表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋する乙女のひとりごと   作者: みなみまどか
5/19

業務宿泊で出会った意外な女性

三五八観光バスに勤めるバスガイドである小比類巻夏帆は、3業務5連勤の初日を終え一泊目の花巻温泉にある高級ホテルにいた。

また宿泊先である旅館で乗務員用の宿泊部屋が確保されていなという理由により同室となった添乗員である佐倉の部屋にお世話になることとなった夏帆だったが、その部屋に訪れた佐倉の親族である女性二人と知り合うことに・・・


実はこの佐倉を含めた女性たちが、夏帆が恋する大学生に物凄く近しい人たちだったとは・・・

「ねえ・・・もしかして小比類巻さんって、結構有名人だったりするの?」


「えっ?」


そう聞いて来たのは、先ほどのエレベーター内でのやり取りを間近で見ていた佐倉だった。

有名人呼ばわりされた夏帆は当然驚く。


「そうだよね。いきなり知らない人から声掛けられてアレ(詰め寄られて・・・)だもん!」


しかも佐倉の他の2名もそう言って相槌を打つ・・・


それに対して夏帆が申し訳なさそうに答えた。


「有名かどうかは分かりませんが、高校3年生の時ソフトボールの全国大会でノーヒットノーラン試合をやってまして・・・」


「そういえばピッチャーやってたって言ってたもんね・・・しかも全国でノーヒットノーランとは・・・」

そう言って感心する芽衣子さんだったが、それがどれほど凄いことなのか正直分からないでいる様子・・・


「そうか・・・このお尻って全国大会レベルってことなんだ・・・。でも、バスガイドの制服着ちゃうと分かんないよね・・・こんないいお尻してるのに・・・勿体無い・・・」


そんな傍では佐倉がそれに乗じて夏帆のお尻を舐めるように見下ろしながらそう囁きつつお尻を撫で続ける。


「いや・・・それは・・・」


その時夏帆はお尻を撫でられながらどう答えていいのかわからなかったが、お尻を撫でるその佐倉はどうも夏帆のお尻が気にかかって仕方がないようだった・・・。



@実はモデル級のスタイル・・・


そんな会話をしている中、最下階で止まったエレベーターのドアが開いた。そして向かった先にある日本庭園的な箱庭の脇にあるカウンターにはホテルマンらしき女性が待ち構えていて会釈している。

そんな姿を見た真帆は、自分が何処となく偉くなったかのような錯覚に・・・


「お待ちしておりました。佐倉様・・・こちらへ・・・」


しかし、おもてなしを受けていたのは当然ではあるが佐倉のほうだった。

そう声を掛けられた佐倉の後ろを歩く夏帆だったが、その時そのVIP待遇の佐倉に声を掛けた。


「佐倉さんっていつもこうなんですか?」


「まっ・・・こんなところね。でもそうやって待遇してくれてる旅館って、決してわたしを待遇してるわけじゃないんだよね・・・」


「えっ?すると誰を・・・?」


「うん。わたしだけどわたしじゃない。それはわたしの肩書きに・・・なんだよね・・・」


「肩書き・・・ですか?」


「うん。わたしって地方の支社勤務じゃなくって本社勤務の正社員なの。しかもツアー先の施設の評価なんてこともやってるのを旅館側も知ってるのね・・・。それで前に下見で泊まった時も事前調査っていう名目でこのお風呂使わせてもらって、あのホテルマンと顔見知りで・・・」


添乗員はツアーコンダクターとも呼ばれ観光案内以外の雑務をこなす人物となる。

一般的にはフリーの添乗員と契約している会社が多い中、この佐倉の勤める大手旅行会社は時折自社の社員を添乗員という名目で旅館の評価を含め出張させていた。

そんな正社員が宿泊し、しかも直接評価されるとあって旅館側もこの佐倉はとても気になる存在となる。

忘れていたが、それは評価される側の夏帆も同様だ。


「えっ?もしかしてその評価内容に三五八交通も含まれます?」


「うん。もちろん!」


「えっ・・・それじゃ責任重大・・・」


「あっ、そこは心配しないで!きちんとやってもらってるからそれは大丈夫・・・」


「ちょっと安心しました・・・」


「うん。それに初めに請けてもらえるはずだったバス会社のピンチヒッターだってこともあるしね。実は仕事引き受けてくれるはずの宮城のバス会社がガイドの手配がつかないって言いだして・・・」


「えっ?それって宮南バス・・・?」


「そうなの・・・何かあった?」


「いえ・・・松島でちょっと・・・」


夏帆はこの時、松島で出逢った高校時代のライバルである佐藤の顔を思い出していた。もしかすると子供会の業務がなければ、今日夏帆が担当しこの業務はその佐藤が担当していたかもしれなかったと・・・


しかも当初夏帆が割り当てられていた業務というのが、翌日自動車部品関係の会社関係者を盛岡駅で迎え、花巻温泉で一泊し新規工場と言われる一関工場を視察後仙台駅に送り届けると言うものだった。

そして翌日、実業団のラクビー部員を仙台駅で迎えて八戸市内のホテルへ送り届ける・・・というのが本来の業務のはずだった。


しかし急遽その業務の前日に割り当てられ、通常あり得ない300km以上も回送を掛けたこの業務・・・

でも、通常バス会社のガイドの都合が付かなければクラブを使うはずなのだが・・・


「クラブがあるじゃないですか?」


「うん。そこも掛け合ってもらったわよ!でも、松島・平泉・花巻・盛岡を案内できる人が出払ってるって断られたみたいでね・・・」


「そんなに・・・ですか?」


夏帆の務める三五八観光バスでもバブルによる高稼働でバスガイドの数が逼迫していた。でも、そんな時はクラブに依頼すれば何とかなると夏帆は思っていたのだが・・・

ちなみにその「クラブ」というのはフリーのバスガイドたちが所属する団体だ。一般的には一線を退いたベテランバスガイドたちが所属しているのだが、それ故にちょっと高齢・・・というのがネックとなる。


ちなみにバスガイドが若いと評判の夏帆の会社がクラブバスガイドを使ったりすると後で苦情が寄せられるというのも恒例となっている。

バス会社としては法律で決められた休日を配慮した配車計画を立てなければならないし、生理休暇を申請されればそれを受けた人員変更もしなければばらない。

そんな時、登場するのがクラブバスガイドという助っ人なのだが・・・


若いバスガイドを期待してバスに乗車したら、他のバスは若いバスガイドなのに自分のバスだけベテランバスガイド・・・

まっ、苦情を言いたくなる気持ちもわからないわけではないが・・・


そんな内情を知ってか知らずか佐倉は話を続ける。


「うん。でもG(ガイド)なしってもいかないしね。わたしが案内やってもいいんだけど、内規に反しちゃうし・・・」


「そこではるばる八戸の三五八(わたしの会社)に連絡したってことですね?」


「うん・・・。たまたまアパートのお米をきらしちゃった時、実家に電話したのね。その時ちょうど車検に出していたお母さんのクルマを届けに来てた麻美ちゃんが電話に出て・・・その時義姉さんの教え子がバスガイドしてるっていうバス会社知ってるって話が出て・・・」


「あっ・・・麻美子さんの嫁ぎ先って自動車整備工場でしたよね?」


「うん。車検なんかで預かったクルマをキャリアに載せて納車なんかもしてるみたいなんだよね・・・」


「そういえば、今話に出たその教え子ってわたしです・・・わたしの高校2年と3年生の時の担任がその舞衣先生です」


「えっ?うそ!・・・・そうなの?全く世の中って狭いわよね・・・」


「そんな経緯で八戸から300km以上も回送して仙台駅迎えになって・・・」


「ごめんね・・・急な仕事押し付ける形になっちゃって・・・受けてもらえなければらば最低数の応募数に満たなかったってことにしてツアーを中止にする検討もしてたんだよね・・・」


「いえ、佐倉さんが謝ることじゃありません。これも立派な仕事ですから・・・」


そんな会話の中、先ほどのホテルマンと何か話をしている佐倉を置いて先に案内された貸切露天風呂は暖簾をくぐった瞬間からその特別な空間が広がっていた。

何もかもがこだわり抜かれたもので構成され誰が見てもその質感が高いのが窺える造りとなっている。

しかもあちこちに竹材を組んだ工芸品が置かれる浴場は小さな箱庭のようなものから、その小さな空間を愉しめるガラス張りのモノまで種類も豊富で、とても少人数で使うには勿体なさすぎる内容だ。

さらに先ほど脱衣所で服を脱いだ二人の体型の素晴らしいこと・・・。同じ女性から見ても息を呑むようなその迫力のある姿形はどう表現していいのかもわからないくらいだ。


大柄な芽衣子さんに小柄の麻美子さん・・・どちらもそのスタイルの素晴らしいこと・・・

しかも色白できめの細かいその肌も羨ましい限り・・・その2人揃って服を脱いでいる姿を写真に収めたいと思うくらいだ。

なんかこれってあの写真館の息子である滝沢の影響か?でも、その二人の裸体を見る夏帆の中にどういうわけか違和感が・・・


「ん?なんだろうこの違和感・・・」


夏帆はそう思いながらも脱衣所正面の鏡に映る自分の浅黒い身体を見ていた。


「アレ見ちゃうと自分の身体って本当に貧相・・・」


そんな夏帆の身体はいわゆるジョギング焼けというものがはっきり分かるものとなっている。脚は太ももから下の部分が、また腕は肩から日焼けの跡がはっきり残っていた。


そんな時だ。鏡を見ていた夏帆に声が掛かる。


「小比類巻さん・・・ちょっと・・・」


夏帆は片手にタオルを持った状態の全裸でその声の方へ向かった。


その声の主は麻美子さん・・・


「ねえ・・・そこに立ってみて」


「こう・・・ですか?」


「うん。それじゃ足をこうしてみて」


それはバスガイドがお客様をお待ちする時の爪先の向き。つまりはモデルのような立ち方をしろということだった。その時夏帆は素っ裸の状態でそれに応じた。


「うん・・・それじゃそのまま横向いてみて・・・」


「今度は後ろ・・・」


ん?これってさっき、部屋で佐倉が夏帆に指示したのと同じ・・・。この時夏帆の中にその時の嫌な記憶が蘇る。


しかしそういう指示を出した全裸の麻美子さんが意外なことを言い始めた。


「身長は?」


「160です・・・」


「ウエストは?」


「59です・・・」


「あの制服のサイズは?」


「7号なんですが、標準サイズですと肩幅が合わなくてセミオーダーになってます・・・」


それを聞いた麻美子さんが一度夏帆のそばから離れ、そこから夏帆を改めて見ている。


「小比類巻さん!これってあと10センチ身長が高かったらモデルになれる体型だよ!手足が長くって・・・顔も小さい!」


「えっ?モッ・・・モデルですか?肩幅・・・こんなですよ?」


突然そんな思いがけないことを言われた夏帆は驚いた。しかし、夏帆の思うその「モデル」というのはチョット違ったモデルだった。


「ねえ・・・鏡見て!」


夏帆は言われるがままに目の前の大きな鏡を見る。


「見て・・・1対0.7対1・・・分かる?この黄金比・・・」


「何ですか?・・・それ・・・」


「バスト・ウエスト・ヒップの比率・・・」


そう言われた夏帆は改めてその鏡を見た。

なるほど・・・正面から見た自分のスタイルはそんな感じだった。

でも、そんなことを言われても・・・それでも夏帆自身のコンプレックスが・・・


「むっ・・胸・・・はこんなもんでいいんですか?」


そう返された麻美子さんはヤレヤレ・・・というような表情で夏帆に説明する。


「わたしが言ってるモデルってファッションモデルのことなの!グラビアじゃなくって・・・えっ?ちょっと待って!小比類巻さんってどこかのアイドルというか歌手に似てるって言われたことない?」


「はい・・・名前がそっくりだとは言われたことはありますが・・・」


「名前じゃなくって・・・・う〜ん・・・だれだったかな・・・・?」


この時夏帆は、モデルといえばグラビアアイドルと勘違いしていた。もちろんそんなアイドルとは無縁であるが、確かに夏帆は手足が長い。高校時代そんな身体をしならせるようにしながら投げるボールは言わずと知れた全国レベルの豪速球・・・

しかし・・・そんな夏帆はこれまで自分自身がモデル体型だと言われたことなどなかった。

これはモデルというイメージが国内外で異なっていることにある。

そんなことなど知らない夏帆を前にその麻美子さんが話を続ける。


「わたしの親が仕事の関係でイギリスにしばらく移住することになって・・・それでこの前、親とその会社の人と一緒にその移住先の街ってところに行って来たんだよね・・・」


「イギリスですか?なんかすごく遠い世界というか・・・縁のない世界に思えますが・・・」


「うん・・・わたしもそう思ってはいたんだけど、向こう行ったらクルマは日本と同じ右ハンドルだし・・・」


「いや・・・一緒なのはクルマのハンドルだけじゃないですか?」


「やっぱりそうだよね・・・考えてみたらクルマを道具として割り切って使ってるところとから、食生活までいろんなことまで全く違う異文化って感じだった・・・」


「それとモデルがどう繋がるんですか?」


「その時、連れてってくれた人に案内されて見せてもらったDCブランドの新作発表会のファッションショーで見たモデルさんたちがみんな小比類巻さんみたいな体型でランウェイ歩いてたの・・・」


「えっ?こんな貧相な・・・?」


「いや・・・決して貧相じゃないよ!その体型ってなろうとしてもなれるものじゃないと思うの・・・」


この時夏帆は、先ほど佐倉からそのお尻が羨ましいと言われたばかりだ。


「でも、わたしってこんなに筋肉質で肩幅も広くってモデルって感じじゃないんですが・・・」


「考えてみて?ファッションモデルってみんな肩パッド入れてるでしょ?あんな身体だからみんな肩幅が狭いの・・・」


「はあ・・肩パッドですか・・・」


「そんな肩パッドの要らない肩幅にそのスタイル・・・十分素質はあると思う!」


「でも・・・こんな筋肉質ですよ?」


そう言いながら夏帆は腕を曲げ、二の腕に力こぶを作って見せた。その時、筋肉が露出したのは腕だけではなかった。それは腹部にも・・・


「たっ・・・確かに筋肉質ではあるわね。しかも腹筋まで割れてるし・・・ん?」



@いろんなフェチ・・・


するとそこで麻美子さんは何かを思い出したかのように、脱衣所から浴室に入ろうとしていた芽衣子さんに声をかける。


「ねえ・・・芽衣ちゃん!ちょっと来て!」


すると呼ばれた裸の芽衣子さんが胸を揺らせながらこちらへ歩いてくる。

そしてその芽衣子さんに向かって麻美子さんが問いかける。


「コレ・・・見て!割れてるよ・・・」


それは言わずと知れた夏帆の腹筋・・・


「えっ・・・本当だ!・・・ねえ・・・触っていい?」


するとその芽衣子さんが夏帆の返事を聞く前にその部分を触り始めた。その時驚いた夏帆の腹部に思わず力が入る。


「コレ・・・コレなの・・・わたしの好きな・・・この・・・」


そう言いながら夏帆の腰回りに手を回した。


「細っ・・・」


今度はその夏帆のウエストの細さに驚きながらも今度は頬擦りまでしてくる始末・・・


すると今度は傍で見ていた麻美子さんが・・・


「わたしはコッチ・・・逢った瞬間から良い匂いがすると思っててさ・・・」と言いながら夏帆の首元の匂いを嗅ぎ始めた。


「チョット・・・チョット待ってください!まだお風呂前なんですから・・・」


この時夏帆の中にある記憶が蘇る。

それはエンちゃんの部屋のベッドの中・・・一緒に布団に入ったエンちゃんが夏帆の体臭を嗅ぎまくって「良い匂い・・・」と言いながら寝てしまった・・・そんな甘酸っぱい記憶。


そんな記憶をたどりながら助けを呼ぶ相手を見つけようとした時に姿を現したのが、遅れて脱衣所に到着し脱衣カゴを前に服を脱いでいた佐倉だった。


しかし・・・夏帆の中に悪い予感が・・・


「うん!わたしはコッチ・・・」


と言いながら駆け寄ったその佐倉は先ほどに続き夏帆のお尻を触り始めた。

もう・・・夏帆はどうしていいのかわからない。

するとその夏帆の腹筋に頬擦りしている芽衣子さんが麻美子さんに告げる。


「わたしの婿養子(旦那)様って腹筋が最近チョット・・・残念なのよね・・・」


「アレ?旦那様って消防でオレンジ(救助)やってなかったけ?毎日梯子登ったり、ロープ渡ったり・・・馬鹿みたいに毎日鍛えて・・・」


どうやら芽衣子さんの旦那様という方は消防署でレスキュー部隊に属していると思われるが・・・

自分の義理の兄妹となる芽衣子さんの旦那様をそんなふうに表現する佐倉がさらに言葉を重ねた。


「そういえば結婚式の時、姉さんのこと軽々とお姫様抱っこしてたよね?」


「まっ・・・わたしってこうは見えてもそんなに重くなかったし・・・」


その言葉を聞いた佐倉が『?』のゼスチャーをしている。それをそばで見ていた夏帆に、聞かれてもいないのに弁明を始めた。


「わたしってそもそも細かったの!・・・子供出来てからこうはなったけど・・・」


その時夏帆が隣の麻美子さんを見ると『そう聞いておきなさい・・・』というゼスチャーをしている。

その時だ。何かを思い出したかのようにその麻美子さんが話を始めた。


「そういえば・・・前に大きな女子大生を軽々とお姫様抱っこしながら病院に駆け込んできた大学生がいたって話覚えてる?」


「うん・・・今小林アパートに住んでる娘でしょ?覚えてるよ・・・身長が184cmの体重が・・・」


芽衣子さんがそう答えた瞬間、夏帆の頭の中に疑問が過ぎる。


「えっ?ちょっと待ってください!そのさっき女子大生を軽々とお姫様抱っこしてた・・・って言ってましたけど、その女子大生の身長が184cm?女性ですよ?」


「後でその女子大生のお母さんとお会いしたんだけど、やっぱりお母さんも大きいの!聞いたらお父さんも大きいらしくって・・・」


「遺伝って恐ろしい・・・」


「しかも・・・その女子大生を連れてきた大学生ってラグビーやってて身長が195cmもあるの!」


「そんなに?」


「いや・・・いくらなんでもうちのダンナ様でもあのふうちゃんを軽々とは・・・」


ため息混じりにそんなことを話す実の姉に向かって佐倉が口を挟んだ。


「あっ・・・それって八戸の・・・あの?」


「ん?」


そこで佐倉の放ったその「八戸」と言う地名を聞いた夏帆が反応した。


「今、八戸って言いましたけど・・・それに下宿の娘って?それにふうちゃんって?」


そんな疑問顔の夏帆に麻美子さんが夏帆に伝える。


「まっ・・・個人情報だから詳しいことは話せないんだけど、結局この事案って事件性はなかったんだよね・・・ただ、運ばれてきたその女子大生が自分の名前すら言わなかったんで警察沙汰になっただけなんだけどね。結局所持品から身元が割れて親元に連絡ついたから良かったんだけど・・・」


「なんで身元を隠してたんでしょうか?」


そんな疑問に対して佐倉が口を挟んだ。


「それって・・・流産・・・」


そこまで出たその言葉を麻美子さんが遮る。


「ちょっと!それは・・・」


「あっ・・・ごめん!聞かなかったことにして!」


「はい・・・わかりました・・・」


その時夏帆は、女子大生が病院に担ぎ込まれた上で流産したというその話に衝撃を受けていた。通常そんな話はフィクションの話かと思っていたが・・・まさかそんな話がほんとうにあるとは・・・


実は、この話もゆくゆくはこの話も「世の中がとても狭い」という話にはなったのだが・・・この時誰もそんなことには気づかなかった。


そんな夏帆をさておいて話題はその女子大生の体重のほうに戻っていた。


「その時は大丈夫だったかとは思うんだけど、今じゃウチの婿養子様も流石にその女子大生をお姫様抱っこっていうわけにはいかなかったと思うの・・・」


「どうしたの?」


「ううん・・・実は白いほうに移ってさ・・・」


同じ消防署でも、救助(オレンジ)から救急(ホワイト)に部署が変わってしまったようである。


「それじゃ・・・身体鍛えてる暇ないよね・・・」


警察時代、消防署といろんな場面で顔を合わせていてその内情を知っていた麻美子さんがため息まじりにそう言った。それほど救急というのは忙しいのだ。

ちなみに現在でも現役看護婦の芽衣子さんは、そんな救急隊員から患者を引き受ける救急外来に勤務している。


「それがさ・・・あれほどバキバキだった腹筋が最近緩んできてね・・・」


そこで芽衣子さんがとても残念そうな口調でそう言っている。それはもちろん自分の旦那さんの腹筋のことである。


「常に鍛えてないと腹筋は維持できないよ・・・しかも30ともなれば・・・」


残念そうな芽衣子さんの言葉にそう返した佐倉だったが、夏帆のお尻を舐めるように触りながら変なことを言い出した。


「でもさ・・・これって昔、まーくんのことみんなで寄ってたかって触ってたのを思い出すよね・・・」


ん?まーくん・・・?夏帆はどこかで聞いたその言葉を思い出しながらその会話を聞いていた。


「うん。懐かしいね・・・。だって親族唯一の男子だもんね・・・ちっちゃくって可愛かった・・・」


これはどう考えても、小さな男の子を年上の女の娘がイタズラしていたとしか思えない。


「そうだよね・・・ここに結衣がいれば完璧だね・・・」


結衣とは誰のことだろうか?恐らくは佐倉三姉妹の三女のことだろうか?


「結衣はいっつもまーくんを泣かしちゃって・・・そんなことしたら痛いだろうって言ってるのに止めないんだから・・・」


「どんなことをしたら痛がるんだろうか?」いつの間にか開放された夏帆はそんなことを思いながらされるがまま立ち尽くしている。


「そうだよね・・・わたし、責任取るのはそんな可哀想なことしちゃってる結衣かと思ったんだけど・・・結局最後まで面倒見た芽衣子姉さんが責任とったよね・・・」


「ちょっと!いいでしょ・・・その事は・・・済んだ事だし・・・」


そんな話の中、いつの間にか解放された夏帆はその三人を眺めていた。

何がどうなってどんな責任を取ったのか・・・夏帆にはわからない事だらけだ。

ここで夏帆は、その三人の身体首から下の部分に全く毛髪がないことに気づく。

これが脱衣所で最初に感じた違和感であった。でも・・・それは聞いちゃいけないような事のような・・・


でも、やっぱりそのことを聞かずにいられない夏帆だった・・・



@透き通るような肌に隠されたもの・・・


夏帆はいつも湯船に浸かる前に自分の身体の汚れを流すことにしている。一緒に浴室に入った佐倉姉妹が壺風呂に浸かりながらまるでオヤジのようなため息をついている中、夏帆は洗い場でメークを落として(マロになって)いた。


「隣・・・いい?」


夏帆が頭を洗っている時そう声をかけてきたのは麻美子さんだ。


「はい。いいですよ・・・」


夏帆はそう答えながら横目でその隣を見ると色白な脚が見える。同じく見える自分の健康的に日焼けした脚の色とは明らかに異なるその脚はまさに透き通るような美しさ・・・


「あの・・・全身脱毛とか・・・してるんですか?」


あっ!・・・思わず聞いちゃった・・・


夏帆は思わずそう聞いてしまった自分自身に少し反省をした。でも、聞いてしまったことには違いないので話を続ける事に・・・


「うん・・・してるよ。わたしって高校までワキガに悩んでてね・・・。その後、大学に進学してからワキガ治療で通っていたクリニックの先生から勧められて・・・学生だから安くするってことで・・・」


そう言いながら麻美子さんが腕を上げて脇の下を見せる。


その脇に下にはうっすらと何かを縫ったような傷跡があり、それ以外は本当に綺麗な脇の下だった。


「これってさ・・・ワキガ手術の跡なんだよね・・・」


「ワキガ・・・ですか?」


「うん。小さい頃から悩んでて・・・」


「それって手術で治るんですか?」


「うん。皮膚の裏側にある何とかって組織を取ると、嘘のように匂わなくなるの・・・しかも、その時毛根も一緒に取れるから脇毛も無くなるのよね・・・」


「一石二鳥ってところですか?」


「小比類巻さんって、身体の匂いで悩むことなんてないでしょ?」


「そうですね・・・不快に感じるお客様もいらっしゃいますので香水もつけていません」


「それって羨ましい・・・わたしは大学に入ってから周りに迷惑かけてないか耐え切れなくなって、そこで初めてワキガ治療のクリニックの門を叩いたんだよね・・・」


「それで治療したんですね?」


「うん。術後のケアーは大変だったけど・・・やってよかった・・・。あの秋冬の蒸れた感じのあの匂い・・・自分でも吐きそうだった。それが綺麗さっぱり無くなったんだもん!」


「えっ?冬場・・・ですか?汗って暑い夏に沢山かくものじゃ・・・」


「それって違うの・・・夏って浴びるように汗をかく時あるでしょ?その時ってビックリするくらい臭わないの」


「そんなモノなんですか?」


「うん・・・でも、秋冬とかにうっすらと汗ばんだ時が最も危険なのよね・・・」


「蒸れた時ってことですか?」


「うん・・・そうなの。もうそうなると何をやってもダメね・・・消臭スプレーもクリームも気休め程度・・・それに香水なんかで誤魔化そうとするとそれこそ大変な匂いになって・・・」


その時夏帆は、たまにワキガの乗客を乗せバス全体がその匂いで充満することを思い出していた。

何せ一人でもそのワキガの乗客がいるとそのバスの車内全体がその匂いに・・・

それは暖房を強く掛ける冬場に多いことも・・・

さらにそのツアーの後に決まって出される苦情もあった。

「バスの換気が悪かった・・・」と。

しかもバスの中には、本日夏帆が乗務しているエアロクイーンのように「金魚鉢」と揶揄されることもある窓の開かないバスもある・・・


こればかりはどうしようもないことだった。それほどこのワキガというものは強烈なモノなのだ。

そんなことを思い出していた夏帆を前に麻美子さんが話を続ける。


「そうなの・・・でも、今はそんな悩みがなくなったから爽快なんだよね。そこで通院していたクリニックの先生から学生割引するから全身脱毛してみないっかって言われて試しにやってみることにしたの・・・」


「それでどう・・・です?」


「うん・・・。楽だよ!クリニックの先生にも言われたんだけど毎月のアレがすごく楽なの。ちょっと時間はかかったけど、そもそもそんな濃くなかったからそんなに痛くなくって・・・」


「えっ?痛いんですか?」


「うん。結局毛根を焼くからね・・・だから濃い人ほど痛いみたいなの・・」


この時夏帆は自分のソノ部分を覗き込んだ。

これが濃いのか薄いのかはわからないが、女子寮のみんなと比べればそれはそれはないに等しいくらいに相当薄い部類・・・

そんな思いを馳せる夏帆を前に麻美子さんが話を続ける。


「それで・・・それを言ったらまず母さんがそのクリニックに行って、それからあの従姉妹たちも次々と・・・」


もちろんその「毎月のアレ・・・」とは、女性が初潮を迎えてから閉経するまで毎月付き合うことになる生理のことである。


「そんなに・・・ですか?」


「うん。やってみてソンはないと思うの。温泉なんかに行った時にちょっとだけ恥ずかしいのはあるけど・・・」


「そうなんですか・・・わたしは単なる見かけだけと思いましたが、毎月のアレが楽になるとは思ってませんでした」


「中には先天性の人もいるみたいなんだけど・・・ぜひ、小比類巻さんも・・・」


「えっ?あっ・・・はい・・・検討してみます・・・」


その時、夏帆は自分がそうなったらどうなのか?エンちゃんがそんな姿を見たらどう思うのか・・・想像もできなかった。

そんな会話をしながら夏帆が身体を流している時、頭を洗うその麻美子さんの左脇腹にちょっとしたアザがあったのを思い出していた。

先ほど脇の下を見せてもらった時に気づいてはいたのだが・・・

それは・・・染みひとつない透き通る肌に似ても似つかないような「何か」の跡だった。


「このアザって・・・」


夏帆はこの時も咄嗟にそう聞いてしまったことを後悔した。

仕事中は直感で動いてしまうその癖もワンクッション置いてから行動に移すよう心がけていたのだったが・・・

そう声をかけられた麻美子さんの表情は思わしくない。


「ん?ちょっとね。ちょっと昔、ヘマしちゃってね。まっ、それで警察辞める羽目になったんだけど・・・」


「あっ・・・すいません。それって聞いちゃダメなヤツ・・・」


「ん?いいの。お嫁に行けない身体になっちゃったんだけど、嫁としてポンコツで欠陥品のこんな身体でも引き取ってもらえたし・・・」


ポンコツ?欠陥品?お嫁にも行けないこんな身体?・・・って、この麻美子さんって人の身に何かあったかなんては怖くて聞けない。


夏帆はそう思っていた。


そんな時だ。手を休めず身体を洗うその麻美子さんが身の上話を始める。


「わたしって去年お嫁に貰われたのね・・・」


「去年・・・ってことは新婚さんですね?」


「うん。みんなそう言う。でも、その結婚を後押ししてくれたのは舞衣姉さんだったのね・・・。あっ、舞衣姉さんてひとはわたしの旦那様のお姉さん。つまり・・・わたしの義理のお姉さんね!」


「その方・・・先ほど八戸で高校の先生をやってられるとお聞きしました。実はその方ってわたしの高校の時の担任なんです!」


「えっ?世の中って狭いものね・・・。舞衣姉さんってどういう訳か八戸にある高校の理事から声が掛かってそこに勤めることになったんだよね・・・」


「縁故採用・・・ってことですか?」


「うん・・・。私立なんてそんなもんじゃない?よく知らないけど・・・」


「なんか訳アリっぽいですね・・・」


「それでさ・・・その舞衣姉さんの弟・・・つまりわたしの旦那様なんだけど、高校の同級生で一緒に剣道やってた仲なの。そして、高校の時から好きだって言い続けてくれたんだよ・・・ワキガのこんなわたしに・・・」


「高校時代はまだワキガで悩んでたんですもんね・・・」


「それも含めて舞衣姉さんが、自分の弟がわたしのこと好きなのを知ってたんだよね・・・」


「旦那様って同級生なんですね?」


「うん。今は義父さんと一緒に小林ボデーっていう自動車板金の店やっててね・・・。警察に拝命受けてからすぐに買ったばかりの赤いレビンをぶつけちゃった時、修理をディーラーに出そうか母さんに相談したら隣町の小林ボデーが腕がいいって聞いて来て・・・」


「腕がいいんですね?」


「うん。母さんに今時パテをあまり使わず本物の板金ができる職人がいる自動車板金工場って貴重だって言われてね・・・」


「パテ・・・って、あの車体が凹んだ所に盛り付けて平にする粘土みたいなヤツですよね?」


「そうなの!詳しいわね・・・」


「はい・・・前にショッピングセンターの駐車場で左のドアを当て逃げされてその凹みを直したんですけど、その時の担当者がそんなこと言ってました。でも、その凹みを直したそのドア一枚がなんとなく色が違うんですよね・・・」


「アラ・・・それじゃクルマをウチに持っておいでよ!キチンと色合わせできるから・・・」


「じゃ、そのうちお願いします・・・。でも、その言いかたからすれば仕上がりに自信があるんですね?」


「そうだよ!わたしのクルマもキレイになったし・・・お客様の評判もすごくいいし・・・」


「それでわたしがお世話になった時から家族ぐるみで「お嫁においで・・・」って言われててね。どうやらウチの母さんも何度かお願いされたことがあるらしくって・・・」


「それじゃ結構昔からお付き合いがあるんですね?」


「うん。どういう訳か母さんはその小林ボデーの家族構成までよく知っててね・・・」


「そうすると舞衣先生がそこの娘さんだったってことも知っていたんですね?」


「うん。よく知ってるよ・・・女子大時代は義父さんの造ったクルマでダートラっていう競技してて、休みの日にはみんなで埃まみれになりながら舞衣義姉さんのこと応援してたって・・・」


「それっていいですね・・・」


「でも・・・その「お嫁においで」っていうのは最初は冗談かと思ったんだけど、舞衣義姉さんがわざわざ八戸から電話を掛けて来て『ちょっと考えて欲しい・・・』って内容で。そこで冗談じゃなく本気だったって分かったの・・・」


「麻美子さんも舞衣先生の弟さんのこと・・・?」


「うん・・・。それまでなんとなく一緒になってもいいかな?っては思ってたんだよね・・・でも、近過ぎたの」


「近・・・過ぎた?」


「高校の時一緒にいっぱい汗流した仲じゃない?しかも手の内もわたしの臭いのも知ってるし、切磋琢磨の仲だから男女の何かって感じじゃなくって・・・」


「そうですね。部活の仲間って感じですね。わたしの部活は女子しかいなかったんで、ちょっと違うんですが分かります・・・」



@封印された過去・・・


「でも・・・就職してからしばらく経ってそんな彼をオトコとして見始めた時、わたしがある事案に巻き込まれちゃって・・・」


「それって、勤めていた警察を辞める事になってしまったと言うヤツですね?」


「うん。しかも一歩間違えば警察どころか人生自体を辞めることになったかも・・・」


「そっ、そんな・・・」


「その日さ・・・明け番で家に帰った時に押し込み強盗に遭ってね・・・」


「押し込み強盗・・・ですか?」


「うん・・・わたしが帰ってくるのを待ち構えてたようなの・・・」


「それって計画的な?」


「うん・・・本当の目的は強盗ではなかったみたいなんだけど・・・」


「でも、麻美子さんって警察官だったんですよね?」


「うん。しかも剣道の有段者・・・」


「なのに、どうしてですか?」


「その答えがコレ・・・なんだよね・・・」


そう言いながらその麻美子さんが自分の脇腹を指さす。


「コレって何の跡なんですか?」


「スタンガン・・・」


「えっ?あの映画とかで観る・・・アレ・・・ですか?」


「うん。ダメね・・・アレされちゃうと、もう反撃なんてとても・・・」


「それでその強盗は・・・?」


「その犯人って、その半年前に信号無視で切符切った配送の人だったの・・・」


「麻美子さんって交通課だったんですね?」


「うん。交通機動隊ね。こう見えてもCBX650Pっていう白バイ乗ってたんだよ!」


「えっ?それってすごく格好いい・・・えっ?今・・・CBXって?」


「CBXがどうかした?」


「はい・・・わたしの知り合いが昔乗ってたって聞いてたモノで・・・」


もちろんその知り合い・・・とは、もちろんあのエンちゃんのことである。


「ナナハンの方?」


「いえ・・・ヨンヒャクって言っていました」


「わたしの弟がそのヨンヒャクの方に乗ってたんだよね・・・バラバラにしちゃったけど・・・」


「バラバラ・・・ですか・・・。それでその白バイに乗ってて何かあったんですか?」


その時夏帆は重要なことに気づいていなかった。あのエンちゃんがCBX400というバイクを高速道路での事故でバラバラにしてしまったことに・・・そんなことはさておき話は続く。


「ある日、先輩からノルマを稼げるって評判の交差点を譲ってもらって取締してたのね・・・」


「ノルマって・・・?場所譲るって?」


「あっ!・・・それは聞かなかったことにしておいて!」


「はい・・・よく噂されるソレのことについては聞かなかったことにします・・・」


「それでそんな交差点来た配送の4t車が明らかに赤信号を無視して交差点に進入して・・・」


「もちろん検挙したんですよね?」


「うん・・・でも、わたしが検挙したその事案がきっかけでその人が会社をクビになって・・・」


「配送ってプロのドライバーじゃないですか?それで信号無視って・・・プロ失格です!」


「そうなんだよね・・・信号が黄色だったから信号無視じゃないって粘られて所轄のPC(パトカー)に応援要請までしても切符交付まで2時間もかかった違反者だったんだけど、累積点数が加算されて90日の免許停止になってね。しかも、免停中に自分のクルマでスピード違反やって免許取り消しに・・・」


「それって完全に自分の責任じゃないですか?免停中にクルマの運転するなんて・・・」


「そう・・・免停中に運転するってことは無免許運転になるの・・・」


「それって最低・・・その人ってなんか凄い勘違い野郎だと思うんですが・・・」


「うん・・・世の中マトモじゃない人もいるってことね・・・」


「それでそのまともじゃない人が麻美子さんの家を突き止めて・・・ってことなんですね?」


「うん。尾行されて(尾けられて)いたみたいなんだよね・・・それ全然わからなくって・・・警察官失格ね・・・」


「なんで麻美子さんを尾けてたんですか?」


「そうなんだよね・・・目的はわたし自身だったんだよね・・・自分の人生がメチャクチャになったのと同じようにわたしの人生もメチャクチャにしてやりたかったんだって!」


「えっ?」


「結果的にその犯人の目的は120%達成されてしまったけど・・・」


「120%・・・って言いますと?」


「わたしだけでなく、家族や親類まで巻き込んだ話になっちゃったってこと・・・」


「親類までってことなんですか?」


「うん・・・それでその日の夕方弟が帰ってきて・・・その犯人と鉢合わせになって・・・」


「鉢合わせ・・・ですか?でも・・・開け番で家に帰ったてことは押し込み強盗に入られたのは朝ですよね?」


「うん・・・」


「それで夕方に弟さんと鉢合わせって・・・?」


「そうなの・・・居座られちゃってね・・・」


「そんな・・・」


「うん・・・それで目的を達成し終えた犯人がタバコ吹かしながら惨めな姿をニヤけた顔で見下ろしていた時何も知らない弟が帰って来て、荒れた玄関に驚いてわたしの部屋に駆け付けたんだけど・・・」


「それでどうしたんですか?」


「部屋のドアが開いた瞬間、弟とわたし・・・目があったの・・・」


「目が・・・」


「うん・・・見られたくなかった・・・わたしのそんな惨めな姿・・・」


「でも・・・麻美子さんが好んでそんなことになった訳では・・・」


「それでそんな姿にしている犯人に弟が殴りかかったんだけど・・・」


「それでどうなったんですか?」


「返り討ちっていうか逆に犯人に殴られちゃって。それで・・・弟がキレちゃったんだよね・・・」


「キレ・・・ちゃった?」


「その時、殴られた弟が急に逃げ出したと思ったんだよね・・・その犯人も弟のこと追いかけて行ったんだけど、実は弟が台所で待ち伏せしてて・・・フライパンで思いっきりその犯人の顔面殴って、鼻血出しながら逃げようとしていた犯人を玄関出たところ犯人をでタックルして引き倒して、後は馬乗りになって殴り続けたんだって・・・近所の人が110番して警察が到着するまで・・・」


「殴り続けたって・・・それってどんな・・・」


「うん・・・後で聞いたんだけど弟の左手中指が折れてたって・・・」


「こっ・・・骨折?」


夏帆はこの時あのエンちゃんが人を殴るなんてことはないと思っていた。もしかすると自分の思い過ごしかもしれない・・・この麻美子さんの弟という人はエンちゃんと全くの別人ではないかと思いたかった。


そんな麻美子さんが話を続ける。


「その後、パトカー5台に救急車2台と鑑識の車両がわたしの家の庭に集結して・・・あとマスコミ関係者も門の前に詰めかけたらしいの・・・」


「そっ・・・そんなに?」


「それでわたしと犯人は別々の病院に救急搬送されたんだけど・・・残された弟はわたしの職場の留置所に・・・」


「留置所・・・って、悪いのは犯人で弟さんはそれを助けただけじゃ?」


「うん・・・後に報道規制で画像は出なくなったんだけど、初めに速報として報道されたニュースじゃボカシはかかっていたけど弟が連行されるシーンなんかもあって・・・」


「そんな・・・弟さんは犯人じゃないのに・・・」


「そうなんだけど・・・何せその犯人は全治6ヶ月の大怪我になってね・・・」


「全治6ヶ月って・・・それって・・・」


「犯人の顔がグチャグチャだって・・・」


「それって自業自得です。弟さんだってお姉さんがそんなされたら血も昇りますって!」


「でもさ・・・いくら犯人だからって相手を大怪我させてるからね。それが正当防衛かって言えばそうじゃないっていうのが大方の見解・・・」


「警察の方でも分かってくれていますよね?弟さんの気持ちってモノ・・・」


「でも・・・その事件を捜査するのもわたしたちのことを知ってる同僚たちなのね・・・それに捜査ってものは事実関係の積み重ねまでだから心情って言うものは二の次になちゃうのよね・・・」


「そんな・・・」


「それで色々と家中調べる鑑識も同僚でさ・・・しかもわたしが運び込まれた病院から提供された証拠物件を調べるのもこれまた同僚・・・しかも犯人を大怪我させたということで弟も色々と取り調べを受けて・・・」


「取り調べって・・・犯人みたいな扱い・・・」


「わたしはしばらく入院してたから後で知ったんだけど、その取り調べが長引いて留置所からしばらく帰って来れなかったって・・・」


「弟さんの取り調べが続くのも嫌ですが、職場の同僚に色々調べられるって嫌ですよね・・・アレっ?弟さんってその時高校生ですよね?」


「うん。3年生だったんだけど・・・それが原因で地元大学の推薦が白紙になって・・・」


「本当は地元に進むはずだったんですね・・・」


「凄く嫌だった。何もかも洗いざらい調べられて・・・交友関係とか「こんなこと関係ないでしょ!」ってところまで。でも、捜査を進めるには仕方がないことって分かってはいたんだけど・・・」


「まだ何かあるんですか?」


「噂・・・」


「ウワサですか?」


「そもそもわたしが警察官だってことは近所中知ってるのよね・・・そんな婦人警官が巻き込まれた事件ってことでメディアがいろいろと取材して興味本位な報道をして・・・」


「ワイドショー・・・的な?」


「うん・・・そんな報道されてから野次馬が家の周りに集まって来たらしくって・・・」


「ヤジウマ・・・ですか?」


「うん。それで母さんも家の片付けすらできなくって・・・しばらく警察の「立ち入り禁止」テープで家の門が塞がれたままになってさ・・・それが返って目立ってたって芽衣ちゃんが・・・」


「その立ち入り禁止のテープって、よく事件現場に張られるヤツですよね?」


「だって・・・これも立派な事件だよ・・・」


「そっ・・・そうですよね・・・」


「そんなことだからしばらくの間近所でいろんな噂が立ってね。それは尾鰭のついたようなもので・・・わたしのことならまだしも、弟のことまで・・・」


「弟さんの事?」


「うん・・・普通にバイク乗ってただけなのに暴走族に入っていたとか・・・カツアゲやってその金でバイク買ったとか・・・そもそもそのバイクは盗んだ物だったとか・・・暴力沙汰が絶えなかった・・・とか」


「それって心無い・・・」


「でも・・・現実ってそんなものなの・・・」


「それでどうしたんですか?」


「その後弟が停学なっちゃってね・・・」


「それってその事件のことで?」


「まっ・・・高校では「大人を殴って病院送りにした張本人・・・」ということで腫れ物扱いされてね。でも、停学の理由はそっちじゃなくってバイクの方だったの・・・」


「もしかして校則に反して中免(今でいう普通二輪免許)取っていたってことですか?」


「そうなの・・・学校には「三ナイ運動」てものがあるからね・・・」


「それって・・・免許を取らない・バイクを買わない・バイクに乗せてもらわない・・・の三ナイですよね?」


「うん。学校側としてはそれまで免許自体は黙認していたんだけど・・・自分の高校の生徒がバイクに乗っていたっていう報道されちゃうとね・・・」


「事件とバイクは関係ないと思いますが・・・」


「世間ってそんなモノなの・・・」


「なんかそれってイヤですね・・・関係のないものまで報道されて・・・」


「そんなこともあってわたしも退院しても家には帰れなくて、しばらく家族共々静岡のおばさんのアパートにお世話になることになって・・・」


「そうですよね・・・家には帰れないですよね・・・」


「その後有給使い切っちゃったと同時に職場に辞表出しに行って・・・」


「病休は使わなかったんですか?」


「うん・・・それって診断書を職場に出さなきゃならないでしょ?」


「そう・・・ですが・・・」


「診断書の内容を見られたくなかったの・・・」


「あっ・・・そうですよね・・・」


「だから欠勤扱いになる前に腹括ったの。それで辞表出したその足でこっそり実家のシャッター付きガレージに入り込んでホコリ被ったまま停めてたレビンを洗車してね・・・」


「えっ?綺麗って・・・急にどうして?」


「その時急に何もかの嫌になってどこか遠くに行くたくなってね・・・」


「何もかも・・・ですか・・・」


「でもさ、最後にワックス掛けしてた時思ったの・・・」


「何かあったんですか?」


「このままレビンで旅に出たら、このレビンの整備ってどうすんだろう・・・って。3000キロごとのオイル交換どうしよう・・・とか、オイルの銘柄ってなんだっけ?なんて考え込んじゃってね・・・」


「旅先の整備工場・・・とかで相談でも?」


「普通はそう思うよね・・・でも、そのレビンっていつも弟が整備してくれていたから、その弟がいないと整備出来ないって考えたのね・・・」


「高校生ながら弟さんがお姉さんのクルマを整備してたんですね・・・それでその後どうしたんですか?」


「うん・・・その時弟は高校3年生だったからすぐに免許を取ってレビンに乗りたいだろうと思って、そのガレージにレビンと置き手紙を残して地元の駅で青春18の切符を買って最初に来た汽車に飛び乗ったの・・・」


「行き先・・・は?」


「決めてなかった。汽車は上りでも下りでもどっちでも良かった・・・」


「そんな無計画な・・・」


「しかも、その時の所持品は財布と仕事でも使ってた手帳のみ・・・」


「ほとんど手ぶらじゃないですか?」


「うん・・・その時は何も考えてなかった。でも最初に来た汽車が普通列車の上りで・・・」


「それって東北本線ですよね?すると上野方面ってことですか?」


「そうなんだよね・・・そんなことでそれから日本1周する事になってね・・・」


「日本1周って・・・どこまで?」


「南は西鹿児島・・・北は稚内まで。いろんなところでアルバイトしながら2年近く・・・」


「2年近く・・・って・・・ご家族には?」


「うん。定番の「探さないでください・・・」の手紙だけだと捜索願出されて、同僚に迷惑が掛かると思って「気が晴れたら元気になって帰ります・・・」っていう手紙も添えたの・・・」


「それで日本1周してたどり着いたのがここ(花巻)だったんですね?」


「うん。あと何日かで家に帰るのか・・・どんな顔して母さんに会えばいいのかな?なんて考えていた時、通学時間の汽車のデッキで女子高生が痴漢されてるのを目撃してね・・・それで汽車が駅に着いた瞬間その犯人を引きずり下ろしたの」


「警察官の血が疼いちゃったんですね・・・」


「まっ・・・その時リュックを網棚の上に置き忘れしてたんだけどね・・・。それでその犯人を鉄警隊に引き渡す時にその犯人が暴れ出して、わたしったらその時ホームに突き落とされちゃって・・・気がついたら従姉妹の芽衣ちゃんが務める病院に搬送されていた・・・って訳」


「凄い偶然ですね?」


「うん。それからしばらく看護助手っていう仕事もらって芽衣ちゃんのアパートで一緒に生活してたんだよね・・・」


「その病院ではどんなことしてたんですか?」


「資格がないから医療行為は出来なかったんだけど、いろんな雑用をこなしたの。ナース服着てるから見かけは看護婦だけどね・・・」


「なんか・・・麻美子さんがナース服着てるところなんて想像できませんが・・・」


「でもさ・・・わたしって意外にも人の体臭を嗅ぎ分ける能力が高いのには驚きで・・・」


「それって・・・あのワキガの一件からですか?」


「うん。自分の体臭が気になって仕方がなかったから、そういう匂いに敏感になっちゃったんだと思う・・・」


「そういう匂い・・・って?」


「患者さんの微妙な体調の変化が分かっちゃったんだよね・・・」


「体調・・・ですか?」


「検温について行ってその匂いで異変を感じると、決まってその後患者さんに何かあるというところから始まって・・・」


「体調の変化って体臭の変化に繋がるモノなんですか?」


「うん。それはハッキリと分かるの!ビックリするくらいに・・・」


「それじゃ重宝がられたんじゃないんですか?」


「うん・・・イノシシ級の嗅覚の持ち主なんて揶揄されてさ・・・」


「それって凄いですね・・・」


「ところでさ、こんなこと聞いちゃいけないのかもしれないけど・・・小比類巻さんって・・・もしかして男性経験が・・・ない・・・とか?」


「えっ?そんなところまで分かっちゃうんですか?」


「やっぱりそうなんだ・・・でもどうして?こんなにスタイルも良くて可愛いのに・・・」


「いえ・・・可愛いかどうかは置いておいて・・・わたしって昔からソフトボールにのめり込んでいて・・・異性は二の次と言うか・・・」


「それで全国まで登り詰めたって訳ね・・・」


「はい・・・優勝は逃しましたが・・・」


「でも、ノーヒットノーランを達成した・・・と」


「はい。でも・・・それによって恨みを買うこともありまして・・・」


「エレベーターの一件ね・・・」


「そのようです・・・」


「でも、自分のやったことに対して誇りを持って良いと思う・・・それだけ努力したんだから・・・」


「でも・・・麻美子さんは努力して警察官になったのに・・・ソレやめちゃうハメになって・・・」


「まっ・・・そりゃそうなんだけど、その事案がきっかけで警察官だったらできない経験一杯させてもらったからさ・・・」


「そんな経験の一つがその・・・看護助手ってことですね?」


「うん・・・人間生きてりゃいろんな偶然があるって思ったわけよ・・・」


「そこに偶然にも弟さんが搬送されて来た・・・ってことですよね?」


「うん。すごい偶然・・・まっ、これがそのわたしの失踪から弟との再会までの事案の顛末なんだけどね・・・」


「それじゃ・・・みんなにとって、この花巻ってところは凄い思い出の地なんですね?」


「そうだよね・・・でもなんだろうこんなことダンナと親族以外に話すの初めてなんだけど・・・まっ、こんな事全部ひっくるめて引き取ってくれたわたしの旦那様と、色々相談に乗ってくれた舞衣義姉さんには感謝しかないけどね・・・」


この時夏帆の中に、エンちゃんが言っていた「実家に帰れない理由がある」という言葉が浮かんだ。

その帰れない実家というのは今現在どのようになっているのだろうか?そう思った途端、夏帆の口から次の質問が・・・


「その事件のあった実家って今は・・・?」


「えっ?家って・・・その事件現場の?」


「はい。そうなりますが・・・」


「うん・・・今はおっきなガレージをポツンと残して更地になってる・・・あんな事案があった家だからさ、母さんが速攻で取り壊したみたいで・・・弟が大学に進学した直後だったらしいの・・・」


「それじゃ弟さんの実家って・・・?」


「うん。帰ってくるべき実家が更地になっちゃってる・・・」


「えっ?・・・更地?」


夏帆時は想像ができなかった。自分が生まれ育った実家が更地になってしまうことなんて・・・そんなことを思う夏帆を前にして麻美子さんの話は続く。


「うん。昔営んでた建設業の名残で敷地が500坪くらいあってさ・・・そこにガレージだけはポツンと残ってるけど・・・」


「ガレージだけ・・・ですか?」


「うん。そのガレージって想い出が詰まっていて、壊すに壊せなかったんだって。何せ弟の作業場だったし・・・」


「今、麻美子さんのご両親はどうしてるんですか?」


「小さいアパートに引っ越して三人仲睦まじく暮らしてるんだ・・・」


「三人・・・って?」


「うん・・・わたしに歳の離れた妹がいるんだよ!どかちゃんっていう2歳児なの。それが弟のちっちゃい頃にそっくりで可愛くって可愛くって・・・」


「えっ?どか・・・ちゃん?」


「うん!『のどか』っていうの・・・」


この時夏帆は、初めてエンちゃんと逢った日に自分のことを「ドカちゃん」と呼ぶ人がいると言っていたのを思い出した。

そういえばそのエンちゃんは「まどか」その妹が「のどか」・・・どちらもドカちゃんである。


「うん・・・母さんが義父さんと再婚を考えていた時急にデキちゃったんだって。それで出来ちゃった結婚の流れ・・・あの歳で若いんだから・・・」


「再婚されたんですね?」


「うん。わたしの事案の後、身を寄せていた静岡のアパートの隣の住人だったの・・・」


「それもまた偶然ですね・・・でもそれから出産となるともちろん高齢出産ですよね・・・」


「うん。そうだよね・・・43で出産だもんね・・・」


「えっ?麻美子さんのお母さんの歳って・・・」


「うん・・・わたしのこと二十歳で産んでるからそんな歳で・・・」


「若っ!・・・でも、でもですよ?二十歳で出産ということは、今のわたしでいえばもう腹ボテ・・・?」


夏帆はこの時、自分の歳でもそんなことはあり得る話であることを初めて認識したような気がした。

あのライバルの佐藤が結婚したとすれば二十歳で出産というこのもあり得るのである。


「そうなるよね・・・やっぱり若いよね・・・19歳って・・・」


「はい・・・みんなそう言います。やはり、みなさん19やハタチの頃の自分に思い入れがあるんですね?」


「そうだよ・・・。だって、今までは周りの誰かに敷いてもらったレールに乗って歩んできて、責任だって最終的には親が取ってくれるっていう歳から、自分の不始末は全て自分でケリを付けなきゃなんないっていう人生のターニングポイントだよ!そりゃ、みんな少なからず思い悩んだ時期だから思い入れもあるって・・・」


「そんなもんなんですか?」


「そりゃそうだよ。二十歳までは勢いで後先考えずいろんなことができたけど、二十歳すればその後の自分のフォローも考えなくちゃならない。しかも、成人してるということで法的な取り扱いも全く違う・・・」


「そうですよね・・・何かあっても未成年ということで寛大な処分みたいなところがありますよね・・・」


「そんなお年頃だからみんな思い入れがあるのね・・・」


この時夏帆は、先ほど話題になった「麻美子さんの事案」というものから話が逸れて良かったと思っていた。深入りすればするほど耐えられない内容であることが想像できたから・・・


夏帆はこの後各種ある湯船にひと通り浸かった後、浅い浴槽に半身浴しながらストレッチをしていた。

そんな時、従姉妹三人組が檜湯の淵に腰を掛けて親族内の話をしているのが聞こえて来る。


「何?香織おばさんって、明日盛岡に来るの?」


この時夏帆はその「盛岡」というワードに反応した。というのも、その盛岡に明日向かうからだ。しかも、明日の夕方に盛岡駅で25人の団体を迎える業務を控えていた。


「うん・・・その御殿場の研究所の人と北海道の寒冷地仕様の研究してる人たちが合流して・・・」


「ん?合流して?」


「岩手工場で何か打ち合わせするみたいで・・・しかもイギリスからも何かの研究者も来てるみたいで・・・」


「えっ?イギリス?」


「うん・・・」


「それじゃ・・・その森山のおじさんと香織おばさんって、やっぱりイギリスに行っちゃうってこと?」



@思い違いと日本一周・・・


それは佐倉姉妹の会話だった。それに麻美子さんが答える。


「森山の義父さんの前の職場の東富士研究所の所長さんって人が直々に来て、森山の義父さんに研究所(御殿場)に戻ってくれないかって説得始めて・・・」


その研究所は御殿場というところにあるらしいのは分かったのだが・・・それは初めて聞く名前だった。しかも、そこが何の研究をしてるのかも分からない。


「あっ!それ・・・香織おばさんから聞いてる。森山のおじさんって元はその御殿場で自動車の研究してたって・・・それで当時付き合ってた彼女の不倫に嫌気が差して研究所辞めて放浪の旅に出たって・・・それって誰かさんと同じ・・・」


その芽衣子さんの冗談混じりのそんな話に麻美子さんが反論する。


「もう!それは言わないの!」


従姉妹である芽衣子さんも何らかの裏事情を知っているらしい・・・そんな芽衣子さんに麻美子さんが説明を付け加えた。


「それで今度ヨーロッパでダブリュー・・・なんとかって言う自動車競技のクルマのターボを研究するからってことで復職してイギリスに行ってほしいって・・・」


「そうだよね・・・森山のおじさんって過給機ターボの専門職だったもんね・・・」


「本当はメカ(ターボなし)が好きらしいだけど・・・」


夏帆は、先ほどイギリスのモデルの話を聞かされたばかりだったので、その話がここから来ているものとここで初めて理解する。


「そう言えば森山のおじさんって、前にあのレビンのエンジン設計も携わっていたって聞いたよ・・・」


「うん。詳しいことは分からないけど・・・その時の手土産がみんなそれ(クルマ)系だった!」


夏帆はそんな話に入れるはずもなくただ聞き流していたが、この時芽衣子さんの言っていた「香織おばさんと森山のおじさん」という人がどういう関係なのか気になって気になって仕方がなかった。


「あの・・・香織おばさんって人と森山のおじさんって・・・?」


そんな夏帆の問い掛けに答えたのは麻美子さんだった。


「うん。香織おばさんってわたしのお母さんのことなんだよね・・・」


「あっ・・・さっき聞きました。あと、森山のおじさんって?」


「わたしの実家が森山だから森山のおじさん・・・ってこと」


「えっ・・・?」


この時、夏帆の中で何かが崩れ去る音が聞こえた気がした。

それは、今までエンちゃんに関連付けて考えていたその裏事情が全て思い過ごしであった事を思い知った。

それは名字の違い・・・


エンちゃんが「風谷」で、その実の姉である麻美子さんの旧姓が「森山」・・・


それは当然他人ということになる。

この時夏帆は後悔していた。

全くの他人の話を自分の中で都合よく解釈し作文していたのかと・・・

でも・・・一つだけ信憑性の高い話として高校生の時担任だった舞衣先生の話がある。

これはこの仕事が終わったあと本人に確認してみよう・・・

夏帆はそう思っていたのだが・・・

この時夏帆の視界が急に暗くなって来た。


「あれ・・・?なんか変・・・」


次に気がついたのは佐倉の部屋の布団の中だった。

その枕は氷枕となっていることから、夏帆はあの風呂でのぼせてしまったことを理解する。

しかも、4人の布団が敷かれた片隅にあるちゃぶ台には夏帆が楽しみにしていた夕食がラップを掛けられた状態で置かれていた。


「あっ・・・目、覚めた?」


そんな時、目を覚ました夏帆に気が付いて声を掛けてきたのは、窓際のテーブルを前に椅子に腰掛け何かを見ていた麻美子さんだった。


「すいません・・・わたしって・・・」


「ううん・・・いいの。日中、お年寄りおぶって相当な距離歩いたんだって?当然疲れちゃうよね・・・」


「高校の時の部活じゃそんなこといつもやってたんですけどね・・・」


「仕事と部活じゃ内容が全然違うでしょ?ましてやガイドさんってお客様に対して気遣いが必要だから気がつかないうちに身体も疲れるって・・・あっ、水飲んで・・・」


そう言いながら足元にあった小さな冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出し立ちあがろうとしていた。

夏帆は誰かに着せてもらったと思われる浴衣を着ており、パンツもきちんと履かさられていたがブラジャーはつけておらず胸の辺りがスースーしている。


しかも化粧を落としていることから夏帆の顔はマロ状態・・・そんな夏帆が麻美子さんに声をかけながら立ち上がった。


「すいません。わたしがそちらへ・・・。あと、すいませんでした。色々と面倒かけてしまったようで・・・」


「大丈夫だって!何せ芽衣ちゃんは看護婦だし、わたしも瞳ちゃんも力持ちだし・・・」


「でも・・・ここまで運んでいただいて・・・あっ、運んでいただいた後の2名は?」


「今、下のラウンジで呑んでる・・・」


「すいません・・・麻美子さんはわたしを診るために残っていただいて・・・」


「いいの。わたしアルコールダメだし。姉妹で募る話もあるだろうから・・・。でも、軽くてビックリした。体重50Kgないでしょ?」


「はい・・・でも高校の時は今にも増して筋肉質でしたし、スタミナ切らさないように体重を増やすことしか考えていなかったんですが・・・今は筋肉とともに体重が減ってしまって・・・」


そんな会話をしながら水を受け取った夏帆は、その水を差し出してくれた麻美子さんの向かいに座る。

そして、ペットボトルの蓋を開けながら麻美子さんが先ほど見ていたと思われる大学ノートを指差した。


「それって・・・」


そう尋ねられた麻美子さんは、どこか懐かしそうな目をしている。


「これさ・・・さっきお風呂で話した日本1周の記録なんだよね・・・ちょっと見せられるような内容じゃないから中身は・・・」


そう言って見せてもらったのは3冊の大学ノート。その表紙には3冊に渡り旅に費やした日付が記してある。


「いつも持ち歩いてるの・・・今じゃお守りみたいなモノ・・・」


麻美子さんはそう言いながら傍に置いてあったリュックから小さなアルバムを取り出した。


「これならいいよ・・・」


夏帆が見たその中身は夏帆の知る世界とはまるでかけ離れた世界だった。

たった自分一人で何事もしなければならない・・・誰の助けを乞うことも許されないその旅がいかに過酷だったことはすぐに分かった。

恐らくそれはホームレスに近い。


そんな状況だった・・・


その写真はとにかく麻美子さん自身の写った写真が少ない。

当たり前ではあるが、観光目的であればまだしもそれは放浪の旅・・・。

持ち歩いたという使い捨てカメラで誰かに撮影してもらったと思われるその数少ない麻美子さん自身の姿は、大きなリュックサックを背負っていて髪はボサボサ・・・これが20代前半の女性だとは誰が思うのだろうか。


そういう写真だった。


中にはアルバイトに精を出す姿が写った写真もあったが、それは数枚程度・・・

しかもこの麻美子さんが列車に飛び乗った季節が秋口だったが、この時向かったのは南方向。当然南まで行けば北上し、北海道に渡る頃には旅に出てから2度目の冬になっていた。


「いや〜・・・冬の北海道があんなに(しば)れるとは思わなくって・・・」


そう話す麻美子さんの表情は明るい。これは死にそうなくらいの思いをしてからこその笑顔であるということだろうか?そんな麻美子さんが遠い目をしながら話を続ける。


「荒れた日本海を近くで見たくて不意にディーゼルの普通列車から降り立ったはいいけど、駅って言ってもホームしかなくってさ・・・しかも次の汽車が翌朝しかなくってね・・・」


その話は国鉄が分割民営化される直前に廃止された羽幌線という路線のことだ。

この路線は北海道の日本海に沿って整備された線路であるが、国鉄の民営化に合わせ合理化という名のもと廃線になったもの・・・

この麻美子さんは、その路線が廃線となる直前に乗車していた。


「どうしたんですか?」


「駅は待合所もない無人駅で、その前にポツンとあったバス停の待合所で一夜を明かしたんだけど・・・気がついたら待合所の中に設営したテントが雪に埋もれててね。どおりで暖かいと思った訳なんだよね・・・」


ご存知のとおり北海道のバス停留所は寒さ対策で扉付きのところが多い。この時たまたまそんなバス停の中にテントを張って寒さを凌いだということであるが・・・


「雪が暖かい?」


「うん。とにかく風が冷たくて・・・このまま寝ちゃったら、明日の朝には冷たくなって発見されるんだろうな・・・なんて思いながらとにかく頑張ったんだよね」


そう言いながら麻美子さんが開いて見せてくれたその大学ノートの1ページには何かの殴り書きがあった。

しかし・・・それは到底文字と言えるものではなく・・・


「これさ・・・遺書なんだよね。内容は忘れちゃったけど、とにかく手が悴んじゃって文字にならないの・・・しかも寒くてボールペンのインクがかすれちゃって・・・」


「そんなに・・・?」


手が悴むといえば・・・洗車場の暖かい缶コーヒーで手を温めてあげたエンちゃんがそうだった。

でも、それは冬の北海道のレベルとは到底比べようもない・・・


そんな時だ。

そのアルバムの北海道を撮影した写真を見せようとした麻美子さんの手元から、そのアルバムに挟んであったと思われる写真が何枚がバラバラとテーブルの下に落ちてしまった。

夏帆がその写真を拾い上げようとして目に入ったその写真に写っていたモノ・・・

それはあのエンちゃんと同じ赤クロのレビンだった。



@従姉妹のお姉さんと旅行・・・


「あっ・・・それ、わたしのクルマ・・・だったんだよね。今は弟が乗ってるけど・・・」


それは凄い偶然だった。夏帆は一度は諦めたエンちゃんとの繋がりが復活したような感覚となり興奮を覚えた。


「あっ・・・あの、このクルマ知ってます!」


夏帆が興奮気味にそう答えると麻美子さんがそれに答える。


「今じゃ旧型になっちゃったんだけど・・・」


「そうじゃなくって・・・」夏帆は心の中でそう叫びつつ再び問いかけようと・・・


「その弟さんって・・・もしかして・・・」


夏帆がそこまで言いかけた時だ。


「ねえ・・・小比類巻さんって八戸でしょ?」


「はい。そうですが・・・」


「よかったら、わたしの弟の彼女になってくれると嬉しいんだけどな・・・」


「えっ?・・・ええっ?」


この時夏帆は驚きを隠せなかった。その囁くようにサラリと言ったその言葉・・・それって本当なのか?

夏帆はその場で飛び上がりたい気持ちをグッと堪えて麻美子さんの話を聞く。


「ごめんね・・・驚かせちゃって・・・。前に話したけど、わたしの弟って八戸で大学生やってんだよね・・・」


「この春大学3年生になったんですよね?」


「あれ?そこまで話してたっけ?」


「あっ・・・そんな感じだったかと・・・」


「ウチの弟ってさ・・・前に付き合ってた彼女を亡くしちゃってね・・・。恋愛に臆病になってんだよね」


これは以前エンちゃんから聞いていたことだった。

そんな彼女を4年間も待たせることとした自分を責めていたのも知っていた。

そんな経緯から恋愛に臆病になってしまうのも合点がいく・・・でも


今、エンちゃんにはあんなにあんな可愛い彼女(ボインな女子高生)がいるし第一名字も違う・・・でもどうしても麻美子さんの弟さんとエンちゃんを重ねてしまう夏帆がいた。


でもどちらにしてもエンちゃんに彼女がいるのは周知の事実だった。

しかも処置室で発見したエンちゃんの胸に残るキスマークの跡・・・

そんなエンちゃんが・・・恋愛に臆病?

これだけの状況証拠のある中で、その「臆病」ということだけは信じられなかった。


「臆病・・・ですか?」


「イップス的な・・・?分かるでしょ?」


「はい。過去のトラウマが原因で、そのイップスの原因となった何かをしようとすると身体がうまく動かないってヤツですよね?」


「うん。よくスポーツ選手が陥ると言われているヤツで・・・」


「わたしの周りでもそうなってしまってソフトボールを辞めてしまった人もいました」


「そんなイップスを治してあげて欲しいの・・・」


「でも、イップスってことは・・・彼女ができないってことですよね?」


「・・・って言うか心開けないって言うか・・・。もし、今彼女がいたとしてもそれは本当の彼女じゃない・・・」


「本当の彼女?」


「うん・・・心を開いてこそ本当の彼女ってものだと思うの・・・」


「ココロ・・・ですか?」


「分かるでしょ?イップスってことは本当の恋愛が出来ないってことだよ。でも・・・ハタチそこそこの男の子ってヤリタイ盛りだよね?だから本当の彼女じゃなくてもそんな女の娘がいても不思議じゃない・・・」


この麻美子さんのいう「そんな女の娘」というのは、現代における「セフレ」的な関係かと思われる。

でも実際にそんな年頃の男子はヤリタイ盛りと言われても当然おかしくはなかった。

現に昨日夏帆が参加した合コンでもその相手となる大学生の目的はソレだったのは参加する前からわかっていたこと・・・


しかし・・・そんな様子が見られなかった滝沢と、以前「手を出して・・・」とお願いしても手を出してはくれなかったエンちゃんだけは違っていた。

そんな年頃を「ヤリタイ盛り」と表現する麻美子さんに夏帆はちょっとだけ反論した。


「みんながみんながそのヤリタイ盛りではないと思うんです。わたしの知り合いに写真家Takisawaの息子さんがいるんですが・・・」


「えっ?あの写真家の?」


「はい。小さい頃から助手としてグラビアとかヌード撮影の現場に出されていたと聞いてます・・・」


「それじゃ、女性の裸なんかも・・・」


「見慣れているというか・・・女性のハダカは被写体であり芸術品だとも言っているくらいですから・・・その「性」の対象とは見ていないような節がありまして・・・」


「見慣れてるっていえば、弟も同じか・・・本当の父さんは小学校上がる前に労災事故で亡くしてるし、母さんの実家じゃ爺さんも早死にしてるし、芽衣子姉さんのお父さんも年中出稼ぎでほとんどいないし・・・」


「それじゃ本当に親族の中で唯一の・・・男子?」


「そうなんだよね・・・だからあの3姉妹ときたら弟のことオモチャみたいに・・・」


「それで女性恐怖症なんですね?でも・・・その責任を芽衣子さんが取ったって・・・」


「うん・・・本当だったら一番オモチャにしてた三姉妹の一番下の結衣ちゃんが責任取らなきゃならなかったのに、結衣ちゃんたら一番先にカレシが出来ちゃってね・・・」


「一抜けしたんですね?その時佐倉さんって?」


「上京して今の旅行会社に勤めてて・・・」


「それじゃ地元に残ったのは芽衣子さんだけですか?」


「うん。その芽衣ちゃんもお世話になった看護学校系列の地元にある病院に勤めて(御礼奉公)たんだけど、その時その病院系列の花巻にある病院への異動を言われていたみたいで・・・・焦っちゃったのかな?」


「それって、弟さんのことを女性恐怖症のまま残して地元を離れてしまうってことですか?」


「うん・・・そうみたいなの。それで高校生にもなって女性恐怖症だなんてちょっとかわいそうってことになって、当時看護婦なりたての芽衣子姉さんが弟を2泊3日の旅行に連れ出してね・・・当時買ったばかりの新車の慣らし運転に付き合って・・・みたいな名目だったんだけど」


「従姉妹のお姉さんと旅行ですか・・・」


「それで帰ってきた二人の顔見たらなんか垢抜けててね・・・」


「そこで女性恐怖症が治ったんですか?・・・ん?二人とも・・・?」


「うん!」


「えっ?・・・それってどんな治療だったんでしょうね?」


「ちょっと!それ言わせるわけ?」


「いや・・・」


そんな分かりきったことを聞いてしまうのは生娘のしょうがないところだろうか?



@慣らし運転・・・


「でも・・・今、弟さんって恋愛のイップスなんですよね?」


「そうなんだよね・・・そもそもの一番初めはこれから高校生として恋愛なんかを経験して行くっていう矢先のことでね・・・」


「イップスって相当な精神的ダメージを受けるとそうなるって聞いてますが・・・どんなことが・・・?」


この時夏帆が真剣な眼差しで麻美子さんにそう尋ねた。

それに対して麻美子さんは何かを思い出すようにして口を開く・・・


「理央ちゃん・・・」


この名前は何処かで聞いた名前だった。

それはエンちゃんに関係する誰かのお姉さんだったような気がする。

そんなことを思い出している夏帆の前で麻美子さんが話を続ける。


「その娘って弟の中学校の時の同級生だったんだよね・・・」


「もしかして弟さんのことが好き?・・・だったとか?」


「うん。弟が中学3年生の時年賀状配達のバイトしてたんだよね・・・」


「中学3年生って・・・受験勉強とかは?」


「地元の私立高校に早々と合格してて・・・」


「大学の附属高校ですね?」


「えっ?それって話したっけ?」


「そんな気がしただけです・・・」


「それでバイト中にその理央ちゃんの家に年賀状配達に行った時、年賀状の束が大きくてポストに入らなくてガチャガチャやってたら玄関から金属バット片手に理央ちゃんが出てきて・・・」


「そこでご対面・・・ということですね?」


「そうなの・・・。しかもその時の理央ちゃんの格好がフリフリのパジャマ姿で・・・」


「パジャマだったんですね?」


「家族が親戚周りしてる時、受験勉強で一人家に残っていたみたいで・・・泥棒かと思って玄関から飛び出したら、そこにいたのは同級生の弟って訳・・・」


「弟さんって、その理央さんの家は知らなかったんですね?」


「そうみたいなの・・・それでそんな姿見られたから恥ずかしくなっちゃったみたいで・・・」


「別にパジャマ姿くらいいいんじゃないんですか?」


「その理央ちゃんってものすごいボーイッシュで・・・スカートは制服しか持ってないってくらいで・・・」


「えっ?わたしと一緒・・・そんな理央さんが自宅でフリフリのパジャマ・・・ビックリでしょうね?」


「でも、その時女性恐怖症だった弟さんはさぞ驚いたでしょうね?」


「うん・・・その時手に持ってた年賀状をばら撒いちゃったって・・・」


「その後どうしたんですか?」


「3学期が始まってしばらくしてから弟がその理央ちゃんの家に呼び出されたの・・・その時手土産は何が良いのかって聞かれて「シュークリーム」って答えたのを覚えてるんだよね・・・」


「その理央さんの家で何かがあったんですね?」


「うん・・・積極的な理央ちゃんに迫られて・・・結局ヘタレな弟が逃げ出した・・・って訳」


「弟さんってその時はまだ女性恐怖症だったんですもんね・・・」


「そうなんだよね・・・その後二人の関係がギスギスしたまま中学校卒業して、今度は別の高校に通ってはいたんだけど・・・」


「駅とかで出逢っちゃうんですよね・・・」


「うん・・・その後、その理央ちゃんにカレシが出来たみたいで・・・」


「なんか歯痒いですね?」


「そんな駅で時々見かける理央ちゃんが一番後ろの車両に乗るようになって、さらに段々と怪しくなってきたみたいで・・・」


「一番後ろ?・・・怪しい?」


「うん。一番後ろの車両は不良たちの専用車両みたいになっていて、普通の生徒なんかは絶対に乗らない車両・・・」


「それって聞いたことあります。わたしは前の景色が見える一番前の車両が好きでした・・・」


「その一番後ろの車両で何があったかは知らないけど、そのうち理央ちゃんの制服の丈が段々短くなってきたみたいで・・・ルーズソックスなんか履き出して・・・」


「ルーズソックス?わたしの周りじゃ普通に履いてましたけど・・・」


「この話ってそのルーズソックスが流行る前の話なの・・・その時は不良の代名詞みたいな・・・」


「それって不良になっちゃったってことですか?もしかして『不良少女に呼ばれて』みたいにですか?」


「いや・・・そこまでは凄くなかったんだけど・・・昔のスケバンってスカート長かったでしょ?」


「はい。引きずるくらいの・・・」


「でも、理央ちゃんの時代から逆にスカートが短くなってね・・・」


「はい・・・わたしたちの時も凄く短かったです。確か膝上15センチくらい・・・」


「うん・・・理央ちゃんも段々と服装が乱れてきて・・・」


「それってカレシの影響でしょうか?」


「うん・・・新しいカレシがそうだったらしいの。弟は通学の時、時々見る旅に変わっていく理央ちゃん(彼女)を見てられなかったんだろうね・・・しかも、その理央ちゃんの持っていたペッタンコは学生鞄に絆創膏が貼ってあったのを見つけちゃって・・・」


「絆創膏?・・・ですか?」


「えっ?知らなかった?女の娘の持つ学生鞄に貼った絆創膏の意味・・・」


「帰宅部だった友達のカバンにも貼ってあったような気もしますが・・・」


「ソレってさ・・・女の娘が初体験済ませましたっていう印みたいなものなんだよね・・・つまりわたしはキズものって言う・・・」


「ソレってそう言う意味合いだったんですか?・・・わたし知りませんでした。えっ?・・・って言うことは、その理央さんって・・・」


「そう・・・本当だったら自分()がその役割を果たすべきなところを、いつの間にか知らないオトコに取って代わられたってことなんだよね・・・」


「本当だったら、自分が拒否さえしなければ・・・と?」


「うん。ソレで、なんか自分が好きだった彼女が他のオトコの色に染まっていく姿か見てられてなかったようで・・・」


「それじゃ・・・本当は弟さんもその理央さんっていう同級生の娘が好きだったってことですか?・・・つまりお互い好き同士だったってことなんじゃないんですか?」


「うん。後でその理央ちゃんの妹のあおいちゃんから聞いたんだけどね・・・」


この時夏帆は重要なことを聞き逃していた。その「あおいちゃんと」は、あのエンちゃんの彼女だった中学生と同じ名前・・・しかも、その後病気で亡くなってしまったという・・・。

そんなことに気づかない夏帆はそのまま話を進める。


「凄くショックですね・・・その時拒否さえしなければ付き合っていたの自分だったと思うと・・・」


「その時の弟の落ち込み方と言ったら・・・仏滅の大殺界に日に、日本中の疫病神に取り付けれたかのようなそんな姿・・・」


「それってとんでもない落ち込みようですね・・・」


「そんな姿を見てられなくて芽衣ちゃんが起こした行動が・・・さっきの・・・」


「新車の慣らし運転・・・ですね?」


「うん。その時何かが吹っ切れたんだね・・・クルマもそうだけど、その時二人とも慣らし運転が終わったみたいだからそれもよかったかのかも・・・」


「えっ?「二人とも」・・・って?」


「バカ・・・」



@身近な存在に・・・


「実はわたし・・・片思いの大学生がいるんです。麻美子さんの弟さんと同じ3年生です・・・」


「えっ?・・・そうなんだ・・・ちょっと残念・・・」


「いや・・・それが・・・」


「うまく行ってないみたいね?」


「そう・・・なんですか・・・」


「何かありそうね・・・お姉さんに話せる内容?」


「はい・・・。そのカレに今高三の彼女がいるんです・・・」


「高校生?」


「そうです。でも、春に北海道に行ってしまってそれきりみたいなんです。しかも連絡も取っていないみたいで・・・」


「それって付き合ってるって言えるの?そのままじゃ自然消滅の流れだよ・・・っていうかもう終わってるかも?」


「はい・・・みんなそう言います・・・」


「それじゃ・・・」


「はい。わたし・・・前に思い切って告白してみたことがあったんです。でも・・・彼女が高校卒業したら戻ってくるかもしれないっていうんですよね・・・」


「でも・・・その彼女って北海道なんでしょ?なんか一途ね・・・」


「実はその彼女って、そもそもそのカレの親友さん(織田さん)の彼女さんの妹なんです。その親友さんがその彼女のお姉さんを狙っていて、その距離を縮めるために自分の親友と狙っているそのお姉さんの妹をくっつけてしまえ・・・ってなったらしいんですが・・・」


「なんか政略的ね・・・。それでその親友とやらはお姉さんとうまくいったの?」


「妹とそのカレがくっ付いたことによって、ダブルデートみたいなことをしてるうちにうまくいったらしいです・・・」


「それじゃ小比類巻さんの好きなそのカレは、その親友さんの手前その彼女と別れることもできない・・・?」


「えっ?」


この時夏帆は驚いた。そんな考えたかもあるのかと・・・

そしてそうであって欲しいと心のどこかで考えていた。そんな夏帆の前で麻美子さんの話は続く・・・


「・・・っていうか、その妹さんとその彼氏さんって本当に付き合ってるの?そう見せているだけじゃないの?」


その時夏帆は、再びあの病院のベッドの上に横たわるエンちゃんの胸についていたキスマークを思い出していた。

キスマークが胸にについているということは、まさしくそういうこと(えっちなこと)をしているという証明みたいなものだ。

そんなキスマークのことなんて忘れてしまいたい夏帆だったが・・・そう思うば思うほど鮮明な記憶として蘇るものだ。


そんな夏帆はいろんな疑念が払拭できない・・・

でも・・・この夏帆自身もエンちゃんの胸にキスマークをつけていることを忘れていた。もちろん夏帆自身とエンちゃんの間にはそういう男女関係はないのだが・・・


そんなことに思いも及ばない夏帆は反論する。


「それって、付き合っているように見せているだけって言うんですか?そもそも自分がそのお姉さんと上手く行ったのだから友達がどうなったとしても関係ないんじゃ・・・」


「いや・・・その親友さんはそう思ったかもしれないけど、その小比類巻さんの好きなカレはもしかしてそうは思っていないかも・・・」


「えっ?そういえば・・・わたしを好きになっちゃったらダメなようなことも言ってたような・・・」


「それは小比類巻さんに対してもカモフラージュかもしれないね・・・その妹さんから小比類巻さんに乗り換えちゃったらその親友に顔向けできない・・・と」


「顔向け・・・ですか?」


「うん。だから好きになっちゃいけないから既に彼女がいたように装って・・・もしかするとそのカレとその彼女の間には何もないかもしれないな・・・」


「それに、わたしを好きになったら地獄に叩き落とされるようなことも言ってました!」


その時夏帆の話を頷きながら聞いていた麻美子さんが囁いた。


「なんか・・・その彼氏さんってわたしの弟に似ているな・・・」


「似てるんですか?」


「いつもそうなの・・・欲しがっているものがあってさ・・・それ買ってあげるっていうと似たようなもの持ち出して来て「これがあるから今はいらない。今買ってもらったら前から持ってたヤツが勿体無いでしょ?そんな良い思いしたら地獄に叩き落とされる・・」って遠慮するの・・・。誰も地獄に叩き落とさないっていうのに・・・」


「それって周りが女性だらけだったってことに関係ありますか?」


「う〜ん・・・小さい頃から「女の娘には優しくしなさい。優しくされて嫌な思いをする女の娘はいないんだよ・・・」って言って育てたのね・・・」


「女の娘には優しく・・・ですか?」


「うん・・・それで、見た目は全然美男子でもないのにさ結構モテて・・・バレンタインの日なんて生意気にもチョコをたくさんもらってきたりして・・・」


「なんか分かります・・・」


「あんなごく普通の男の子なのにね?」


「もしかしてその理央さんって、そんなことを知ってて焦ってしまったんでしょうか?」


「そうかもしれないね・・・」


「それでその弟さんは・・・そんな思いで告白した理央さんをフってしまった・・・と?」


「正確に言えば逃げ出したってことみたいなんだけどね・・・でも、女性恐怖症でありながら家族からは女に娘に優しくって言われてね・・・今考えれば結構キツイことやらせてたんだな・・・ちょっと反省」


「そんな姿を見て・・・さっきの新車の慣らし運転ってことなんですね?」


「うん・・・それで女性恐怖症を克服してこれからっていう時に・・・色々ありすぎだよ・・・」


「それはお姉さんである麻美子さんのことですよね?」


「うん。あの子・・・恐らく地獄を見たんだよね。自分の周りのオンナたちが次々と不幸になっていくのを見て・・・」


「次々・・・?」


「内輪の話になっちゃうんだけどね・・・昔、うちの実家って建設業してて・・・。どこの会社もそうなんだけど時々経営の危機が来るのよね」


「自営業ってことですよね?それって運転資金とかの話ですか?」


「そうなの・・・一つの現場が終わった後施主からの支払いが滞ったりすると資材屋とかの支払いが出来なくってね・・・その時、死んだ本当の父さんの後を継いで会社を切り盛りしてた未亡人の母さんって、銀行の支店長にいいようにされてたみたいなの・・・まっ、30前半の未亡人なんてほっといてもオトコどもが寄ってくるよね・・・」


「でも・・・その「いいように・・・」って?」


「つまり枕営業的な・・・?」


「やはり・・・そうやって融資を繋いでいた・・・と?」


「うん・・・。会社や従業員を守るために仕方なく・・・母さんって決して顔に出さなかったけど、弟もソレ知ってたのね・・・」


「そんなことがあって、次に理央ちゃんの件があって・・・その後はわたしのソレでしょ?」


「なんか・・・色々あったんですね・・・」


「それでそのわたしの事案が発端で地元大学の推薦が取り消しになって、八戸にある提携大学に行く(進学)ことになったんだもん・・・なんか弟には申し訳なくって・・・」


「それで・・・八戸・・・」


「そして最後に地元に残してきた彼女が亡くなってしまって・・・」


「いろんなことがありましたよね・・・って言うかあり過ぎです!そんな辛いことがたて続きに・・・」


この時、夏帆の頭の中は混乱していた。それは本当にエンちゃんの身の上話かどうかもわからないと言うのもあるが・・・


「うん・・・。それでさ・・・小比類巻さんにそんな弟の身近な存在になって欲しいの。それがイップス治療の第一歩かと・・・」


「身近な存在・・・ですか?」


「うん。小比類巻さんにそんな存在になってもらえたらな・・・って思ってね。なんだか小比類巻さんに妹になってほしい気もするし・・・」


「ちょっ・・・ちょっと待ってください!話が飛躍しすぎです!」


「あっ、ごめんね・・・冗談はさておいて、一度弟に逢ってみない?大学生だから休みの不規則なガイドさんと時間合わせやすいと思うんだけど・・・」


夏帆は思いもよらない申し出に言葉も出ない。

この時夏帆は冗談じゃなくって本気で考えて欲しいと思っていた。


「あの・・・あの・・・」


夏帆が困った顔でそこまで出かかった言葉を遮るように麻美子さんが話を続ける。


「でも、びっくりさせてごめんね・・・こんな一方的な・・・」


「いえ・・・さっきも言いましたけど、わたし・・・まだカレシ・・・いませんから・・・なって欲しい人はいるんですけど・・・」


「そうだよね・・・さっき、好きな人がいるって言ってたもんね・・・」


「まあ・・・そうなんですけど・・・」


「じゃさ・・・そこで相談なんだけど、そのカレシ候補にウチの弟を立候補させてもらっていいかな?その小比類巻さんが好きな人の次でいいからさ・・・まっ、本人不在の立候補だけど・・・」


「はい!喜んで!」


「えっ?好きな人がいるって・・・」


「それはもういいんです!」


でも、夏帆の中でどうも煮え切らないものがあった。それが本当にあのエンちゃん本人なのか・・・


「いいならいいけど・・・それじゃ、早速・・・」と言いながら電話番号が書かれた手帳に手をかけた麻美子さんを遮るように夏帆が言葉を掛けた。

それは・・・その「本人」が本当にエンちゃんなのか少し不安があったからだ。

エンちゃんの苗字が「風谷」・・・目の前にいるエンちゃんの実の姉と思われる麻美子さんの旧姓が「森山」・・・

通常であればその苗字の違いからその二人は兄妹ではないことになるが、どうしても兄弟であってほしいと願って夏帆は尋ねた。


「あの・・・麻美子さんの旧姓が森山とお伺いしましたが・・・」


「あっ・・・アレ?それって母さんの今の姓が森山ってことなの。母さんって再婚して苗字が変わってるんだよね。それでわたしの旧姓は「風谷」で弟もそのまま「風谷」のまま・・・それがどうかした?」


「えっ?・・・ってことはやっぱり・・・」


この時、夏帆の中で自分の体温が上がったのが分かった。

やはり、麻美子さんとエンちゃんは実の兄弟だったのだ。

そんな夏帆の内情を知らない麻美子さんは、不思議そうな顔をしながら手帳を開く。


「えっと・・・」


そして夏帆は、そう呟く麻美子さんを前に夏帆は興奮気味に伝えた。


「豊浜下宿ですよね?電話番号知ってますし・・・エンちゃんいますか?で取り次いでくれるのも知ってます!」


「えっ?」


豆鉄砲を喰らったような顔とはこのような顔を指すのだろうか?そんな麻美子さんが夏帆を見て息を吸った。


「今・・・なんて?」


そんな豆鉄砲を喰らった鳩のような目で夏帆を見つめる麻美子さんを前に夏帆は宣言する。


「はい!立候補して頂いた瞬間、「当選確実」のランプが点灯しました!」


「それじゃ・・・弟と知り合いって訳?もしかして・・・彼氏になって欲しい人っていうのは・・・?」


「はい。そのとおりです!しかも、親類は「まーくん」って呼ぶのも知ってます・・・」


「それじゃ・・・あおいちゃんの話も・・・?」


「はい。それも聞きました。その時あおいさんが中学生だったってことも・・・」


「それじゃ・・・さっき話した理央ちゃんの詳しい話・・・って聞いてる?」


「いえ・・・エンちゃんからは亡くなってしまった彼女さんのおねえさんとだけしか・・・」


「じゃ・・・その理央ちゃんと何かあったのか・・・その真相までは聞いてないんだ・・・」


「はい・・・」


「教えてあげようか?」


この時夏帆は迷っていた。これを聞いてしまったらエンちゃんのことが嫌いになってしまうかも・・・と。

でもこの時の夏帆は、エンちゃんのことなら何でも受け入れられる自信があった。


「お願いします・・・」


「その理央ちゃんってマセてて結構積極的だったの・・・。でも・・・迫られた弟がソレに驚いて結果的に拒否しちゃったんだよね・・・」


「先ほども思ったんですが、なんでそこまで知ってるんですか?」


「うん・・・妹のあおいちゃんがこっそり教えてくれて・・・」


「えっ?それじゃその拒否しちゃった一部始終を見ていた・・・?」


「そうみたいなの・・・誰もいないはずの理央ちゃんの家に弟を引っ張り込んで理央ちゃんが迫ったらしいの・・・。でも、実はその日あおいちゃんのスイミングが急遽休みになっていて、その現場の襖を隔てた隣の部屋にはあおいちゃんが聞き耳を立てていた・・・ってこと」


「それじゃ・・・」


「うん。当時小学生だったあおいちゃんにとっては相当刺激が強かったようで・・・」


「でも、迫ったそのお姉ちゃんは中学生・・・」


「ませてたんだよね・・・」


「それってどれくらい?」


「馬乗りにはなっていたけど、かろうじて最後の下着までは脱いでいなかったらしいの・・・」


「そっ・・・そんな迫り方だったんですか?」


「うん・・・でも小さい頃いつもあの三姉妹にそんな迫られ方してたから・・・」


「怖くなっちゃったんですね?」


「まっ、そこで一発決めてればあの子の人生変わったかもしれないのに・・・」


「ちょっと・・・その「一発」・・・って・・・」


「だってそうでしょ?男の子なんだから・・・」


「そりゃそうですけど・・・その時ってまだ中学生ですよね?」


「今時の中学生は進んでると思うんだけどな・・・小比類巻さんの周りにもいたでしょ?そんな娘・・・」


「中にはカレシが大学生っていう娘のチラホラいましたけど・・・」


「ホラ、そうでしょ?」


「ホラ・・・と言われましても・・・」


「でもさ・・・半裸の可愛い女子にそんな迫り方されたら普通の男子だったらヤッっちゃってたとは思うんだ・・・だってアイドルだよ?あの子はそんなアイドルに恥かかせちゃったんだよね・・・」


「アイドル・・・って?そんなに可愛いんですか?」


「うん。どこか小比類巻さんに似てて・・・身長も同じくらいかな?しかもその理央ちゃんの部活がバスケ・・・」


「えっ?わたしと同じくらいですか?しかも運動部!」


でも・・・この時エンちゃんの女性の好みが分からなくなっていた。

エンちゃんの彼女があんな低身長・・・しかも部活は体育会系と揶揄されることもあるが文化系の吹奏楽・・・やはり、エンちゃんの彼女だと言うのは嘘なのだろうか?

そんなことを考えている夏帆を差し置いて麻美子さんの話は続く。


「それでその理央ちゃんって、この春自動車整備の専門学校卒業して今ウチの工場で整備士やっててさ・・・」


「整備士さん・・・なんですね?でも、女性の整備士さんってあまりお見かけしないような・・・?」


「そうなの・・・理央ちゃんが通ってた自動車整備の専門学校でも女の娘は理央ちゃんだけって聞いててさ・・・」


「そこで何かあったんですか?」


「可愛いからってオトコどもからのアタックが激しかったみたいで・・・」


「・・・ですよね・・・しかも女性が一人ですもんね・・・」


「それでさ・・・何せ理央ちゃんがウチに来てから小林ボデーの売り上げが伸びてね。車検や板金、それに一般整備はもちろんなんだけど、予防整備や社外部品の取り付け依頼が急に増えて・・・」


「それって看板娘?」


「うん。悔しいけど、わたしじゃなくって理央ちゃんが・・・」


「だって麻美子さんって人妻でしょ?」


「あっ!・・・そうだった・・・」


「でもよかったじゃないですか・・・看板娘で・・・」


「なんかそれに気を良くしたウチの義父さんが理央ちゃん専用のピットを準備してさ・・・」


「それって凄いですね・・・」


「そんなアイドルな理央ちゃんって、今森山の父さんに手ほどきしてもらいながらエンジン組んでるんだよね・・・今度のエンジンはあの子のレビンに乗る予定みたいなんだ・・・」


「エンちゃんのレビンのエンジンなんですか?・・・ん?今度ってことは前にも?」


「前に組んだ同じエンジンの試作機は舞衣姉さんのスターレットに載ってる・・・」


「それじゃ2機目なんですね?」


実はその舞衣先生が通勤などで普通に使っているそのKP61型スターレットというクルマがとんでもないクルマだった。外見は少し太いタイヤを履いて車高が低い程度のノーマル風で、車内もバケットシートにロールバーが付いている程度・・・これは当時、ハチロクが買えない若者が乗るクルマとしてはどこにでもあるモノだった。


しかし・・・そのエンジンが小林ボデーでレッカーした全損のハチロクのモノだった。しかも、その森山のおじさんとやらが趣味で拵えたフルチューンのエンジン。


そのKP61型のスターレットというクルマのノーマルエンジンがOHVの1300ccに対してハチロクのエンジンがDOHCの1600cc・・・これだけでも全く別な車と言っていいくらいのくらいのそんなクルマを普通に使っている・・・


さすが自動車整備工場の娘・・・である。


そのような事情を知っている麻美子さんに対して夏帆はそんな知識すらなかった。そんな夏帆を前に麻美子さんの話は続く。


「うん。試作機が思いのほかよく回るエンジンだかったら2機目はもっと回るエンジンにするって意気込んでる・・・」


「それっていつ頃レビンに載る予定なんですか?」


「うん。森山の父さんがイギリスに渡る前に完成させたいみたいなんだけど・・・」


「それっていつ頃・・・?」


「夏の初めころなんだよね・・・一回忌にあの子()が地元に戻ってくるあおいちゃんの命日に合わせて載せ替えする予定みたいなの・・・だから最近急ピッチで・・・」


「一回忌ってことは・・・亡くなったのは去年じゃないですか?」


「そうなんだよね・・・考えてみればつい最近の出来事だよね・・・」


「夏前がその命日なんですね・・・」


この時、夏帆を含め誰も知らなかった。

それは偶然にもそのあおいちゃんの命日と夏帆の誕生日が一緒であることに・・・


「うん。弟ってさ・・・芽衣ちゃんのお陰で女性恐怖症を克服してやっとあおいちゃんとくっついたからね・・・何年もかかったけど・・・」


CBXバイクの修理・・・ですね?」


お姉(理央)ちゃんが変わっていく様子を電信柱の陰から見ていた・・・そんな傷心のまーくんを励ますのにウチのガレージに通って来てたのがあおいちゃんってこと。初めはからかい半分みたいだったんだけど・・・」


「電信柱って・・・星飛雄馬のおねえさんじゃないんですから!でもエンちゃんが言ってました。バイク直してる時、いつも傍にいてくれたって聞きました!」


「そうだよね・・・まーくんが高校から帰ってくる頃になるとウチのガレージ前にあおいちゃんの自転車停ってたからね・・・」


「もしかしてエンちゃんって・・・家ではガレージに篭りっぱなしってことですか?」


「うん。母さんも仕事遅かったし、わたしも勤務が不規則だったからいつもガレージでバイクいじりしててね・・・おまけにガレージの中に自作の小あがりなんて造ってね・・・しかも畳敷きで・・・」


「それ・・・分かります。なんでも創っちゃいそうですね?凝り性なところも何となく目に浮かびます・・・」


その時夏帆の脳裏に初めてエンちゃんと逢った瞬間が蘇る。

それはパンクしたタイヤを見ながら途方に暮れていた夏帆の前に現れた白馬の王子様のような・・・

しかし、その時エンちゃんはパンクに困った夏帆には一切目もくれずパンクしたタイヤのみを見ていた。

それはまるでソレ以外には興味がないかのように・・・


しかも、初めて掛けてきた言葉が「兄さん大丈夫?」だった。

それは興味があるもの以外には目に入らないという証拠・・・


その時、そんな夏帆を知ってか知らずか麻美子さんが夏帆に声をかけた。


「ごめんね・・・変わり者で・・・」


「良いんです。フェチだろうが変わり者だろうが変態だろうが・・・わたしエンちゃんのこと・・・」


「えっ?・・・それじゃ妹になってくれるってこと?」


「もちろんです!でも・・・本人不在のままこんなことになっちゃって良いんですか?」


「まっ、良いんじゃない?自分の知らないうちに外堀が埋まっていくのもオツなもんじゃないのかな?でも、妹になってもらう前に知って欲しいことがあるんだけど・・・これは舞衣義姉さんから説明聞いた方がいいかもね・・・」


「ん?・・・ちょっと待ってください!エンちゃんの彼女の存在は?それにその舞衣先生の話って?」


「ところでさ・・・その彼女に逢ったことあるの?」


この時夏帆は、その「舞衣先生の説明」という話をはぐらかされてしまったことに気づいていなかった。それはその麻美子さんの妹になるにあたりハードルの高いものだったのだ。そんなことなどつゆ知らない夏帆はその女子高生(恋のライバル)について答える。


「エンちゃんのバイト先の高校生で・・・とっても小さくって・・・可愛くって・・・ボインで・・・」


この時の夏帆の声は段々と小さくなっていく。


「大丈夫だよ!さっきも言ったとおり本当の彼女じゃないから・・・それは身体だけの関係だって!」


「い・・・いや・・・それもどうかと・・・」



その後夏帆は本日の会社復命用業務日誌をまとめあげると、今度は個人的な日記兼業務記録を書き始めていた。


「えっ?小比類巻さんって左利きだったの?」


そう声をかけたのは先ほど自販機で買った缶ビールを両手に持って帰ってきた佐倉だった。


「はい・・・そもそもは右利きだったって聞いてます・・・」


「聞いてる・・・ってことは、それって小さい頃?」


「はい。右手で持ったスプーンでうまく掬えない食べ物なんかを左手でスプーンに乗せることをしているうちに左利きになったそうです・・・」


「じゃ・・・箸も左?」


「いや・・・ハサミと箸が右なのは助かってます。この世の中ありとあらゆるモノが右利き用になってますから・・・」


「ハサミが困るのは分かるけど、箸は左でも支障ないんじゃない?」


「そうじゃないんです。並んで食事する時、左の人と腕がぶつかるんです。だから座る場所にも気を使うって聞きました・・・」


「あっ・・・それもそうね・・・」


そんな会話をしながら夏帆が日誌を書いている傍、佐倉と芽衣子さんがテーブルの上にあったラップのかかった夏帆の夕飯を酒のつまみにし始めていた。


「あっ・・・それ・・・わたしの・・・」


夏帆は喉までその言葉が出かかったが美味しそうに頬張るその姿にその先の言葉が出ない夏帆だった。



今回のストーリーはここまでとなります。

エンちゃんとエンちゃんのお姉さんの過去について触れた話となり少しわかりにくい内容かと思いますが、文才が乏しいということとしてご勘弁願います。


また夏帆とエンちゃん・・・これからどのように進展するのかご期待ください。


それでは今日もご安全に・・・


みなみまどか



夏帆はこれからどのような活躍をするのでしょうか?

また、これから更にいろんなことに巻き込まれてしまうような気もしますが、今後ともバスガイドの小比類巻夏帆を暖かく見守っていただけますと嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] はじめて読みました。 ほかの小説と書き方が違って最初は戸惑いましたが、何かの台本風に書いてあるのでイメージしやすかったです。 [気になる点] 一話当たりの文字数が多いような気がします。また…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ