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珈琲〜Coffee〜  作者: 餅月 響子


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第58話 忘れていたぬくもりと新たな一歩

寝ぐせをピンと飛び出た状態で大きな花束を夏楓に渡した。顔が見えていなかった。


「お疲れ様……」

 少しかすれた声で笑顔で渡したのは、ラフな格好の空翔だった。


「空翔、わざわざこっち来たんだね。ありがとう」

「あ、ああ」

 すると、後ろから間髪入れずにスタッフ全員がクラッカーをパンパンと鳴らして入って来た。


「President Natsuha, thank you for your hard work.(夏楓社長、お疲れ様でした)」


 レイモンはキャスターつきのテーブルを押してきた。そのテーブルの上には、夏楓の似顔絵が描かれたホールケーキがあった。ろうそくに火がついている。誕生日だということをすっかり忘れていた。このお店が閉店であることのさよなら会なのかと思ったが、夏楓自身の誕生日でもあった。


「忘れてた……いろんなことありすぎて、自分のこと後回しだったよ。ねぇ、誕生日って空翔が教えたの?」

「……」


 にこっと微笑んでうなずいた。自分自身の仕事があるはずなのに、わざわざ数時間とお金をかけてここにいることが不思議で仕方ない。開店セレモニーならまだしも閉店になってしまう。涙がとまらなかった。


「Happy birthday, President Natsuha (夏楓社長、誕生日おめでとうございます)」


 ポメラニアンのスタッフ全員が笑顔で夏楓にクラッカーをもう一つ開けた。今までやってきたことに無駄なことはなかったと救われた気がした。ろうそくの火を消してケーキをみんなで分けて食べた。お祭りのようにお酒をふるまわれた。楽しい時間をみんなで過ごせて夏楓は幸せだ。みんなが帰った後、お祭りの後のようでしゅんと静かになる。クラッカーから出たものを回収してゴミ袋に入れると、空翔も一緒に片づけを手伝ってくれた。


「信頼のある関係築いていたんだな」

「うん。そうだね。ありがたいことだよ。人間関係に恵まれてたのを手放すのもったいなかったな」

「まぁ、そういう分岐点ってことだろ。なんだかんだでいろいろあったろ。孝俊のこととか、イアン?だっけ」

「……よく知ってるね。うん、まぁ、いい機会だったかな」

 空翔は後ろから夏楓の肩をポンと両手で触れた。


「頑張ったな」

「うん……聞いていい?」

「ん?」

「なんでアメリカまで来る気になったの?」

「うーん。夏楓の同居人だから?」

「それはそうだけど」

「夏楓の見届け人かな」

「それだけの理由でこっち来る?」

 空翔は少し離れて、腕をのばした。


「孝俊だよ。俺を呼んだの」

「……あ、ああ。そうなんだ」

「俺じゃサポート最後までできないからだってさ。ほら、もう帰っただろ?」

「そういや、そうだ。いつの間にかいない。これから片づけとかあるのに……」

「その代わりが俺なんだろ、たぶん」

「……薄情な人だわ。あまり期待してないけどね。でも、仕事大丈夫だったの?」

「あー、真面目に働いてた分、有給休暇がたまってたから消化しないとね」

(本当は繁盛期だったけど、心配するだろうから黙っておこう)

「そっか。ならいんだけど……」

 夏楓は身の回りの片づけをし始めた。玄関横のフクロウの置物をなでなでする。


「ここのお店、やめた後、他に店舗増やすの?」

「うーん、そうだね。アジアに進出してみたり?」

「韓国とか? 台湾?」

「うん、そこらへんかな」

「観光できるな」

「うん。そうだね。お店増やす前に現地調査しないといけないもんね。あっちの方ってコーヒー出してもお客さん来るかな」

「韓国でタルゴナコーヒーが流行ってるらしいよ。受け入れはありかな。コーヒー好きが多いらしい」


 空翔は、スマホで検索をかけて韓国を調べた。その次に台湾のことを検索する。


「1杯2万円?! 台湾はずいぶん贅沢なコーヒーを提供する店があるみたいだな」

「高いね。でもそれで成り立つなんてすごいね」

「コーヒーは世界で飲む人が多いってことなのかもな」

「やりがいがあるね。夢が広がるよ」


 夏楓の顔はキラキラし始めた。さっきまでのお店を失った絶望感は消えていた。未来を楽しく考えるだけでこんなに気持ちが違うと気づいた。


「空翔もきっとコーヒー好きになるかもしれないね」

「砂糖がっつり入れればな」

「甘党かぁ」


 自然の流れで呼吸が落ち着いた。ふと笑顔になる。その顔を見て、空翔は安心した。保護者として、見守っている感覚だ。そばにいても、苦ではない。どんな関係かなんて悩むことをあきらめた。お互いが落ち着いてるならそれでいいだろうとちょうどよい距離を保っていた。そう思っていた。


夜が明ける前までは……

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