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珈琲〜Coffee〜  作者: 餅月 響子


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第60話 空翔の仕事を置いて異国の地へ来た流れ

 街の喧騒の中に車のクラクションの音が紛れ込んでいた。

空翔はキャリーバックを持ちながら、駅からつながる地下通路のエスカレーターをのぼる。またいつもの日常が戻るのかと、青く晴れた空を見上げる。そもそも、なんでアメリカに行かなければならないのか。それは、孝俊の一本の電話から始まった。本来は、やらなければならない仕事が山積みで休みを取るのも難しいものだった。


『空翔?』

「ああ、どうした? 今、昼休み取るのも立て込んでて、ちょっとだけなら電話できるんだけど」

『ああ、ごめん。忙しいところ、申し訳ないんだけど、俺、今さ、アメリカのロサンゼルスにいてさ』

 耳と肩にスマホをはさんで、電話応対する。手元は書類の山だ。締め切り間近のものを整理していた。


「ああ、アメリカ。そう。ずいぶん、遠くにいたな。国際電話料金高いんじゃないのか?」

『そんな空翔くんにお願いがあるんだ』

「は? お願い?」

『……』

 突然、孝俊は黙り込む。話してたはずがだんまりだ。


「孝俊?」

『夏楓がこっちで倒れた』

「え?」

 

 空翔は、その言葉に作業していた手をとめて、スマホを左手に持って真剣に聞き入った。


「ちょ、ちょっとそれどういうことよ?」

『俺だとさ、対応しきれないからさ。離婚したし、元彼女のこともあるし。悪いけど、こっち来て助けてくれない?』

「べ、別に元夫ってことで面倒みればいいだろ?」

『そっちだって、元彼だから。いいじゃん』

「そんな都合よすぎじゃねぇの?」

『……いいから。とにかく、来いよ。ラインに地図送っておくからさ。んじゃ』

「な、ちょ、待てよ!! ……まったく勝手だなぁ」

 通話終了の画面になった。空翔はため息をついて、ラインで念のため、地図を確認する。すべて英語で書かれていた。翻訳機能を使って、すぐに変換したが、分かるはずがない。


「部長、どうかしたんですか? 今の佐藤商事の件、終わりそうです?」

「あ、ああ……まだ終わらないんだけどさ。石澤、ちょっと相談あるんだけど」

 石澤はいつものようにミルク入りコーヒーをデスクに置くと、手招きして石澤を近くに寄せた。

「はい?」

「優秀な石澤に折り入って、お願いがあるんだけどさ。このたまっている案件、お願いしてもいいか。急な用事でちょっと早退して5日ほど休みを取ることになったんだ。家族がちょっと具合悪くなってさ」

「え? だ、大丈夫なんですか? お母さんとかですかね」

「あ、ああ……うん。そんなとこ。今から専務に掛け合ってくるから仕事任せるわ」

「それなら、仕方ないですね。わかりました。お任せ下さい!」

「お、おう。頼もしい。頼んだぞ」

 空翔は、石澤に自分の手持ちのファイル10冊をどさっと渡した。急に渡された石澤はカクッと体が傾いた。


「お、重い……。仕事持ちすぎですよ。部長」

「悪い悪い。このお礼はきちんとするからさ」

 空翔は、何度も手を合わせて、拝み続ける。菩薩様にでもなったのではないかという気持ちだ。

「楽しみにしてますね」

 冷や汗をかきながら、ひくひくの笑顔を取り繕った。空翔は慌てて、荷物をまとめて、オフィスフロアを立ち去った。あんなに急いで本当にどこに行くんだろうと不思議に感じる。石澤は何となく、女の勘が働いた。


「本当はお母さんとかじゃなかったりして……」

「プライベートのことは詮索しないのが賢明よ」

 隣の席の木下は石澤に声をかけた。


「はいはい。お仕事、頑張ります」

「私も手伝うから」

「助かるぅ~。部長は本当に仕事を背負いこみすぎるからこんなにたまるんだよね。優しいからなんだけどさ」

「私たち部下も気づけばいいんだろうけどね」

「いつも見ないふりしていたからバチがあたったかもしれないわ」

「そうかも。よし、やるぞー」

「うん」


 2人は、定時を過ぎて、他の社員が帰ってからもコツコツとパソコンとにらめっこで書類をまとめあげた。目がぎんぎんと充血していた。石澤は、腕の中に顔をうずめた。


「結局、私は部長とは仕事の関係以上にはならないのかもしれないわ」

「……何をつぶやいてるのよ。今日は帰りに飲んで帰ろう」

「うん。そうする」

 何とか、仕事をやり切った2人は薄暗いオフィスフロアの電気をパチッと消した。



◆◇◆


 空翔は、孝俊の電話一つで、アメリカのロサンゼルスに初めて降り立った。飛行機に乗るのも人生で何度目か。仕事で何回か国内線は乗ったことはあったが、外国に行くのは今回が初めてだ。今では、スマホで飛行機のチケットを取れてしまう。便利になったなと思いながら、時間と場所を確認する。地図を送られてきたが、現地まで行くには、タクシーにお願いするしかないといろんな予測する。頭をかなり使う。どうして、自分はこんなことをしているのかと疑問に思うくらいだ。


 数十時間後、空翔は、空港で待ち伏せしている孝俊に気づいた。


「よ! 待ってたぞ」

「なんだ。来てたのか。タクシーで行かないといけないと思ったわ」

「いやいや、レンタカー借りてたから大丈夫。乗っていけって。え、荷物それだけ?」

「あ、ああ。キャリーバック1個でいいかなと思って」

「おう。いいじゃないか」

「なぁ、夏楓は? 大丈夫なのかよ」

「……それ。それな」

「え、まさか。嘘じゃないよな」

「……ふふふ。嘘だって言ったら、どうするよ」

 空翔は孝俊が嘘をついたと聞いて、ホッと胸をなでおろした。本当に生死をさまようくらいの体調が悪いと思っていたが、元気であると安堵した。


「マジか。そっか……。よかった」

 空翔は髪をかきあげた。


「なぁ、お前。夏楓のこと。好きなんだな」

「……バカ言え。ほっとしただけだ」

「実は、アメリカの店舗閉店することになったからさ。そのセレモニーみたいのするみたいなのよ。そのお祝いに俺がするより空翔の方が喜ぶだろ」

「……店舗やめるのか。俺が、祝うの? スタッフじゃないのに?」

「いいだろ。別に。きっと、夏楓も思っているから」

「そんなことないぞ。ただの同居人に思うわけないって」

「……空翔。ただの同居人で長く一緒に住むと思うか?」

「え、そうなんじゃないの? 俺は、同棲してた頃よりもちょうどいい距離感で良いのかと思っていたけど」

「もっと人の気持ち考えろや」

「いや、お前こそだろ。夏楓じゃない女の人と付き合ってる時点で優しさないだろ」

「確かにな。俺が言えないわな」

「……俺は俺の関わり方あるから。いいんだよ」


 ハンドルを握る孝俊はラジオのスイッチをつけた。洋楽が流れている。聞いたことあるレディーガガの曲が聞こえて来た。目的地のカフェポメラニアンに着くまで沈黙が続いた。

 空翔は、夏楓のことをどう思っているのか自分の気持ちは置いてけぼりだと気づき始めた。


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