22.元婚約者ソフィア
この日、アランの元婚約者ソフィアは、偶然を装って彼に声をかけた。
「まぁ、アラン。こんな所でまた会えるなんて思ってもみなかったわ」
「ソフィア嬢か。君とは最近よく会うね」
「ええ、本当に。これも何かの縁かしら。そうだわ、アラン。実は1つ、協力して欲しいことがあるの」
「自分にできることなら、もちろん協力するが…」
その言葉に、ソフィアはニコリと微笑む。
やはりアランは優しい。元夫とは大違いだ。
***
伯爵令嬢だったソフィアは、幼い頃にアランと婚約した。
彼は真面目で優しかったけど、全然ドキドキしないので物足りなかった。
でも学生時代にパーティーで出会った、2歳年上の男爵令息は違った。
素敵な恋文やサプライズプレゼントをくれるし、出かける時は話題のカフェや人気スポットにたくさん連れて行ってくれる。
高位貴族の堅苦しさやプレッシャーもなく、自由に振舞っても誰も咎めない。
ソフィアは、初めての恋に夢中になった。
だから自分に甘い親を説き伏せ、アランとは婚約解消してもらい、彼と結婚した。
愛があれば身分なんて気にならなかった。
しかし結婚した途端、夫の態度が変わった。
彼が欲しかったのは、ソフィアの実家の援助と、公爵家の婚約者を奪ってやったという優越感、周囲からうらやましがられる自分、それだけだったのだ。
想像していた結婚生活とは全く違う。
そこでソフィアは再び親に泣きつき、多額の手切れ金を渡して離婚した。
それが半年ぐらい前のこと。
その後、街に出かけたソフィアは公爵家のメイドと会い、アランの情報を得た。
メイドの話では、アランは帝国の女性と結婚したが、1年後には離婚予定だと言う。
なんでも結婚した相手は、とんでもない悪女だったとのこと。
「公爵家では誰も、あの人を奥様と認めていません。今は好き勝手されないよう、物置部屋で軟禁状態です」
この話に、ソフィアは大いに喜んだ。
「なんだ…アランも相手が悪かったのね。お互い、他の人じゃダメだったのよ。アランと私は結ばれる運命だったんだわ!」
ソフィアはもう一度、アランと縁を結ぶことを夢見た。
自分は元婚約者だし、相手に難ありだった者同士、仲良くできるだろう。
それにアランと結婚すれば、公爵夫人になれるのだ。社交界をけん引し、みんなからは羨望のまなざしを向けられる…そんな未来が待っている。
そのためにはまず、アランとの交流を復活させなければいけない。
(アランは優しいから、私を無碍に扱ったりしないはず。
でも、いきなりはダメよね。アランは真面目だから、手順はちゃんと踏まないと。
まずは会う機会を増やして、私とヨリを戻すきっかけ作りをしてあげなきゃ!)
それから数ヵ月、ソフィアは事あるごとにアランとの接触を図ってきた。
今日は宝飾店の前で、偶然を装ってアランと会うことに成功したという訳だ。
***
「で、何を協力すればいい?」
アランの言葉に、ソフィアは弱々しい表情をしてみせた。
「離婚後、すっかり痩せてしまったの。指輪のサイズ直しの依頼に来たんだけど、女性1人で宝飾店に入るのも気が引けちゃって。すぐに済むから、一緒に入店して欲しいの。それだけでいいから、お願い!」
「…わかった」
アランは店に入るぐらいなら…と、ソフィアに同行した。
サイズ直しを依頼し、すぐに店から出た。
時間にすれば10分程度だが、2人で宝飾店に出入りする姿を、何人もが見たはずだ。
(これで、アランが元婚約者と宝飾店に行ったと広まるわね)
心の中でにんまり笑ったソフィアは、次の作戦に移る。
「あの、お礼にお茶をおごらせて。離婚後は気が滅入ることも多くて…少しだけでいいの。30分、いいえ15分でいいわ。ダメ…かしら」
「別にお礼は不要だが。ちょうどそこのカフェで、屋敷の者にクッキーを買って帰る予定だったから、少しの時間なら付き合おう」
「ありがとう!アランは本当に優しいのね」
ソフィアはアランの腕を引っ張り、カフェに入った。
テラス席で仲睦まじく会話する姿も、多くの人々が目にしたことだろう。
ソフィアは思い通りの展開に笑みがこぼれた。
一方のアランは、ソフィアが何か企んでいるなんて思いもしなかった。
公爵家当主として、このうかつさはどうかと思うが、大切にまっすぐ育てられてきた結果、アランは他人への警戒心があまりない。
彼はただ純粋に、元婚約者のソフィアが困っているから手助けしただけ。
菓子を買うついでに、気落ちしているソフィアを励まそうと思っただけ。
浮気心は断じてないのだ。
だからまさかこの時、ベルに目撃されているとも知らなかったし、この行動が自分の首を絞めることにも気付いていなかった。




