第66話 都会を離れて見つけた光
あれから3年後———
ある自動車に乗った1人の男性が、田んぼに囲まれたまっすぐな道路を走り抜けていく。スマホスタンドにマップを表示させて、カーナビを起動した。
≪この道をしばらくまっすぐです≫
「まったく、こんな田舎道に案内するなんて、何もないじゃないか。目印なんてカカシくらいか?! ここどこだよ」
ブツブツ文句を言いながら、アクセルを踏む。田んぼと田んぼの間のアスファルトをひたすらまっすぐ進む。目の前には森や山しか見えない。ときおり、田んぼに佇むシロサギを目撃するくらいだ。すると、スマホに電話がかかる。ブレーキを踏み、ハザートランプをつけて止まった。
「はいはいはいはい。今、向かってるっつぅーの……もしもし?」
「孝俊? 今どこ? 地図送ったけど、道分かった?」
「おう、田んぼしかない道、ずっとまっすぐ来てるわ」
「どの辺だろ? この辺はほぼ田んぼしかないもんなぁ……」
「……俺だって、都会住みに慣れてるんだから分かんねぇよ。実家よりド田舎だろ」「悪かったなぁ、田舎で。とりあえず、ナビ通りなら、そのまままっすぐ来てみて。俺、外出て待ってるから」
「……あ、ああ。わかったよ」
丹野孝俊は、スマホの通話終了をボタンをタップして、シフトをDに変更して、アクセルを踏む。言われたとおりにまっすぐ進んだ。
電話をかけていた羽星空翔は、ふとため息を漏らす。
「あいつ、ナビ、ちゃんと聞いてるんかなぁ?」
「孝俊、大丈夫だって?」
キッチンから駆け寄って、話しかけるのは、夏楓だった。
「都会暮らし長いから、道分からないとか言ってるよ。そもそも、俺ら住んでた実家付近も田んぼばっかだからあんまり変わらないと思うんだけどさ。さすがに古民家をリフォームしたなんて、あいつには信じられないかもしんないよな」
「……確かに。今までずっと東京にいたんだもん。車の運転も全然違うでしょう」
「もうすぐ着くって。たぶん。どこにいるか聞いてないけど」
「そうなんだ。無事着けるといいね」
「ああ」
空翔と夏楓はキッチンで仲睦まじく、コーヒーを淹れていた。 前のカフェで使ってなかった本格的なサイフォンにお湯を入れる。夏楓は豆から挽いて、ドリップするところまでの工程をこなし、空翔は、お得意のラテアートを描いた。だんだん楽にこなしていた。
古民家を安く買って、改修工事した。モダンなインテリアで、部屋の奥は居住スペースで建物の手前半分はカフェスペースとなっていた。2人は結婚して、住み慣れた東京を思い切って手放し、夏楓の実家に近い田舎の街に住むことにした。2人でカフェを経営して、一緒に暮らすことでのんびりゆっくり自然と触れ合いながら住む決意をした。元々は体を具合悪くした夏楓の母のためだった。車で5分くらいのところに夏楓の実家がある。いつでも駆けつけられるのが魅力だった。
「お邪魔しまーす」
「あ、来た来た。いらっしゃい!!」
「……おいおいおい。ずいぶんおしゃれじゃね? 全然古民家には見えないな」
「でしょう? 私がデザインして建築士さんにお願いしたんだ。良いセンスしてるでしょう??」
「あ、ああ。ここまで本気出すとは思わなかったよ」
「今までだって、本気出してたわよ!!」
「……はいはいはい。んじゃ、早速、砂糖とミルクたっぷりのコーヒーお願いします」
やっとこそ、田舎道をすり抜けてやってきた孝俊は、カウンターの席に座って、コーヒーを注文した。
「一緒にバスクチーズケーキもいかが?」
空翔は、ラテアートを描きながら聞く。孝俊はその姿に驚きを隠せない。
「マジかよ。空翔、そんな才能あったんか?!」
「独学でね。おかげさまでラテアートのチャンピオン第2位取ってるからね。楽しんでってよ」
「え?! なんで第1位じゃないのさ」
「残念ながら、強者がいてね。来年は絶対優勝とるから任せて」
「おいおいおい。しばらく会わないうちにレベルアップしてんじゃないか。結婚だけじゃないんだな。俺を招待せずに」
「誰が、呼ぶか。元夫を!!!」
夏楓がバスクチーズケーキをテーブルに置きながら、叫ぶ。
すると、奥の部屋から見たこともない知らない男の子が走って来た。
「ママぁーーー。なんで隣にいないの?!」
「あ、颯泰、どうしたの。起きちゃった??」
「え?!」
孝俊は突然、立ち上がって、椅子を倒してまで驚いた。
「ま、まさか。この子って?!」
「ご紹介が遅れました。私たちの子どもの羽星颯泰です。よろしくねって、ご挨拶しよう」
「えーー。このおじちゃん誰? やだぁ、知らない人」
颯泰は、夏楓にしっかりとしがみついて離れない。孝俊を毛嫌いしている。初対面には警戒心が強い。
「い、いつの間に?! なんでそんなことになってるんだよ。あぁ、あぁ。いいねいいね。独身の俺に見せびらかして、幸せオーラ全開ってか。ちくしょう。本当にもう。このコーヒーうまいしな!!」
目から涙を流しながら、砂糖とミルク入りコーヒーを飲む。自家製コーヒーは本当に美味しかった。
「まぁまぁ、そういじけるな。お前にも朗報があってさ」
「朗報って?」
「またカフェの経営やってみないかと思って」
「え?」
「東京のプードルあるでしょう? あれ、水川さんに引き継いだんだけど、結婚するから退職しますって言われたのよ。せっかく盛り上がってきたからさ。もし孝俊ができるならやらないかなと思って。私たち、こっちのカフェに集中したいからさ」
「あー、そういうこと? 全然客が来てないみたいだけど大丈夫なん?」
「今日は定休日。孝俊が来ると思って開けてただけ。いつも満席だよ。ご近所さんたちで」
「ま、マジか。御見それしました……」
「おかげさまでこちらの店舗も商売繁盛です。なんてったって、空翔のラテアートが人気を呼んでお客さんが後を絶たないのよ」
夏楓が自慢げそうに言う。孝俊にできなかったことを成し遂げていて、悔しい思いをする。
「ママぁ!! シャボン玉したい。早く、外行こうよぉ」
「まったく、昼寝したら、すぐ遊びたがるんだから。今行くから待って」
夏楓は、颯泰に促されて、畑が広がる庭に駆け出した。大きなシャボン玉を次々と作って幻想的だった。きゃきゃと喜ぶ姿に夏楓も顔が綻ぶ。
頬杖をつきながら、外にいる2人を見て、孝俊はつぶやく。
「俺よりも先に結婚した方が良かったんじゃねぇの?」
「ううん。それはそれ。過去があって今があるから。俺は今が幸せだよ。東京の忙しい仕事していた頃より、気持ちが落ち着くわ。夏楓の実家のことでも悩まずに済むし……」
「はいはい。ごちそうさまでした」
曲がりくねった道でここまでたどり着いたことも今では無駄ではない。悩んだ時期も今では楽しい思い出。
「夏楓、コーヒー淹れたよ」
「はーい」
うさぎのラテアートが施されたコーヒーを用意した。相手の喜ぶ顔を見るのが今では楽しみになっている。横から息子の颯泰も喜んで見ている。
明日もどんな顔して飲んでくれるか楽しみで仕方ない。次はどんなラテアートにしようかとアイデアを出すのが日課だ。
コーヒーでもうお互いに嫌な気持ちになることはないだろう。
広い青空に伸びるひつじ雲が綺麗に見えた。
【 完 】




