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珈琲〜Coffee〜  作者: 餅月 響子


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第48話 曖昧な距離と隠れた気持ち

 いろんなことを考えすぎて、一睡もできなかった夏楓は、部屋のカーテンを開けた。太陽が雲に隠れて、少しだけ暗かった。台所からコーヒーの香りが漂う。きっと空翔が早く起きて、コーヒーを用意してくれたんだろう。フリルの白いワイシャツとベージュの仕事着用のスカートに履き替えて、ドレッサーの前に座る。ピアスにネックレス、指輪を付けた。耳たぶの裏が赤くなって、なかなか穴にピアスが入らない。鏡を見ながら、確認してようやく入った。化粧水入りの美白ファンデーションを顔全体につけて、アイブロウをつけた。化粧をするのをだんだん億劫になって、ナチュラルメイクになる。クマができているのにアイシャドウをつける気にもならない。顔を作るのをあきらめて、リビングに出た。


「おはよう」


 空翔は、台所でフライパンにハムと卵を2つずつ落とした。腕時計をチラチラ確認しながら、皿を用意した。夏楓は、コップを用意して、蛇口備え付けの浄水器の水を注いだ。


「時間大丈夫なの?」

 水を飲んで聞いた。昨日は何も無かったようなそぶりだ。


「いや、寝坊したんだよね。ご飯食べる暇ないな……」


 まな板のそばにはお弁当が2つ包んであった。弁当を優先的に作ったんだろう。食事当番表は孝俊になっている。もうここに帰ってくることはないと分かっているのに2人はカレンダーを見て何だかもやもやした。


「寝坊したって嘘じゃん。弁当作ってるし。別にいいんだよ。作らなくても」

 

 夏楓は丁寧に包まれたお弁当を指さした。空翔は、フライパンのハムの上に乗せた目玉焼きを皿に乗せた。オーブンレンジではバターを塗った食パンが焼きあがった。


「俺が作りたくて作ったんだから気にするなよ。悪い、そろそろ行くわ。できたの食べていいから。俺、これ、夕飯に食べるから」


 空翔は、できた朝食のおかずの皿にラップをかけた。夏楓はできあがった皿を受け取って申し訳なくなった。


「あ、うん。ごめん。ありがとう」

「おう、んじゃ、戸締りよろしくな」

「う、うん」

 

 空翔は、腕時計を見ながら、慌てて出かけていく。

 夏楓は、空翔の後頭部の鏡では見えない寝ぐせが気になった。皿を食卓に乗せて、急いで追いかける。


「ちょ、待って! 髪!」

「え?」


 洗面所を経由して、クシと寝ぐせ直しスプレーを片手に玄関に向かった。今まさに靴べらで靴を履こうとしていたところだった。後ろを振り向いてすぐ、目の前に夏楓のお腹が近づいた。かがんでいたため、急接近する。


「寝ぐせ。ひどかったから直しておいた」

「あー、悪い。助かった」

「う、うん。これで大丈夫」


 何となくぎこちない雰囲気が漂った。一瞬だけ数年前を思い出す。


「んじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 自然な流れでなぜか2人きりの空間が増えた。何だろう。夫婦でもない。恋人でもない。友達っていう感じでもない。同居人なんだろうか。複雑な気持ちのまま、後ろ髪引かれるように外に出て数メートル進んでから後ろに振り返った空翔は、首をブンブン振って小走りで会社に向かう。


 両手に寝ぐせ直しグッズを持ったまま、佇む夏楓は、鏡の前で自分の顔を見る。心と体は不一致で頬が真っ赤になっていた。熱でもあるんだろうか。鼓動も早い。こんな気持ちになるのは何カ月、何年ぶりだろう。夏楓は、首を思いっきりブンブン振って、両頬をたたいた。


「いやいや、夏楓、しっかりしろ」

 

 自分に言い聞かせた。ふとリビングのソファを見て、嫌な記憶を思い出す。もやもやしていると、テーブルの上に空翔のスマホがあった。


「忘れものだ……届けないといけないかな。あ。行く時間だ」


  壁かけ時計の時間を見ると、そろそろ夏楓の出勤時間でもある。自分のバックに空翔のスマホを入れて、急いで、朝ごはんを食べた。せっかく作ってくれたご飯と用意してくれたコーヒーがもったいない。1割前後食べて、夏楓も夕食に食べようと皿にラップして2人分の皿を冷蔵庫に入れた。一緒に食べようと考えていた。改めて、冷蔵庫に並べた皿の数を数える。2人きりになる時間が増えるんだ。孝俊が知らない女性とともに出て行ったため、自動的に空翔と夏楓の2人だけ。



 今は、拒否する理由が2人とも見当たらない。家賃も安い。お互いに干渉していない。ちょうどいい距離だ。仕事も忙しくて引っ越しどころでもない。少しだけ緊張するが、それでもいい。夏楓は、思ってもみないくらい頬を赤くして玄関のドアを開けた。


 空翔は、家のことより職場に遅刻せずに着くかどうかのぎりぎりの時間でそわそわしていた。腕時計を見ながら、街の茶色い石畳の歩道を歩いた。スマホを自宅に忘れていることも気づいていなかった。

 




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