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カメリアside

 処刑台は、とても見晴らしが良い。

 見物人のざわめきは耳障りだけど、それらを見下ろしてやるのは少しだけ愉快だった。

 この光景を眺めるのは、何回目だっただろうか、いつもと同じ処刑台、いつもと同じ囚人服、いつもと同じ執行人。いつもと同じ青い空。私は、今回なんで裁かれるんだっけ。


 私は、同じ人生を繰り返してる。


 一度目の人生。私は兄を手にかけてしまった。わざとではなかった。酒を飲んで帰ってきた兄は、私に乱暴をしようとした。私は部屋から逃げ出し、兄はそれを追ってきて揉み合ってるうちに階段から突き落としてしまった。

 身内殺しは重罪である。兄の名誉のため、大した裁判も行われず、私は処刑された。

 

 二度目の人生。私は姉の身代わりになった。私の姉はとある女性を手酷くいじめていた。その女性はこの国の王子に見そめられ、姉は断罪されることになった。しかし姉を守るため、私は全ての罪を被り処刑された。


 三度目の人生。私は、今までのことを父親に打ち明けた。


「カメリア。お前は、二度に渡って家族を救ってくれたんだな」

 

 初めてだった。父が私を褒めてくれることも、その笑顔を私に向けてくれることも。

 私は父に言われるがまま、未来で見てきたことを父に話し、父は楽しそうにそれを聞いた。

 「いいかい、カメリア。死に戻りができることは私以外のものには秘密にしとくのだ。……そんな力をもっていると知れたら、お前が狙われるかもしれない。父はそれを心配しているのだ」 

 父が私のことを気にかけてくれている。その時は、そのことが心から嬉しかった。


 ある日。父の事業が失敗した。ギャンブルで負けたその負債を返すためだった。

 でも父は変わらずニコニコして私に言ったのだ。


「カメリア。リセットだ」


 最初は意味が分からなかった。

 父の合図で、警察が家に入ってきて、私を捕縛した。なんの罪だったのかも覚えてない。私は、父が適当にでっちあげた罪で処刑をされた。


 四度目の人生、私は父に再び死に戻りについて話し、なぜそんなことをしたのか尋ねた。

 すると、父は悪びれもせずに言った。


「カメリア。お前の才能は素晴らしい」

「ループのことを覚えているのですか?」

「お前が話してくれたおかげで思い出せるのだ。この人生で……四度目か。次はうまくやろう。お前のおかげで経営はうまく行くことが決まってる。あのギャンブルも逆に賭ければ成功していたということだ。今度はもっとお金を手に入れられるぞ。分かるだろ?カメリア。家族のためなのだ」

 父は、金を儲けるために、私を死に戻らせたのだった。

 私のもつ未来の情報を有効に使い、金を儲ける。そしてその金をギャンブルに賭ける。ギャンブルに失敗して多額の借金を負えば、なかったことにするために私を処刑し、リセットする。


 きっと。いつか金儲けに満足すれば、ギャンブルに飽きれば、父が私を処刑台に送ることは無くなる。それまでの辛抱なのだ。


 その日を夢見て、私は目を瞑る。痛いのも苦しいのもほとんどない。いつだって死は一瞬だ。

 また目を開ければ、父が笑顔で待っててくれる。


 処刑人が私の首に縄をかける。

 程なくして、床下が開き、私の体はそこ穴に吸い込まれていった。


 ぶちっ!だん!!!


 今までに聞いたことのない、破裂音にも似た。何か千切れる音と強い衝撃。そして体の痛み。

 何が起きたのかわからなかった。思わず開けた瞳には、父の笑顔は映っていない。そこにあるのは天井にぽっかりと空いた穴。

 ちがう。あれは床だ。私が落ちてきた穴。意味がわからず、息さえできない。

 苦しい。気持ちが悪い。

 断続的に続くそれに耐えきれなくなった私は、意識を手放した。




 暖かな肌触り。ああ、牢獄って寒いからこういう毛布欲しいと思ってたの。この鼻をくすぐるのはシチューの匂いだ。コトコトとよく煮えている音がする。

 ああ、お腹すいたな。処刑する前って何も食べさせてもらえないから。毎回ぺこぺこなのよね。

 ぼやりとした意識が覚醒し、がばりと起き上がってあたりを見渡す。暖炉では薪が燃え、シチューが吊るされている。私には薄い布団が三重にかけられていた。ふわふわとした生地で出来ていて暖かい。

「ここは一体……私は処刑されて……」

 ガチャリという音とともに扉が開く。

「あっ、起きた」

 低い声でぽつりと呟いて、背の高い痩せた男が入ってきた。歳な頃は私と同じくらいだろうか。随分と若い。その手には食器が二揃え乗っている。

「あ、あの……ここは?」

「俺の家だよ」

「貴方の?えっと私は……どうしてここに……?処刑は……?」

 男は「んー。」と曖昧に返事をしながら、縁のかけたコップのような器に、シチューをよそう。

「はい」

 手渡されたシチューを戸惑いながらも受け取る。スプーンを待っていたが、一向に渡される様子もなく、男も同じようなカップに直接口をつけたので、それに倣った。

 熱くて、熱くて。飲むたびに口内を火傷した。でも食べ進めるのをやめられなくて、嗚咽を漏らしながらもそれを飲み干した。男は何も言わずにおかわりを注いでくれた。

 腹が膨れたところで、私はやっと落ち着きを取り戻し、男に頭を下げた。

「シチューをありがとう。ご馳走様でした。それで……貴方は一体?」

「俺は君を吊った執行人だよ」

 びくりと体が震え、思わず壁際まで後ずさる。今までの人生で、執行人が変わったことはない。つまり、目の前にいるのは何度も私を吊り続けた人間。いつもフードを目深に被っていたが、まさかこんなに若い男だったなんて思いもしなかった。

「私の処刑は失敗したのね。それで次の執行日はいつなのかしら」

「君の処刑は執行されただろう」

「ええ、でも私は生きているじゃない」

「そんなの関係ないよ。刑はしっかり執行された。たまたま縄が切れて、君は死ななかった」

「だって戻らないとお父様が……」

 言いかけて口を紡ぐ。死に戻りのことを父以外には言ってはいけない。

「お父様って君を司法に訴えた人でしょ?なんかよく分かんないなぁ。調書も読んだけど、穴だらけだったし。君、本当に処刑されるほど悪いことしたの?」

「……貴方には関係ないでしょ。お願い。私を殺して!」

「嫌だね。一人でどうぞ」

「それができないからお願いしてるの。貴方執行人でしょ?私なんて簡単に殺せるでしょ。殺すことなんてなんとも思わないでしょ」

 無気力そうだった執行人の目がぎらりと光る。片腕がこちらへと伸びたかと思うと、そのままベッドの上に押し倒された。

 息は辛うじてできるほどの絶妙な力で執行人は私の首を絞める。

「なんとも思わないわけないだろ。家業だから仕方なくやってたんだ。いるんだよ。執行人だから人を殺すのが好きだとか、執行人だから人殺しになんの抵抗もないとか言って……お前みたいに俺に死を望むやつ」

 ほんの少しずつ強くなる手の力。ほんの少しずつ喉元に埋まっていく指先。

 痛い。苦しい。辛い。

 我慢の限界を迎え、私は執行人を突き飛ばした。涙目になる程酷く咳き込み、新鮮な空気を吸い込む。

 ベッドの端っこでひっくり返った執行人は大きくため息をついた。

「あー、やってらんない。そんな一生懸命に息吸ってる時点で死ぬ気なんかないじゃんか」

「そんなこと……」

「そうだろう。お前は死にたくないんだよ」

「……でも私、死にないと!」

「はぁ……難しいことは分からないけどさ。すぐ死にないとダメなの?」

「え……?」

「今すぐに死なないと困るわけ?」

 そう言われて、はたと気づく。死ねば戻れる。だがそれは急がなければならないのかと聞かれれば、答えは否だ。少しばかり父には迷惑はかかるが、自分が死ねば元通りになるのだ。ならば、少しぐらい。いままで頑張ってきたのだから、息をつく時間があっても良いのではないだろうか。生き残ってしまった安堵感からそんな安易な考えが浮かび上がる。

「今すぐ……じゃなくていいかも」

「じゃあ、せいぜい今はいろいろ忘れて生きるこった」




 行く当てもない私は、執行人の家で家政婦をして過ごしていた。

 暖炉の部屋で眠り、掃除や洗濯をし、執行人に料理を作る。最初は迷惑そうにしていた執行人だったが、そのうちに夕食を囲んで、楽しく談笑するほどの仲にはなっていた。

 ほとぼりが覚めた頃には、外も出歩けるようになった。いつの間に私は、執行人の奥さんなんて言われるようになって。夕食の席で、彼の名前も知らないのおかしな話だと笑うと、彼も違いないとそっぽを向いて笑っていた。その耳がちょっと赤いことを知って、私もなんだか顔が熱くなった。


 そうしてある日。家の戸を激しく叩く音がした。開けてみた瞬間に、腹に熱いものを感じる。そこにいたのは、ぼろぼろの男だった。髪はところどころ抜け落ち、歯はなく、頬はこけた汚らしい男。

「カメリア。やっと見つけたよ。酷いじゃないか死んだふりなんて」

 しわがれているが、その声。忘れもしない。


「お父様……?」


 そこにいたのは、父であったものだった。その手に握られた包丁から、ぼたぼたと血が流れ落ちている。

「処刑人とねんごろになるなんて、よく考えたな。おかげで俺は借金取りに追われる日々。家も何もかも差し押さえられ、お前の兄さんも姉さんとも別れ別れ。わかるか?お前のせいで家族はめちゃくちゃになっちゃったんだよ」

 笑いながら、泣きながら。くるくると表情変えながら、父は喚き散らしていた。

「でも大丈夫。父はお前を許そう。だって死ねば戻れるだろ?」

 吐き捨てるように言って、父はその場を去っていった。

 腹が痛い。血が止まらない。ああ、死にたくない。死にたくないな。

 心からの懇願。掠れた視界の中、執行人がかけてくるのが見えた。

 彼は私の傷口を懸命に抑え、何か叫んでる。

「…て……ろして……」

 執行人ははっとした顔をする。そうして顔を歪ませ、その両手は傷を抑えるのをやめた。

 

   貴方の手で殺して。


 彼の大きな手が私の首を抱きしめる。

優しく、ゆっくりと息が出来なくなっていく。

 貴方の涙が私の頬を伝ってく。

 ああ、大丈夫よ。苦しいのは一瞬なの。いつだってそう。だから。だからね、今回もちゃんと私の命を奪ってね。

 大好きな貴方の腕の中で、私の意識はなくなった。

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