29.マリア嬢
アランとベルが、エルテア国で一番格式の高い教会で結婚式を挙げるという。
帝国からもカイル殿下や弟のクロード殿下、ベルの友人たちが来るらしい。
その準備もあってか、王宮はいつもより少し騒がしかった。
(気にくわないわ!)
エリアーナ王女は扇を握り締める。
お茶会では、ベル嬢に言い負かされてしまった。
(外見に騙されて油断していたけど、今度はちゃんと言ってやるんだから!)
イライラしながら歩いていると、庭園から声が聞こえてきた。
第二王子で兄のギルバートが、女性と楽しそうに会話している。
(女性に不愛想なお兄様にしては珍しいわね。一体、誰とお話しているのかしら?)
興味をそそられたエリアーナは、正体を確かめるべく、兄の元へと向かった。
「ギルバートお兄様、ごきげんよう」
「エリアーナか。ちょうどいい、紹介しよう。帝国からのお客様で、ローデン伯爵家のご令嬢、マリアベル嬢だ。マリア嬢、妹のエリアーナだ」
兄の言葉に思わず「え?」と相手を凝視した。
噂のマリアベル嬢が今、目の前にいる。
「傾国の美女」とはまさに彼女のことを指すのだろう。
彼女がいるだけでその場が華やかになり、王女である自分が、彼女の存在に圧倒されて目を奪われる。
しかもただ美しいだけでなく、少し潤んだ瞳や、口元のほくろ、女性なら誰もがうらやむ見事な体のラインが、何とも言えない色っぽさを醸し出している。
妖艶な雰囲気なのに、彼女の場合、上品で気品すら感じるのだから不思議だ。
これは確かに、魔性の女と呼ばれるだけのことはある。
「王女殿下にご挨拶申し上げます。マリアベル・ローデンと申します」
声もカテーシーも美しく、何もかも完璧。
エリアーナはそれらすべてが気に入らない。
「マリアベル? あぁ、あなたの噂はいろいろと…」
エリアーナの含んだ物言いに、マリア嬢はコテンと首をかしげる。
「まあ、どちらの噂かしら。おとなしい外見の才女マリアベル、それとも派手で我儘なマリアベルかしら? ギルバート殿下はどちらだと思われます?」
そう言って兄を見上げる。
すると兄はマリア嬢の手を包み込み、優しく微笑んだ。
「貴女は派手でも我儘でもありませんよ。美しく聡明で、地上に舞い降りた女神のようだ」
歯が浮くようなセリフを口にする兄の姿に、エリアーナ方がいたたまれない。
咳払いをして話を戻す。
「お兄様とはどのような関係なのかしら? 随分と馴れ馴れしいですが」
「あらあら。王女殿下はギルバート殿下のことが大好きなのですね。でも、やきもちを焼かれるような間柄ではありませんのよ」
兄がプッと笑うので、すぐさま訂正する。
「やきもちなんかではありません! 距離が近いので、ふしだらでないかと。たかが帝国の侯爵家が、王族に対して不敬ですわ。そう言えば、ブライス卿と結婚する方も帝国の侯爵家でしたわね。失礼な方が多いのも納得ですわ」
そう息巻くも、うふふと軽く流された。
「エリアーナ、失礼なのはお前だ。ごめんね、マリア嬢」
「ふふ。久しぶりに叱られましたわ。帝国では私やベルを、ただの思い込みで悪く言う人はいなくなったので、新鮮ですわね」
「ちなみに、なぜ悪口を言う人が減ったんだい?」
ギルバートの問いに、マリア嬢は人差し指をそっと彼の唇の上に置く。
「私はね、こうやって直接相手の口をふさぐの。そうすれば何故か皆さん、私のファンになってしまうの。不思議よね」
「羨ましいな」
(はぁ?何それ。直接ふさぐって、それってキ、キス? それとも手で窒息させる? お兄様も、羨ましがっている場合ではありませんわ!)
エリアーナの動揺に構うことなく、マリア嬢は話を続ける。
「でもベルの場合は、社会的に抹殺するか、精神的ダメージを与えるかどちらかね。おとなしそうな彼女を侮って、好き勝手言う人か多いのよ」
「そういう輩は、どこの国でも一定数いるからな」
「ええ。そのような方々は皆、ベルに返り討ちにされて、おとなしくなりますわ。だから帝国では、彼女を正当な理由なく誹謗中傷する人は、よほどの馬鹿か、命知らずって言われているの。どうぞお気を付けくださいね」
そう言うと、エリアーナの方を見てにっこりと微笑んだ。
エリアーナはグッと唇を噛みしめた。
ベル嬢に意地悪した私を「馬鹿」と当てこすっているのだ。
ほんと、腹が立つ! 王族に対して失礼過ぎるわ。
結婚式なんか出てやるものですか!
帝国の女なんか大嫌いよ‼
扇を力いっぱい握りしめると、ピシリと音がした。




