タイムループ神ハピエルは、今日も働く 〜獣人族恋愛事件前編〜
〈始まりは甘美に、終わりは暗澹と〉
彼――『シネンシス』の目の前には、『プリムラ』の姿があった。
プリムラは、猫耳を生やした獣人族の女性で、髪型はショートボブ。
ミルクティー色に染めていて、綺麗に髪はまとまっているが所々に縮毛がハネている。
とても美しい顔立ちの彼女が、静かに眠っている。とても……安らかに。
「で? お主が死なせたのは、これで何度目じゃったかの?」
頭の中に流れて来たその女性の声に、彼はこう答えた。
「"これで……2度目です"」
プリムラの命は、もう既に絶たれていた――――。
○●○
「プリムラは……ずっと、ずっとそう思っていたの!! だから、お願い……彼女を救う為にあの場所へ行って! 約束の……あの場所に!」
彼女は必死にそう叫んでいた。必死に……必死に。喉が擦り切れるまで、声が枯れるまで。
○●○
何だ……この日記は。と、シネンシスは見覚えのない日記をパラパラとめくった。するとそこには、見覚えのある字で彼について記述されている物があった。
いや、記述されている物というより、殆どが彼の事だった。
『今日は、シネンシスとあそびました。たくさんあそんだけど、あの人は、1個だけやくそくをしてくれませんでした。それは――――――』
文字を消されていて、上手く読む事が出来なかった。どうにか読めないかと、彼が色んな角度で見ていたその時、扉が開いた。
「何してるの? それ、私の……返してよ! 見ちゃダメ!」
プリムラは、シネンシスからノートを奪い去ろうと掴み掛かった。
○●○
〈自分だけの道を愛せない者に、過酷な道を歩む資格はない〉
「ようこそ、迷える子羊的な誰か。ここはアタシが管理する、『タイムループの神殿 紡屋』じゃ。そしてアタシの名は『ハピエル』、ここの神様みたいな者じゃ。おおきに」
ハピエルという女性はそう言うと、銀髪のポニーテールを揺らす。
そして、綺麗に整えたぱっつん前髪のすぐ下にある、大きな銀色の瞳でシネンシスを妖しく見ていた。
老人のような言葉遣いをしている彼女だが、見た目はとても若々しく、この国では見た事のない黒色の服を着ていた。
お腹の辺りには、黄色の何かを巻いている。
「あ、ちなみにこれは着物という服なのじゃぞ。ほれ〜、そっちの世界にはない服を着てるから、アタシの美しさが際立つじゃろ〜」
シネンシスは、慣れない言葉を話す女性が目の前に居る事と、自分が何故ここに居るのかを疑問に思っていた。
彼は、ギルディオ国という魔法や魔物が存在する国で、父と母、それから獣人族の女性であるプリムラの4人で一緒に畑仕事をしている。
歳は16、金髪で前髪を全体的に下ろしていて、ふわっと膨らんだ髪の毛が印象的な好青年。
蒼色の目とキリッとした目付き、整った顔立ちの持ち主でもある。
鎧を着ていればその容姿をまんべんなく光輝かせる事が出来るのだろうが、彼は農民の為、鎧ではなく毛織物のチュニックを着ていた。
帽子は被っておらず、上衣は先程も言った茶色のチュニック。少しばかり丈の短い長袖だ。
下衣はスキニータイプのズボンで、足元は農民靴という底の皮が分厚いブーツを履いていた。
全身茶色で、いかにも農民という格好だった。
今日も彼は、その畑仕事に向かっていた筈だった。だが何故か今は、紡屋という場所に居る。
くそっ何が起きたんだ、と必死に記憶を辿る物の、何も思い出す事が出来なかった。
「なーにを不思議そうな顔しているのじゃ? お主は、紡屋を求めたからここにおるのじゃぞ? 全く……世話の焼けるやっちゃじゃのぉ」
シネンシスは、不思議な口調を話すハピエル以外にも、この紡屋という場所自体も不思議に思っていた。
ハピエルは、黒色を基調とし真ん中を3角で赤色に塗ってある椅子のような物に座っていた。
シネンシスが知る椅子とは、全くの別物だ。
彼女は、さっきからその椅子に座って回転をしていたりするのだ。何かの魔法具なのかもしれない。
そして、目の前には同じく黒色の机があり、その上には白い長方形の薄い板の様な物があった。
彼女は、時々この薄い板でカタカタと音を立てている。
「あ、アタシが座ってるのは、ゲーミングチェア。このカタカタしてるのはパソコンじゃ。見たことないじゃろ? ほんまに、毎回ここに来る人はこれを見て驚くのじゃよ〜」
更に、周りは草原になっており、目の前を見上げると大きな木が立っていた。ピンク色の何かが咲いている木だ。
ここは本当に店みたいな所なのだろうか……。
「おーい? 聞いておるかのー?」
「す、すみません。色々突然で……。俺、何の記憶も無いんです……。畑仕事に向かっていたのは確かなんですけど、それ以外はさっぱりなんです。教えて下さい、俺はどうやってここに来たんですか?」
シネンシスがそうハピエルに告げると、彼女は目を瞑って指で頭をトントンしていた。
数秒後、彼女は考えていた顔から笑顔になり、元気よく彼にこう告げた。
「もう面倒だからタイムループせんか!?」
彼は困惑した。さっきもその言葉を聞いたが、何がなんだかさっぱりだぞと。
「その……タイフルーツ? ってなんですか?」
「タイムループじゃ、南国の果物みたいな名前を付けてどないすんねん。ズバリな? お主はこれから、自分の時間を巻き戻すのじゃよ。これから、何時間も前の世界に戻るのじゃ」
信じられなかった。
そんな事が出来るのか? 確かに、この国には魔法が存在しているのだが、時間を巻き戻す魔法なんてシネンシスには聞いた事無かったのだ。
「時間を巻き戻す魔法を使えるのですか?」
「う〜む、まぁとりあえずはそんな所かの。色々と制限があって、ごっつめんどいのじゃがな」
ハピエルはそう言うと、椅子のような物に腰掛けて、長方形の板にカタカタと何か打ち込んでいく。
すると、その板から丸い光が飛び出てきて、段々と大きくなっていった。
シネンシスは、ハピエルの使う魔法に度肝を抜かれていた。
「凄いですね! 俺、魔法使えないから、なんか感動しました!」
「そうかそうか、それは良かったの。んじゃ、とりあえずその丸い光をよぉく見てくれるかの?」
そう言われて、彼はじっと光を見る。するとそこに映っていたのは、シネンシスとプリムラが一緒に畑仕事に向かう姿だった。
「これは……俺とプリムラですね。ひょっとして……この時間に俺は戻れるって事ですか!?」
「そうじゃ。そこで、お主の身に何があったのかを確かめてくるのじゃ。だが、時間を巻き戻す前に、ルールを聞いてって欲しい」
そう言うと、彼女はまた丸い光を出した。よく見ると、その光には文字が書かれていた。
ルール1 別世界に行ってる事は、誰にも言わない事。
ルール2 何か思い出したら、すぐにハピエルに伝える事。
ルール3 その世界線をクリアしたら、すぐに脱出する事。
ルール4 死なない事。
「ハピエルさん、ルール2と3はどうすればいいんですか?」
「いいかシネンシス、お主にある魔法をかけるぞ。これを掛けられると、アタシと脳内で会話をする事が出来るのじゃ。喜べ、美女といつでも電話出来るウハウハ状態じゃぞ」
「分かりました、えっと……3はどうすればいいんですか?」
「くっ! なぁに電話の事を無視しとるんじゃこの(ボソボソ)! ――んっん。3はアタシがやるから、基本的に問題はないのじゃが、何かの手違いでお主が残りたいなんて言い出すかもしれんじゃろ?」
「残ると何かあるんですか?」
「元の世界に帰れなくなるのじゃ。それはあかんやろ?」
「元の世界……時間を巻き戻してるんですよね? そしたら、巻き戻したそこが元の世界なんじゃ?」
「ぐぬ……厳密に言うとだな、お主の記憶を頼りに別世界を再構築しているのだ。だから、そこはお主の住んでた世界の様に見えるが、実際は別物なんじゃよ」
「えっ……そしたら、俺は何をしにそこに行くんですか?」
シネンシスは、驚きと悲しみの表情を浮かべていた。
無理もない、この場所に居る事自体が唐突な上に、自分の住んでいた偽物の世界に行くのだから。
「…………お主は、未来を変えたいと思った事はないか?」
「未来……はい、何回もありました。俺に魔法の適性があれば良かったなとか」
「そうか。では、はっきりと伝えておく。これからお主は、過酷な道を辿る事になる。辛い思いもたくさんするじゃろう」
さっきまでとは違う、真剣な眼差しでシネンシスを見つめるハピエル。
彼は戸惑いながらも、彼女の言葉を重く受け止める事にした。
「だが、未来――自分の生きてる世界を変えるのは、世界でも他人でもない。それはお主自身じゃ」
彼女は言葉を続ける。
「自分を変えずに、世界は自分に甘い等と他力本願――他人任せな考えをしたいならここを去れ。そういう奴は、1人でそうしてればいいっ。――まぁ……アタシは他力本願も間違いじゃないと思っているがの」
更に目を細めて、ハピエルはこう告げる。
「シネンシス――お主は、どの正しさを選ぶ。他人や時間に身を任せるのか、それとも……自分で未来を変えて、切り拓いていくのか。――選ぶのじゃ」
いきなりそんな事を言われても、と彼はたじろぐ。だが、彼には彼女の言う事は尤もだと思っていた。彼女の言葉が……深く突き刺さっていたのだ。
農民暮らしは嫌ではないが、時々陰鬱な気持ちになる時があった。
もっと良い暮らしが出来るのではないか、もっとこの国が頑張れば俺達も良い暮らしが出来るのではないかと。
だけど、あんな事言われたら……答えはもうあれしかないだろ。彼は思った。いや、決心をしたのだ。
「自分で……未来を変えます! 正直、記憶は何も残っていないし、過酷な道って言われても想像つかないです。でも俺は……自分で何かを変えられる男になりたいです!」
そう告げると、ハピエルの厳しい表情は一転、優しい笑顔が戻った。それと同時に、彼女はシネンシスの体に手をかざした。
「じっとしてておくれ。……………………ふぅ。んんんん…………よしっ。これでええじゃろ」
「じゃあ俺はこれから、別世界のあの時間に……行くんですね」
「そうじゃ。頑張るんじゃぞ」
優しくも、強さのある声だった。シネンシスは、不思議と力が湧く気がした。すると突然、彼は光に包まれていった。
「ひ、光が! お、落ち着け……よし。頑張るぞ」
「シネンシス! 彼女を……彼女を絶対に守り抜くのじゃぞ」
「…………はい!」
光に完全に包まれた彼は、紡屋から完全に消えた。丸い光には、戸惑いながらもプリムラと会話している、シネンシスの姿が映し出されていた。
「…………行ってしまった。言えば良かったかのぉ……どう足掻いてもお主は……」
シネンシスとプリムラの2人を見ながら、ハピエルは呟く。
「お主は死んでしまうのじゃよ――」
〈いつだって人は間違う。そしてすれ違う〉
シネンシスの視界は一瞬にして、見覚えのある田舎道に変わった。
(ここは……はっ。まさか、戻ってきたのか? そうだ、この道は……畑仕事に向かう道だ)
「――シス、シネンシスったら! もぅ、聞いてるの?」
シネンシスに声を掛けていたのは、獣人族の女性プリムラだ。
シネンシスが、なぜ紡屋にいたのかの鍵を握る人物の1人である。
彼女はとても美しい容姿をしている。
金色に輝く目、タレ過ぎず釣り過ぎていない大きな丸目、くっきりと刻まれた2重は愛らしさと美しさを兼ね備えていた。
髪型は、髪をアゴの所まで伸ばしていて、頭からアゴまで綺麗に丸く整えた物だ。
だが、整えた髪の隙間から、少しばかり毛がハネている箇所がいくつかあった。
だけども、シネンシスにはそんなの関係のない事だった。むしろ、猫耳と相まって、彼女の愛らしさを倍増させていると彼は思っていた。
そして服装だが、彼女も頭に何も被らずにいて、上衣はガウンを羽織った茶色のチュニック。
下衣は、肌色のスカートで、足元はシネンシスと同じ色のブーツだった。
そんな彼女が、透き通る美しい声で、少し不機嫌そうに彼に話し掛けていた。
「あっ、ごめんプリムラ! ちょっと、考え事しちゃって、アハハ」
「それは、私の話を考えてくれていたって事でいいのかな?」
「えっ、あーえっと……あ! 今日の作業の話だっけ?」
「違うよ〜、やっぱ聞いてなかったんだぁ。ふんっ、別に良いもん! 今日の作業、シネンシスに少し多めにやってもらうからね!」
プリムラは、機嫌の悪そうな顔からイジワルそうな顔に変えて、シネンシスの顔を少し下から覗き込んだ。
そして、上目遣いでさっきの言葉の主張を強めた。
「な、なんだよそれ〜。そんなの俺は聞いてないぞ」
今度はシネンシスが不機嫌な顔をする。
「ん〜。だって……作業を手伝いながら、君の事を……見ていたかったんだもん。私、君が頑張ってる姿見るのっ、好き」
そう言うと、プリムラはシネンシスの前に立ち塞がって、また上目遣いで見てきた。プリムラの身長は160程で、シネンシスが178程。
身長差がある為に、上目遣いの愛らしさが余計に際立つ。それにさっきまでのとは違い、今回の上目遣いは少しだけ情熱的な目線が含まれていた。
「ちゃんと私も手伝うから、ダメ……かな?」
首を傾げながらの上目遣い、そんな状態で言われたらさすがにダメとは言えない彼だ。
何故なら、彼はプリムラの事を異性として好きだからである。
「い、良いよ。その代わり、俺が辛くなったら手伝ってくれよな。後……さっきの話聞けなくてごめん、その話とかも聞かせてよ」
「うん! 分かった、約束だよ! やったーふふっ。シネンシスっ……いつもありがとう!」
とびっきりの愛らしい笑顔で、シネンシスに感謝を伝えるプリムラ。
彼は、彼女の真っ直ぐで明るいその人柄に惚れたのだ。獣人族であろうと関係ない、俺は彼女が大好きだとずっと幼い頃から思っていた。
「照れるな……こちらこそありがと。お、そろそろ畑に着くから準備し――っ!?」
4人の男女が、畑を荒らしていた。服装を見るところ、冒険者のようだ。
「何してるんですか! 辞めてください、そこは俺らが耕してる畑なんです!」
怒りの形相を浮かべて、畑荒らしに食って掛かるシネンシス。プリムラは驚きと恐怖で、体を震わせていた。
「ん? あ〜、これお前等のなのか。わりぃわりぃ、食えそうな物とか売れそうな物があったから、ついつい荒らしちまった」
しわがれた低い声で、目の前で行った悪事を悪びれずに淡々と話す男。
「っ! ついで済む話じゃないです! 荒らした分を返して下さい!」
目の前の男の籠から、作物を取り出そうとした時、シネンシスは男に吹き飛ばされた。
冒険者のような身なりをしている彼らだ、シネンシスとは力の差が歴然である。
「だーめだ、貰った分は返せない。これは俺らの戦利品だからな。悪いな小僧」
彼は悟った。これ以上、食って掛かっても勝てないと。
歯ぎしりをしながら、必死に怒りを抑えるシネンシス。殴り掛かれば余計に、悪い方向の展開に拍車が掛かる。
「ん? おいおい、何だよ〜良い女連れてるじゃねぇか〜。その女俺等にくれたら、作物も金もやるよ。そうだな、金貨3枚でどうだ? 悪い話じゃないだろー」
周りに居た男達も、『いいぞいいぞー』『俺も欲しいぜウヒョオ!』と、各々で戯言を口走っていた。
紅一点である女魔術師のような奴は、不機嫌そうな顔をしていた。
だがこちらも、『まぁでも、ウチらの仲間になったらいっぱいこき使ってあげる』と、吐き気のする言葉を放っていた。
プリムラは当然、恐怖に怯えながら涙目になっていた。当たり前だ……まだ16の女の子が、こんな状況で果敢になれる筈がない。
シネンシスは必死に考えた、どうすれば助かる……どうすればプリムラを守れる……。どうすればっ…………!
――彼は、冒険者集団のほうへと歩んだ。
「今、籠にある作物は持っていって下さい。それから、毎日少しずつ作物を持っていってもらっても構いません。そして……僕の手元にあるこの銀貨5枚をあげます。この3つを条件にするので、どうか彼女だけは見逃して下さい」
決死の判断だった。力のないシネンシスには、これしか思い付く事が無かったのだ。
「ちっ……分かったよ。じゃあ、ありがたく頂戴してくぜ」
そう言うと、男は乱暴に銀貨5枚を取り、仲間とその場を後にした。
「…………うぅぅぅ! はぁっ……はぁっ……。っ……ぅ"ぅ"」
プリムラは、膝から崩れ落ちて俯いていた。そして、微かにすすり泣いてるような声が聞こえた。
シネンシスは、彼女の側に座り抱き締めた。そして、何も言わずに背中をさすった。
「ごめん、プリムラ。何も……出来なかった。君を傷付けるだけ傷付けて、何も出来なかった。本当にごめん」
「ううん……。ありがとう、守ってくれて。今日の仕事、私1人で行ってたら、確実に連れ去られてた。シネンシスは頑張ったよ」
情けないこの状況を見て、彼はさする手を力強く握り締めていた。握り締める強さを増す度に、後悔が増える。
これが、ハピエルさんの言っていた過酷な道なのか……。彼はそう思っていた。変えなくてはいけない……未来を……。
「決めたよ、プリムラ。俺、あいつらを捕まえる、絶対に」
「ほ、本当に言ってるの? だって、あの人達凄く強そうだったよ……」
「あぁ、本当さ。絶対に……絶対に捕まえる。俺の為にも……プリムラの為にも」
プリムラの体から離れ、プリムラの顔をじっと見るシネンシス。彼の覚悟の決まった顔を見て、自然と笑顔がこぼれるプリムラ。
「よし……じゃあ、いつも作物を届けに行くおじさん達の所に行ってこよう! そこで、話を聞いたり作戦を考えたりしよう!」
プリムラは、彼の言葉に頷いて一緒に歩き始めた。
○●○
血が……滴り落ちている。その血は、止まるどころか、どんどんと床の周りに広がっていく。血の出所は、シネンシスの背中だ。
「何かの……冗談だろ? なんで…………お前なんだよ」
シネンシスは、背中に刺さったナイフを強引に抜き取る。
そして、その犯人の顔を見て悲哀と驚嘆の表情で……嘘だと言ってくれと言わんばかりの声色でこう呟いた。
「プリムラ――」
「シネンシス……私は君の事、ずっとずっとずっとずっとずっとっっ、嫌いだった…………嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ!!!! 嫌いだっっっっっっっっ!!!!」
隣にあったフォークも武器に加え、シネンシスの体を滅多刺しにしていくプリムラ。朦朧としていく意識の中、彼はある事を思い出していた。
それは、幼い頃の2人が、川の近くで遊んでいた時の事。
『シネンシス! 大きくなったら、私達結婚しよう! 色々難しいかもしれないけど……私、君とだったら構わないよ』
彼女の目は光り輝いていた。本気で、俺と結婚したいのか……でも、俺なんか……とその当時からシネンシスは思っていた。
『そうだ……この石ころを投げて、沈んじゃったら静かに一緒に暮らす。1回でも跳ねたら、私達は立派な大人になって結婚する! いい?』
シネンシスは、ゆっくりと頷いた。そして、彼女が石ころを投げた。その結果は……。
「シネンシスなんか……君なんか……最っっ低だぁ!!!! うぅぅぅぅっっ!!!!!」
彼女がそう言い放った瞬間、シネンシスの体に憎悪の込められた刃が突き刺さる。
彼が絶命するまで、残り5秒も無い時だった。最後に、愛していたプリムラの顔を見る。
彼女は涙を流しながら、『メヌエ……』と呟いていた。
○●○
シネンシスとプリムラの2人は、『バギール』という武具屋に居た。畑からかなり先の、村の外れにある小さな武具屋だ。
彼は、この武具屋にしょっちゅう作物を届けに来ていた。プリムラも、シネンシスと一緒によく来ていたのだ。
「という事があって俺、何とか出来ないかな〜って思ったんですよ、レミュエルさん」
ここの店主である『レミュエル』は、坊主頭で体格も良く村の人間にも頼られる男である。身長は182程で、シネンシスよりも大きい。
「そうだね〜、やっぱり衛兵さんに言うのが1番なのかもしれないね〜。少しばかり歩いてしまうのだがね」
「そうですか……やはり、衛兵さんに捕まえてもらうしかないですかね」
「ねえねえ! 私私! 良い事思い付いたかも!」
急に、店の奥から声が聞こえてきた。そして、そこから颯爽と現れたのはこの店の娘『メヌエ』だ。
活発で、テキパキと親の手伝いをする看板娘だ。身長は155程で、艶のあるロングヘアー。前髪の左側には、花を付けている。
幼い顔立ちで、とても愛くるしい表情を見せる少女だ。シネンシスやプリムラと同い年で、幼い頃からの知り合いでもあった。
「あら、メヌエじゃない」
「やぁやぁ! プリムラ!」
素っ気ない返事をするプリムラ、それとは対象的に元気な挨拶をするメヌエ。
「こらこらプリムラ、どうしたんだそんな不機嫌な挨拶をして。――やぁメヌエ。今日も元気で可愛らしいね」
「ありがとうシネンシス! それでね、良い事なんだけど、あそこの畑に罠を仕掛けておいて、それで捕まえるとか!?」
悪くはないが、あの畑は見晴らしが良く、罠を仕掛けてもすぐに見破られてしまいそうだ。
レミュエルも、罠は無理だろうと思っていそうな顔をしていた。すると、彼がこう言った。
「だったら、直接捕まえる罠というより、音か何かを出す罠の方が良いかもな。それで、俺らがその音を合図に、奴等を叩きのめす。これでどうだ?」
それなら……レミュエルさんがいるのだから、勝つ可能性も高くなるかもしれない。彼はそう思った。
「分かりました。ご協力、ありがとうございます。お礼は後々お渡ししますね」
「良いって事よ。いつも作物を貰ってるお礼だからね」
「いえいえ。では、今日中に罠を仕掛けましょう」
「メヌエもやる! シネンシス〜、一緒にやろ!」
メヌエは、シネンシスの腕に抱きついた。
昔からの仲だからというのもあるが、彼女は距離感が基本的に近いので、人を勘違いさせてしまう事もよくある。と……その時だった。
「シネンシスー? 何やってるの? 早くそいつから離れてよ、ていうか離して」
「ごめんプリムラ、よく分からないけどそんなに怒らな――っ!?」
シネンシスには、彼女の顔がいつもと違って見えた。その顔には、いつもの彼女の美しさの面影が無かった。
それどころか、細長く丸くて真っ白い板に、黒色の丸で塗り潰された目と口だけだったのだ。
もはや、顔とは呼べない恐ろしい物だった。
シネンシスは、恐怖と薄気味悪さで何も考える事が出来なかった。ただただ、プリムラとは思えないその不気味な顔に圧倒されていた。
「ご、ごめん! ほらメヌエ、離れようか」
「うわっ、もう〜。シネンシスは恥ずかしがり屋でつれないなぁ、にひひ」
もう一度、プリムラの顔を見た。そこには、先程までの不気味な顔は無く、いつもの美しいプリムラの顔があった。
プリムラは、ニッコリと笑っていた。だが、彼にはその笑顔すら不気味に映った。一体あの顔は、何だったのか……。
○●○
ハピエルは退屈していた。
だが、彼女にはその退屈が心地よい物であった。彼女の今日の仕事は、シネンシスという少年を見守る事だ。
「ふわ〜、まぁまぁ順調じゃのう。今の所、とりあえず大丈夫そうだし、ごっつ美味かなたこ焼きでも食うてやろうではないかの!」
「そんな事してると、上の神様に怒られますよ、ハピエルさん」
その声は……と振り向くと、そこには半年前からここで一緒に働いている、マルーナの姿があった。
彼女は、166程で赤髪。ショートヘアで前髪を分けた、大人っぽい髪型をしている。顔には、雷のマークをした化粧が施されている。
ハピエルと同じ着物を着ているが、ハピエルは身長153程しかなく、2人に身長差がある為か別の服に見えてくる程マルーナはスタイルが良い。
「マルーナ、そんな真面目にキビキビとやっていると、またニキビが出来るぞよ。それじゃあ、美しい顔面が台無しじゃ」
マルーナの釣り上がった目が、更に釣り上がる。
「ご忠告ありがとうございます。ですが、ハピエルさんも気を付けた方が良いですよ。この前だって、あなたが仕事中にたこ焼き食べ過ぎて、上の神様に目を付けられそうになったのですから」
ハピエルの仕事ぶりは素晴らしい物があるが、フランク過ぎて上の神様に怒られてしまう事がしばしばあった。
「あの時だって、私が頑張ってフォローしたのですからね? ちゃんと気を付けて下さい」
「ひゃい、しゅみましぇん……」
「……ほら、たこ焼き食べないと冷めますよ。次からちゃんとして下さいね」
「やったー!! マルーナちゃん大好きぃ! ひゃっほー! 食べまくるさかいなのじゃ!」
「ホントに……そのエセ関西弁も、どっから覚えたのか。しょうがない人ですね……ふふ」
その時、ハピエルのパソコンに信号が入った。何事だと、たこ焼きを口にしながら軽快にパソコンへ向かう。信号は、シネンシスからだった。
[おうおう! どうしたのじゃあ? 美少女のハピエルちゃんと電話したくなったのかいな?]
[ハピエルさん、プリムラの様子が……おかしかったのです]
[プリムラ……? っ……何があったのじゃ?]
[武具屋に居た時の事です。俺はある女の子から腕に抱きつかれて、それを見たプリムラが怒ったんです。だから、ごめんと謝ろうと彼女の顔を見たんですけど、あの子の顔が……この世の物とは思えない顔をしていたんです]
[どんな顔じゃ?]
[それは、細長くて丸い真っ白な板に、大きな黒色の点が目と口の場所にある様な顔でした。これは、一体なんなんでしょうか]
ムンクの叫びみたいだな……とハピエルは思ったが、それよりも気掛かりな事があった。
シネンシスのいる世界は、ハピエルが作り出した別世界。
その世界には期限があり、およそ1か月程で無くなると言われている。
1か月までタイムループが掛かった前例がない為、本当かどうか定かではないが、それはきっと世界の壊れる兆候に違いないと彼女は確信した。
[シネンシス、きっとお主は疲れておったのじゃ。気にするでない。女の子の嫉妬は、拗らせると大変じゃぞ〜。丁寧に扱うのじゃ]
[分かりました……ありがとうございます。何かあったら……また連絡します]
そう言って、信号は途絶えた。ハピエルは、悩んでいた。彼に、タイムループで得てきた情報を言うかどうか。
「悩んでますね。ハピエルさん」
「マルーナ。こんな事は初めてじゃよ。じゃが、アタシは彼を見捨てる気にはならへん。何故だか、彼は越えられる気がするのじゃよ……」
「そういえば彼、これで何周目でしたっけ?」
「そうじゃのう、正確には覚えておらぬが、彼のループした数は――およそ7回目程じゃの」
○●○
シネンシスとプリムラの2人は、シネンシスの家で夕飯を食べていた。その時の話題は、両親の事。両親には、今日起きた事を全て話していた。
両親は、ひどく悲しい表情をしていた。それと同時に、翌日にレミュエルと冒険者を捕まえると聞いて興奮していた。
「でもほんとに……良かったなぁ。シネンシスのお父さんとお母さん、優しい人で。こうやって、獣人族の私をずっと置いていてくれるんだもん」
プリムラは、少し悲しみの帯びた顔をした。彼女は獣人族であるが為に、差別を受ける事も少なくなかった。実際に、シネンシスの前で彼女が罵倒される事もあった。
「そうだな……本当に良い両親だよ」
「ところでシネンシス、この食材はどこから貰ってきたの? なんか、いつもと違うけど」
「あぁ、これはレミュエルさんがくれたんだ。これで元気を出してくれって、あの人も本当に世話焼きで良い人だよな」
「へぇ……じゃあさ……メヌエからも貰ったの?」
「えーと、貰ったというか……『これで元気出してね!』みたいな事は言ってたな。にしても、メヌエは今日も可愛かったなー」
その時、ガタっと音がした。
「そーなんだ……シネンシスって、メヌエの事好きなんだね」
「え? まぁ……好きだけど?」
シネンシスの言葉を聞いたプリムラは、自分の席を離れて彼の近くに座る。そして、彼女は彼に近づく。
「プリムラ……?」
彼女はしばらく沈黙した。そして、ゆっくりと彼に近付いてこう呟いた。
「消えろ」
グサっ、という音がした。一瞬の事で、何が起きたか分からなかった。だが、シネンシスの体に強烈な痛みが走った瞬間に、何が起きたか彼は把握した。
プリムラにナイフで刺された。彼女は、彼を押し倒し、何度も何度も体にそれを突き刺した。
痛い……。 痛い! 痛いっ!!!! 焼けるような痛さは、次第に彼の痛覚を奪う。
体から噴き出る血は、明らかに致死量を越える量に見える程。
それでもプリムラは、ナイフを振り下ろす事をやめない。
滅多刺しされている痛みは、『痛い』『焼ける』という表現以上の物を、考え付くことが出来ない程の痛みだった。
いや、意識を保つ事に必死で、それを考える事すら出来ないといったほうが正しいのかもしれない。
――あえて表現するなら、きっとそれは地獄である。
刺されすぎて、彼の肌は麻痺していた。痛みが分からなくなっていた。
「やめ……ろ。プリ……ム……」
その時、彼の頭の中に衝撃が走った。彼は何かを思い出していた。前も……こんな事があったのだと。
紡屋にいた時には、なんの記憶も無かった彼。だが、こんなとんでもない状況の中で、彼は記憶を取り戻しつつあったのだ。
そして彼は、何か不思議な力が体に働いてる事を感じた。死んでしまうのかと思ったが、それとは違う何かだった――。
○●○
「体は大丈夫かの」
シネンシスは、見覚えのある声を仰向けの状態で聞いていた。ここはどこだ……。俺は、プリムラに殺されかけていた筈……。
「ほれ〜、お主みたいな若いもんはしゃきっとせんといかんやろほんま〜。起きるのじゃ」
頬をつねられ、彼はようやく目を覚ました。ここは、紡屋だった。
「あの、俺……死んだんですか?」
「いーや? アタシが、死ぬギリギリで救ったのじゃ。アタシは何だかんだ、見ておるからのう」
「ありがとうございます……。ハピエルさん、俺……思い出しました。今まで何があったか」
「……そうか。お主が、何度も何度も、別世界に飛んでやり直してる事。そして、お主がやり直してる理由。それらを思い出したのじゃな。では、答え合わせをしようか」
彼女の口から、彼がここに来るに至った理由が、語られ始めた。
初めまして。吾輩は藪の中です。文豪からもじってる割には、あまり上手い文章を書けない作家です。ですが、そんな作家の初めての小説を見てくれるそこのあなた。
そこのあなた含む全ての皆様。私を見つけて下さって本当にありがとうございます。感謝しかありません。
本当は1つにまとめようと思ったのに、間違えて前編後編に分けてしまったので、まだまだお話は続く事になります。それでも、何卒シネンシスとプリムラの行方を見守って頂けると幸いです。
そして、ハピエルの健気な仕事ぶりも応援して頂けるととても嬉しいです。では、後編をお楽しみ下さい。