第37話 社長でも寝坊してしまう
リビングのテーブルで書類を広げて、事務作業を途中のまま眠ってしまった夏楓は、小鳥のさえずりで目を覚ました。腕を伸ばして、あくびをした。カーテンから日差しが伸びている。天気がよさそうだと安心していると、ㇵッと現実を思い出す。
今日も仕事で出勤する予定のをアラーム設定するのを忘れていた。スマホと壁掛け時計と腕時計、目覚まし時計とあらゆる時計を何度も確認する。時刻は午前9時。出勤時間は午前9時。いや、同じ数字に目を大きくさせる。
「ち、遅刻だーーーー!! わぁ、どうしよう、どうしよう。私、社長なのに!」
半泣き状態でパタパタと意味もなく、パジャマ姿でリビングを行ったり来たりした。何の準備ができていない。とりあえず、スマホのロックを解除して、相棒の水川輝音の鬼電の着信履歴を確認した。
「はいはい。今、電話しますよっと」
少し冷静になって、水川の電話番号を出して通話ボタンをタップしてスマホを耳にあてた。コールが鳴る。
「夏楓~~! 寝坊ですか??」
「水川様ぁ、そうです。寝坊です。申し訳ございません!」
「謝って解決するならいいですけど、早く出勤してもらっていいですか? 今日も橋浦くんお休みなんですから」
「え?! 橋浦くん、休み?」
「そうですよぉ。まだ熱あるんですって。休みますってグループラインに38.7度の体温計の写真と一緒に送ってきました」
水川は、淡々と橋浦の状況を説明する。夏楓はうなずきながらゆっくりと聞いているといつの間にか時計の針は午前9時15分。
「あー、ごめん。水川さん。今から早急に準備してそちらに向かいますから、カフェの開店前準備よろしくお願いします」
「はいはい。言われなくてもそのつもりです。けがしては大変なので、焦らずゆっくりお願いしますね」
「女神様、仏様、観音様ぁー!」
「勝手に人を殺さないでぇ。生きてるからぁ。それじゃぁ」
水川は、そういうと、通話終了ボタンをタップした。どんな神様も仏様ももう現実にはいない人物だ。水川は冷静に対応する。何だか、現実対応でがっかりする夏楓だった。
「まったく、水川さんはノリ悪いなぁ。さてと、出勤準備しないと……あーー、今日税理士さんと話あるのに書類全然まとめ終えてなかった……終わった。そうだ、税理士の熊谷さんに手伝ってもらおう!」
夏楓は、テーブルに広げた売り上げ伝票もろもろの書類を必死で丁寧にまとめて、リクルートバックに詰め込んだ。片手に焼きたてのバターを塗っただけの食パンをくわえる。飲み物は冷蔵庫に入っていた牛乳をマグカップに注ぐが思いがけず床にこぼす。
「わぁ、焦るとやらかすなぁ……拭かないと!」
棚に置いておいたペーパータオルを取り出して、牛乳でぬれた床を手早く拭いた。
パンをくわえたまま、玄関の外に出た。白いフリルのワイシャツとベージュのスーツを着て、ハイヒールを履いた夏楓は、バックから鍵を探す。
「こういうときに限って鍵が見つからない!!」
次から次へと度重なるミッションがやってくる。スムーズに出勤したのはいつの日か。カツカツと階段をかけおりると、登って来る男性2人と目が合った。
「夏楓!」
空翔が真上を向いて声をかける。後ろには孝俊がいた。夏楓はなんでこんな時にとイライラが増す。
「ちょ、空翔と孝俊がなんで一緒にいるの?」
「……話せば長くなるんだけどさ」
「無理! 絶対今は無理。今日は税理士さんと打ち合わせあるから対応できないから!!」
夏楓は空翔の言いかけた言葉をさえぎって、言わせなかった。しゅんと寂しそうに顔をふせる孝俊に空翔は同情すら覚える。夏楓の言葉は鋭かった。
「んじゃ、どけて」
階段をささっとかけおりる。今は空翔のことも関係ない。誰が目の前を立ちはばかろうとも意地でもよけるだろう。税理士さんとの話をしなければ、会社の危機に近いこともあるかもしれない。脱税だなんだと訴えられたら大変だ。忙しそうに立ち去った。
嵐が去った後のように空翔は、孝俊の肩をぽんとたたいた。
「……俺はいつもそんな感じに振られて終わりだ。話しかけてもいつも仕事のことばかり。眼中にない」
「お前が仕事してないからだろ」
「そりゃぁ、そうなんだけどさ」
「……悪いな。俺も仕事行かないと。ハローワークにでも通って仕事見つけろよ」
空翔は腕時計を確認して、孝俊をなだめた。リフレッシュ制度で遅い時間に出勤する福利厚生がしっかりしている会社だ。一晩空翔の家に泊めて、もらい、夏楓の住所を確認のために訪れたが、見事に振られた。離婚しているから当たり前かと思ったが、空翔の目の前のため、強く出てみた次第だった。作戦は失敗だ。
空翔が立ち去った路上で孝俊は石ころを蹴飛ばす。ジャラジャラと何やら大きい音が聞こえてくる。ここに行ったらきっと心を救われるんじゃないかと孝俊は堅実的な仕事探すことをやめて光と音が輝くお店に吸い寄せられていった。




