第36話 デジタルな居酒屋でお酒を飲みかわす
個室の居酒屋に空翔は孝俊を誘導した。予約していなくてもたまたま1室開いていたらしい。ぶつぶつと文句がありそうな孝俊をなだめるようにテーブルに置かれたおしぼりを渡した。
「居酒屋来慣れてるなぁ?」
「まぁ、接待にもよく利用してるからな。今ではタブレット注文がありがたいよ」
おしぼりを手に取って、手を丁寧に拭く孝俊に、メニューの注文の仕方を教えた。タブレットには、おひとり様にも癒しをというキャッチコピーで、Vtuberのキャラクターが注文を受けるシステムだった。可愛い女の子のイラストがリアルに動いて、話しかけてくれる。
「これってリアルタイムじゃないんだよな?」
「ペッパーくんと同じだろ。元声と動画を録画したんじゃないか? 反応が何万通りかあるんだろ。たぶんな。詳しくはわからないけど」
「まるでホステスだな。お酒なくなったらすぐに声かけてくれるってさ。体には触れられないけどな」
「……セクハラだろ。それは」
「あ、ああ。そうだけど、恋人みたいで何回も通うかもしんねぇ。俺」
孝俊はVtuberの『りさ子』の虜になっているようだ。呆れたように空翔は次々とあらびきソーセージやたこわさび、焼き鳥セットなどをタップして注文した。喋ろうとしているりさ子の声はスルーしている。
「おいおい。りさ子ちゃんの話聞こうぜ」
「別に……俺らは飲んで食べに来たんだろ?」
『いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ』
トップページ戻ってしまう。ありきたりなセリフの声を真剣に聞く孝俊だ。
「なんでもないロボットでも何でも女の子から話しかけてくれるなんて、今はそれだけで癒されるなぁ……」
「お前、終わってるな。人間と接してないのか?」
「……察しろって」
配膳ロボットが扉の向こう側で話している。
『お待たせしました。ご注文のレモンサワーとスクリュードライバーです』
「お、来た来た。受け取ったら、このボタンを押すんだよな」
空翔は、配膳ロボットからお酒を取り、受け取り完了ボタンを押す。
「ハイテクにどんどんなっていくと人間と触れる時間も少なくなるんだな」
「ホールスタッフの可愛い子との関わりも減るってわけだな」
「そんな目で俺は見てないけどな」
空翔は、孝俊の言葉に重みを感じていた。今の生活に不満はない。それでいいと思っている。1人でいることに慣れている。仕事にも精を出し始めていた。
「んじゃ、何に乾杯する?」
「まぁ、再会に乾杯か」
カツンとグラスをあてた。地味に響く。沈黙になった。孝俊はじっと空翔の顔を見る。結婚式の披露宴で会った以来だった。こんな顔をしていたかなとまじまじと見た。
「見すぎだ」
「お前ってそんな顔していたかな。老けた気がする」
「接待とかしてると高齢の人と接することが多くなったからな。白髪も増えたし」
髪をぼりぼりとかきながら言う空翔がうらやましく感じる。
「いいなぁ。仕事、順調にいってるじゃん。俺なんて成り行きで夏楓に着いて行ったらやっぱり合わないなって感じて逃げ出したくなったんだ。一緒にいることもプレッシャーに感じて、自暴自棄ってことだよな。俺は、もう、お先真っ暗なんだ。日本に帰ってきてもやることがない」
空翔のグラスの氷が溶けてカランと鳴る。孝俊は腕の中に顔をうずめる。
「俺だって、ここまで来るのに順風満帆だったわけじゃない。言ってなかったけど、結婚まで約束したのに夏楓に振られて、それからずっと独身だし、仕事だって、顧客に対する大きなミスをして、何度辞めようと思ったか……苦労は何度もある。この肩書になるのも上司が次々辞めていくから仕方なくやらざる得ないんだ。なおさら、辞められなくなった」
目をぱちくりさせて、孝俊は空翔を見る。過去を振り返った。犬の散歩しながら、はじめましてと夏楓が言ったあの時に眉をしかめた空翔がいた。元カレだったと思い起こせば白々しいと思った。空翔が振られて、自分のところに夏楓が来てくれたんだと思うと、テンションが爆上がりした。
「空翔も苦労してるんだなぁ」
空翔の肩に手を置いて、にやにやと笑う。空翔は額に筋を作る。何か勘づいた。
「孝俊、お前、今、俺に勝ったと思ってるだろ。なんで勝ってるんなら、無職になってるんだよ」
「……え? ニート。それはなんででしょうね」
(絶対離婚したことは言わないでおこう)
孝俊は口笛を吹いてごまかした。
「そういや、夏楓に会った時、結婚指輪してなかったけど、なんで?」
孝俊は斜め右上を見て、視線を逸らす。そうしてる間に大量に注文した食事が配膳ロボットが運んできた。
『お待たせしました。ご注文の焼き鳥セットとあらびきソーセージやたこわさびをお持ちいたしました』
「はいはい。受け取りますよ。ぽちっとな」
孝俊は慣れた手付きで皿をテーブルに運ぶ。受け取り完了ボタンを押した。
「というか、いつの間に夏楓に会ってるんだよ。俺の知らないところで!」
「たまたまだよ。会社の近くにできたカフェだったこともあってさ」
孝俊は、焼き鳥のくしを海賊のように豪快に頬張った。
「へぇー、そうなんだ。話変えるけどさぁ、空翔、家泊めてよ」
「いきなり変えすぎだな。家? ヤダ。絶対ヤダ」
「なんで?」
「何か嫌な予感しかしないから。お前には夏楓いるだろ」
「……そこを何とか!」
「超絶無理!!」
孝俊は焼き鳥をむさぼり食べながら、断り続けた。その望みは叶わなかった。孝俊は、人の金で飲む酒はうまいと酔いつぶれて、連れて帰るしか他ならなかった。空翔は大きなため息をついて、孝俊を抱えながら路上をフラフラと歩いた。
車のヘッドライトがあたる。真夜中に黒猫が通り過ぎて行った。




