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プロローグ


挿絵(By みてみん)





 もしも一つ願いが叶うとしたら、私は何を願うだろう。


 子供の頃、彼と約束したことがある。


 あれは雨上がりの夜のことだった。


 病院の屋上にある塔屋に上り、一緒に「空」を見た。


 センタービルの明かりが、クラクションの鳴る街の底を照らしていた。



 「もし俺の寿命が来たら、この心臓を誰かにあげてほしい」



 迷惑だと思った。


 心臓なんて、すぐに取り出せるようなもんじゃない。


 病室を抜け出した彼の隣で、気兼ねなくそう話す彼の横顔を見ながら文句を言った。


 私は医者じゃないし、聖人君主でもない。


 最初から諦めるなんてダサいよ?


 また一緒に体育館に行って、バスケしようよ。


 彼は笑ってた。


 私じゃ相手にならない。


 そう言って、今のうちに練習しとけって言ってきた。


 さっきまで、泣きそうな顔をしていたくせに。




 中学3年生の時だった。


 バスケの練習の後、彼の足や体によくアザができるようになった。


 バスケは接触もある激しいスポーツだ。


 最初は気にしてなんていなかった。


 どうせ練習中についた傷だと思ってた。


 いつもバカばっかりやってた彼のことだ。


 それが、「変」だとは思わなかった。



 ところが、いつも一番乗りだった放課後の後のランニングで、「すごくしんどい」と言うようになった。


 変だなとは思った。


 練習をサボるようなやつじゃないし、体力だって人一倍ある。


 校内を一周したくらいで地面にへたり込む彼は、いつもの「彼」じゃない気がした。


 それでも彼は笑って、


 「大丈夫」


 そう言うだけだった。


 履き潰したランニングシューズの紐を結び直し、お尻についた土を払って。



 高校一年生になったばかりの5月下旬。

 

 朝のホームルームの後に彼が保健室に運ばれた。


 急に鼻血が出て、ティッシュで顔を覆ってたけどダメだった。


 みんなが気にかける中、彼は「ヘーキヘーキ!」と気にしていない様子だった。


 2限目からは普通に戻ってきて、いつも通り授業を受けた。


 その夜だった。


 彼のお母さんから、病院に呼ばれたのは。



 一体いつからだろう。


 何気ない日常の時間が、かけがえのないものだと思えたのは。



 「気にすんな」


 彼はそう言って、私を励ます。


 人の心配なんかすんなと、強がったように嘯いてみせた。


 それが本音じゃないことはわかってた。


 放課後の後1人体育館に残って、フリースローの練習をしてたっけ。


 どうしようもないくらいに泣き腫らした顔で、ひたすらボールを投げ込んでた。


 そんな日が何度も続いた。


 夏が終わる頃には、彼は学校に来なくなった。


 




 最初からわかってたんだ。


 彼が必死に生きようとしていたこと。


 明日が来るって、信じていたこと。


 だからあの日の夜、2人で約束した。


 明日なんて考えなくていいくらい、一緒に走ろうって。


 足がもつれて走れなくても、私が引っ張ってあげるからって。



 あの日、星が降った。


 数え切れないほどのたくさんの星が、夜空に煌めいていた。



 いつか見た「空」の向こうへ行こう。


 

 彼はそう言って、くしゃくしゃの笑顔を私に向けた。


 病室から持ち出したバスケットボールを、——片手に。



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