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掌編小説集と詩集「ブラック」 収録作品例

掌編「有翼人の飛翔」

作者: 蓮井 遼


お読みいただきありがとうございます。


仕事の残業が終わった夜9時ごろ、会社員ののぼるは職場から駅まで歩いていた途中に定期入れを忘れたことに気づき、やむなく職場に引き返した。両手に重い荷物を持っていたから、どうして引き返さないとならないんだ、早く帰りたいのに・・とため息をついては来た道を戻った。職場のビルが先にある曲がり角に差し掛かったところで、昇は空を見上げると、何やら遥か上空に何かがいるのに気づいた。訓練やパトロールのための航空機だろうか、あまりに遠すぎて形すらわからなかった。

「なんだ、あれは・・」

家に早く帰らないと明日の体調を万全にすることができないと彼は思い、立ち止まることはせずに、職場に戻った。

それから、500年が過ぎて行った。

地球は、人が犯した気候変動の影響を大いに受けて大陸の氷が融解し、一気に海面が上昇した。地盤が安定しなくなったのは、日本も同じである。まして、日本は島国だ、多くの平地は海に浸食され、やがて多くの陸地が沈んで行った。僅かに山岳地方や高地に避難した人々と、こういった事態のために避難タワーに引っ越すことになった一部の人だけが生き残り、あとの人は助からなかった。

タワーに住んだ人々のほとんどは裕福な経済力を持っていた。それにより命は回避したが、いまや銀行も潰れてしまい、資産を回収することはできなかった。日々の食べ物を得るためには外部から調達する必要があった。タワーのなかで、食料を生産し、居住する全ての人のお腹を満たすのには無理があった。

このタワーの上には、ある人種が住んでいた。それこそ昇が目撃したものだった。人間の社会に隠れながら生きていたそれらは翼の持つ人、つまり有翼人であった。バサバサと決まった時間に有翼人の翼で飛行する音が大きくなっていった。

「代表、有翼人の来る時間です」

「わかった、カートを用意して」

タワーを取りまとめる管理人の指示により、多くの買い物カートが運ばれてきた。そして、タワーの窓の近くに買い物カートを設置すると、有翼人たちが窓に現れた。

「こちらが今日の分だ」

「いつも助かります、ありがとうございます」

有翼人達は各々方々からかき集めた果物や木の実、生き残った家畜、魚などを運ばれたカートに入れていった。これが人と有翼人の契約だった。有翼人は人に食べ物を供給するかわりにこの塔の上に住ませてもらっていた。彼らの先祖が自分たちのことを隠して人の社会に生きることがどれだけ大変だったか、想像できるかと思うが、いまや人の社会に入り、その土地の言語を覚えてきたことで、人は彼らのおかげで生きられるようになった。もっとも有翼人は人と同じように男性も女性も存在する。だからこの時代になると、有翼人たちは自分たちの素性を隠さずに人と交流できるのでとても生きやすくなっていた。

タワーの上では、有翼人のある子供が巣立ちの瞬間を迎えていた。

「ねえねえ、父ちゃん母ちゃん。おいらこれから一人で海を渡っていいんだよね?」

「ああ、そうだよ。自分の目で世界を見てきなさい」

「墜落しないように気をつけるんだよ、疲れたらすぐに戻ってきなね」

「はあい、わかったよ」

「坊や、やっと巣立ちの時だな。大昔、人が犯して手遅れになってしまった世界を自分の目で見に行ってこい」

そう有翼人の老人が、子供に声を掛けた。

「人って、このタワーのなかに住んでいる種族でしょ?彼らがそんなひどいことできたものなのかな?」

子供はそう心のなかで思ったが、また何か言われるのも面倒だと思い、翼に力を込めて、助走をつけて、飛び始めた。最初のうちは翼のコントロールが安定しなく、タワーから海へ落下していったが、翼を必死にはためかせもがいていくうちに安定して飛べるようになった。

「じゃあ、行ってくるね!」

子供はタワーをあとにして、海の上を飛び続けた。

海の生き物にとっては、これ以上プラスチックが増えることはなかったから、昔の時代が戻ったと悠々自適に過ごせていた。飛んでいる子供の視界には見渡すところ海しかなかった。

「ひえー。本当に海だらけだよ」

なにか海以外のものが見えるまでは飛ぶのを続けて、発見したら引き返そう。そう子供は思っていた。

そしてしばらく飛んでいると、何やら動いているものが見えた。なんだろうと子供は近くに寄ってみた。

動いているものの正体は爬虫類のカメやワニだった。これらの生き物は人が廃棄した機械の山の上に這って生存していた。投げ捨てた航空機の上や家電の堆積した山の上、自然の力では分解されない機械はたくさん寄り集まることで、これらの生き物にとっての避難所となっていたのだった。

「はは。皆、生きているよ」

子供が機械の山に近づくと、それに気づいたカメとワニは咄嗟に身を隠した。子供には受け入れられなかったことであったが、どうやら他の有翼人たちがこれらの生き物を持ち帰ったことがあるようだ。

「おいでよ、なにもしないから」

しばらく子供がそこでじっとしていたから、身を隠したカメやワニたちもまた現れて来た。子供はこれらの生き物が自分を受け入れてくれたようでなんだか嬉しくなった。

「皆、いるんだね。よかったよ!」

有翼人の子供がいることに興味を持ったか、他の生き物も現れて来た。皆がこの機械の山で日の光を浴びて身体を休めることができた。のそのそと子供に近づいてくる生き物がいた。それはカイギュウだった。

有翼人の子供はカイギュウの肌を撫でた。分厚くて、こんな生き物が地球に生きているのが不思議でならなかった。








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