6.ベルの結婚事情
アランの名を初めて耳にしたのは、職場の上司に見合い話の相談をした時だった。
見合いの相手は元同級生で、学院でも問題行動ばかり起こしていた侯爵家の次男。
彼と結婚したら、あれやこれや苦労するのは目に見えている。
いや、むしろ彼の尻拭いさせるために、実家に話を持ってきたとしか思えない。
「何とか上手く断る方法はないでしょうか?」
上司に相談すると、思ってもみなかった話をされた。
「実は、エルテア国から縁談話があってね。ベル嬢に打診してほしいって、カイル殿下から言われていたんだよね」
「エルテア国って、北方にある、あのエルテアですか?」
聞けば、相手はエルテア国のアラン・ブライス公爵で、カイル殿下と同じ26歳。
母親はすでに他界しており、昨年、病に倒れた父親から爵位を継ぎ、若くしてブライス公爵家の当主となったそうだ。国内で結婚相手を見つけるとなると、政治バランスに問題が生じるらしく、帝国で誰かいないかと、友人のカイル殿下に相談してきたのだとか。
「殿下はすぐに君を紹介しようと思ったらしい。ベル嬢はしっかり者だから、どこに出しても恥ずかしくないし、ブライス卿との相性もいいだろうってさ」
上司はニコニコしながら言葉を続ける。
「我々としては、ベル嬢に辞められるのは困るんだけどねぇ。でも君にとっては悪い話じゃない。カイル殿下の紹介と言えば、見合い相手もご実家も諦めるだろう。それに帝都と違って、あの国は結婚後も女性がバリバリ働いているから、仕事を続けたいベル嬢にはピッタリだと思うよ」
確かに…。
上司の言うことは一理ある。
これまで付き合いもなかったのに、今頃になって見合い話を持ってくる父親にうんざりしていたし、今回断ってもまた話を持ってくるだろう。
それに帝国にいたら、結婚後は仕事を辞めて家庭に入れと言われる。
仕事を続けたい私にとっては、女性が働くことを積極的に推奨しているエルテア国で新生活というのも悪くない。
カイル殿下の友人であれば、人となりもまぁ大丈夫だろう。
「うん、いいかも!」
ベルは謹んでこの話を受けることにした。
領地で世話になった侍女は、高齢で引退したから連れて行けない。
どうせエルテア国に骨を埋めるつもりなのだ。行くのは自分一人でいいだろう。
公爵家も了承済みだ。
これからは、アランを公私共に支えながら、自分とは無縁だった温かい家庭を築けるよう頑張りたい。男性と対等に仕事ができるというのなら、自分の知識や経験をフル活用しよう。
そう覚悟を決めて、身一つでこの国に嫁いできた。
なのに…である。
手紙のやり取りをしている時には、アランもこの結婚に乗る気だったはずだ。
しかし、ここにきて突然の掌返し。
となれば、考えられることは一つしかない。
アランは、アリアベル・ローゼンとアリアベル・ローデンを混同し、派手なアリアベル嬢の噂を信じ込んでしまった。
結果、「あなたのような自由奔放な女性は、我が家の家風には合わない」発言に繋がったと思われる。
噂の女性がローゼン家なのかローデン家なのか、アランがしっかり確認してくれていれば問題なかった。いや、当然分かっていると思い込んでいた。
こちらも、情報を正しく知ってもらう努力を怠ってしまった。
同名でも全く違う令嬢だと区別されるのが当たり前すぎて、他国ではマリア嬢と混同される可能性があることを失念していたのだから。
「とにかく、ブライス卿ときちんと話し合って、人違いだってことを分かってもらわないと、話が進まないわよね」
ベルは両頬をバチンと叩き、自分に気合を入れたのだった。