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珈琲〜Coffee〜  作者: 餅月 響子


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第56話 感情の綱渡り

 夏楓はカフェの休憩室で孝俊に電話をかけたつもりだった。

電話をかけた相手は予想外にも空翔だった。ワンコールで出た。


『もしもし?』

「あ、ごめんなさい。間違えた」

『無事アメリカ着いたの?』

「うん、そう。何とか原因も分かったし、これから会議するところ。ごめんね。仕事の邪魔したかな」

『いや、大丈夫。ちょうど昼休み』

「あ、そっか。時差あるもんね。えっと、明日の夜には帰るから」

『いや、別に干渉するつもりはないからゆっくりでいいよ。楽しんできて』

「……あ、うん。ありがとう」


 その言葉を最後に電話を切った。別に恋人でも夫でもない。同居人ってだけだ。“干渉するつもりはない”という言葉に夏楓はひっかかる。見えない壁ができた気がした。わかってはいるけれど、寂しさを覚えた。その言葉を発した空翔も、ひどいこと言っただろうかと電話を切った後、ため息をついた。どれくらいの距離感でいるべきかと悩みができた。一緒にいて苦ではない。でも、心を通わせている恋人ではない。変なストッパーが体についたみたいだ。この気持ちは忘れようと首をブンブン横に振って、ペットボトルに入った微糖ブラックコーヒーを飲む。お弁当を食べ終わって、喫煙所に向かった。どことなく背中が寂しそうな空翔を石澤は見守っていた。




◆◇◆


 「Thank you for your hard work today. Each of you may have something to do, but I wonder if you can listen to me.(今日もお疲れさまでした。それぞれに用事があるかもしれないけども話聞いてもらえるかな)」


 夏楓はカフェの閉店後、みな着替えを終えたところに声をかけた。テーブルの上に椅子を乗せて、隙間にすりぬけて、夏楓の方に体をむける。帰り支度をしていたため、それぞれバックを持って帰ろうとしていた。夏楓は孝俊に聞いた事情とレイモンに聞いた話をまとめて、メンバー全員に問いただしたが、口を閉ざして何も言わなかった。きっと責められると思って言えないのだろうと感じた夏楓は、沈黙を待って、話し出した。


「There's no way I can say that. However, I won't reveal this openly, but I have something important to tell everyone.(言えるわけないよね。このことは公にはしないんだけど、みんなに伝えたい重要なことがあります)」


 さっきまで下を向いていたスタッフみんなはその声に夏楓の顔をじっと見つめる。


「This cafe is open until the end of this month"Pomeranian" will be closed.(今月末でカフェ『ポメラニアン』を閉店することに決めました)」


 夏楓の言葉を聞いたスタッフみんなはまさかそんなこととくちぐちに言っている。


「Natsuha, president, why? (夏楓社長、それはなぜですか?)」


 開店当初から働きはじめたレイモンが心配そうに問う。周りのスタッフもみな不安そうな顔だ。ただ一人、イアンに関しては苦虫をつぶした顔だった。せっかくスタッフみんなを操縦していたのをできなくなるのが嫌なのだろう。


「Don't worry, Pomeranian will be closed, but I'll introduce you to another cafe for employment. I guess the reason is that I can no longer manage the business by myself. I don't think anyone will be able to accept it no matter what reason they ask. It was fun working with everyone. thank you very much! (大丈夫、ポメラニアンは閉店するけど、他のカフェの働き場所を紹介するから。理由としては自分一人では経営ができなくなったからだと思います。どのような理由を言っても受け入れられる人はいないと思います。みんなと一緒に仕事するのは楽しかったです。どうもありがとうございます)」


 ここで働き始めたことを思い出すとものすごく大変だった。慣れない英語を使いこなすこと。慣れない土地で文化や日本とは違うやり方を学ぶこと。スタッフの定着率が低かった。日本人のように真面目に働けないと辞めていくスタッフが後をたたなかった。時間通りに分刻みもやだと言うものもいた。なかなか落ち着かない中、ここ数年でやっとこそお客様もたくさん訪れて経営的にも盛り上がって来た矢先だった。赤字だったわけではない。むしろ黒字だった。ただ、人間関係トラブルはいくら黒字でも解決するには難しい。裁判沙汰になることもある。そうなってしまうと、評判も落ちて、客足も遠のく。それを恐れてのことだ。今のところ、日本での店舗は問題ない。とりあえず、こっちの店舗を畳んで、別な国や場所で再経営してもいいかなと考え始めた。内情はスタッフには言えない。本当のことを聞いたら、傷つくこともある。喧嘩になる可能性もある。イアンが特に何をするかわからなかったからだ。夏楓はじめ、他のスタッフは涙を流し始めた。


「悲しい……」


 イアンは覚えたての日本語を涙ながらにボソッとつぶやいた。イアン以外のスタッフはすすり泣いている。


「Thank you, Raymond. thanks so much. I'm really grateful to you. He was the breadwinner of this Pomeranian.(レイモン、ありがとう。本当にありがとう。あなたには本当に感謝してる。このポメラニアンの大黒柱だったわ)」


「Thank you! This cafe has become my purpose in life as well. thank you (ありがとう!このカフェは私の人生の目的にもなりました。ありがとう)」


 レイモンも夏楓も涙しながら、ハグをして背中をたたき合った。孝俊もほろりと涙する。その様子が気に食わないイアンは話を最後まで聞かずに外に出て行った。地面に唾を吐く。感動の余韻に浸るスタッフを抜け出して、孝俊は、イアンを追いかける。後ろから大丈夫かなと心配そうに橋浦も追いかけた。

 

 少し気持ちが落ち着いた夏楓も窓から3人の様子を伺っていた。

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