表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
珈琲〜Coffee〜  作者: 餅月 響子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/66

第26話 思い出のコーヒーと懐かしい香り

電話のコールが鳴り響くオフィスフロア。


空翔は、仕事に熱中するあまり、いつの間にか肩書が平社員から部長まで昇格していた。そもそも、若い人は昇格したくないと断る人が多い。就職して3年も持たずやめていく人もあとを立たない。年を取って、仕事も慣れて、教えられる側から教える側に立ち、今では部下を仕切る立場に。いろんな場面で苦労はあるが、恋愛のこじれを戻すよりはまだマシと思ってしまう。女子の考えることは本当にわからないものだ。夏楓と別れて、結婚式にも参加してもう3年は過ぎた。式を出てからというものこれと言って、2人からの連絡は一切なかった。アメリカでの生活で忙しいんだろうと自分の生活に没頭していた。未だに独身。もう、誰かと付き合って傷つくは嫌だと前に進むのに臆病になっていた。


「部長、コーヒーは砂糖とミルクどっちも入れていいんですよね」


「あ、ありがとう。別にいいんだよ。自分で入れるから」


「いえいえ、部長は仕事に熱中しすぎて水分補給するの忘れてますから、倒れられても困ります。飲んでくださいね」


「あ、ああ。悪い。ありがとう」

 

 いつからかこの会社でのお茶出しはやらないことになった。男女差別だの仕事が多いだのクレームが入って、お客様以外のお茶やコーヒーは各自で飲むようにということになる。その代わり、ボタンを押せばすぐに自動で出て来るコーヒーマシンが導入された。コーヒーの種類も豊富でエスプレッソやカフェラテ、カプチーノ、抹茶ラテ、ココアなどファミレスのドリンクバー並みにある。職場で飲み放題なら、お茶出しされなくても全然不満はない。福利厚生も良いと評判になりつつある。


 むしろ、こうやって、用意してくれるのが珍しくなった。かえって目立ってしまう。ほかの社員からうらやましそうに見られる。それもそうだ。空翔に興味があると宣言された女子社員。石澤奈緒美いしざわなおみは入社して3年。ちょうど、夏楓と別れた頃だった。独身だフリーだと言ってしまった時から目をつけられていた。自分には適さないと断り続けていた。

 ため息をひとつこぼして、甘いカフェオレを飲む。いつも飲むのはペットボトルのお茶だったため、カフェオレを飲むのが久しぶりだった。夏楓のことを思い出す。ずっとブラックコーヒーを飲み続けていた。今は緑茶や麦茶などのお茶生活になって、コーヒーとは無縁の生活だった。あの頃が懐かしい。


 時刻は午後の5時。今日は何も予定は無かったが、無性に早く帰りたくなった。残業もせずにタイムカードを切る。部下たちも帰りやすくなるだろうという計らいだ。

 

「お先に失礼します」


「お疲れさまでした。部長珍しいですね」


「うん。まぁね。たまにはいいかなと思って……。みんなも早く帰るんだぞ」


「「「はーい、お疲れさまでした」」」


 数人のスタッフが返事をした。和気あいあいとした職場で過ごしやすい。今の雰囲気になったのはつい最近のことだ。

 石畳が広がる遊歩道。商店街を通ってから帰ろうと歩いているとどこからか匂いが漂う。もつ煮込みのお店だ。今日はここで食べて、飲んで気分転換してから帰ろうかなと思い立つ。その日に決めるのも空翔にとっては初めてのことだ。暖簾を避けて、カウンターの席に座る。静かなお店にお客さんが数人座っていた。


「いらっしゃいませ」


 マスターにおしぼりを渡された。古民家をリフォームした新しい個人経営のお店だ。1人暮らしになってから時々外食もすることも多くなる。1人黙々と食べる夕飯は寂しさで溢れて来る。


「お通しは肉じゃがです」


 青いおしゃれな小鉢に入った肉じゃがを出された。おふくろの味のように優しくて懐かしい味だ。しばらく家で食べたことがない。生ビール片手に1人で味わった。


 また1人お客さんが入って来る。近くを通り過ぎて嗅いだことのあるムスクの香水が漂った。


「いらっしゃいませ」

「生ビールひとつ」


 白いフリルのオフショルダーに黒のデニムショートパンツを履いていた女性が隣に座った。ほかにも席は空いているのに。



「今日も暑いですね」


「そうですね。食欲も減りますよ」


 マスターとその女性は知り合いのようだ。空翔は顔を見るのは失礼だと横で声を聞くことしかできなかった。黙ってビールを飲む。よく考えると聞いたことのある声だった。


「あれ……」


 その女性は空翔を見て、指差して驚いていた。




 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ