4.2人のマリアベル
帝国には、2人のマリアベルがいる。
マリアベル・ローデンと、マリアベル・ローゼン。
共に侯爵家の娘で、金色の髪に緑の瞳を持つ20歳のご令嬢だ。
2人の名前・年齢・貴族階級・髪色・瞳の色、すべて同じ。
だが、容姿と性格は全く違う。
姓まで似ていて紛らわしいが、正真正銘、赤の他人だ。
マリアベル・ローデンは、帝都在住で、父親は帝国騎士団の団長を務めている。
幼い頃から美人で注目されていたが、年ごろになると、自由奔放な性格と華やかな容姿で、多くの人々を魅了していた。
社交の場のみならず、日頃から彼女の周りには何人もの取り巻きが侍っており、その姿はまるで女王様のようだった。
自由で華やかな魔性の女――それがマリアベル・ローデンだ。
一方、アランと結婚することとなったマリアベル・ローゼンは、財務省事務官の娘で、田舎の領地で育った。
帝都で仕事をする父親が領地に来るのは、年に1~2回程度。
領地で共に過ごした母は病弱で、マリアベルが8歳の時に亡くなった。
幼い彼女の世話をしたのは、年老いた祖母と、領地を管理する老執事夫妻だった。
2年後、父が再婚したと聞き、自分も帝都で一緒に過ごせると思っていた。
しかし、
「おまえは別に帝都に来なくていいぞ。慣れ親しんだ領地の方がいいだろう?」
と言われ、マリアベルは自分の存在が邪魔なのだと悟った。
それ以降、ずっと領地で過ごし、帝都の学院に入学した時も、王宮事務官に就職した時も、実家ではなく寮で生活した。
こういう環境で育ったせいか、ベルは年齢の割に落ち着いており、人から頼りにされることが多い。
とはいえ、帝国では女性が前に出ると嫌がられる。
だから驕らず、でしゃばらず、サポート役に徹した。
これにより彼女は、学院でも職場でも重宝された。
地味で目立たないが優秀な女性――それがマリアベル・ローゼンだ。
このように、同じ名前でも2人は全く違う。それは誰もが知るところだった。
しかし、本人たちがいないところでマリアベル嬢の話をする時には混乱が生じる。
「マリアベル嬢がさぁ」
と話しだせば、
「どっちのマリアベル嬢だ? ローデン家?それともローゼン家? いや、もう姓まで似ているから、余計にややこしいな」
こんな具合で、いちいち確認が必要となる。
そこで人々はいつしか、華やかで男性との噂が絶えないローデン侯爵家の娘を「マリア嬢」、地味だが優秀なローゼン侯爵家の娘を「ベル嬢」と区別して呼んだ。
それ以降、帝国内において、2人のマリアベルを混同する者はいなくなった。
だがそんな事情は、他国ではあずかり知らぬこと。
しかも「侯爵令嬢マリアベル」について知りたいと言えば、真っ先に出てくるのは、魔性の女マリア嬢の話ばかり。
地道に働くベル嬢は噂の種にもならないので、なかなか情報が上がってこないのだ。
だから勘違いした。
それが両者行き違いの発端だった。