8.招待状
4か月が過ぎた。
我ながらよく生き抜いたと思う。
部屋は少しでも居心地がよくなるよう工夫している。
持参したドレスを何枚かほどいて、カーテンやベッドカバーを仕立てたし、壊れたベッドもどうにか寝られるまでにした。
自分磨きも怠らなかった。
自分で洗濯した服や下着は、部屋に張ったロープで干している。
体や髪もこまめに洗い、肌は保湿クリームで整えた。
体力作りと食料調達を兼ねて、1日1回は裏山に登るのも日課にしている。
屋敷の書庫に忍び込み、エルテア国の法律や経済に関する書物を勝手に拝借。
知識も蓄えた。
「みすぼらしい姿を見せてなるものか!」
と自分で自分を奮い立たせている。
ここでの一番の問題は、いつもお腹が空いていることだ。
帝国にいる頃は、食べるのが楽しみであり、ストレス発散にもなっていた。
サムが何かと理由を付けて、厨房から1~2品食事を持ってきてくれるが、それでも1日1食が限界だ。すっかり痩せて、自分史上一番細いウエストを手に入れた。
でも今、自分が欲しいのは、スリムなウエストより食料だ。
(メイドに偽装して、街で食事するのもありよね。時間はたっぷりあるんだから、メイド服っぽいのを自作して、トムに裏口を教えてもらって…うん、そうすれば良いのよ。やってみる価値ありだわ!)
ベルはこぶしを握り締めた。
ある日、メイド服の作成に勤しんでいると、1通の手紙が部屋の扉の下から差し込まれた。
見れば、エルテア国の第三王女エリアーナからのお茶会の招待状だった。
それも明日の午後からとある。
「うわぁ~、何で今ごろ…」
招待状は、もっと前に公爵家に届いたはずだ。
おそらく、お茶会用のドレスや宝石を買い漁るに違いないと思われ、直前に持ってきたのだろう。
執事が書いたと思われるメモが、ひらりと床に落ちた。
『御当主様は帝国での仕事で不在です。お茶会には、おひとりでご出席下さい。出発は14時です』
はぁ~とベルは長い溜息をつく。
どうやら、断る選択肢はなさそうだ。
翌朝。まずは桶に水を汲み、体を拭いた。
化粧は自分でできる。普段は地味だが、きちんとメイクすれば華やかにもなる。
問題は服だ。
当然、公爵家からドレスや宝飾品など何一つもらっていない。
持参した一番高いドレスを手に取るも、着付けにはメイドの助けが必要だ。
しかしこの家では無理だろう。
あれこれ迷った末、帝国の職場で着用していた仕事用のドレスを着ることにした。
深緑のカッチリとした、シンプルで落ち着いたワンピースドレスだ。
公的な服装として認められており、ローブを着用すれば、国王との謁見の際にも着ることができる。
髪はアップにして、品のいい髪飾りを付けて、少し痛んだ毛先を隠す。
お守り代わりに、母の形見の指輪をそっと付けた。
(私は大丈夫。私ならできる。それにお茶会に行けば、お菓子だって食べられる。紅茶も飲める。外の様子もわかる。悪い事ばかりじゃないはず!)
そう自分に言い聞かせた。
時間通り玄関へ行けば、公爵家の馬車が止まっていた。
さすがに王女主催のお茶会に、徒歩で行かす訳にはいかなかったようだ。
王宮に着くと、人々は目配せをして、聞こえるか聞こえないかの声で話しだす。
「あれが噂の淫乱令嬢よ」
「その割には、貧相な格好ですこと」
など陰口が聞こえる。
(淫乱って…この平凡な容姿を見て気付いてよ。どうやって男性を誑かすのよ)
と思っていたら、今度は男性たちがニタニタしながら、こちらを見ているのに気づく。
「見た目は普通だよな。ということは、ベッドの上では凄いんだろうな」
「どんなテクニックなんだろうな。パーティーの時にでも誘ってみるか!」
とか言っている。
(もう嫌だ、もう帰りたい)
心の中でそんな言葉を繰り返す。
しかし私の願いもむなしく、お茶会が開催される庭園に着いてしまった。