10.帰宅
「お嬢さん。もう夕暮れ時ですし、一人歩きは危ないですよ」
街の警備兵が声をかけてきた。
「お気遣いありがとうございます」
「どちらまで? 遠いのであれば乗り合い馬車をお勧めしますが」
「あ~、もう少しで着くと思うので大丈夫です。じゃあ」
笑顔で答えた。
たぶん不審者には見えなかったと思う。
頑張って歩いていると、また別の警備兵が声をかけてきた。
「こんな時間にどこへ行くんだ? あ、もしかして第一警備団から連絡のあった、一人歩きのお嬢さんってあんたのことかい?」
「あぁ~そうですね」
どうやら、ばっちりマークされていたようだ。
「で、どこまで行くんだ?」
「えっと、ブライス公爵邸です」
「そこで働いているのか。うむ、お嬢さんの足だと、まだ1時間はかかるぞ」
げっ!
ゴールがまだ遠いことに気が滅入る。
しかも使用人に間違えられているし…。
まぁ、その方がいいんだけれど。
警備兵は、空を見上げた。
「じきに雨も降りそうだ。この先に、乗り合い馬車の停留所があるぞ」
「いや~、お金持ってくるのを忘れてしまって」
「おいおい、うっかり者だな。金、貸そうか?」
貸してほしい。
本音を言えばそうなのだが、公爵家の人間が警備兵からお金を貸してもらったとなれば、後で何を言われるか分かったもんじゃない。
「大丈夫です。足腰を鍛えるトレーニングにもなりますから。では!」
力強く答えて、私は先を急いだ。
ぽつりぽつりと降り出した雨は、徐々に勢いを増し、やがて土砂降りになった。
こんな中、歩いているのは自分だけなので、誰かに見られることなく屋敷に到着した。
途中、暗くて少し道を間違えたし、雨でずぶ濡れにもなったが、トータルで約2時間歩ききった自分は、本当に偉いと思う。
裏門からこっそり部屋に戻る。
別に悪いことをしている訳ではないが、使用人たちの嫌味や嘲笑を受け流す体力も残っていない。
雨で冷えたせいか、指先が震えるが、何とか服を脱ぎ捨て、簡単な服へと着替える。
できたのはそれだけ。私はそのまま、床に倒れこんでしまった。
どれぐらい時間がたったのだろう。
発熱と激しい咳で、胸が痛く呼吸が苦しい。全身の倦怠感もひどい。
誰かを呼ぼうにも、この部屋は一番奥にあり、アランや使用人が来ることはない。
病気になると、心が弱る。
(はぁ~なんか全部に疲れちゃったな…もう頑張るの、やめようかな)
私はそのまま意識を失った。




