違いの妹で、今年で二十歳。
俺が都内の大学へ進学して実家を離れるときに、陽人と見送りに来てくれた時はまだ小学三年生だった。
それ以降一度も会っていなかったので約十年ぶり再会だが、それにしても…こんなに可愛くなっているとは…。
モデルでもアイドルでもどちらでも売れそうなビジュアル。そして、どんな人からも愛されそうなあどけない顔。これまで接してきた女の子たちの中で、トップクラス、いや、歴代トップだ。
「八雲さん、あの!」
俯いていた梨花ちゃんがキッと俺の顔を見据えた。真剣な眼差しに変わっている。
「突然のこと言ってスミマセンが…昔から好きでした!」
雷鳴が激しく轟いている。
「八雲さんがワタシの初恋の人なんです。小さい頃からこの気持ちを秘めていました。将来、八雲さんのお嫁さんになることがワタシの夢でした。だからこれまでキレイになろうとメイクの腕を磨いたり縁結びの神社でお百度参りしたりそれ以外にもいろいろと努力してきたら、大勢の男子から告白されたりファンクラブが出来たり道ばたでナンパされたりでモテることが日常茶飯事でしたが、この初恋を裏切りたくなくて…ワタシの強い想いがきっと「恋の神さま」に届いてこんな運命的な再会ができたんだと思いました」
ゲリラ豪雨のような急転直下な展開に俺は唖然としていた。
そして、梨花がグッと力を込めて最後のセリフを吐き出した。
「ワタシの気持ち、受け止めてくれませんか?」
八雲からLINEで長々と今回の出来事の顛末が送られてきたが、陽人はそれには返信せず、別の誰かにLINEを送った。
(ごめん、あの話は無しで。別の男紹介するからさ、めんごめんご。)
送信ボタンを押すと、手元に残っていたコーラを飲み干し、八雲から送られてきたLINEの文面を改めて読み返した。
――八雲のやつ、何言っているんだ?そんなガチャガチャ、作れるわけないじゃん。神さまじゃあるまいし




