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珈琲〜Coffee〜  作者: 餅月 響子


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第41話 他人のこと言えない上司

 オフィスフロアに電話のコールが響いた。空翔はいつも通りに仕事にとりかかった。時々、コホンと咳をする。デスクの引き出しに入れていたハーブの飴を舐めてごまかした。マスクの下ではミントの香りが広がっていた。今朝まで会っていた夏楓からうつったんだろうと分かっていたが、責めてはいない。自分で選んだ行動だと決めていた。熱は出ていないため、仕事はできる。喉の腫れと痛みでガラガラ声になってきた。


「部長、風邪ひきました?」


 パソコンのキーボードを打つ手が止まった。顔も無表情になる。声をかけてきたのは、石澤奈緒美だ。トレイに乗せて持ってきたのは温かい梅昆布茶だ。頼んでいない。


「え?」

「はい。温かいお茶です。これ、梅入ってますから、クエン酸で疲れもとってくださいね」

「風邪? ひいてないよ。むせただけ」

「部長、わかりやすい嘘つかないでくださいよ」

「昨日、カラオケフリータイムで歌いすぎてね。ガラガラなんだわ」

「……じー」

 

 石澤奈緒美は、明らかに嘘だと勘づいていた。空翔の眉がくいっと曲がったのを見逃さなかった。


「奈緒美? 売店行こう」


 同期の木下亜由美が、向かい側のデスクから緑の長財布をひらひらと振って、合図した。空翔は、これは振り切れるとガッツポーズを作った。


「ねぇ、亜由美? 部長って風邪ひいてると思わない?」

「え? 風邪? 朝からずっと咳してたよ」

(げ、バレてる……)


 空翔は冷や汗をかいた。亜由美は、平然とした顔で言った。石澤奈緒美は、にやりとした顔をした。


「ちょっと、部長。上司がしっかり休んでくれないと部下も休みづらくなりますから、今日は早退しましょう?」

「…………」


 パソコン画面をずっと見続けて、固まった。どうするべきか。上司として、仕事の責任もある。体調の管理はもちろんしっかりとできていないといけない。それをできているのが当たり前だ。でも、今たまっているデスクに重なった書類が大量なのを休んでられないという気持ちが出る。石澤奈緒美は空翔の隣に移動した。


「これ、今日中にやらないといけないんですか?」

「あ……」


 どさっと両手に重ねて、運ぼうとする石澤奈緒美だ。4分割にして、隣近所のスタッフにまわした。


「部長、これ、私たちでやっておきますから。しっかり休んでください、ね!」

「え、いや、俺の仕事」

「これは、私たちの仕事です。もう部長の仕事ではありません」

「あー……やりたかったのに……コホン」


 咳払いをして、落ち込んだ。目の前に仕事があったら、一気に済ませておきたいタイプだ。モチベーションがずんと下がる。デスクの上にうなだれた。


「部長、諦めてください!」


 笑顔でウインクする石澤だ。空翔は、致し方なく、帰る支度をした。本当にやり残していることはないか確認する。


「いいからいいから。帰ってください! やっておきますから」

「……帰れってひどくない?」

「うーん……えっとぉ、お大事にどうぞ!」

「病院の受付の人?」

「違いますけど、いいですから。お大事にしてくださいね」

 石澤奈緒美は、空翔の背中を押して、オフィスの出口まで見送った。


「取引先の石川商事の坂本さんから電話あったら、しっかり話聞いておいてくれる?」

「はい、わかりましたから。お疲れさまでした」

 石澤奈緒美は、深くお辞儀をして、空翔を帰らせた。時刻はまだ午前10時だった。

 街の喧騒の中、空翔は、家路を急ぐ。さっきまでは咳をしていたが、だんだん顔が火照っている気がした。交差点の横断歩道を渡ろうとすると、すれ違いざまに孝俊に会った。


「おう! 空翔。今から、仕事?」

「いや、違うけど」

「……また家泊めてくれない?」

「ちょっと、今日は無理かな」

「な、なんで。親友の頼みは聞けないってか」


 路上のベンチ近くで2人は立ったまま話し続ける。風邪を引いていてまともな返事もできない。額に筋がでてくるが、感情をおさえた。


「お前の望みを叶えるための友達ではない」

「げー、はっきり言うなぁ……」


 空翔はお人よしだ。言葉ではキツイこと言っているが、結局、孝俊を泊めてしまう。自分自身を見ているようで同情心が芽生える。風邪だからと隣同士では寝れないぞという念を押す。


「誰が、お前と隣に寝るか!」


 流行りのBLになる気はサラサラないようだ。そうならば、彼女でも作ってヒモにでもなればいいのにとベッドで横になりながら考える。この発熱、喉痛みとガラガラな声のひどい風邪をうつしてやろうかといじわるな考えになってしまう。今の空翔にとって、孝俊は目の上のたんこぶ状態だ。


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