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三題噺もどき4

独白‐9

作者: 狐彪

三題噺もどき―ななひゃくはちじゅう。

 




 玄関を開けると、冷たい風が入り込んできた。

 もうすっかりと冬仕様になったこの空気は、あの人にはあまりにも冷たい。

 これから先に訪れるような、刺すような痛みこそないものの、体を撫でていくその風は記憶を逆なでするのに適しすぎている。

「……」

 空に浮かぶのは、端が三日月の形に欠けた、満月とも言えない中途半端な月。

 星は所々で輝き、人間の作り出した星座を描いている。

 それらは、時折雲で隠れては、消えている。

「……、」

 足元に違和感があったので、軽く整える。

 あの人が、寒くなったからなぁと、意気揚々に取り出していたブーツを履いていた。

 身長差が多少あるので、足のサイズももちろん違う。おかげで、少しつま先の方が窮屈だが、まぁ、何も問題はないだろう。

 ―話に、行くだけだから。

「……」

 道中、何かに絡まれても面倒なので、あの人の箪笥から、適当に引っ張り出してきた、パーカーのフードを頭にかぶる。あの人自身がオーバーサイズのものを着ているので、丁度いいくらいのサイズになる。

「……」

 指先に、冷たい感触が触れる。

 あの人と―ご主人と、揃いの、小さなピアスだ。

 ちょっとした約束を兼ねて、お互いにひとつずつ。

「……」

 そのご主人は、今は眠っている。

 誰かさんによる精神的ストレスと、それによって起こされたここ数日の不眠のおかげで、眠れていなかったのだ。

 少し、眠りが深くなるようにちょっとした細工はしたのだが……玄関の音でも起きないくらいには熟睡してくれている。

 ―らしくもなく、自傷じみたことまでしていたあの日は、正直肝を冷やした。

 指先だけで済んだからよかったものの。

「……」

 これ以上。

 看過は出来ない。

「……」

 時計台からあの人を連れ出して。

 点々としながら、逃げ回っているさなか。

 いまの見目とさして変わらないくらいに成長していたあの日。

 ―アレと、すれ違ったのだ。

「……」

 生憎、時計台から逃げしだした時点で、吸血鬼のコミュニティのようなものからは抜けていたので、アレが、どうゆう性格でどういう性質を持っているのか、知らなかった。

 けれど、このまま生き続けていく中で、多少でも同種の知り合いというのは必要にはなるだろうと、接触してきたアレを受け入れたのだ。

 目的と、下心があったことに気づかずに。

「……」

 二人で話がしたいと、ご主人とアレが連れたって出かけた夜。アレの、屋敷に招かれていったあの日。

 まぁ、あまり邪魔をしてもいけないだろうと、見送ったのだ。

 守ると決めたくせに。

「……」

 帰ってきたあの人を見たとき、血が沸騰するような思いをした。

 ―そのまま、気づけば、アレの屋敷を、アレの持っていたコレクションを、全て破壊していた。もとより美しいモノを好みとするアレにとって、蝙蝠である自分は忌避の対象に入っているのだろう。あの時のアレの顔と言ったら、まぁなかなかに面白いものだった。

「……」

 あの頃はそれなりに全盛期のようなものではあったし、自分自身若かったのだ。

 怒りのままに体が動いたことなんてあれきりのような気がする。

 ―今日だって別に、怒りに任せて動いているのではない。

「……」

 ただ。

 ご主人を、害するものを。

「……」

『……』

 コレは、空気だけはよめるから相手がしやすいな。

『……ご主人ほったらかして、何か用かな』

「……お前こそ、用があるから来たんじゃないのか」

『……、』

 そんなに怯えるのなら、最初から手を出さなければよかったのに。

 顔が引きつっているのがよくわかる。

 いつでも逃げられるように、逃走手段に思考を巡らせているのがよくわかる。

 視線が泳ぎすぎだし、何より指先の血の気が失せすぎている。どれだけだ、コレは。

『……』

「……」

 そうまでして、あの人を手に入れたいと思ったのだろうか。

 ……まぁ、あの人自身は自覚してはいないが、それはもう誰もが手に入れたくなるくらいには至高の美しさを持っているだろう。それなのになぜかあの人は、お前の方が美しいだろうとよく言うのだ。訳が分からないな。だからこそ、愛おしい。

『……冗談のつもりだったのだけど』

「……言いたいことはそれだけか?」

 これ以上、声も聞きたくはない。

 が、こちらとしてもコレに対して、手を下すようなこともあまりしたくはない。

 温情ではなく、単に面倒だと言うだけなのだが。

 殺していいのなら、真っ先に殺したいくらいだ。

 けれどそれは、ご主人の意には反する。あの人は、同族殺しは好まない。人間に手を出したりするような奴は殺すけれど、それ以上はしないのだ。優しすぎるあの人らしいが。

『……』

「……」

 コレは、過去にはそういう経歴があるが。

 今、この時代になってから、そういう話は聞いていない。

 情報網が完璧にあるわけではないが、聞いていない以上手は出せない。

『……ほんとに冗談だよ。彼の御母上と結婚するなんて、恐れ多い事できるわけないだろう』

「……まぁ、お前は拾われて実験された側だったからな」

『……』

 生まれながらにして、醜い見目を持ったコレ。親からも他の同族からも忌避され、隠れることを得意とするようになったコレ。吸血鬼という性質上、整形なんてものはそうそう出来ない。元に戻るから。それを、どうにかできるのではないかと、あの女はコレの弱みに付け込んで実験をしたのだ。―そのことを、ご主人は知らない。

『……分かった、大人しく帰るさ』

「……その前にあの人にかけている呪いを解いていけ」

『……後で手紙でもよこす』

 そう言い残して、冬の空気に掻き消えた。

 ふむ。

 どうやらすでに本体はこの辺りにはいないようだ。

 隠れることに特化しているという事は逃げることを得意としている事とほぼ同義だ。

「……ん」

 帰ろうと踵を返した矢先、暗い影が視界を覆った。

 フードがずり落ちてきたかと思ったが、その影の正体はすぐ目の前に立っていた。

「……ご主人、おはようございます」

「……おはよう」

 どこか不機嫌そうな顔をした、ご主人が立っていた。

 どうやら着替えもせずに出てきたらしく、パジャマに上着を羽織っただけの姿だった。

 アレが居なくなった後でよかった。

「……何を、してた」

「……ちょっと話をしただけです」

 多分、直前までアレが居たことには気づいているのだろう。

 いつからご主人がここに居たのかは分からないが。

「……帰ったら説教だからな」

「ご主人がですか」

「やかましい」

 心なし、気力を取り戻したようで、何よりだ。

 この人が、この人らしくしてくれていれば、それでいい。





「……起きたらいなかったから驚いたぞ」

「寂しかったんですか」

「……そういうわけではない」

「寂しくなかったんですか」

「……そういうわけでもない、話をそらすな」

「そらしてませんよ」









 お題:ブーツ・時計台・ピアス

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