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恋する乙女のひとりごと   作者: みなみまどか
4/19

ノーヒットノーランの裏側で・・・

初日の業務が終了し、いよいよ旅館にチェックイン・・・というところで、乗務員用の部屋が確保されていないことを明かされた夏帆はどうなってしまうんでしょうか?


今回の物語はそんなところからスタートします。

「すっ、すいません!あの・・・何かの手違いで乗務員用の部屋(添乗部屋)が確保されていないようでして・・・」


それは・・・ひと足先に乗客と共にチェックインしていた添乗員である佐倉の言葉だった。


輪止めをしたエアロクイーンを駐車場に残し、ドライバーの渡部とキャリーケースを引いたバスガイドの夏帆が宿の受付に行こうとした時、ホテルエントランスの開いた自動ドアの向こうから走って来た佐倉が夏帆を前に息を切らせている。


今回の業務計画書によれば今日は乗務員もこの宿に宿泊することになっていた。業務によっては乗務員様に準備されたチープな宿泊施設が割り当てられるこのも多い中、この業務では一般客と同じ宿に宿泊できるということであったため夏帆も密かにその宿泊を楽しみにしていたのだが・・・


そんな佐倉に渡部が詰め寄る。


「え?・・・それじゃオレたちは市内のビジネスホテルに宿泊ってことになる?バス停められるかな・・・」


夏帆も驚きを隠せなかったが、そう言って驚くのは渡部ドライバーだった。


さすがプロのドライバーである。自分の宿泊もそうだが、バスの宿泊先まで心配するとは・・・


ちなみに大型の観光バスは全長12m・横幅が2.5mもあるので駐車できる場所も限られる。


そんな渡部に対して佐倉は付け加えるように言葉を繋ぐ。


「でも、予備に確保してあった部屋があるにはあるそうなんですが・・・それが一部屋だけなんです」


そんな佐倉のその説明に一応は安堵した渡部が、今度は夏帆を見て尋ねる。


「夏帆ちゃん・・・オレは構わないけど、やっぱりオトコと一緒の部屋じゃ嫌だよね?」


そんな心配そうな表情の渡部を前にして夏帆はやんわりと答える。


「いや・・・わたしは渡部さんが何もしてこないの知ってますから・・・」


そんな答えに少し驚いた様子の渡部が言葉を返す。


「もしかしてそれって・・・オレはオトコとして見られてないってこと?なんか複雑・・・」


そんな言葉を聞いて夏帆は毅然とした言葉で告げる。


「渡部さん。何か勘違いしてません?こういう不測の事態もひっくるめて私たちの仕事なんです!わたしたちプロなんですから、こういう有事にも柔軟に対応しないと・・・」


そんなやり取りをしていると、宿のフロントスタッフが駆け寄って来て謝罪を始めた。


「すいません・・・。どういう訳か乗務員さん用に確保した部屋にダブルブッキングがありまして・・・色々と調整したんですが、最終的に佐倉様の乗務員用に確保した部屋に皺寄せが行きまして・・・お詫びと言っては何ですが、一部屋ですがグレードの高いお部屋をご準備しました・・・」


その謝罪に一応理解を示したものの・・・夏帆と渡部は顔を見合わせた。


「ん?」


その時、夏帆の言葉を聞いていた渡部ドライバーが何かを思い出したかのようにその佐倉を見た。


「それじゃ、その予備の部屋には添乗員さんが?」


急にそう問い掛けられた佐倉は自らを指差しそれに答える。


「えっ?・・・わたしですか?わたしは別に部屋確保しちゃってますので心配なく・・・」


「それって添乗員の役得?」


添乗員に割り当てられる部屋というのは通常グレードの低い部屋ということになるのだが・・・この時佐倉は一般客より高級な部屋を確保していた。


「まっ、そんなところです。それで小比類巻さん。わたしの部屋で良ければ一緒にどうですか?ちょっと狭苦しくなると思うけど・・・」



Eカップ(佐倉)Bカップ(夏帆)・・・


そう提案を受けた夏帆はその後・・・会社に定時連絡を済ませた後、添乗員の佐倉の部屋で制服を脱ぎながら先ほど電話した会社の電話口がざわついていたことを考えていた。


「何かあったのかな?」


その電話口からは、誰かがお客様対応してアタフタしている雰囲気が伝わって来ていた。その中で、写真・パンフレットなどという単語が飛び交っていたのがさらに気になるところであるが・・・


会社のパンフレット制作委員の一人である夏帆だったが今は出張中の身・・・どうすることもできない。


そんな事はさておき、夏帆は改めてその部屋を見まわす。


その部屋は、12畳間に床の間の付いた広めの和室の隣にセミダブルのベッドが置いてある洋室のある二間だった。しかもちょっとしたベランダがついており、眼下に広がる花巻市街地の夜景が綺麗に見えている。

この時夏帆は、先ほど佐倉がこんな部屋をどうして狭いと表現したのかちょっと疑問だったが、もしかしてこの佐倉というの女性は良家のお嬢様で自室がとんでもない大きな部屋だったのか?なんて思っていた。


ちなみに渡部ドライバーは先ほどのやり取りの後説明のあったVIPルームに案内されて行った。その恐縮しながら案内を受ける後ろ姿が、なぜか容疑者が留置所に連行される様子を連想させるものに・・・


そんな事はさておき、部屋の広さの認識の違いに戸惑っていた夏帆の背後からその佐倉が声を掛けた。


「ねえ・・・あなたって手足が長いうえ、凄い筋肉質なんだね。何かやってたの?それに着けてるのスポーツブラだよね?」


それは和室の真ん中に置いてあるちゃぶ台の脇で横になりながら、とてもだらしない格好でちゃぶ台に準備してあった和菓子を食べていた佐倉本人だ。しかもそのちゃぶ台にはすでに空になった缶ビールが2缶転がっている。


先ほどこの佐倉がチェックインしてからどれくらい時間が経ったのだろう。夏帆は先ほど乗客と共にこの佐倉が宿に入ってからの時間を計算していた。しかし・・・そのそう長くない時間で缶ビールを2本も飲んでいたとは・・・


よほど喉が渇いていたのかストレスが溜まっていたのか・・・


この時、そんな佐倉に質問を受けた夏帆は脱いだ制服をハンガーに掛け振り返って答えた。


「わたしって胸がないし、昔からコレ(スポブラ)なんですよね・・・。しかも動きやすいし通気性も・・・」


そう答えられた佐倉は肩肘を突きながら囁く。


「胸がないって言ってもすごくスタイルがいい・・・って言うか、そのお尻・・・とその脚・・・羨ましい限り・・・。しかも、その膝下が長いっていうか・・・」


今度はそう言われた夏帆が驚いたというか困惑気味にその答えを考える。


この話し相手を酔っ払いとしてあしらうか・・・それともきちんと受け応えるべきなものか・・・


この時、部屋に招き入れてもらったものの礼儀として後者を選んだ。


「わたしって高校の時までソフトボールしかやってないし、その・・・胸も小さいし全然セクシーじゃないし・・・今までスタイルがいいなんて言われたこともありませんが・・・」


夏帆のコンプレックスの中に「胸が小さい」と言うものがある。妹の里帆のような理論的な考え方も出来ないし、直感的に動いてしまうこともコンプレックスではあるが・・・


バスガイド必須のその「暗記」というものも克服したし、直感的に動いてしまうその「癖」もワンクッション置くように努力もしている。


でも・・・どんな努力しても成果の見られないものがあった。


それは・・・(バスト)


乳製品も摂取したし、胸が大きくなると噂されるものはひと通りやってみたけど・・・全く成果に現れなかった。ただし、後輩の古河も言っていた「カレシが出来ると胸が成長する」と言う噂の検証だけは実践できていないが・・・


そして夏帆はその「セクシーじゃない」という言葉の後にこう付け加えた。


「お尻も小さくない・・・」と。


するとソレに反応した佐倉が身体を起こし、少し怒ったような口調で夏帆の言うその「スタイル」について考察を述べ始めた。


「小比類巻さん・・・あなたって自分の体型どう思ってる訳!?」


佐倉はこの時、食べていたポッキーで夏帆を指さすようにそう尋ねた。


いきなりそう聞かれた夏帆は少し困惑気味に答える。


「えっ?わたしの体型って全然女性の体型じゃないと思います。女性っていうのはもっと・・・こう・・・」


その時夏帆の中で出てきたその理想の女性像というのが、どういう訳かエンちゃんの彼女である女子高生の姿だった。本来であれば女性雑誌に掲載されているモデルなどを思い出すものだが・・・


しかもその女子高生が着ているセーラー服をエンちゃんが脱がしているというハレンチな想像までしてしまっていた。


不本意ながらそんな姿を思い出してしまっている夏帆はこう言葉を続ける。


「その・・・背なんか小さくって・・・おっぱいなんか大きくって・・・」


ちなみに夏帆の身長160cmに対して、その女子高生の身長は150cmに満たない。


するとそこまで聞いた佐倉が怒り始めた。


「ねえ・・・おっぱいがそんなに重要な訳?」


「そりゃそうじゃないですか?オトコを虜にするには重要な部位かと思いますが・・・」


次に夏帆の頭の中に浮かんだのが、例の写真家Takisawaが撮影するようなグラビア雑誌の写真だった。もちろんその写真家という人は、昨日話をした滝沢という学生の父親である。


そこで夏帆のその答えを聞いたその佐倉が苛立った雰囲気で立ち上がった。すると、寝ながらホックを外していたと思われる黒のタイトスカートが座布団の上に落ち、黒のストッキングに白いパンツが透けている。


「えっ?・・・佐倉さんて・・・すごくセクシー・・・・」


その佐倉の姿は今日の朝から見ていたが、窮屈そうな黒のリクルートスーツに身を固めていたためその体型というものは全くわからなかった。しかし・・・その隠された体型と言うものがその辺のグラビアモデル顔負けのダイナマイトボディーだったことがここで判明する。


決して細身ではないその身体の胸とウエスト、そしてヒップのサイズ感がとてもバランスが取れていて、しかもそれがメリハリの効いた体型を模っている。言ってみればそれは欧米人体型・・・


そんな体型からすれば日本人がお子様体型に見えるくらい素晴らしいものだ。


そんな佐倉の今の格好というのが、ブラウスの胸元のボタンが外されその谷間がクッキリ見える胸の盛り上がりと胸のボタンが今にも弾き飛びそうな白いブラウスの上半身に白いパンツの透けた黒ストッキングの下半身。


夏帆はその姿を見て女性から見てもエロいカラダの持ち主であることを悟った。もう、こうなってしまっては夏帆の勝ち目はない。


しかもそんな佐倉は着ている白ブラウスのボタンに手を掛け外し始めた。


すると佐倉が外しているそのボタンが上から順に弾けるように外れていき、中に押し込まれていたその巨乳と言うべきものが露わになる。しかも今度は腕を背後で回して背中のホックを外すとその全てが解放された。


それはまさに「解放」という言葉が当てはまる瞬間だった。しかもそれは重力に負けることなく形を保ったまま胸に留まっている。


そんな姿の佐倉が、たった今外したその白いブラジャーを夏帆に投げつけた。


「えっ?」


夏帆は投げつけられたソレを変化球でもキャッチするかのように右手でキャッチしてソレを見た。


「こっ・・・コレって・・・?」


その時、夏帆が何に驚いたのか?


それはもちろんそのカップの大きさ・・・


そんな驚いた表情をした夏帆に向かって、上半身ハダカの佐倉が両手でその自らの乳房を持ち上げる仕草をしながら声を荒げる。


「わたしって常にそんな大きいヤツ胸にぶら下げてんの!。それって・・・どれだけ重いかあなたに分かる?」


そう問いかけられた夏帆は、その大きなカップに繋がる紐の先に白いタグを見つけた。


そのホックの脇に縫い付けてあるソレにはEと表示されている。


ちなみに、夏帆が驚いたその時代と30年以上経った現代ではそのカップの大きさを示す指標が変わっている。その時代Dカップですら巨乳と呼ばれていた頃、すでにそれを飛び越えてEカップとなっているその大きさ・・・

その時夏帆がみたEカップというのは、現代でいうところのGカップくらいであると思われる。


「えっ・・・わたしこんなおっきいカップ・・・初めて見た」


それはメロンがすっぽり収まるような大きさである。それで改めて見る佐倉のその乳房の大きいこと・・・

それは重力に負けず胸にくっついているメロンのようだ。


すると少し冷静になった佐倉はストッキングを脱いで甚平を羽織りちゃぶ台脇に正座し、夏帆にそこへ座れと促した。


ちゃぶ台を挟んで正面に座るそんな佐倉の胸元からは胸の谷間がはっきり見える。夏帆はその胸の谷間と自分の胸の谷間を見比べた。


それはもうオトナとコドモ・・・月とスッポンくらいの差がある。


その佐倉が夏帆のそんな落胆した目をじっと見て、さらには改まった口調で話し始めた。


「わたしの中学生の時のあだ名って知ってる?」


「もちろん知りません」


「ウチってさ・・・乳牛を三頭飼ってたのね。おばあちゃんの趣味みたいなものだったけどさ・・・」


「趣味ってことは、その牛ってペットみたいなものですか?」


「それは違う。名前はついてたけどちゃんと搾乳して出荷してたし・・・」


「それとあだ名ってどう繋がるんですか?」


「アンタ結構鈍いわね・・・。飼ってた牛が白黒のホルスタインなの!」


「じゃ・・・そのあだ名って・・・もしかして・・・」


「そう・・・そのホルスタインの牛子(うしこ)なの。しかも飼ってる牛の牛乳飲んでるからそんなにデカイんだって揶揄われて・・・」


「そんなこと言われても困りますよね?」


「そうよ!・・・失礼しちゃう!だから、そう呼ばれてからはいっさい牛乳を飲まなかった。でも・・・この胸の成長は止まらなかったの!」


「いつからそうなんですか?」


「小学5年生で胸が痛くなったと思ったら、いつに間にか小学生でBカップ・・・中学生でCカップ。そして高校でDカップになって、今じゃEカップすら・・・」


「Eカップすら・・・ってことは・・・」


「そう・・・Eカップすらも合わなくなってくてるの!」


「そっ・・・そんな・・・」


「それって異常だよね?しかも渋谷に行けば芸能プロダクションのスカウトマンに声かけられる始末で・・・」


「いいじゃないですか・・・」


「何がいいのよ!そのスカウトっていうのはそっちじゃなくってあっちの方なの!」


「あっち・・・って?」


「エロのほうなの!全く失礼しちゃう!」


そう声を荒げる佐倉を前に夏帆はすっかり萎縮してしまった。


こういうのを「巨乳・・・」と言うのだろうか?


この時夏帆は、エンちゃんの下宿で下宿生が話していたその内容を思い出す。


「オレって巨乳好きなんだよね・・・」


オトコが好きな大きなおっぱいってこういうものを指すのだろうか?


しかもその佐倉の胸というのが本当に大きいうえに綺麗な形なのだ。やはりその筋の方がスカウトしたくなるのも分かるような・・・それに比べて自分の胸のなんとも貧相なこと・・・


そんな夏帆は自分のその貧相な盛り上がりを見下ろし溜息を吐いた。


「わたしの胸って、高校の時にやっとBカップになってそれ以降は成長してない・・・」


そんな落胆した夏帆を見てその佐倉は言葉を続ける。


「わたしからしたら、それってすごく羨ましいことなの。わたしみたいなこんな大きな胸って、オトコの目の保養の道具でしかない。本当に重くて肩が凝って・・・。」


「そうですよね・・・肩、凝りそうですよね・・・」


「そうよ!本当にオトコってこんな大きな胸が好きで、揉んだり吸ったり・・・そればっかり。本当にオトコって頭のおかしいバカばっかり・・・」


「えっ?佐倉さんって揉まれたり吸われたりするんですか?それに、オトコの人に恨みでもあるような・・・」


「そりゃカレシが出来ればそんなこと当たり前じゃない?あのマザコンのバカは特に酷かったけど・・・」


「マザコン・・・って?あの・・・母親離れできないオトコってことですか?」


「そうよ!正確に言えば乳離れね・・・」


「乳離れって・・・乳幼児じゃあるまいし・・・」


「でもさ・・・そんなオトコも存在したってことね。もう、そんなオトコと結婚まで考えたわたしがバカだった・・・」


「結婚まで考えていたんですね?」


「そうよ!これで添乗員の仕事辞めても東京に残っていられると思ったのに・・・。これじゃ、仕事辞めたら速攻で田舎に引き戻されちゃう・・・。」


その言葉を聞いた夏帆は、先輩ガイドの良子先輩が寿退社後その相手の土地に行ってしまうことを思い出していた。当たり前のことではあるが、通常男女が結婚すればどちらかが住む場所で一緒に生活を営むことになる。


良子先輩の場合はその相手のいるその福島へ行って一緒に生活すると聞いていた。


ちなみにその福島とは、ソフトボールのライバルだった佐藤の地元である。


これもまた世の中狭いというか・・・



@差し支えない・・・


そんなことを思い出していた時、ちゃぶ台の向こうにだらしない格好になって再びビールを飲み始めた佐倉が手を滑らし、自分の胸元にビールをぶちまけてしまっていた。


「あっ・・・大丈夫ですか?今、タオル持ってきますんで・・・」


そう言いつつ立ち上がった夏帆に対して、佐倉は夏帆を引き止めるような素振りを見せる。


「あっ、サスケネー・・・こんなのサスケネーから気を遣わないで・・・」


そう言われた夏帆が振り返るとその佐倉がテーブルの上にあった台拭きで自分の胸を拭いている。


ん?「サスケネー」?・・・・コレってどこかで聞いたフレーズ・・・


そう・・・これはあのエンちゃんが口にしていた方言。


確か、その意味合いは「差し支えない。」つまり「こんなことは大丈夫だ。」というものだったと思う。


「えっ?そのサスケネー・・・って?」


「あっ、ゴメンなさいね。そんな言葉聞いても分からな・・・」


その時夏帆は、佐倉の言葉を遮るように口を開いた。


「差し支えない。つまり、大丈夫・・・ってことですよね?」


そう言葉を返された佐倉は少し困惑している。


「そっ、そうね・・・そうよね。バスガイドだもんね。いろんなところの方言ってお客さんから聞いてるよね・・・」


そんな佐倉のため息混じりの言葉を聞いて夏帆が言葉を繋いだ。


「いえ・・・お客様じゃないんです。」


「じゃ・・・」


「わたしの片想いの相手なんですけど、そのカレがそのサスケネーという言葉を使ってまして・・・」


「それじゃ・・・わたしと同郷?」


「恐らくそうかと・・・」


するとそれを聞いた佐倉がため息を吐く。


「世の中って狭いものね・・・。その・・・わたしのカレだった人も同郷だった・・・」


「それじゃ・・・その・・・マザコン・・・さん?」


「うん。まっ、今思えば別れて良かったとは思うんだけど・・・。でもさ・・・このままこの仕事ズルズル続けたくないし、永久就職したいと考えてた訳よ・・・」


「それって、いわゆる寿退社ってことですよね?」


「そうとも言うわね・・・まっ、30(マルコウ)までにひとりは産んでおきたいじゃない?」


ちなみにそのマルコウとは「高齢出産」のことを指す。現代では30歳過ぎに初産を迎える女性も多いが、この時代ではその30歳を境に出産の扱いが異なっていた。



@若さの賞味期限・・・


そんなため息混じりの言葉を聞いた夏帆に沸いたひとつの疑問・・・それは佐倉の年齢。そこで思い切って聞いてみた。


「ところで、佐倉さんって歳いくつなんですか?」


「まっ・・・オンナ26いろいろあるわ・・・」


ちなみに令和の現代では結婚という概念がだいぶ変わっているが、平成に入ったばかりのこの時代では女性が25を過ぎても結婚しない場合「行き遅れ」というレッテル貼られる・・・そんな時代だった。


「あっ、それってスキーに連れてっての・・・?」


「うん。わたしの場合はあんなドラマチックな26歳じゃないけど・・・」


「まっ・・・あれは映画ですからね」


「その映画でもそうだったけど、本当に26って歳は鬼門ね・・・。それで、あなたって二十歳くらいでしょ?」


「はい。この夏で・・・」


「と、いうことはまだ19ってこと?」


「そうですが・・・」


「19か・・・いいわよね・・・それでその若さってとんでもない武器だってこと知ってる?」


「はい・・・なんとなく、その若いってことだけでオトコが寄ってくることくらいは・・・」


「そうよね・・・。でも、その若さの賞味期限ってものは長く続かないことも覚えておいて!」


「賞味期限ですか?」


「うん。美味しく頂ける期限・・・ってヤツね」


「それって意味深ですね?」


「そうよ!若さっていうのはそんなものなの・・・」


「すると、それってあとどれくらい・・・?」


「3・4年くらいかな?」


「えっ?それって結婚適齢期ってことですか?」


「うん・・・そうともいうわね・・・」


この時代は結構適齢期という言葉が盛んに使われ、それを逃すといわゆる「行き遅れ」のレッテルを貼られることになっていた。


そんな適齢期をそのオトコに捧げてしまった佐倉は、後悔を全身で表しつつ声を震わせ叫んだ。


「そうよ!わたしってそんな貴重な賞味期限をあのバカヤローに捧げちゃったのよ!さぞかし美味しかったでしょうね!!」


そこまで聞かせられた夏帆はもうその詳細を聞かざるを得なかった。


「その詳細って聞いちゃダメやヤツですか?」


「そんなことはない!お姉ちゃんにも妹にも詳細は伝えてある。それにお母さんにも・・・」


「それじゃ、佐倉さんって三姉妹なんですね?」


「うん。ウチって本当に女系の家系で・・・従姉妹親戚みんな生まれるのがオンナばかり。そんな家系だからお父さんもおじいちゃんも婿養子ってところなの」


「筋金入りですね・・・」


「でも、唯一従兄弟で男の子が一人だけいたんだよね・・・確かこの春で大学3年生って言ってたっけ・・・」


大学3年生といえば、あのエンちゃんや滝沢と同い歳となる。


「それでそのバカヤローと知り合った時、ヤツも大学生だったの。(大学院)の方だったけどね」


「大学院といえば4年生大学の上の・・・」


「そうよ。しかもその大学名を聞けば誰しも知ってるような有名大で・・・」


「そんな方とお付き合いしてたんですね?」


「そうよ。わたしの青春返せって感じ・・・」


「どうして拗れちゃったんですか?」


「ねえ・・・聴いてもらえる?」


「はい。ここまで聴いたらとことん付き合います!」


この時夏帆は前屈みになってちゃぶ台に両肘を突いた状態で佐倉の言葉を待つ。そんな佐倉が堰を切ったかのように話し始めた。



@オトコはみんなマザコン・・・


「ソイツとは春先まで付き合っていたんだけど、そのバカヤローの就職に合わせてそのカレの家に挨拶に行ったの。もうこの歳だし、もちろん結婚も認めて欲しかったし・・・」


「ドキドキですね?」


「うん。そのバカヤローの就職も決まって都内のマンションに引っ越すことになっていたから、わたしもそこにコロがり込もうとしてたんだよね。でも、やっぱり同棲する前に仁義切っておきたいじゃない?」


「案外ときちんとしてるんですね?」


「案外・・・って何よ!わたしはいつだってきちんとしてるわよ!でも、そのときその若さってものの賞味期限も切れちゃってたしちょっと焦っていたんだよね・・・」


「それでどうしたんですか?」


「カレに連れられて行ったらそこが予想外に大きなお屋敷だったの」


「まっ・・・大学院まで行かせるような家柄ですもんね」


「なんか薄々勘付いてはいたんだけど・・・そこで初めて結構なおぼっちゃまだったってことが分かって・・・なんか持ち物がいいものばかりだとは思ってたんだけど・・・」


「それって玉の輿ってことじゃないですか!」


この時興奮気味に話す夏帆に対して佐倉の表情は優れなかった。


「まっ・・・外野席から見ればそうでしょうね・・・」


「それじゃその内野では何かあったんですね?」


「うん。内野どころかベンチやブルペンまで・・・」


そこまで聞いた夏帆は、トドメとばかりに尋ねた。


「それで、そんなカレの家に行ってみてどうだったんですか?」


今度はそう尋ねられた佐倉が唾を飲み込み、息を整えてから夏帆の質問に答える。


「玄関入るまでは良かったんだけど・・・まずその広い玄関にわたしを立たせて、出迎えたそのカレシの母親がわたしの足の先から頭のてっぺんまで舐めるように見るわけさ・・・」


「靴も脱いでない状態でですか?」


「そうなの。まるで値踏みでもするかのように・・・」


「それって・・・とても歓迎ムードって感じじゃないですよね?」


「うん・・・全くのアウェイ。しかも、わたしを見るその目がまるで生ゴミでも見るかのような冷たい目線で・・・」


「歓迎ムードというよりか・・・むしろ敵を向かい打つ・・・みたいな?」


通常、交際しているカレシの家にお邪魔するのは物凄く緊張するものだ。しかし、そのカレシの家族はあくまでも部外者を排除するかのようにこの佐倉を扱ったという。

しかも、そのカレシというのは何を聞いても母親に伺いを立てるという典型的なマザコンだったそうだ。しかもこの家族にはこれにも増して恐ろしいことが日常的に行われていたということである。


しかし、そんなことなどつゆ知らない佐倉はこの時気丈に振舞ったという・・・


「でも、結婚すれば嫁ってことになるってことになるから慎重になるのも仕方がないのかな?・・・って思ったんだけど・・・」


「そのほかに何かあったんですか?」


「うん・・・やっとのとこでリビングに通されて、コップに波波と注がれた水を出された時だったの」


「予想外なことがあったんですね?」


「うん。カレシの父さんと女子大生の妹が一緒に風呂から上がってきて・・・」


「えっ?一緒にお風呂入ってたんですか?」


「うん。それってどうみても父娘でデキてる感じっだった・・・」


「そっ・・・それってありえるんですか?」


「うん。状況からするとそんな感じだったんだよね・・・。しかもそのカレシと母親も怪しい雰囲気で・・・」


「えっ?信じられないんですけど・・・」


「うん。見た感じそうみたいなの・・・」


ここで初めてそのカレシの正体を知ってしまった佐倉は、この後しばらくのオトコというものを毛嫌いしてしまって見るのも嫌になっていたそうだ。


でも・・・そんなマザコンなカレがなぜ佐倉を彼女にしたのか疑問が残る。


「するとなんで佐倉さんを彼女にしたんですか?」


「コレ・・・が目的」


そう言いながら佐倉は自らの胸を持ち上げる仕草をした。


「胸がどう関係あるんですか?」


「うん・・・母性を求めたのね。母親が貧乳だったから・・・」


「佐倉さんってお母さんの代わりだったんですか?」


「うん・・・そうらしい・・・」


「だから・・・揉んだり吸ったり・・・・ってことですか?」


「そうよ!わたしまで変態プレイに付き合わされて・・・」


「もしかして、そのプレイって・・・?」


「今まで誰にも言わなかったけど、ここまで来たら洗いざらい白状するわ・・・。それって幼児プレイってヤツ」


「それじゃ、佐倉さんがお母さんに?」


「そうよ!幼児というより乳児ね!」


「それじゃ・・・シモの方も・・・?」


「そうよ!結婚もしてないのにオシメの交換までさせられて・・・」


「でも、それって赤ちゃん役が大のオトナ・・・」


「もう・・・それって赤ちゃんじゃなくって爺さんの介護だよ・・・。もう、オシメ交換する時のヤツの嬉しそうな顔・・・もう殺してやりたい・・・」


「じゃ、そのカレシとは?」


「もちろん別れてやったわよ・・・。もちろん買ってくれたDCブランドのバッグやら靴やら貴金属なんかを段ボールに詰めて送ってやったんだけど、それが送り返されてきて・・・」


「受け取り拒否されたんですね?」


「そうね・・・別れたオンナのモノなんていらないよね。それでそれを質屋に入れたら結構なお金になって・・・」


「じゃ、それって・・・?」


「うん・・・。それが手切れ金がわりってとこだよね・・・」


「それじゃ、もう・・・オトコは懲り懲り・・・ですか?」


「うん。でもさ・・・オトコって大なり小なり程度の差こそあるけど、みんな母性を求めるのね。コレまで何人かのオトコと付き合ったけどみんなそうだった。まともに見える人でもみんなどこかおかしいところがあって・・・」


「それって俗にいうフェチってヤツですか?」


「うん・・・そうとも言うわね。モノや姿みたいに形があるものから、匂いみたいな目に見えないものまで・・・」


「もしかして・・・そのカレのフェチって、胸・・・というよりは、母性ってヤツなんですか?」


「そうよ!当たり前でしょ!オトコなんてみんなマザコン!」


その時佐倉は、それがさぞ当たり前と言わんばかりにそう力説した。


しかしそれを聞いた夏帆はますます落胆の表情に・・・


この時夏帆が何に対して落胆したかというと、それは自分の胸こと。母性というものを求めるオトコ達を惹きつける胸というものを持ち合わせていない・・・


この時、そんな落胆した表情を見せた夏帆を見た佐倉は我に帰ったかのように声をかける。


「えっ?もしかしてあなたって・・・」


「はい。ご察しのとおり(まっさら)・・・」


「えっ?オトコとの出会いの場がいっぱいあるバスガイドなのに?」


「はい・・・」


「えっ?そんなにスタイルのいいバスガイドなのに?」


「そのスタイルっていうのは語弊がありますが・・・」


「そのお尻なんてオトコたちが放っておかないでしょ?」


「はい・・・乗務中よく触られます」


「でも、触って欲しいカレシがいない・・・と?」


「はい・・・残念ながら・・・」


「そっ・・・それは意外だったわ」


そこで今まで声を荒げていた佐倉の言葉が止まった。そして、少し時間をおいてその佐倉が話題を変える。


「ところであなたの家系ってみんなそうなの?」


「それはお尻のことですか?」


「違う!胸のことよ!それ以外に何があるのよ!」


「あっ・・・胸の事ですね?ブラジャーは双子の妹も体のサイズが全く一緒で・・・。しかもお母さんもこんな感じで・・・。」


夏帆はその時自分の胸を持ち上げるような素振りでそう答えた。


するとそんな話を頷きながら聞いていた佐倉がいきなり立ち上がり、ちゃぶ台を挟んだ向かい側に正座する夏帆を舐めるように見始めた。


「ふ〜ん・・・なるほどね」


何がなるほどなのだろう・・・。何か悪い予感がする。


「ちょっと立ってみて」


その時訳もわからず座布団に上に立ち上がった夏帆にその佐倉が指示を始めた。


「ちょっと横向いてみて」


こうですか?


「うん。今度は後ろ・・・」


そう言われた夏帆は訳もわからずその指示に従う。


そして次の瞬間・・・夏帆の後ろに歩み寄った佐倉の手が夏帆のお尻を触り始めた始めた。それはまるでエロオヤジが痴漢でもするかのように・・・


「ちょっ・・・ちょっと何するんですか?」


突然そんなことをされた夏帆はそう抗議する。しかし、その時佐倉は不敵な笑みをこぼしながら夏帆の耳元で囁いた。


「あなた、オトコにこんなふうに触られたことないんでしょ?こんないいお尻してるのに・・・」


「そうです!オンナにもそんなふうに触られたことありません!」


夏帆は背筋がゾワゾワするのを我慢しながらそう抗議する。


するとその佐倉が後ろから夏帆の脇腹を抱き寄せそっと囁く。


「わたしが教えてあげようか?」


そう言いながら佐倉は夏帆の背中に自らの胸を押し当てつつ脇腹から脇の下まで指を添わせた。この時、いつもなら「くすぐったい」と言って身を捩る夏帆だったが後ろからのその「圧」に負けて身動きができなかった。それはこの変な雰囲気から抜け出したいと思う夏帆の身体がそうさせたのかもしれない。


でも、佐倉の言ったその言葉の意味が分からなかった。


「ええっ?教えるって・・・なっ・・・何をですか?」


この時、その質問をされた佐倉がニヤリと微笑んだ。


「わたしって、初雪の誰も足跡つけてない道に自分の足跡を付けるのが大好きだったの。この意味わかる?」


「いやいや・・・分かりません!」


この時夏帆は焦っていた。このままこの部屋で自分がどうなってしまうのかと。しかも相手は女性・・・


オトコにもこんなに迫られたことのない夏帆にとって、こんなことは当然想定外で異次元的な行為である。


「ねえ・・・キス・・・しようっか?」


「えっ・・・えええっ!」


この時夏帆の頭の中がパニックを起こしていた。それは中学生の時フェリー埠頭で拾ったエロ本のコミック欄に掲載されていた女性同士の同性愛漫画・・・それによると、一度その味を知ってしまったオンナたちは後戻り出来ないとされていた。


そして両手で頬を掴まれ、後ろから佐倉の顔が近づいて来た時夏帆の身体は金縛りにでもあったかのように身動きが取れなくなっている。そして、エンちゃんに捧げる前にそういう道に足を踏み入れてしまう自分の運命を憂いでいた。


そんな夏帆の正面に回った佐倉が夏帆の腰に手を回した時、我に帰った夏帆の全身がビクッと反応する。


するとその夏帆の様子を感じ取ったそ佐倉が笑い始めた。


「ゴメンね・・・驚かせちゃって。あんまりあなたが可愛かったもんだから・・・」


この時佐倉から解放された夏帆はその佐倉から離れ抗議する。


「もう・・・驚かせないでください!わたし、てっきりこれから・・・」


「これからどうなると思ったの?」


この時その佐倉は上から目線でそう言った。でも・・・全くそういうことの経験のない夏帆は全く敵わない。


「その・・・女性どうしで・・・」


「興味あった?」


「全くないです!わたしの知識の中でもそんな行為はあり得ません!!」


「わたしの知識の中・・・ってことは、そういうこと知ってるんだ・・・」


この時夏帆の中にあった知識とは、中学生の時部活仲間と隠れて読んだエロ本程度のもの・・・


「いや・・・ちょっと昔、そういう雑誌拾って・・・」


この時、夏帆の目が泳いでいたのを佐倉は見逃さなかった。


「うん。大体そう言うわね。恥ずかしいもんね・・・」


ドヤ顔でそう言う佐倉に向かって夏帆は釈明する。


「いや、本当に拾ったんです!そんな雑誌って、フェリー埠頭の植え込みにたくさん捨ててあって・・・」


それを聞いた佐倉が何かを思い出したかのように話題を変えた。


「あっ・・・そういえば、あなたって八戸だったよね?」


「はい。その雑誌が捨ててあったフェリー埠頭っていうのは八戸の・・・」


「違うの。そうじゃなくって・・・」


「と・・・言いますと?」


「わたしの大学の時の友達が、八戸にいるよな・・・って思ってね」



@世の中って狭いよね・・・


「その方、八戸で何かやられているんですか?」


「確か高校で英語の先生やってるんだよね・・・しかも吹奏楽部の顧問で去年コンクールで東北大会まで進んだって・・・」


この時夏帆の脳裏にとある人物が浮かぶ。確か去年の秋ごろ、夏帆の母校の吹奏楽部が久しぶりに全国吹奏楽コンクールの東北大会に進んだようなことを聞いたような・・・


「まさかね・・・」


夏帆が心の中でそうつぶやいた時、目の前の佐倉が前のめりになって質問をしてきた。


「ところであなた・・・ソフトボールやってたって言ってたよね?」


「はい・・・そうですが・・・」


「ポジションは?」


「ピッチャーです・・・」


「あっ、そうだったわね。それでそのお尻ってことね?」


「お尻の話はいいですから・・・部活がどうしたんですか?」


「わたしはさっき言った友達と一緒にラッパ吹いてたから運動には縁遠いというか・・・」


「ラッパと言うと吹奏楽・・・ですか?」


「うん。わたしはトロンボーンでその友達がトランペット」


しかし・・・夏帆の知っている吹奏楽部とは、限りなくブラックに近い部活動だ。


「でも吹奏楽部って体育会系文化部って呼ばれてますよ?夏休みなんて朝早くから音出ししてて、わたしたちが部活引き上げた後も合奏やってて・・・しかも盆と正月以外年中無休で・・・」


そこまで話した夏帆の脳裏に、昔担任と会話した内容が蘇る。


「部活に休みってあるんですか?カレといつ逢ってるんですか?」・・・と。


これは夏帆が高校3年生の時、教室で交わした担任との会話である。


この時夏帆の疑問が確信へと変わる。その夏帆の心当たりのある方は人物とは、夏帆が高校3年生の時の担任だった小林舞衣先生。その舞衣先生と呼ばれていた担任は高校の時トランペットを吹いていて、一度職員室で長年使い込まれたそのトランペットも見せてもらった事がある。


この時夏帆はその人の名前を確かめようとした。


「あの・・・もしかしてその人の名前って・・・コバ・・・」


その時だ。


「ピンポ〜ン・・・」


部屋のチャイムがいきなり鳴った。


「あっ・・・ちょっとゴメン」


それを聞いた佐倉はそう言いながら立ち上がって襖を開け、さらにその奥の部屋の引き戸を引いた。するとその奥から再開を喜ぶ女子たちの歓喜に近い会話が始まる。しかも、質屋に入れた何かが100万円近かった・・・なんて話ですでに盛り上がっている。


「ん?友達かなんか?」


そう思った夏帆が聞き耳を立てるとその来訪者はどうやら2名らしい。夏帆がこの部屋に案内されるとき言っていた「ちょっと手狭・・・」と言うのは、このことだったのだろうか?


そして佐倉に案内され部屋に入ってきた二人の女性の格好がモロに結婚式帰りであったことに驚く。しかも、夏帆は初対面であるはずのその二人とどこかで逢っていた錯覚に襲われていた。


「う〜ん・・・誰だっけ?」


仕事柄多くの人と接する機会の多い夏帆だが、一度会話をした人だったらなんとなく覚えているモノだった。しかし・・・


どうしてもこの人とどこで出会っていたのかが思い出せない。まるでキツネにでも摘まれたかのような感覚となる。


そんな中、佐倉がその女性二人に詰め寄った。


「ねえねえ・・・新郎新婦の写真見せて・・・」


「うん。ちょっと待って・・・」


そして、そんな佐倉に急かされるようにして持っていたバッグから取り出したのは一枚のポラロイド写真。


「へえ・・・このドレス可愛い!ちょっとこの新郎の人って先生(勤務医)なの?」


その写真を見せてもらった佐倉がそう問い掛ける。部外者らしき佐倉はその辺の状況がわからないらしい。


「うん。婦人科の先生でわたしがお世話になった・・・」


次にそんな会話が聞こえてきている。同僚の結婚相手とどんな関係なんだろう?何をお世話になったのだろう?


この時夏帆はその会話の中身が気になったが、とても割って入れるような雰囲気ではなかった。


そしてその三人の傍で聞き耳を立てている夏帆に気づいた佐倉がその会話を中断させ、夏帆に向かって咳払いをする。


「ごめんね・・・紹介するね。コッチが姉の芽衣子・・・そしてコッチが従姉妹の麻美子ちゃん・・・。今日はたまたまこっちにあるふたりの元職場の同僚の結婚式で・・・」


夏帆を前にそう紹介された二人が、夏帆の自己紹介を待たず自らの自己紹介を始めた。


「わたしは佐倉芽衣子。瞳の二つ上の姉ね・・・」


「わたしは小林麻美子。瞳ちゃんの同級生の従姉妹なんだよね・・・。」


訪れてきたのは佐倉の実の姉と従姉妹のようだった。しかし、結婚式帰りのこの二人がなぜ一緒にこの部屋を訪れてきたのかは分からない。


でも、夏帆はここまでの会話で初めてこの時今まで話をしていた佐倉の下の名前を知った。


「瞳ちゃん・・・」それはチョット意外な名前・・・こんなダイナマイトな体形を持つこの佐倉の下の名前がそうだったとは・・・


するとその瞳ちゃんと呼ばれた佐倉が何かを思い出したかのように言葉を付け加える。


「あっ・・・そう言えば、さっき言ったわたしの友達の英語の先生って、麻美ちゃんの義理のお姉さんだった!」


やはりそうだったか・・・この時夏帆はそう思った。この時夏帆の頭の中のパズルのピースの一部がハマった気がした。この麻美ちゃんと呼ばれた従姉妹の苗字が小林ということは絶対にそう言うこと・・・


しかし・・・その二人の自己紹介の後夏帆が自己紹介を始めようとした時だ。たった今、小林麻美子と名乗った女性が部屋の鴨居に吊るしてあった夏帆の制服を見て興奮し始める。


「ねえねえ・・・コレって本物のバスガイドの制服?」


「そう・・・ですが・・・」


それを聞いて今度は三人で内輪の話を始めた。一人残された夏帆は聞き耳を立てる。


「ねえ・・・確かまーくんって制服フェチじゃなかった?これ見たら鼻血出すかも・・・」


そう言っているのは佐倉の姉だった。


「うん。わたしの制服にも興奮してた・・・」


そしてそれに答えたのは従姉妹のほうだ。


「それって警察の・・・?」


「うん。夏服って、結構持ち帰って洗濯してたからね・・・」


と・・・いうことはこの従姉妹は婦人警官?


夏帆がそう思っているとその従姉妹がさらに言葉を重ねた。


「うん。特にその夏服が好みだったかと・・・。確か警察の制服の他にもセーラー服なんかも好きだったような・・・」


なんかそのまーくんという人が酷い言われようをしている。


「それにナースの白衣なんかも好きだったよね・・・」


「うん。そうそう・・・あの事故で搬送されて来て、意識戻った時のあの目・・・」


「うん。その第一声が『なんで麻美子姉さんと芽衣子姉さんが何でナース服着てんの?何で僕がその格好好きなの知ってるの?そうか・・・僕がもうダメだからそんな格好で・・・』だったよね。」


「うん・・・あの全身包帯のミイラ状態でそんなこと言ってたっけ・・・懐かしいね!」


「そうだよね・・・意識朦朧の中、自分の好み(フェチ)ってものを白状しちゃったよね・・・」


「それでそのナース服で抱きしめてやった時のあの至福の表情と来たら・・・」


それを聞いた夏帆は、そんな話をされているその「まーくん」というオトコがとんでもない制服フェチの変態に思えて来た。しかもその話の流れからその麻美子さんという方が看護婦なのか婦人警官かもわからないが、そのまーくんという変態とその事故とこのお姉さんたちの関係性もサッパリ分からない。


夏帆が自分頭の中にクエスチョンマークが出現したのを感じたその時だ。今度は佐倉の姉が佐倉を指で突いて夏帆の紹介を促す。


「瞳・・・ちょっとこのバスガイドさん紹介してよ・・・」


そう言われた佐倉がチョット身体を捩りながら反論する。


「ちょっとせかさないでよ・・・制服の話で盛り上がったのは姉さんたちでしょ?」


「ゴメン・・・まーくんじゃないけど制服で興奮しちゃった・・・」


そんなことで佐倉が改めて夏帆を紹介する。


「え〜、こちら三五八観光のバスガイドで小比類巻夏帆さん。えっと・・・19歳だっけ?」


そう紹介された夏帆は軽く咳払いをして姿勢を正した。


「改めまして・・・わたくし三五八観光バスでガイドをさせていただいております小比類巻夏帆と申します。この夏に二十歳を迎えるバスガイド2年生です。本日はご縁がありまして朝から佐倉様と行程をともにさせていただいております。ここでお逢いしましたのも何かの縁ですのでよろしくお願いいたします・・・」


全くの営業スタイルでそう自己紹介した夏帆を前にその二人が息を呑んだ。夏帆のその営業ボイスに聞き入ってしまった様子である。


「キャ〜・・・バスガイド2年生だって・・・初々しくってこれまた可愛いときた・・・」


この時その二人が手を取り合って飛び跳ねている。これってどう見ても女子高生のノリだ。


そして今度は二人揃って前屈みになって夏帆を見上げた。それを見た夏帆は何かデジャビュ的なものを感じる。


「ん?この二人の顔とこのアングル・・・何かの写真で見たことがあるような・・・」


この時・・・夏帆の中でその写真が置いてあった状況が再現される。それはこの二人が白衣を着ていて、その二人の間で松葉杖をついて包帯まみれの姿で苦笑いを見せていたエンちゃんがいた。その写真は、あのエンちゃんの部屋に置いてあった14型テレビの上に飾ってあった写真たての中・・・


と・・・いうことはこの二人はエンちゃんのお姉さんとその従姉妹・・・?エンちゃんの名前はたしか(まどか)だったはず・・・とすればまーくんと呼ばれてもおかしくない。


しかもさっき話していたまーくんという人の名前をエンちゃんに置き換えると何もかも合点がいく。夏帆がエンちゃんから聞いていた話によると、『前に岩手県内の東北自動車道でバイク事故を起こして救急搬送されたことがある。』ということだった。


しかも先ほどの舞衣先生の話を合わせると、その舞衣先生はエンちゃんの義理のお姉さんということにもなる。


この時夏帆の頭の中でバラバラだったパズルぴたりとハマリ、今まで消えることのなかった頭の中のモヤモヤが一気に晴れた。


「世の中って狭いよね・・・」


夏帆はそう思いながら口を開いた。


「もっ・・・もしかして、さっき言ってたまーくんってひとって・・・エンちゃ・・・」


「プルル・・・プルル・・・プルル・・・」


夏帆がそこまで言いかけた時、今度は内線電話が鳴る。



@おもてなし《忖度》


そしてその電話に出た佐倉が話しているのはどうやら宿のフロントらしい。


「貸切風呂・・・大丈夫なんですね?いつも何かとありがとうございます・・・」


そう言って受話器を置いた佐倉が振り返って夏帆たち三人に告げた。


「ダメ元で申し込んでいた貸切風呂に入れることになった」と。


この旅館の貸切風呂は凝った造りが素晴らしいためか人気が高く、いつも予約で一杯になっていると聞いていた。しかも、その露天風呂が使える時間帯が乗務員に割り当てられた夕食時間の8時までと時間帯もぴったり・・・


「さすが瞳ね・・・ダメだと思うけどなんて聞いていたから諦めていたんだけど・・・」


その時すでに甚平に着替えていた佐倉の姉の芽衣子姉さんがそう言う。さらに一緒に着替えていた従姉妹の麻美子さんも同様だ。


この旅館に宿泊する一般団体客の夕食時間は夜7時からに設定されていた。すなわち一般客はそれまでの間に入浴を済ませておくことからその夕食時間帯は浴場がガラガラとなる。逆に乗務員の夕食時間は夜8時からに設定されていて、一般客とかち合わない配慮がなされていた。


ということでその貸切露天風呂に入れる時間帯もベストな時間となる。


ちなみに佐倉の勤める旅行会社は全国的にも有名な大手の旅行会社だ。だからツアーで行った旅館から忖度されることも度々あるという。しかも、本来添乗員が案内するその夕食会場への客の誘導も旅館側がやってくれるという。


それは、その添乗員が帰社後会社に提出する報告書にある。これはツアーの内容やトラブルの応対、また改善点などを記すとともにバス会社や宿泊先についても評価をつけ報告することになっている。先ほどの電話の受け答えの内容から、佐倉は仕事で度々この旅館を利用していて、その都度何かしらのサービス(忖度)を受けていることが伺える。


添乗員が気分良く宿泊出来たかそうでないかで報告内容がガラリと変わる。


添乗員の報告内容によっては今後の営業にも関わることになってしまうため、この添乗員という立場の人間は宿にとってとても丁重におもてなしをしなければならない重要な人物となる。しかも、今回バス会社の乗務員を宿泊させる部屋を確保してなかったということもあり何らかの配慮がされたのだろう。


そんなことを思いつつ「恐らくこの露天風呂の件もそうなんだろう・・・」夏帆はそう思っていた。


その後、三人の後についてその露天風呂に向かう夏帆が気づいたのが、前を歩く三人に対する視線が熱いことだった。



@ノーヒットノーランの陰で・・・


とにかく廊下ですれ違う人々の視線がその胸の谷間を見ているのが分かる。それは男女問わず・・・


ソレはその三人が揃いも揃って巨乳である事にあった。先ほど佐倉が遺伝について話していた通りその姉妹と血を分けている従姉妹がそうなのだ。


ソレに対してその後ろを歩く夏帆はまるで貧相なコバンザメ・・・


恐らくあのエンちゃんはこんな家系で育っているのだから女性が巨乳なのは当たり前のこと・・・。佐倉のいうそのマザコンではないにしろ、現在巨乳の女子高生を彼女に持つエンちゃんの牙城を崩すのはキイビシい・・・そう思いながら夏帆は自分の胸を見下ろした。


やはりどう見てもそれは貧相なもの・・・もう、ため息しか出ない・・・


そんな胸は寄せても持ち上げてもそんな胸の谷間には程遠いものでしかない。先ほど佐倉がそんな重い乳房をぶら下げているのは大変なこと・・・と力説していたが、そんな経験のない夏帆は一度でいいからそんな大変な思いをしてみたいと思っていた。


そんな時、乗っていたエレベーターが夏帆たちが乗った下の階に停まる。そして開いた扉の向こうに夏帆と同年代の若い女性7〜8名が待っているところに出会した。その集団は最初仲間内で黄色い会話をしていた様子だったが、先にエレベーターに乗っていた巨乳三人組の胸を目にした瞬間無口になり、先ほどの夏帆と同じく自分の胸を見下ろしていた。


その集団はエレベーターに乗り込むと向きを変え、入り口付近で整然と立ちドアの方に身体を向け階数の表示変わるデジタル表示を見上げていた。しかし、先ほどエレーベーターに乗り込むその集団で一番若い娘が夏帆の顔を二度見する。


夏帆は巨乳三人の影に隠れるようにして一番隅に立っていたのだが、その娘だけはその巨乳に目を奪われることなく夏帆の姿を確実に二度見していたのが非常に気になっていた。


もちろん・・・夏帆に二度見されるような心当たりはない。


そんな不思議な感覚の中、夏帆は逆にその巨乳三人組の後ろからエレベーターの階数を示すランプを見上げるその娘を観察した。その娘は恐らく夏帆と同年代なんだろう。集団の中でもちょっと若いそのうなじからそう感じた夏帆だった。


そしてその他の後ろ姿を観察すると、その集団の何人かがあのピューマらしいロゴが入ったタオルを持参していたことから、あの10台口のバスガイドであることを察する。


やはり大手の会社である。自社のロゴの入ったタオルをガイドに持たせるとは・・・


夏帆の務める会社では営業用に配ることのある会社名の入ったそのタオルがガイドの手に渡ることはなかった。しかも、夏帆の会社のタオルのロゴはインクによる染色だったが、そのピューマらしいロゴとその下に書かれた社名を表すローマ字は刺繍だった。


「あの・・・そのピューマのマークって・・・」


その時、夏帆は自分の近くに立っていたそのタオルを持った女の娘に声を掛ける。その声に反応したのは先ほど夏帆を二度見した小柄な娘だった。


「あっ・・・コレ?」


そう言って振り返ったその娘が夏帆にかざしたのはタオルではなく一緒に持っていた巾着袋だった。


巾着袋までピューマのマークが・・・


夏帆が驚いているとその娘が夏帆の方に身体を向け息を吸った。


「ちなみにさあ・・・このマークってピューマじゃなくってグレイハウンドっていうイヌなの!あなた、バスガイドやってて帝国バスのロゴマークも知らないの?これだから田舎者って・・・」


いきなりそんなことを言われた夏帆は当然固まってしまった。しかもそんなやり取りを聞いたエレベータの中はその娘と夏帆のやりとりに注視している。しかも、その娘を止めようとした同僚を振り切るようにその娘がトドメを刺す。


「あなたの会社じゃこんなモノ持たせてくれないんでしょ?所詮地方の弱小会社だもんね・・・バスだけはおっきいエアロクイーンだけど、本当に生意気!」


初対面と思われるその娘を前に夏帆は言葉が出なかった。


何故、初めてあった人になぜ自分がバスガイドであることが分かるのか?しかも地方の小さな会社であることも・・・


その時、その娘が再び大きく息を吸ったのが分かった。そして次の瞬間・・・


「小比類巻夏帆!わたしはあなたのことを一生忘れない。あの夏・・・わたしの唯一の公式戦の打席があの・・・あの・・・」


その娘はそこまで言うと泣き崩れてしまった。当然夏帆を含めそのエレーベーターの中は疑問符だらけとなる。そこでその後ろにいた同僚先輩がその娘を諌める。


「二階堂・・・その辺にしときな!お前って何かって言えばいつもそのことでウジウジと・・・」


「すいません井上先輩・・・。だって・・・だって・・・」


するとその隣の同僚が夏帆の前で頭を下げた。


「ゴメンなさい・・・。この娘、あのノーヒットノーランの試合の最後のバッターなの・・・だから逆恨みしてて、いつかひとこと言ってやりたいっていつも言っててね。それでさっき駐車場に忘れ物取りに行ったら隣に三五八さんのバスが停まってたもんで・・・もしかしてって鼻息が荒くなって・・・まさか本当に小比類巻さんだったとは・・・」


この時、夏帆の中であのノーヒットノーランを達成した時の記憶が鮮明に蘇る。


拳を握って「ヨッシャー!」と叫ぶ自分・・・そして、キャッチャーマスクを投げ捨てて走ってくる妹の里帆。そして、そのキャッチャーの傍で天を仰いで悔しがるバッターがバットでホームベースを叩きつける瞬間・・・


「あっ・・・あの娘・・・」


夏帆がそんな記憶をたどっていると、一度は泣き崩れたその娘がその同僚の言葉を聞いて反論する。


「美咲は良いわよね・・・前の打席で小比類巻の球をセンター前まで運んだんだから!あの試合で唯一あの球を外野まで運んでるんだから・・・」


そうだった。夏帆はその打たれた一球を投げる瞬間だけはノーヒットを意識してしまっていた。


事前情報によると、対戦している大阪のチームの打率は3割を超えていた。だから夏帆は初めから力で押さえ込もうとして挑んだ試合が、結局最終打者までノーヒットノーランということに・・・


でも・・・その最後のバッターに対して投球した時、投げたボールが指先から離れた瞬間背筋が寒くなっていた。それは失投と言わざるを得ない力のないストレート。つまりは、キャッチャーの里帆が一休外せとサインしたのにも関わらず、その外すために投げた力のない一球がストライクゾーンへ・・・。つまり投球のリズムが崩れ、さらには球威の落ちた夏帆に落ち着きを取り戻させるために投げさせた一球だった。


「あっ・・・打たれる・・・」


そう思った直後、強く打たれた打球が夏帆のすぐ左側をかすめて行った。


それは右中間を抜け、通常センター前ヒットとなるべき打球だった。しかし・・・ヒットを阻止すべく前身守備で守っていたセンターが、ランニングキャッチしながら補給しファーストへ送球する過程で球をこぼしてしまっていた。これが結局エラー判定となったのだが、うまく送球してもファーストでアウトとするのは微妙なタイミングだった。


もしそのプレイでファーストがセーフとなった場合、当然そこでノーヒット記録が途絶えることになったのだが、さっきまでノーヒットノーランなどというものは「たまたま結果がそうだった・・・」程度に考えていると思っていた夏帆自身が一番肝を冷やしていた。


結果ツーアウト1塁となり、次に代打として送られたのが今ほど泣き崩れた娘だ。そして、そんな泣きっ面の娘がその美咲という娘に喰ってかかる。


「美咲がせっかくチャンスつくったんだから絶対にホームに帰してやるって思って・・・わたし監督に直訴したの。球威の落ちた小比類巻のストレートなら絶対打ち返せるって。そして1点もぎ奪るって・・・」


「あっ・・・それでベンチ暖めるのが役目のアンタが出てきたんだ・・・」


「そうだよ!わたしは3年間一度も公式戦でバット振ってなかったんだよ!高校部活の最後の最後にひと花咲かせようとしたんだよ!!」


「うん、分かったよ・・・。スタメン落ち常連のアンタの気持ち・・・だからもういいでしょ?あの時ファーストランナーだったわたしは3球目が投球された後3塁まで走ってたんだよ。アンタの万が一の可能性を信じて・・・」


しかしその打席、そんな気持ちでバッターボックスに立ったその娘に対して気を持ち直した夏帆の豪速球が冴え渡り・・・この日の最高球速である119Km /hを叩き出したストレートで三球三振の結末だった。


ちなみにソフトボールのピッチャーが投げる120Km /hの球は、野球選手の投げる180Km /hの球に相当する体感スピードと言われていた。しかも、夏帆の投げる球は手元で伸びると言われるライズボール・・・


そんなソフトボールの話をしているのがこのエレベータの中の三人だけでその他はその話を見守るだけだったが、ライバルピッチャーの佐藤といい、ここにいる夏帆のノーヒットノーランに関わるこの娘たちといい・・・どういう訳か揃いも揃ってバスガイドになっていたとは驚きである。


そしてその帝国バスのガイド集団がエレベーターを降りる時、先ほど井上先輩と呼ばれた一人のガイドが夏帆を見て謝罪する。


「さっきこの娘が言った弱小バス会社って言ったのは謝るね・・・バスに乗務して案内するってことに会社の大きさは関係ないから・・・ちなみに二階堂がわざわざ大阪から東京に出てきてバスガイドになったのは小比類巻さんの影響なの。今度どこかでゆっくり話したいね・・・」


そういいながらその井上先輩と呼ばれた娘が夏帆の左手を取って掌を上に向けた。


どうしてこの人は自分がサウスポーだということを知っているんだろう・・・


夏帆はそう思いながら掌を見せる。


「うん。わたしの思った通り・・・あなたって凄い努力家なのね!このマメの潰れた跡がそれを物語ってる・・・。二階堂!アンタの掌見せてみな!」


そう言われて差し出されたその小さな掌はキレイなものだった。


もう・・・ここでも勝負があったようだ。


「今度、あの試合のビデオを見ながらこの4人でゆっくり語り合いたいね・・・それじゃ・・・」


その言葉のすぐ後にエレベーターのドアが閉まった。当然残された4人は沈黙・・・


なぜ、あの娘が自分の影響でバスガイドになったのか?なぜ、自分が三五八でバスガイドをしているのを知っているのか?最後に出てきた井上先輩という人もソフトボール関係者なのか・・・


夏帆の頭の中は混乱していた。



今回の物語はここまでとなります。


この時代の大手旅行会社は、宿泊業を営む人から神様的存在で見られていました。だから旅館側はある程度のわがままも聞いていましたし、計画中のそのツアーの宿泊先を決める下見の宿泊ももちろん無料・・・

それから30年も経った現代でもその一部の慣行は続いていると聞いています。


そんな時代を経ても業務内容がほとんど変わっていないのがバスガイドという職業です。事業者はバスの清掃に業者を入れたりしてバスガイドの負担を減らす努力はするものの、バスガイドを目指す女性たちも激減し今やどの会社のクラブバスガイドなしでは成り立たない状況です。


この物語に出てくる三五八観光バスという会社は、当時そのほとんどが18歳から25歳を占める若いバスガイドを抱える会社でした。


そんな会社に勤める19歳の小比類巻の業務はまだまだ続きます。


今日もご安全に・・・




























この春職場の異動により、超の付くブラックな職場に勤務することになってしまった南風です。

毎月100時間の残業に加え、往復3時間の通勤・・・「よくぞご無事で・・・」と自分自身にいう始末となっています。

こんなことから今回の物語は少し短くなっていますが、そもそもコレくらいがちょうどいいのかとも思ったりしています。

こんな状態の中、一日のうちで唯一自由な時間の取れる昼休みにセコセコと創作活動に勤しんでおりますので暖かく見守ってください。


みなみまどか

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