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珈琲〜Coffee〜  作者: 餅月 響子


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第49話 忘れ物で繋ぐ関係性

街の喧騒に頭の働きが止まりそうになる。

ハイヒールで靴擦れしてないか確認して、夏楓は、出勤する前に空翔の職場に向かった。いつのことだか、自分自身もスマホを忘れたことがあった。後から聞いた話で空翔も夏楓のスマホを届けようとしたと聞いた。なんで届けなかったのかは疑問でしかなかった。よくよく考えてみたら、同級生と会っていると気づいたら気まずかったのだろうかと想像する。過去のことはもういいよと言われていたため、気持ちを切り替えて、高いビルの入口にそっと入って、エレベーターの上ボタンを押した。こんな立派な会社で働いていたのかと現実を知る。今まで興味もわかなかった。空翔の会社を隠されていたわけじゃなかったが、初めて訪れた。変にドキドキする。


 その頃、空翔はオフィスフロアのディスクでようやくスマホを忘れたことに気づく。

「部長、おはようございます。今日も私のお手製コーヒー飲みますよね?」


 部下である石澤奈緒美は、今朝もご機嫌に部長のデスクに全自動コーヒーメーカーで作ったカフェラテを運んできた。叶わない恋だと分かっていながら、空翔に片想いしている。


「あ、ああ。ありがとう。ちょっと、淹れてもらって申し訳ないんだけど、スマホ忘れてきたから家に取りに戻ってくるわ。今日、取引先の加藤専務とランチ会食があったはずだよな」


「え、スマホ忘れたんですか? あんなにスマホにかじりつきの部長が?! 珍しいですね」


「今朝、寝坊したからな……まぁ、いいや。今日の朝のミーティングは時間ずらしてやるから。先に事務作業やっててくれ」

 空翔はデスクから立ち上がり、エレベーターの方に行こうとした。受付のカウンター木下亜由美が来客対応をしていた。


「部長! 部長にお客様ですよ!」

 木下が外に出ようとする空翔に声をかけた。横には夏楓が手元にスマホを持って立っていた。

「木下、悪いんだけど、お客さん待たせてもらってもいい? ……あれ、夏楓?」

「ちょっと、忙しいお客さんを待たせる気?」

「え? お客さんって夏楓?」


 指をさして、木下に聞く。何度も頷いて返答する。夏楓は、空翔の右手をつかんで手のひらにスマホを渡した。


「忘れ物。大事なものでしょう?」

「あ、ああ。そうだけどさ」

「ちょっと、わざわざ届けに来たのにそれだけ?」

「……いや、その……ありがとう」

「うん。ならば、よろしい。んじゃ、行くね」

 

 夏楓は、バックを肩にかけなおして後ろを振り返る。空翔はエレベーターに乗ろうとする夏楓を追いかけた。閉じようとする扉をおさえる。


「ちょっと、遅刻するんだけど……」

「いや、マジで助かった。この件はお礼するから」

「……A5ランクの肉」

「え?」

「肉ね」

 ポチポチとエレベーターの下ボタンを押して、空翔の体を押して外に追い出した。

「お、おい」

「バイバイ」

 手を振って別れを告げる。エレベーターの扉は閉まっていく。夏楓の心臓の高鳴りはさらに増す。職場の空翔を見るのは初めてで何だかお高くとまっているのが悔しかった。部長席であろう名札や肩書を知って信じられなかった。でも、いつもと違う様子の空翔を見て、お得感でもあった。

 夏楓が、エレベーターでおりていく頃、石澤は階段を急いでかけおりた。元彼女と言われていた夏楓がなんで空翔のスマホを届けに来るのか不思議で仕方なかった。本人に聞くより、いいだろうと追いかけた。


「あの!」

 1階の出口自動ドアが開きそうな頃、石澤は夏楓に声をかけた。


「はい。えっと、さっきの会社の方?」

 夏楓は、首にさげていたネームプレートを見て確認する。


「そうです。石澤奈緒美です。羽星空翔部長の同僚です」

「はぁ、そうですか。私は大森夏楓です」

 夏楓は、自己紹介されて、とっさに答えてしまった。なんで彼女がここにいるんだろうと不思議だった。

「夏楓さん、聞いてもいいですか?」

「え、ええ。どうぞ」

 何を聞きたいのかわからないが、とりあえず聞くことにした。

「あの、部長とはどんな関係なんですか? 元カノではないんですか?」

「……空翔がそう言ったんですか?」

「はい。そうです。でも、今日、スマホを届けに来ましたよね? どうしてかなと思って気になったんです」

「あー、まぁ。いいじゃないですか。私から聞きますけど、あなたは空翔とどういう関係ですか?」

「……上司と部下です」

「プライベートまで聞くんですか?」

「……それは」

「すいません、急いでいますので」


 夏楓は石澤の質問に答えるのが嫌になり、そうそうと外へ駆け出した。急がないと遅刻するのもあった。苦虫をつぶしたような顔をして、下唇をかむ石澤は立ち去る夏楓をじっと見つめていた。聞きたいことを聞けなかったことが悔しかった。

 2人がそんな状況だとは空翔は知らない。


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