浅くて脆い勇気
実は私、住野よるさんのファンでして、沢山の作品を何度も読んでいるので、少し似てるぞ?など思われても温かい心で読んでいただけたらな、と思っております。
人の性格とは、他人からの刺激で変わることがある。
でもそれは、見かけの姿。
大元の性格は変わらない。
僕はそう思う。
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内向的で極度な人見知りだった。
とくに初めて話す人やあまり仲が良くない人に話しかけるのは少し勇気が必要だった。
女子に話しかけるなんて言語道断、苦痛でしか無かった。
もちろん高校までに女子と関係を持ったことがない訳では無い。でも、それも一人か二人で、結局僕の勘違いで付き合うまで行かなかった。だから、高校でみんな付き合っていた経験とか誰が誰と付き合っているとか話していた時、僕はただただ羨ましかった。
そして、高校に入り僕は今まで見た事がない、自分と性格が正反対の彼と出会い、
変わった。
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高一の春、僕は康太に出会った。それまでは一人で、クラスもそこまで明るくなかったから、そんなに楽しくない高校生活になるのだと確信していた。
ある日僕がいつものようにボッーっとしていると、いきなり康太がやってきて
「智哉!数学わかる??まじで分からなすぎるから教えて!」
「あ!あ、いいよ。どこ?」
僕はその勢いに押され、少し跳ねた声になってしまった。
そしてその時、僕は二つのことに驚いた。一つ目は彼がとにかくとんでもないコミュニケーション能力を持つ人だということ。二つ目は最初の自己紹介で軽く言った名前を覚えていたということ。しかも苗字の吉田ではなく、下の名前で。
僕は彼と一緒にいる時、その凄さに圧倒されていた。僕は彼のその能力はきっと先天性のものなんだと思った。
そして僕は康太に勧められた卓球部に入った。中学までは野球をしていたけど、別にそこまで上手くもなかったし、その高校は野球の名門校だったから、入る気なんて微塵もなかった。だからその誘いに乗ることにした。僕はその卓球部の初心者の中ではセンスがあったのか、1番上手かった。そして、仲間ともいい関係を築いていた。
あの時が来るまでは。
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僕は英語が得意だったから、母から一ヶ月のアメリカ短期留学プログラムの紹介をされた時は悩むことなく参加を決めた。
そして僕は説明会に参加した。
メンバーは同じクラスだったマサキ、今井くんの二人とその他はキャピキャピした女子たちや、僕と同じような匂いがしたいわゆる陰キャの男子二人、そして、頭のネジが二、三本は外れているんじゃないかと疑ってしまうような二人組、僕らは合わせて十八人くらいだった。
その時には、僕は康太と出会い、共に行動をしてから2、3ヶ月が経っていたから、僕の性格はだんだん康太に近づいていた。
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七月になり、体育館の熱気が僕達の体を包み込む。体中から汗が吹き出てくる。僕はいつも通り練習に参加していた。でも、この日は特に集中して練習していた。なぜなら、アメリカに行く前最後の練習だったから。
まだこれから起こることなんてなんにも想像しないで、翌日出発した。
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羽田を夜八時過ぎに発ち、ロサンゼルスには向こうの時間で昼過ぎに着いた。
この時には康太のおかげもあり、ほとんどの男子とは関係を築いていた。
ロサンゼルスの気候は乾燥していて、とても日差しが強かった。ホームステイ先のホストファミリーも優しく接してくれてとても助かった。毎日の送り迎えもしてくれていた。
また、僕達は午後のアクティビティで様々な場所に行く時、男女でそれぞれの車に乗って移動していた。
この短期留学で得られたことは、結論から言うと、英語力の向上ではない。少しは将来のためにはなったかなとは思ったが、日本語が通じてしまう環境で、成長するのはやはり難しかった。
そして、最初の一週間は何事もなく過ぎ去って行った。
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二週目の初日、タカシが突然
「女子の方行かね?」と言った。
タカシとは、例の頭のネジが二、三本外れてるやつだ。自分から言ったのに、女子に話しかけるのが苦手だからと言って、結局僕がお願いをしにいった。
同じ卓球部の女子がいたから、その子にお願いした。二つ返事で許可を貰ったので、それから僕と彼は二人で女子のいる車に乗ることになった。そして僕達は、後ろの四人席にキャピキャピ女子と座ることになった。
初めは自己紹介とか、色々質問に答えながら、康太になった気分で接していた。
それから、僕は女子と話すことや、LINEで話すことがかなり増えた。そして、もうそんなことには慣れていた。
きっと二、三ヶ月前の自分が聞いたら嘘だと思うだろう。
そして、康太と出会わなければこんなにも近距離で女子と座ったり、LINEをしたりなんて、絶対にありえないと思った。
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僕はまず、一人の女子と仲良くなった。
名前はレイ。身長は低めで笑顔がとても可愛いショートカットの子だった。好きなアーティストが同じだったから話が合い、僕達の仲はかなり良くなっていた。始めは向こうからLINEの追加が来て、話しかけてくれた。
レイは僕を何と呼ぶか迷った末に一番予想してなかった、「ヨッチ」と呼ぶようにした。それから僕達はどちらかが寝落ちするまで動画を送りあったりしていた。また、授業の合間には二人で待合室で動画を見たり、雑談をしたりしていた。
そしてまたすぐに充実した二週目が過ぎ去っていった。
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三週目に僕は二人目の女子と仲良くなった。
名前はユイ。この子もショートカットで、若干身長が高めで、スタイルがいい子だった。学校が終わり、お迎えを待っている間に話しかけてくれて、そこから話すようになった。彼女も同じアーティストが好きで僕とはかなり気が合った。彼女とは留学先の教室も同じだったので一緒にいる時間は長かった。彼女は康太と同じように外交的で、良いようにいえば、誰とでも分け隔てなく接することができる人で、悪くいうと、他人の気持ちも知らずに土足でノコノコと足を踏み入れてくるやつだった。
彼女は夜すぐに寝る健康的な人だったから僕とLINEで話すことはあまり無かった。
結局その他の女子とは少しは仲良が良くなったり話したりはしたが、結局そこまで深い関係には至らなかった。
そしてこの時、僕はただ1つ決めていたことがあった。
それは...
彼女を作って最終的に別れて関係が悪くなるより、友達としていた方が、絶対に長続きするし、そっちの方がいい。だからみんな友達。
何を言ってんだと今では呆れてしまうけど、その時は本当にそう信じていたし、そうしていた。どちらかというとそう決めていたと言うよりかは康太がそういう考えを持っていて、それに同意した形だった。
その後、僕はこれから親友となる仲野くんと出会った。彼はいわゆる陰キャだったが、イケメンで、背も高く、バスケ部だということを知った。そして僕らの間には何か少し似ている部分があったのか、とても気が合った。
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日本に帰ってきたのは八月の終わりの頃、
夜遅くだった。時差ボケもあり疲れきっていた僕には次の日から二日間合宿が待っていた。本来は四日間なのだが、日程上僕ともう一人の女子は三日目からの参加となった。
何より朝起きるのが苦手な僕からしたらただでさえ疲れて、夜遅くに寝ることになるのに、朝七時に合宿場に向かうなんて苦痛でしかなかった。
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重たいまぶたを開き、僕はスマホを見る。
まだ時間にも余裕があった。すると、ユイからLINEが来ていた。(その時には僕がLINEをする人ランキング一位がユイだったから毎日彼女とLINEをしていた。)
「今日合宿だったよね、頑張って!」
僕がかなり前に言っていたことを覚えていた。それが少し嬉しくなり僕は軽く微笑んだ。現地に着くまでの間、彼女とLINEをして時間を潰していた。
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合宿の練習は朝練、午前練、午後練、ナイターと、かなり多くて思っていたよりキツかった。
そして何より、僕が驚いたのは、
みんなの上手さだ。アメリカへ行くまでは一番だった僕はいつの間にか、下から数えた方が早いくらいになっていた。もちろんペアもその間に決まっており、僕は文字通り孤立していた。
特に、基礎練習から徐々にレベルアップしてゆく期間だったようで、この一ヶ月でみんなは格段に上手くなり、僕はただ一人、一ヶ月前の状態で置いてかれていた。
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また、勉強面では問題があった。
留学前の期末テストで、英語以外がボロボロだった僕は、母から次のテストでいい点を取らないと、部活を辞めさせる。そう告げられていたため、部活に参加する回数を減らさなければならなかった。
ただでさえ、取り残されているのに...。
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レイとは学校が始まってもまだ関係は続いていた。
文化祭の準備の時期となり、慌ただしい日々が続いていた。僕はその日、留学で得たものを展示するということで レイと仲野くん、そして他3人と居残り、作業をしていた。
途中、レイと他の女子との会話を小耳に挟んでいると、彼女には野球部のエースの彼氏がいることが判明した。
でも、何故か、レイは僕との距離をより縮めようとしていた。
「ヨッチ!こっち来て」とジェスチャー付きで呼ばれ、行くとイヤホンの片側を耳に入れられ、一緒に音楽を聞く事になった。その曲はお互いの好きなアーティストのいわゆるラブソングだった。
いきなりだったので動揺してしまった。隠しきれていたかは分からないけど。そもそも僕は、一つのイヤホンを異性と一緒に付けるという行為をした事がなかったし、そう言う行為をするのはラブラブなカップルがすることだと思っていた。だから、その時僕は、レイは彼氏いるんだよな、と思った。
戸惑っているともう一人の女子が、「レイ、それはちょっとまずい」と注意してくれた。ナイスタイミングだったそのセリフに僕は少しは冷静さを取り戻した。
その後の帰り道でレイと僕は他の子と方向が違かったので一緒に帰った。
レイと僕はかなり近い距離にいたため、あと少し僕がレイを好きになってしまったらもう付き合ってしまいそうだったと思った。
僕は気になって仕方がなかったので、自然な流れになるよう、レイに彼氏の件を尋ねた。
彼女によると、体育祭の前に告られて、OKを出したと言う。でも、彼は野球部のエースだったから、レイもエースの彼女として注目されていた。だから、そこまで好きでは無いものの、OKを出してしまった。そして今では少し冷めてきている。そう話していた。
そこでやっと、彼女が僕に異様に接近してくる理由がわかった。
でも、彼氏への愛が冷めてきていると聞いたとしても、だからと言って僕がレイに恋愛感情を抱いていい訳では無いと分かっていたし、これ以上レイが近づいてくれば、この友達関係は無くなると思った。だから僕は文化祭の一週間前、レイにLINEで伝えることにした。
「レイが彼氏いるって知ってから、なんか接しにくいな、やっぱり、レイが気にしてなくても、やっぱり彼氏さんに失礼じゃん?だから、学校ではもう話さないことにしない?LINEならいつでも話すから。」
彼女は一度は受け入れたものの、三日後には「やっぱりヨッチを無視すんのは無理!どうしても気になっちゃっう!」と言ってきた。
僕は反応に困った。
じゃ彼氏と別れてこいよ、本心ではこう思っていたが、流石にこんなことも言えずに結局、僕達はイヤホンはつけ合わない、手は繋がない、カップルみたいな事はしない!と雑なルールを決め、学校でも今まで通り普通に話すことにした。
そして彼女はついに、文化祭を共に行動するよう僕に頼んできた。他に二人いると言われたが、やはり気まずかった。そして、口実作りのように僕は彼女に言った。
「彼氏と行きな。」
でも彼女は「いや、そう言うことじゃ無いじゃん?」と言い、また僕は彼女の言いなりになってしまった。でも実際僕は留学前の文化祭の話し合いでクラスの女子と口論になり、クラスのシフトに入る気はほぼなく、暇を極めていたからちょうど良かった。
もちろん彼女と行動した文化祭は最高だった。写真も撮ったし、普通に楽しかった。
でも、僕は彼女と距離を置かなければならないと気づいた。
彼女がこれ以上近づくと僕の行動はきっと周りから見ても僕の考えと矛盾することになると。でも、距離を置こうと言っても彼女のことだからまた近づかれる。だから僕は彼女から嫌われることを決めた。この楽しい生活がなくなってもいいから。そう決めて。
嫌われるために、僕はまず文化祭で彼女といた時間がとても無駄でつまらなかったと話した。そして彼女に愚痴をこぼしたりして、とにかく彼女に離れてもらおうとした。
結果、その作戦は見事成功し、彼女は僕とLINEをしなくなり、学校で見かけてもシカトするようになった。僕は心の痛みに耐えながら、あの選択は正しかったのだと言い聞かせた。
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ユイとは学校が始まるまでは毎日LINEをしていた。大体は彼女が日々起きたことや写真を僕に送り、僕がそれにコメントするという形だった。
ユイとはアメリカから帰ってきてからも何週間かLINEで話し続けていた。
後々聞くと、その時ユイは僕のことが好きだったみたいで、確かに見返してみると、メッセージからそのデレデレさが見て取れた。
僕は当時何もアクションを起こさなかった。でも、自分の考えから言うとそれが正解だったのかもしれない。多分何かしらのリアクションを起こしていればユイと付き合えた可能性もあったはずだ。
ユイと僕との感情にズレが生じてから約一ヶ月がたった頃、突然彼女とのLINEから勢いが消えた。見て取れる。もうめんどくさいと言わんばかりの返信を僕は不思議に思った。何か悪いことしたのかな?でも実際、僕は何もしていない。彼女は自分から勘違いをして勝手に僕を嫌った。
結局僕はこの不のスパイラルから抜け出せず、部活にも居場所がなかったから退部した。
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僕はこの時同時に三つのものを失っていた。
部活での立場、レイ、ユイ。
本当に今でも後悔しているほど充実していた。
このキャラは諸刃の剣で、使いこなせる人なら彼女がすぐにでき、幸せになれるだろうが、僕みたいな下手くそが使うと、相手との関係を失い、相手も自分も傷つけてしまう。そう気づいた。
でも、気づいてからは、それがトラウマとなり、康太と出会う前の人見知りが再発してしまった。そこから僕は女子と話すのが怖くなった。そして、それから女子と話すことは当分なかった。
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一年後、同じクラスに彼女はいなかった。
僕の知っているユイとは程遠い、知らない人の様だった。彼女は僕のことを避けていた。僕が一年の頃口論になってしまっていた女子とつるんでいたこともその一因であったとは思うけど、他の人とは得意の土足で足を踏み入れる能力で距離を縮めていた。でも、何故か彼女が周りの男子と仲良く喋っているのを見ると焼きもちというか、何か腹が立った。
僕はその原因がなにか、探した。
すると、あるひとつの答えに辿り着いた。
彼女は僕を勝手に好きになり、でも、付き合える見込みがなかったから捨てた。僕は彼女に何も悪いことをしていないのに捨てられたのだ。ちょうどその時、彼女は他の男子と笑っていた。
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正直、僕は彼女たちのことが両方とも好きだった。
友達として、恋愛関係として。
でも、固定概念にとらわれて、考えを柔軟に出来なかった。そして、何より、レイが勇気を出して説得してくれたのを、後々自分の立場が無くなるのが怖いからと言って無理やり断ってしまったのを今でも後悔している。もちろん、野球部のエースの彼女を奪うなんてことをしたら周りから批判されるのは当然のことだと思う。でも、「誰になんと言われようと俺は大丈夫」なんて言えていれば...。
後悔とそれを出来なかった自分に腹が立つ。
もう一度あの時に戻りたい。
もう一度話したい。
でも、もう遅すぎた。レイは彼氏と付き合ってから一年経った今も尚続いてるとの事だ。正直それを知った時、もう手遅れだと思った。どちらにも非はあったと思うし、仮に僕が彼女にわざと嫌われたとか本当は別れて欲しかったとかその全容を伝えてもただの言い訳にしか聞こえないと思った。
問題はユイだ。どうしても彼女は許せなかった。仲が悪くなったのは僕が彼女の思惑通りに動かなかったから?でも、向こうからデートなり食事なりに誘えば僕もその考えを改めていたのかもしれない。そんな努力もできないやつに、僕は捨てられた。別に今からぶん殴ってやりたいとか傷つけたいとかは思はない。でも、しっかりと話したい。ちゃんとあの時の僕らを見つめ直したい。そして放課後、僕は彼女を呼び出した。
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教室には彼女が先に座っていた。何故か一人ではなく、他の女子と話していた。身を潜め少し聞くことにした。
「ユイ呼び出したってことはさ、もうあれした無いよね笑笑」 「それな?もうどんだけ痛いやつなんだよ笑 てかもう遅いって笑」 「いや、お二人はお似合いですよ笑」 「ほんとに無理だからやめて!!」
その煽りと思える発言に、僕の手には力が入り、体が熱くなった。
気がついたら教室のドアを開けていた。
「じゃっ、失礼しまーす」と彼女の友達も流石に空気を読んで出ていった。
僕は冷静さを取り戻すために数秒黙って立っていた。その沈黙は僕が落ち着いてもなお数秒続き、向こうから話を振ってきた。
「えーっと、あ、久しぶり、だよね?」
言葉選びに迷っているのが分かった。
「........ん」
僕も冷静さを保ちながら適当な返事をした。
「私、さ、一年前の留学の最後らへんから吉田くんのこと好きだったんだ、笑 」
「へぇー........」
その後の言葉は浮かんだけど、言う必要が無いと思ったから軽い返事をした。
また沈黙は数秒続いた。
僕達はまるで何年もあっていない友人同士のように見えただろうし、実際にそうだった。「元気だった?」
「........まぁ、普通」
そして、また向こうから、
「あ、その言いたいことって何?ないなら帰るけど」
きっとその時彼女は、僕が言いたいことを何となく察していたのだと思う。でも、僕が話を切り出さないから、先陣をきって聞いてきた。
そして、向こうが立ち上がろうとした瞬間、僕の脳は制御不能となった。
「用ないわけねぇだろ、そこまでアホじゃねぇーわ」
初めて彼女に発した強めの言葉に彼女の心にも火がついたようだ。
「じゃ何なの?どうせずっとモジモジしてるだけでしょ?うちはそんな暇人じゃないんですけど、」
「お前のせいだよ」
「は?何が?」
彼女の目付きと口調が明らかに変わっていることが分かった。
「とぼけんなよ、どうしてそんなに変わっちゃったんだよ?なぁ、今からでも遅くない。絶対変われる。三年になるまであと五ヶ月はある。何なら僕も手伝う」
「ふざけんなっ!変わったのはあんたでしょ、いつからあんなに人を避けるよになっちゃったの?なんで?」
僕の説得を遮るように反論した。彼女が顔を赤くして怒鳴った姿を僕は今まで見た事がなかった。
そして、僕の予想は的中していた。彼女はきっと気づいていない。
「お前みたいに人の心を無意識に傷つけて、他人の敷地に土足で足を踏み入れてくるやつには僕のことなんか分かるわけないんだよ、そもそも君は僕なんて見ていなかった。自分のことしか考えてなかったんだよ、だから僕を傷つけて捨てたんだよ」
これで怯むと思っていたが、そんな甘くはなかった。
「違う!!私は別に自分のことしか見てなかったわけでも、捨てたわけでもない、あなたから誘われたらできるだけ予定を合わせて行ったし...」
僕はその言い訳でまた、体に熱を纏った。でも冷静さを保ちながら、
「結果どうなったんだよ、俺が勝手に去っていったとでも言うのかよ、」
「そうでしょ?あの頃私は何度もあなたに話しかけようとしたし、実際何度か話しかけた。でもあなたはいつも不貞腐れたような態度で私に反応してた。逆にあなたは何かした?...何もしてないでしょ?私の事だって避けてたくせに...。それなのによくあんなこと言えるね、不思議だよ......」
堂々としたその口調はまるで開き直っているようだった。
もう僕には限界だった。人は自分にとって都合の良い情報を選択してしまうとどこかで聞いたことがあるが、その説は正しかったのだと確信した。
「何まるで自分は悪くないです的なこと言ってんだよ、僕と話したいと思ってた?そんなの嘘だろ、どうせ。しかもあの時、ユイの周りには僕なんかがいなくても、頼れて、一緒に盛り上がれる人がいたじゃないか、イケメン君には異様にデレデレだったし」
皮肉も込めて言ったところで、
「........は? は、え、ちょっと待って」
両手で自分の髪をくしゃっと握る。その行動から、怒りではなく、完全な当惑だと分かった。
「なに?私に嫉妬して、、だから話しかけてこないで避けてたの?」
「........は?」
何を言ってるんだと疑問符が僕の頭の中を埋めつくした。
「それで今、、それを私のせいにするために呼び出したってわけ?.........ふざけんなよ!もうそんなんに構ってられないわ」
黒ずんだ毒が入った袋は僕の中で破裂した。この毒は大量で、気がついたら口から漏れ出ていた。
「ふざけんなはこっちの台詞だろ!馬鹿にすんのもいい加減にしろよ! 文化祭の前になって急にLINEの頻度下げたのはどっちだよ?お前のテンションが下がってるのは見て取れるんだよ!僕のメッセージも見てみろよ、僕はお前みたいにテンションを変えてない。冷めたんだろ?僕とは付き合えそうな見込みがなかったから。」
「違っ......」
彼女は先程のように勢いよく否定できなかった。そこに僕はトドメをさした。
「お前はそうやって、人のことを無意識に傷つけて捨てて来たんだよ。最低だな。」
彼女の目からは涙が零れ、温まりきった熱が空気を伝ってくるのを感じた。僕は少し罪悪感を覚えたがすぐに切り替えた。彼女はもう言い訳なんか出来なかった。
「確かに、吉田くんを傷つけてしまったことには変わりはないと思う。ほんとに、ほんとにごめん、、なさい」
今にも大泣きしそうな声で僕に謝った。そして僕は彼女に背を向けた。
これが僕とユイとの別れだった。
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彼女とはあの後、もちろん話してない。というのも、高三では別々のクラスとなり、見かける回数も減っていから。
あの会話の後から一ヶ月くらいはスッキリしていたが、その後から、僕は彼女のことで悩んだ。
僕は彼女のことをその時には許していたし、逆に全てを失った僕は、彼女のああゆうマイナス面を受け入れられた。
だからこそ今ならやり直せると思っていた。でも、また傷つけられるのが怖くて、結局それから一年が経っていた。
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凍えるような寒かった冬も終わり、だんだん春の陽気に包まれていった。
そして、僕らは卒業式を迎えた。式のあとはどこの学校でも同じように恒例の写真撮影があった。僕も友達と先生達と写真を撮り、そろそろ帰ろうと思っていた。
そこに、見覚えのある姿が僕の前を通過した。ショートカットでスタイルのいい女子はうちの学校で彼女くらいしかいなかったから、すぐに誰だかは分かった。
気づけば、僕の体は無意識に動いていた。
僕と彼女の背中には障害はなかった。少し急げば肩を叩ける、そんな距離にいた。
僕の少しの迷いが足を止めた。
傷つけられるかもしれない。拒絶されるかもしれない。
でも決めた。もう傷つかない。
傷ついても今なら立ち直れる。
全てを失った今の僕ならなんでも受け入れられると思った。
足を速めて、彼女の背中に追いつく。
もう一度あの頃を取り戻すために。