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珈琲〜Coffee〜  作者: 餅月 響子


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第64話 登るほどに心を知る

 小鳥のさえずりが耳の中で響いて来る。夜が明けたのだろうか。飲みすぎたせいか頭が痛い。真っ白いシーツにふとん、枕が目の前にあった。横には誰もいない。何の夢を見ていたのだろう。何だか、急に心寂しいくらいに胸が張り裂けそうになる。誰かが何をしたわけでもない。自分自身との戦いか。何だかわからない。横になったまま、両ひざを抱えて、ぎゅっと縮こまった。肩が震えだす。心が物凄く震えている。1人でいるのが怖くなった。無意識のうちに泣いている。


「夏楓?」


 何かを察した空翔がリビングから寝室に入ってくる。夏楓は、何も言わずに空翔にしがみついた。嫌な夢を見ていたんだ。この場所から離れると自分で言ったはずなのに、心は嫌がっている。


「どうした?」

 

 ポンポンポンと背中をさすって撫でる。空翔は、くたびれたシャツを着て、ラフなズボンを履いていた。夏楓は昨日の服のまま着ている。とめどもなく、涙がこぼれおちる。


「空翔、ごめんね。ごめんねぇ」

「何を謝るのさ? 俺、何もしてないよ。あ、服着たまま寝るの嫌だったとか?」

 

 首をブンブン振る。空翔は夏楓には想像できない考えにさらに胸をしめつける。


「夏楓?」

 額に頭をつける。何で泣いてるのか気になったが、どうすることもできずに悩む空翔にさらに申し訳なくなった。


「……あ、ちょっと待って!!」

「え? ……」

「うーんと、俺に何か言おうとしてるよね。それ、言うの待ってくれない?」

「???」

 空翔は、夏楓の体を離して、じっと見つめる。急に思い立つ。


「登山しに行こう! 今日、休みだし」

「登山? ……え? 山登るの?!」


 さっきまでもやもやした気持ちで寂しい思いしていたはずが、その言葉にハッと目が覚めて、夏楓は正気に戻った。空翔に何を言いかけたのか、自分でもわからなくなる。クローゼットから、登山に必要なリュックや服装など、次から次へと準備しだす。何故か鼻歌がとまらない空翔だ。夏楓は未だについていけてない。まだ二日酔いなのかもしれない。頭痛がする。


「富士山登るぞぉ。久しぶりだなぁ」


 空翔だけやる気満々だ。夏楓は複雑な顔して仕方ない。とりあえず、ついていくかとため息をついた。体を動かすのは嫌いじゃない。本当は仕事だったけども、どうにか日程調整して、出かける準備をした。夏楓は、こんな中途半端なもやもやの状態で仕事なんてできないと思っていた。




◆◆◆


午前6時に起床して、思い立ったが吉日で出かけて来た。富士山に登山するには頂上まで約6時間かかる見込みだ。休み休み行くにしても初心者でも10時間かかることもある。途中、山小屋で休憩することも可能だ。2人は過去にスポーツをしていたこともあって、体力には自信があった。山ガールが流行ってると若い子たちが言っていたのを聞いたことがある。本当にに体を動かすのが好きな人のことだろう。車で五合目まで行けるが、そこから午後4時前までには七合目の山小屋に到着しなければならない。七合目までが目標だ。


「空翔ぁ! あとどれくらいで着くの? 七合目」

「あそこだよ。うーん、もう少し」

「えー、まだまだ遠いよぉ」

 だいぶ、疲れて来た夏楓と比べて、空翔は平気な顔をしている。指さす山小屋はまだまだ小さい。


「時間ってどれくらいかかるんだっけ」

「確か、約1時間くらいかな」


 数メートル先に行く空翔に膝をおさえる夏楓の横を元気な老夫婦が通り過ぎる。泣き言も言わず、ひたすら黙々とおじいさんがおばあさんに大丈夫かと声をかけて優しそうな様子を見た。夏楓は若いのに、負けてられないなぁと気合いを入れて、背筋を伸ばした。


「おい、大丈夫か。急にやる気出して、途中でスタミナ切らすなよ?」

「……大丈夫よ。若いんだから!」

「無理すんなよ。自分のペースは守れって」


 空翔は必死に腕をつかんで、急ぐ夏楓をとめた。老夫婦はうふふあははと笑いながら余裕で登っていく。夏楓は外野ばかり気にしている。誰に見られているか。誰が何をしているか。私生活でも同じ。周りと肩並べて、寄せて合わせることが多かった。この山登りは人生と同じなんだろうなと感じてしまう。

 最初はゆっくりと歩いて行かないと、スタミナ切れして途中で挫折するかもしれない。栄養をしっかりと取って、力をつけるのはもちろん。人と合わせずに自分の心を貫き通すこと。力は個人差がある。人に合わせていてもその人になれるわけではない。成功をつかむには、自分と向き合うのが大事だ。時には転んで失敗してしまうこともある。前が見えないこともある。空翔はいつも助けてくれていたように思う。転んだ手を差し伸べてくれていた。それを振り切って、違うルートに行ったのは夏楓自身だ。


「大丈夫か? しっかり立てよ」

「う、うん。ありがとう」

「ほら、もうすぐ山小屋だから」

「あ、本当だ。がんばる」

「おう」


 転んでも仕切り直して、力を振り絞った。恋愛って本当に難しい。相手を思っていてもすれ違うこともある。長く続くかもしれないルートをはみ出して、本当の愛に気づいた。まだ戻れるのかなと、汗を拭う空翔を見つめる。


「ん? どうした?」

「うん、大丈夫。まだいけるよ」

「ああ、行こう」


 最初の目的地に着いた。七合目の山小屋で休憩して、宿泊だ。

 恋人も夫婦も見ている方向が頂上という目的が同じになったら、成功なのかなと前向きにもなれる。山登りに来てよかった。短時間で苦しいことも楽しいことも味わえる。空翔は、完全個室の山小屋を事前予約していた。着いてから迂闊にも同じ部屋であることに気づいた。冷や汗をかく。


「夏楓、ごめん。同じ部屋にしていた。大丈夫?」

「うん。いや、何もしないって。本当、疲れて余裕ないから」

「……別にそういう意味じゃないけどさ」

「え?! そういうことじゃないのね。ああ、うん。平気だよ。すぐ寝よう」

「お、おう。配慮がなくて申し訳ない」

「平気って言ってるじゃん」


 どこまでも気を使われていることに何だか不安になる。一緒にいちゃいけないのかと感じてしまう。食事をしっかりと取ってから、ご来光を見るには午前2時に出発するという話を聞いて、ふざけてられないと、丁寧にしかれたふとんに隣同士いびきをかいて、すぐに熟睡した。体は筋肉痛だらけだった。

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