1.アランの結婚相手
「ご令嬢が到着いたしました」
その言葉に、エルテア国のアラン・ブライス公爵は大きくため息をついた。
(ついにこの日がきたか…)
そう、今日は妻となるマリアベル嬢が帝国から嫁いでくる。
本来であれば喜ばしい日。
しかしアランにとっては、最悪な日々の始まりである。
本当は会うのも嫌だが、仕方がない。
アランは重い腰を上げた。
アランはつい最近まで、「結婚なんかまだ先でいい」と考えていた。
病に倒れた父から爵位を継いだばかりで忙しく、結婚を考える余裕なんてなかったからだ。
しかし周囲はそれを許さない。
爵位を継いだからこそ、次は結婚して、公爵家の跡取りを作るべきだという。
各派閥の親からは「自分の娘をぜひ」という圧が日に日に増し、年ごろの娘たちの間でもアランを巡って頻繁に小競り合いが起こる。それは仕事にも影響が出るほどだった。
(自分が誰かと結婚しない限り、これが延々と続くのか…)
うんざりしたアランは、国内での政治的なしがらみがなく、かつ帝国との結びつきを強められる相手とさっさと結婚することにした。
そこで、ガラン帝国の友人・カイル殿下に、エルテア国に嫁いでも良いという気立ての良い女性はいないか打診。
結果、侯爵令嬢のマリアベルを紹介されたという訳だ。
最初は順調だった。
カイル殿下の紹介に全幅の信頼を置いていたし、マリアベル嬢との手紙のやり取りでも特に問題は感じなかった。むしろ、こちらを気遣う文面や、エルテア国を理解しようとする姿勢に好感が持てた。
(自分も彼女に何かしてあげられることはないだろうか…)
ただの政略結婚だと言って淡々としていたアランも、いつしか彼女の心に寄り添いたいと思うようになっていた。
「なぁ、トーマス。帝国に短期留学した時のことを覚えているか? あの時は文化や風習の違いに戸惑って、2人して大変だったよなぁ」
アランの言葉に、側近のトーマスも過去のドタバタを思い出して苦笑した。
アランは学生時代、帝国に短期留学しており、年が近いトーマスが同行。自国との様々な違いに、2人して右往左往したものだ。
「あの時は本当に大変でしたね。ダンスの誘い方や、贈り物の意味の違いなど、同級生であったカイル殿下のフォローがなければ恥をかくところでした」
「ああ。おそらくマリアベル嬢も慣れるまで大変だろう。だから、彼女の癒しになるようなものを用意したい。その…サプライズで」
ニマニマと笑うトーマスに、アランは慌てて言い訳を口にする。
「笑うなよ。別に深い意味はない。信頼できるカイルの紹介だったから、特に自分たちでは、彼女に関する情報は集めなかっただろう? 手紙のやり取りだけでは、彼女の好みまで詳しく分からなくてな。だからその辺のことをだなぁ」
その言葉に、トーマスは安堵の表情を浮かべた。
諦めて仕方なく結婚するよりずっといい。
アランが幸せになれるなら、トーマスも協力は惜しまないつもりだ。
「分かりました。もう日がありませんし、大急ぎでマリアベル嬢の情報を集めましょう」
「悪いな、忙しいのに…」
「お任せください」
トーマスはすぐに仕事に取りかかることにした。