凍りついた吐息
白い吐息は、みるみる凍りついた。
そのまま喉の空気は氷に変わり、私は窒息した。
──ぶはっ!はぁ……はぁ。
喉を押さえたまましばらく固まる。
夢の残滓が、現実の空気と混ざっているようだった。
……喉の奥に、少しだけ、氷の味がした。
薄暗い早朝。
部屋の窓から、凍てついた空気が流れ込んでいる。
私は起き上がり、カーテンをゆっくりと開けた。
すると窓は、厚い霜によってパキパキと悲鳴をあげていた。
おそるおそる、それを開ける。
冷たい空気が頬を撫でる。
特に異変は見当たらない。
外はどんよりとした曇り空だ。
しかし、雲の狭間から陽の光が不気味に光っていて、息を吐くたび、自分の体温が世界に奪われていくようで、胸がざわつく。
目の端が、曇天の奥で何かの動きを捉えた気がした。
背筋が「窓を閉めろ」と身体を動かす。
すると部屋を這うようにベッドの脚が、かすかにきしんだ。
だがその音は途中で”凍った”。
耳に届く前に、音が空気に吸い取られるようだった。
部屋に音が、ない。
耳鳴りだけがひどく冴えていく。
私は恐怖にかられ、部屋を飛び出した。
はぁ、はぁ。
喉から飛び出した白い息が、宙をただよう。
ただよって……ただよい続けている。
私はゆっくりとその白に手を伸ばす。
その白い息は地面に落ち、そして割れた。
頭の中が真っ白になった。
深刻な病気の妄想が頭の中をかけめぐる。
身体が酷く冷たい。
──「冷え性ですね」
かかりつけの医者は簡単に言う。
「えっ!?息が、凍ったんですよ?」
「ええ、最近多いんですよ。重度の冷え性とでもいいましょうか。体温が高くなったとき、熱い息を吐いて体温調整するのと同じです」
私は頭をおさえた。医者は構わず続ける。
「つまり、身体が冷えたとき、吐息を凍らせることで体温調整をしているってことです。身体って、環境に正直ですから。まあ、地球もそろそろ冷えを欲していたんでしょうね。そうそう、昨日なんて、ため息が割れて鼓膜に刺さった人が来ましてね──」
私はしばし沈黙した。
しかし、深刻な病気ではないことに安堵して、無理やり自分を納得させることにした。
あの夢に見た凍死の感触が、まだ喉に残っている。
外には、道に散らばった“会話の破片”がキラキラと光ってみえた。
──それから数日が過ぎた。
外に出ると、道端の“会話の破片”はさらに増えていた。
初めて見た日よりも粒が細かい。
新しい雪のようだ。
私はそっと踏みしめてみる。
小さく、きゅ……と鳴った。
その音は、靴の裏に張り付いたまま、空気に溶けなかった。
家々の前では、人々がほうきで会話の破片を掃いていた。
朝のルーティンらしい。
「おはようございます」と声をかける人はもういない。
代わりに、軽く会釈をすると、吐息がこぼれ落ちて割れる。
それが挨拶の代わりになっていた。
私は胸の奥に違和感を覚え、そっと息を吸った。
その吸い込んだ空気が、喉の内側でかすかに凍る。
冷たさが、ゆっくりと体の中心へ沈んでくる。
まるで身体のほうが、冷えを欲しているかのように。
──地球が冷えを求めるなら、人間もまたそうなるのだろうか。
医者の言葉が、頭の奥でひびく。
でも、その現実に、思考は凍りつく。
私は歩きながら、そっと自分の白い息に触れてみた。
指先の上で小さく震えたそれは、やがて静かにひび割れ、道の上の無数の破片のひとつになった。
人々は、感染症や夏の猛暑に続いて、“息が凍る季節”の訪れを、当たり前のように受け入れていった。
まるで昔からある5つ目の季節であるかのように。




