2-2.個個の声をあげる
嘘だ。ありえない。そんな単純な文言で頭が埋め尽くされた。
確かに、あぶろちゃんは「もっと沢山、ヒーローがやりたい」と言っていた。それで先日、私の付き添いで、事務方に話を通しに行ったのだ。
彼女を殺す……とはつまり無力化するということだが、つまりそれは、彼女を死なない程度に痛め付け続けることと同義だ。何せ、一筋縄ではいかないパワーのあの子のことだ。脚を砕けだとか、腕を潰せだとか、その程度までやらないと「無力化」とは言い難いと判断できないからこそ、きっと、支部長も「殺せるか」という非常に強い言葉を選ばざるを得ない。
おまけに、その状態で彼女の自殺を封じ続けるとなれば──苦しみ足掻く彼女を目の前にして、耐えられる自信は全く無かった。例え、無垢すぎるが故に本人は許してくれるだろうと分かっていても。
ヒーロー・ブルースワローは、確かに猪突猛進なところがある。やると決めるまでが早いし、決めたことは絶対にその場で実行に移す。そういう人だ。
だが、これはあまり知られていないところで、かつ彼が評価されない理由の大部分なのだが……実はその真、スワさんは、カッとなって行動するような考えなしの大馬鹿ではない。むしろその逆だ。計画の実現性、具体的な方法、次にどう動くべきか。その思考の速度がまるで閃くように速い。かつ、それを実行に移すべきタイミングは速い方が良いと断定するや否や、それを言語化する前に体を動かしてしまうだけなのだ。だいぶ贔屓目もあるかもしれないけれど、少なくとも私はそう思っている。
そんな彼が、こんなに理不尽に仲間を傷つけろと言われて、ハイそうですか、と頷く?そんな訳がない。むしろ声を荒げて机をバンと叩く姿の方がまだ想像できる。
「本当に、本当ですか」
「本当だとも、寧ろ乗り気のようだったよ。キッチリ録音と印付きで、いくつかの約束までさせられてしまった。その場でエクスクラメーションにも連絡を入れていたよ」
ますます訳がわからない。スワさんが?契約?言質を取る?頭が痛くなってきた。何をするつもりなのだろう。分からない。
「すみません、すぐには……今は、決められません。一旦、持ち帰って、三人で検討させてください」
「ところがそうも言っていられない。実は、この件を正式に決定する会議は……きっかり一時間後に始まる。先ほど招集を受けて任務に出ていったブルースワローが帰投するのを待つ時間がないんだ」
ふつ、と怒りが静かに煮えた。それは横暴ではないのか、と叫ぶことは……だが、できなかった。困ったように笑う目の前の人間の顔は、ああ、見知った大人達の"お願い"の顔をしているではないか。語りかけてくる。「君が否定してくれさえすれば、これはやがて忘れられて、凪になる」と。
私はこの目を知っている。よく焼き付いている。これは、親が、村の人が、皆がやんわりと願いという形で寄せる要求だ。困らせることを言わないで、とそう言う彼らに、私は微笑むことしかしてこなかった。
でも、ここでの自分は……それでいいのだろうか。
対等にぶつかってくれて、私をきちんと叱って、ヒーローじゃなくても心配してくれて。そんな仲間のチャンスを、勝手に潰してしまっても許されるのだろうか?
「……分かりました、その模擬戦闘、引き請けましょう」
「は、」
言った。言ってしまった。少なくとも、今この瞬間は、是であると。足が確りと大地を捉えている自信がない。
「G6の上層部との掛け合いになる、取り消すことはできないぞ」
私は、やはり卑怯だ。後悔するかもしれない。怖い。だというのに、人の判断に身を委ねることで、少しでも傷つかないようにしているのではないか。
「……はい、よろしく、お願いします」
声が震えていた。