第63話 静かな夜に揺れる空翔の想い
ある1人の男性がcloseになったBAR・LARFEEの扉を開けた。まだ鍵はかかっていない。カツカツと靴の音が響く。中に入ると、ベルが鳴った。
「お待ちしてましたよ」
店長の樫崎 亮はカウンターで食器やコップの片づけをしていて、慌てて、出入り口に移動にした。外は雨が降っていて、傘を閉じて傘立てに置いた。
「何だか、すいません。ご迷惑おかけして……」
「いえいえ、いいんです。助かりましたよ。お迎えが無いとなかなか俺も店閉じれないですし、夏楓さんの自宅知らなかったので……」
「お迎えって……まるで子供みたいですね」
「確かに……」
カウンターテーブルに半分体を預けて、爆睡している夏楓を呆れて覗くのは、仕事終わりの空翔だ。珍しく残業が長引いて、遅くなっていた。時刻は午後11時。
「お店、閉めるの早いですね。大丈夫でした?」
「いいんです。時々、お客さんいないなって時は早めに切り上げるので……。あ、飲んで行きますか?」
空翔は、椅子にジャケットをかけて、何も言わずに飲む気満々だった。頬を少し赤くして、頭をポリポリかいた。
「あ、バレました? 少しだけいいですか?」
「どうぞどうぞ。サービスしますから」
「いえいえ、ちゃんとお支払いしますから。ハイボールお願いします」
「かしこまりました。ごゆっくりしていってください」
樫崎 亮は袖口をまくり上げて、やる気を出した。空翔は、そっと、夏楓の落ちて来る髪の毛を撫でてよけてあげた。顔全体が真っ赤になって、酔っている。ひゃっくりをして、笑いながら眠っている。どんな夢を見てるんだかと思いながら、頬杖をつく。
「ぶしつけな質問ですけど、お二人はお付き合いされているわけではないんですか?」
樫崎 亮は、シルエットの妖精が描かれた紙コースターの上にグラスを置いた。空翔は質問の答えを言う暇もなく、飲む。
「うん、うまい!」
「残業だったんですかね。夜遅くまでお疲れ様です」
「あ、いえいえ。大丈夫っす。ちょうど、ひとしきり仕事終わった時の電話だったんで……」
「お邪魔しちゃいましたかね。すいません」
「いえ、大丈夫ですよ! 気にしないでください。むしろ、夏楓がお店に迷惑かけちゃってるんで……自分も店してるくせに考えていないんですかね、まったく」
「いやぁ、僕も夏楓さんにはいろいろ相談に乗ってもらったりしてるので、飲食店の店主として本当、助かってますよ」
「そうなんですか。ただ、このお酒の飲みすぎは加減してもらいたいですよね。何をそんなに発散したいんだか……」
「あ……」
「どうしました?」
樫崎亮は、空翔の言葉にハッと思い出す。ずっと愚痴を言っていた夏楓はほとんど空翔のことだった。まさか、プライバシーを守るため明かすわけにもいかない。言いそうになる口を両手でふさぐと不自然になった。
「え? 何ですか、それ」
「あ、え、あ……これは、ちょっと口のまわりの髭が気になりまして……」
「ああー、そうですよね。髭ってすぐ生えてきますもんね」
(何とか、ごまかせた!!)
樫崎 亮は、後ろを振り向いて、ガッツポーズをとる。
「???」
何があったんだろうと空翔は不思議に思う。
「あ、さっきの質問に答えてなかったからですかね?」
「え、あ、ああ! そうですね。気になりました」
「俺は、個人的には今の状態で良いって思ってるんですよね。付かず離れずの関係もいいかなと……夏楓の方が気を使って、家を出た方がいいとか言うんですけど、まぁそれも仕方ないかと思ったりしますが。自分自身もどうすればいいかわからなくなってきました。最初は彼氏彼女として過ごしていたのに、フラットな関係からいざ、離れるとなると……」
「寂しいですか?」
「寂しいっていう簡単な言葉では表せないんですよね。空気のような存在というか、透明人間なわけでもなくて……それが無くなると、空虚感か。なってみないと分からないですけどね」
「……ちょっと待ってください。2人は恋愛関係ではないんですか?」
「あー、過去にはそうでしたよ」
「あの……したいって気持ちにはならないですか?」
「……それはしてもしなくてもいいって言うか。相手が要求すればですかね。俺は別にそこまで要求しないです。というか今は恋愛じゃなくて、同居人ですしご法度です」
「そんなルール破ったって、男女で一緒に住んでいるのに……」
「仕事が結構忙しいから。夜遅くなることもあるし」
樫崎 亮は、空翔の姿を見て、年齢が近いはずなのにものすごく年上に見えてきてしまった。むしろ、それは恋人以上に愛されているんではないかと思えて来た。それに気づかない夏楓は鈍感そのものだとため息をつく。
「もっと敏感だったら、ストレスもたまらないでしょうね」
「え? 何の話?」
「いえ、独り言です。あ、空翔さん、そろそろ店閉めてもいいですか? 閉店時間あと10分です」
「あ、ごめんね。これ、飲み切るから」
空翔は、注がれたハイボール2杯目をぐびぐび飲んだ。夏楓は、寝返りを打って、未だ起きることはなかった。
「また来てくださいね。美味しいの仕入れてきますから」
「うん。ありがとう」
空翔は、肩に夏楓の腕を抱えて、店の外に出た。樫崎 亮は、深々にお辞儀をして、見送った。外に出た頃には、雨が上がっていた。夏楓を背中に背負い直して家路を急いだ。
おんぶしながらもニヘラニヘラ笑う夏楓がいた。空翔の背中に乗っていることも知らずに面白い夢を見ていた。
星が輝く空には大きな満月が光っていた。




