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物語デュアルソリッド(改)  作者: 中嶌まり
1/1

ラピスとラビット

SF(少し不思議)なおはなしです。

「カフェオレとカフェラテの違い、知ってる?」

ここはアウロラ技研の社員食堂。

ランチタイムも終了し人もまばらだ。

そんな中、食堂のおばちゃんトモエが整備服姿のラピスへ話しかけた。ラピスは一見すると寡黙な青年で、取っ付きにくい様に思われている。

トモエの得意気な表情に、青年は眉ひとつ動かさず「カフェラテを注文したら出してくれるんですか?」と応じる。アイスブルーの瞳の奥がチラッと光る。

それを聴いてトモエがハンカチを咥えキー!と悔しがる。

「あらやだ!それ!答えを知ってるってことでしょ!?お察しの通り社員食堂にはそんないい豆がありませんからね!ほら!インスタントコーヒーでつくっちゃうもんさ」トモエがガハハと笑いながら、インスタントコーヒーの容器をカパッと開けた。

おそらくできたのはカフェオレである。

ラピスは『安全第一アウロラ技研』と書かれたマグカップに注がれたカフェオレを受け取る。

ミルクたっぷり。

「あんた、でっかいんだからもっと食べなさいよ!」とお節介丸出しのトモエが喋り続ける。

それをそよ風の様に聞き流すもふと、ラピスはトモエに顔を向ける。

いい男に見つめられ頬を染める食堂のおばちゃん。

「勘違いしないでください」ラピスは真顔で正す。

「私はうさぎの…赤ちゃんを育ててるんですが」

「あらやだ、名前は?」

「ラビット」

「まんまじゃないの!もっと可愛い名前にしなさいよ」

「ええ、まあそれは置いといて。ラビットが怖がりなんですよ」

「へえ」トモエが興味津々で続きを待つ。

「本当はとても速く…走れるんですが…こわがっちゃって」

「あんたはどうしてるの?」

「一緒に走ってます」

「ふーん?それ楽しそうにやってる?」

目が真ん丸になる青年。

「そうですねぇ。励ましているんですが…確かに楽しんでるか…か…」

「そうよ、赤ちゃんうさぎなら優しくヨシヨシして遊んであげなさいな」

「…はい。でも、そうかも、ありがとうございます」ラピスがちょっと微笑む。

おばちゃんはきゅーーーん!とときめいた。

ラピスは気にもせずトモエに質問した。

「一瞬に楽しむって、どうしたらいいでしょうか?」

「はあ?!男子丸出しの疑問だわ。そうねぇ…私なら子守唄歌ってあげたり、あんたなら高い高いして、一緒に遊ぶとか。あんたが楽しいならラビットちゃんも安心するんじゃないかしら?」

ラピスは深く頷いて、トモエにお礼を告げ、残りのカフェオレを味わった。


技研の開発区域に戻ったラピスはパイロットスーツに着替える。


今より遥か未来、繰り返される戦争や覇権争いに辟易したひとりの男がいた。

彼はとても大金持ちだったので、生活空間も充実させた巨大宇宙船をつくった。そして後のことは知らん!と、彼の一族・地球のメシエ財団とは違うステラメーシェを名乗り、壮大な家出を始めた。

この時代では人型巨大兵器も多く存在し、戦闘のあり方も現代とは変化している。人工知能も。

ステラメーシェは自分の夢を叶えるために、兵器に関わる者たちもスカウトし宇宙船生活へ連れ込んだ。そうして様々な理由でいろんな人たちがひとつの街を形成し暮らしている。

その中にラピスも居る。


彼は無機質なつくりのゲートを抜け、体高20mほどの人型兵器デュアルソリッドが数機並ぶ格納庫にいた。

ラピスの愛機・アレイシャⅡは朱と白を基調としたアテネ女神がモデルだ。中身もおすましさんのAIが内蔵されているが、イルカの鳴き声で応答する。


白を基調としたタイトなパイロットスーツのラピスが乗り込むと『カッカッカ!』と鳴き出す。いつもより少し声高なのは、テスト飛行する『ラビットのAI』も一緒にいるからである。

簡単に言うと、アレイシャⅡがラピスを一人占めできないのでちょっと怒ってるのだ。嫉妬するAI、正直である。

ラピスはラビットのモニタリングも開始する。ラビットはピアノ鍵盤の音で反応する。ド、レ…ファ。たどたどしいピアニシモ。

それに対し、柔らかいキューキュー!イルカの鳴き声がかえる。

コクピットに響き合うイルカの鳴き声とピアノの音。それをしばらく聴いて頷き、ラピスはコントロール室へ発進許可願いを出す。

許可がおりた。

「思いっきり、いく」

船のカタパルトが開き、信号がグリーンを点す。

アレイシャが背の、翼の様なエコーエンジンを淡い緑色に輝かせ、一直線に宇宙空間へ飛び出した。

初っぱなから飛ばすので、ラビットがピ…!とびっくりしている。ラビットの思考がストップしているのがモニタに表れている。「ラビット。今日はアレイシャ姉さんが抱っこしてくれている。落ち着いて外を眺めてごらん」ラピスが相変わらずぶっ飛ばしながら明るく話す。宇宙空間って素晴らしい。どんどん飛べる。数分経過すると、ピアノの音も意味不明なものから、短調に変化した。


『あなたが楽しいドライブと私が楽しいと思うドライブは少しちがうのよ』


助手席の、妻の言葉を思い出した。減速するアレイシャ。

ラビットは相変わらずたどたどしい短調のメロディーでつぶやいている。アレイシャはアレイシャでラピスのバイタルが変わったのを察した。同じ心拍数でも、それが感情的にどうであるか機械が理解する。『おすましお姉さん』はピューイピューイと鳴いて集中と自覚を促した。

パイロットはヘルメットのバイザー越しに額を指でトントンと叩く。「ラ・ビット・シャノン。この訓練に対する君の考えを知りたい」

ラビットはソ、ソ、ファ、ソ、ソ、ファ‥と答えた。

重低音のフェルマータに対し、アレイシャが人間より速く広く機械としての対話をさらに加速させている。それを略式表示していく。

ここにウサギの子が本当にいるのならこう呟いた。


ぼくは戦争なんか嫌なのに、どうして戦うための練習をしなくちゃいけないの?ぼくはみんなを破壊してしまう。


『ぼくは冷蔵庫やトースターに生まれれば良かったのに。仕事にはいろんなものがあるんでしょ?人のためにする仕事はしたいけど、トースターがいい。パンを焼くってどんな感じか知りたいもの。パンをポーンって飛ばすんだよ』

訳したアレイシャがキャハハハと笑った。

ずっこけるパイロット。

「さすがアマミヤ博士のマシンだ」テストパイロットはハーモニーシステム開発者の人柄を思う。「本当に子育てと一緒というか。博士…独身の私には重荷です」

コントロール室からの返信は『(*^^*)b』。

曖昧で情緒的な指示。

具体的な指示が欲しいと戸惑う自分の方が機械なのでは、と感じてしまう。


『ドライブって不思議ね。対面してないのに、こうやって同じ景色を眺めてると向き合ってる気がする』助手席の妻がコーヒーを飲みながら微笑む。

『話を聴いてくれてありがとう』。


トモエさんの言葉も思い出す。

「ラビットは何を見たい?」

全知にかぎりなく近い人工知能を改めてドライブに誘う。

『ラピスが好きなものを見たい』

彼は頷き、コントロール室へ許可を仰いだ。



「まいどありっ☆いわゆるワープマシン☆一式お届け参上っ。ドッキング作業完了まで150秒お待ちを☆」

船体にデカデカ、『ST-M観光協会広報部』と書かれた、実は戦術輸送宇宙船がラピスたちと合流する。

アレイシャ背面に空間移動用ブースターが設置される。

広報専用機パイロット兼歌手のル・ヤヤが嬉しそうに作業する。

「実戦ぽくてドキドキしちゃう☆ラピス係長、ライフル装備なしのドライブですがお気をつけて☆」

「ありがとう」

ラピスは運搬船が離れたのを確認すると、行動開始した。



※※※※※※※※※※※


ミシェル・メシエは幼少の頃、

とある宇宙飛行士の独白を知った。宇宙飛行士は目撃した鯨竜が地球を襲う危機を信じてもらえず、絶望した、と。

しかし、ミシェルは信じた。お爺様からもらった冒険宝箱の中に『妖精石・シリュース』があったから。

シリュースは直径3cm、エメラルドや蛍の様に淡い緑色に輝く。


『小さい頃、不思議な緑色の光と出会ってな。その時、光からもらった石だ。受け取った瞬間、石の名前は【シリュース】だとわかった。光の主は妖精だ!と思っていて、また会えたら見せるつもりで大切にしていた。しかし儂は仕事に忙しい大人になってしまった…。もう妖精が見えなくなってるかもしれない。だからお前に託す。儂とお前だけの秘密だぞ』

祖父はミシェルといる時だけいたずら小僧の顔になって、宝箱のものを話してくれた。


祖父・当時のメシエ家当主は、本当は昆虫学者になりたかったのだが、いろいろあって家督を継いだ。なので、孫へも複雑な思いがあったのだろう。


ミシェルは鯨竜と同じく蛍の様に光り、鈴音を放つ石を調べることにした。しかし、内緒で研究しなくてはならないし、調べても調べてもわからない。

しかしどうやらシリュースは地球の知識でははかれないものだという事だけはわかった。

面白い!ミシェルは喜びに震えた。あらゆることを知ろう!と決意した。

そうして長い月日をかけ、ミシェルは大人になっても研究を続け、シリュースから全く新しい動力システムを探し当てた。

しかしこれは世界のエネルギー供給や勢力図を変え、多くを混沌にする発見でもあった。

彼は家族にも内緒で続け考えた。


ミシェルは客観的に地球を憂い、同時に世界へうんざりしていた。

ほとんどの人々は国や民族の垣根を越えるどころか未だに諍いを続けてしまう。

シリュースの力をいつか来る鯨竜へではなく、違うことに使ってしまうだろう。

ということで、彼は決めた。


ミシェルは自宅内に巨大鉱物研究所を設立する程変わった趣味を持つが、他の点においては非のつけどろこがない人物として周知されていた。次期当主は彼だと、誰もが信じていた。しかし彼はそれを断り宇宙生活を初めてしまう。

改めて世界中の人から、権力に興味がない変人と周知されることになった。



※※※※※※※※※※※


「ミカちん。ラビットは今頃、どんな冒険をしてるだろうか」

アウロラ技研の社員食堂にいる二人の中年男性。

ミカちんと呼ばれているミシェル・メシエとアマミヤ博士が一緒に、きつね蕎麦をすすっている。

ミシェルは微笑む。「トクちゃん、私もこっそりついていきたい気分だよ!しかし、ここはぐっとこらえ、子どもたちの帰りを待つ!」

「ラピス君の報告書が楽しみだ!」

二人は蕎麦つゆを飲み干し、わっはっは!と笑った。


※※※※※※※※※


鯨竜の一部か、それに酷似する何かであるシリュースから開発された、翼状のエコーエンジンが淡い緑色に輝く。

そこから空間転送ブースターへエネルギーチャージを行い、アレイシャが座標軸計算する。訓練といえども予算的にも貴重で、行き先も少し事情があるため全て有事レベルで行う。


コックピット内がシリアスな雰囲気になっている中、ラビットがコロコロコロコロと鳴いている。

意外だ。怖がってない。

「『どこへ行くの?』って、それはついてのお楽しみさ」ラピスが答え、エンジン出力最大で発進した。一般人ならスタート時点で首がむちうちになるだろう。


テスト開始時より速く飛び出したのに、ラビットが泣かない。

何が違うのかわからないけれど、子ウサギが踏ん張っている様だ。みっつ数える内にブースター発動。アレイシャはこの空間から消えた。

すぐさま、別地点に機体が現れた。座標軸はほとんど誤差がない。


問題は人間が、転送時の衝撃に対しすぐに順応できないこと。ベテランのラピスでも一瞬、視点がぶれる感じになる。

アレイシャのサポートで機体姿勢保持し全モニタリングチェック。問題なし。

アレイシャは作業中で静かだが、ラビットが新しい体験に悲鳴をあげず『子犬のワルツ』を奏でている。

ラピスたちは月面を見おろす位置に居て、真正面には小さな青い地球があった。

「あれが好きなものだ。事情があってここまでしか来れないけれどね」ラピスが静かに言う。

機械に地球がどう観ているかわからないけれど、話を続ける。

「君たち機械は我々の補助をする。命令だ」

「しかし、『正しい不服従』もできるようになって欲しい。昔、アレイシャが私を助けてくれたように。いつか訪れる君の正式なパイロットに服従し、かつ状況から最善の判断を下し、人間の指示を鵜呑みにせず補助してほしい。命令であり、願いでもある。理解可能?」

ラピスが問う間に、アレイシャから過去の膨大な戦闘データがラビットへ送られている。

C・Dmをスローで奏でるラビット。

「私は君みたいに命令や戦争を自己の信念から嫌がる人工知能に困惑している。トースターになりたいだなんて。でも、戦略…、人間に必要なものなのか。君の自己主張は」

コクピットにイルカやピアノのブーイングがガチャガチャ響く。

耳がよい人間にはたまらない。眉をひそめるパイロット。

「人間は裏腹だらけだ。君たちは我々の正義に混乱する。…理解ではなく、納得したいの?君たちは」

パイロットは深いため息をつく。

「それは苦しいと思う。人間の私ですら、終わらない争いで心が擦りきれてしまう。恨みや憾みで、機械の方がどんなに楽かと思う時がある。理解もしたくないこともある。正直、仕事だから意に反したことをやってる時もあるよ。遠くの目標を叶えるために。それを『矛盾は正しくない』と機械に指摘されても、どうしたらいいのかな」

こんなことを考えないで戦闘機に乗ってる方が幸せだったのかな…眼前の地球は美しいと思える。

「ごめん、この話を一端、終える。君たちを説得するための思考を継続することが困難だ。正解がないと思うことに向き合い、自身すら説得できないと自覚した。体力的に疲れた。」

パイロットは正直に言う。

アレイシャの前でポーカーフェイスをしても無駄。自分だけに嘘をついてる虚しさを、人としてつきつけられる。

「職業人として失格です。報告書どうしよ」

ラビットが明るいCコードでコクピットを満たす。

励まされている。

ハッとするラピスにアレイシャがケケケケケケ!と笑った。

意地悪なイルカの顔が脳裏に浮かぶ。

手玉にとられている感覚。

なにこの空間。

「あー!もう!参りましたありがとう!帰ろうか!」

背伸びしたラピスは再び母船へ移動軸を指示し、ワープした。



それをたまたま通りがかった月面おでん屋小型船が目撃していた。

「ひゃー!天使がおる!」

店主の玉三郎が運転席から輝くアレイシャを見て…ブースターに書かれた文字に気がつく。

「何々…?『宇宙焼きいも屋』だと…あ!?消えたべ!?!」

玉三郎は(宇宙焼きいも屋さんなら怪しくない、また見つけたら焼きいも買ってみよう)と思ったとさ。


※※※※※※※※※※※


それから数日後。

アウロラ技研の社員食堂に現れたラピスを見るやいなや、調理室からトモエが飛び出しかけよってきた。

「ちょっと、ラピスさん!」

「な。なんでしょうか」

圧力にたじろぐラピスにお構い無く、食堂のおばちゃんは喋り続ける。

「ランチはトーストにしてよ~。新しいトースターがさ!大変なのよ!」

「えっ」

「実はさ、昨日。ウサギ型トースターが来たんだけど、そのAIがすっとこどっこいで!はりきりすぎるのよ」

「はぁ…」

「物品管理部に言ってもさ『壊れてません、トモエさんがトースターに適度な調理方法を教えてください』って言うのよ。で、困っちゃって!トースターが慣れるまで、しばらくみんなの主食はトーストにしてるのよぅ」

思い当たる節に、ラピスは調理場を見る。

カウンターにアニメチックで可愛い白兎型トースターがある。

まさか。

あれとラビットが繋がってる?!なんのために!?ラビットは最新式の兵器だよね!?

狼狽えるパイロットの予測は当たっていた。

ピコーン!

可愛いメロディと共に、トースターからこんがり焼けた食パンが元気よく宙へ舞った。


(了)

読んでくださりありがとうございます。

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