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垣根の上のアリスと願いの魔石  作者: 石川青色
第1章 垣根の上
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暗い森とヘーゼルの木

妖精を呼び出した次の日。

わたしとアブソレムはまだ夜明け前の、暗い庭に出ていた。

今日は食堂の扉の先の庭ではなく、廊下の突き当たり、つまりわたしの部屋の窓から見える庭へ出ている。

食堂側はハーブが主で、廊下側は樹木が多く、森へ続いているらしい。


「日が出ていないと、まだ肌寒いわね」

わたしは着ている薄手のブラウスの袖を少し引っ張った。

カバンの中にカーディガンが入っていたのに、穴に落ちた時には何も持っていなかったのだ。

わたしのカバンはどこに行ってしまったのだろう。

アブソレムはいつもの通り、わたしの言葉には返事をせず、庭をどんどん歩いている。

森と庭の合間に差し掛かると簡素な東屋があり、そこに色々な種類の庭仕事の道具が置いてあった。

「今日は昼にクロス派が来る」

木の皮で編んである細長い籠を背負いながら、アブソレムが言う。

「そうね。昨日のきれいだけど、ちょっと怖い女性ね」

わたしも似たような籠をひとつ取り、真似して背負う。

「もうすぐクロス派の祭日である、知恵の日がくる。知恵の日にはヘーゼルの枝と実が必要だ」

「じゃあ、クロス派はそのヘーゼルを受け取りに来るってこと?」

「予測だが、ほぼそうだろう」

なるほど。ではきっと今朝はその木を取りに森へ入るのね。

アブソレムは、話しながらもさっさと歩いていく。

歩くのがとても早い。彼は慣れているのだろうけれど、森の整備されていない道は歩きにくい。

わたしは暗い森の中ではぐれないよう、ほとんど小走りでついて行かねばならなかった。

「ヘーゼルは雌雄が別々で……」

「ちょちょちょ、ちょっと待って!」

アブソレムが悠々と歩きながらいつもの講義を始めようとする。

こっちはついて歩くだけで精一杯なんですが!

「ついていくだけで大変なのよ。こう暗くてはメモも取れないし、ちょっと説明は後にしてほしいかな……」

素直に白旗をあげると、アブソレムはこちらを振り返り、ゼイゼイ言いながら汗だくでついていくわたしの姿を見て納得したようだった。

彼は特になにも言わなかったが、そこからは少しだけ歩くスピードを落としてくれた。

そして突然、全くなんの目印もない、森の途中で止まった。

この人は森にあるすべての木の場所を覚えているのだろうか?

どうやら今、物色している木がヘーゼルらしい。細い枝の先に、若い緑の葉が数枚出ている。

その周囲には似たような木が密集していた。

「この枝を30本ほど切り落として持って帰る」

わたしに鉈とナイフの中間のような刃物を差し出す。これで切りおとせということらしい。

アブソレムの切る様子を少し見て、やり方や必要とする長さを確認しよう。

ガッと刃を枝に当てて傷をつけてから、ナイフの背で叩き落とすという要領らしい。

竹の切り方に似ている。

前の世界で読んだことのある造園技能士の資格本を思い出しながら、真似してみる。

魔法使いの道具なんだから、もっとスパッと切れると思っていたのに。

刃物は全くなんの変哲も無い、ただの鉈だった。

30本切りだすのに、思っていたよりも難儀してしまった。

わたし、このままここで暮らしていたら、ムキムキになっちゃいそう。

その後、汗だくになりながらも帰り道をなんとか歩ききり、やっとの思いでサンテ・ポルタへたどり着いたときには、既に朝日が顔を見せていた。



「さあ、それではヘーゼルについての講義をお願いします!」

わたしが食堂のテーブルに座り、ノートを広げて手を高くあげると、アブソレムは面食らったような顔をした。

「先にお茶でも飲んだらどうだ」

「いいえ、お茶は後からで結構です!先に是非講義を!」

手を上げたままハキハキ言うと、「その手は一体なんなんだ」と気持ち悪そうに言われてしまった。

挙手という制度はこの世界には無いらしい。

「それでは、ヘーゼルと知恵の日の説明をしよう」

彼は今朝採って来たばかりの枝と、倉庫から持って来た籠をテーブルの上に置いた。

その中には見たことのある実がたくさん入っている。

「あっ!これって、ヘーゼルナッツじゃない!?」

籠に入っているのはどこからどう見てもヘーゼルナッツだった。

そうか、ヘーゼルの木って、ヘーゼルナッツの木なのね!?

「なんだ、知っているのか」

アブソレムはそう一言こぼして、説明を続けた。

「実は秋に収穫しておいたものだ。ヘーゼルの木は雌雄分かれていて、二本以上ないと実をつけない。別名知恵の木とも呼ばれている」

わたしはヘーゼルの名前の下に、知恵の木、と書き込む。

「クロス派の祭日である知恵の日とは、ヘーゼルの枝と実を使ってハシバミ竜を呼び出し、その肉を狩る日のことだ」

「ええっ!?竜がいるんですか!?」

突然のファンタジー要素にわたしは驚いて顔を上げた。

竜って、ドラゴンだよね?そんなのいるの?もして狩るの?すごい!

しかし驚いたのはアブソレムも同様だったらしい。

「どうしてヘーゼルナッツを知っていて竜の存在を知らないんだ?」

そう言うと、額に手を当てて俯いてしまった。

「うん?ハシバミ竜を狩る日が、どうして知恵の日という名前になるんですか?」

わたしは頭を抱えるアブソレムを無視して質問する。

「ハシバミ竜の肉を口にしたものは、動物や植物の声を理解し、太古からの自然の知恵を授かるという言い伝えがある」

ほうほう。なるほど。

竜を倒すことが目的ではなくて、その肉を手に入れることが目的なのね。

「それから」

アブソレムは立ち上がりながら言った。

「ハシバミ竜を口にしたものが、魔法使いになるのだとも言われている」

……わたし、どこかで竜を食べたのかな?


ヘーゼルの木の講義が終わった後、わたしたちは朝食をとった。

今度は何が食べられるだろう、とワクワクしていたが、メニューは昨夜と全く同じものだった。

アブソレムは食事にあまり興味がないらしい。

わたしは自分で言うのもなんだが、ものすごく食べるのが好きだ。

どうせなら美味しいものが食べたいと言う一心で、苦手だった料理もなんとか覚えたくらいだ。

仕事が忙しくなってからはあまり手の込んだものは作らなかったが、知識欲を満たすため、レシピ集はかなり読み込んだ。頭の中にレシピは豊富にある。

「アブソレム。次からわたしが食事を作ってもいい?」

片付けをしながらそう聞く。

「好きにしたらいい」

彼はテーブルで食後のキセルを吸っている。

「よかった。それなら食材や、食器の場所を教えてくれる?」

食堂を見渡す限り、冷蔵庫の類はなさそうなのだ。

「食材は庭にある。食器はそこにある」

アブソレムが煙を吐きながらぶっきらぼうに言った。

こ、これだけ?キッチンには鍋がひとつだけ。それに平皿とスープ皿、カップが二組ずつしかない。食材に至っては、庭の野菜以外は何もないらしい。

せめてフライパンと、お皿がもう何枚か、それに調味料が欲しい。

「……あの、買い物って行けるかしら?」

わたしが少し考えてからそう聞くと、アブソレムはキセルの灰を落としながら言った。

「ちょうど街へ行く用事があるから、ついてきなさい」

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