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恋する乙女のひとりごと   作者: みなみまどか
15/20

ブロンドのMarioさんって・・・

三業務五連勤・・・

これは5日間連続、つまり4泊5日で3つの業務をこなす事と指します。


八戸市にある三五八交通のバスガイド2年生の小比類巻夏帆はその業務の2業務目に突入しました。


その業務は車両がエアロクイーンからエアロキングに変更となったうえ、迎えた乗客の半分くらいが言葉の通じない国の方々と来ていました。しかも、通訳も兼ねたその担当者がモデル級のブロンド女性です。


慣れない車両での案内に加え、言葉の壁も発生したその業務の頼みの綱がそのブロンド女性となりますが、実はその女性が何とも夏帆の恋路に複雑に絡んでくることとなります。


今回のストーリーはそんなところになります。それでは・・・





この時夏帆は、目の前のブロンド女性とその後ろの背の高い青い瞳の男性集団から注目され非常に焦っていた。この時後ずさった夏帆の背中にエアロキングの開いた扉がぶつかる中、中学生程度の英語力の夏帆はその持てる限りの単語を思い浮かべていた。


えっと・・・こういう時は・・・あっ!


「ナッ・ナイスチューミーチュー・・・?」


そのお客様を前にした夏帆はこの時ありったけの語学力で挨拶したのだが、悲しいことにこの後が続かない・・・しかも、一番先頭を歩いてきたロングヘアーがキラキラ輝くブロンド女性も首を傾げている。


もちろん夏帆はパニック状態だ。しかも完全に目が泳いでいて自分がどこを見ていいのかもわからない。それはお客様が外人様であったこと。それについての事前情報はなく、「自動車関連の団体」・・・としか聞かされていなかったから、尚更その衝撃は大きかった。


実のところ、この団体様はその約3分1程度がイギリスやドイツからの外人様で、後の残りは日本人だった。そんな人たちを前に困り果てた夏帆を救うかの如く「日本語」で声をかけたのが目の前で首を傾げていたブロンド女性だった。


「あっ、あの・・・小比類巻さん?ちょっといいですか?」


「えっ?あっ・・・」


その声をかけてきた女性はよく見ると東洋系だった。しかも、夏帆とそう変わりない年廻りで、夏帆より少し身長が低いくらいのそんな彼女は上下黒のバンツスーツで白のブラウスが眩しく見えるほどのモノトーンカラーだった。そこに胸くらいあるブロンドの髪と来ている。


髪を茶髪にするのは女子高生ぐらいなこの時代に、こんな綺麗なブロンドの綺麗な髪をしている。これじゃその辺の若い女性は太刀打ちできない・・・そんなところだ。そんな女性を前に夏帆の焦りは頂点に・・・


「アッ・・・アイキャントスピークイングリッ・・・」


夏帆が身振り手振りを交えながらそこまで言いかけた時、目の前のブロンドの女性がそのカタコト英語を遮る。


「あのっ!ちょっと!ストップ!・・・わ・た・し・日・本・人!」


「えっ?」


よく見るとその女性の吸い込まれそうな綺麗な瞳は日本人と同じ色をしており、その顔は目鼻立ちははっきりしているものの「日本人」と言われればそうも見える。


「本当に日本人の方・・・ですか?」


「そうよ!どこからどう見ても日本人でしょ?肌の色だって瞳の色だって・・・」


夏帆が見たその二重目に縁取られた大きな目の中の黒い瞳は、現代でいう「カラコン」を付けたように大きく、目の前の自分の顔が見えてしまうほどだった。


「失礼ですが、もしかして・・・モデル・・・さんですか?」


夏帆がそのモデルみたいに綺麗な女性にそう問いかけると、その女性は驚いた表情で夏帆を見つめる。その表情はまるでフッション雑誌の表紙に載っていそうな女性の顔だ。


「アラ・・・あなたって、初対面の女性をいきなり口説くのね?イタリア男ならともかく、日本人女性から口説かれるとはちょっと驚きね・・・」


「いえ・・特に口説いたというわけではないんですが・・・」


「え〜ちょっとショック!そんなにはっきり否定しなくても・・・でも、こんな可愛いバスガイドさんになら口説かれてもいいかもって思ったところだったのに・・・」


「すいません・・・正直なところお見受けしたイメージがそんな感じでしたから・・・」


これは昨晩、エンちゃんの実の姉である麻美子さんがイギリスのファッションショーを見てきたという話を聞いていたから、勝手にその女性にファッションモデルのイメージを被せていたのかもしれない。

それは昨晩宿泊した花巻温泉での出来事だった。ちなにみ今日も同じ花巻温泉ながら、料金がトップクラスと噂される高級ホテルに宿泊する予定だ。そんなことはさておいて、夏帆の目の前のブロンド女性が口を開く。


「そうね・・・でも、わたしが去年イギリスのファッションショーに連れて行ってもらった時思ったの。ランウェイを歩いていたのは細身だったなって・・・それってあなたみたいな・・・その・・・」


そのブロンド女性は、そう言いつつ夏帆の胸を見たとたん言葉に詰まった。その目が止まった先にあるのはやはり夏帆のコンプレックスである貧乳・・・さらに青のワンピースである制服を纏うとそれが顕著に現れる。


「いや・・・わたしなんて肩幅が広いだけの体型で・・・」


「あらっ・・・肩幅が広いっていいことなのよ。着た服をよく見てもらうために必須なこと・・・。ランウェイを歩くモデルはみんな肩パッド入れてるくらいだもの・・・しかも、モデルってショーの時下着を着けないから、その・・・大丈夫でしょ?」


これは昨晩あの麻美子さんが言っていたのと同じことだった。その麻美子さんは夏帆があと10センチ身長が高ければモデルになれるとも言っていたのだが・・・

ちなみに目の前の女性が言った「その・・・」とは、「胸が小ぶり」という意味かと思われる。でも、混乱した夏帆にそんなことを考えている暇はなかった。というのもこれからお客様をバスに乗せなければならないからである。しかし、何をするにも言葉が通じないことになどうにもならないのはわかりきったことだった。


「あの・・・日本人の方もおられますが、半分くらいは外国の方ですか?」


「そうだね。でも、長年外国暮らししてきたような人もいるし、見かけ日本人でも日本語が怪しい人もいるから微妙ね・・・」


言葉が通じるのは半分弱くらいか・・・夏帆はそう思いつつ目の前の彼女に問いかける。


「それじゃどうやって伝えれば・・・」


「わたしを通してもらえればなんとかなると思う・・・」


その時夏帆は、ホッとしながらその黒スーツの左胸に付いているプラスチック製の名札でその彼女の名前を確認する。


「MaRio(mechanic)」


夏帆にはその名札には2段書きでそう記されているように見えた。


「マ・・リオさん?」


この時夏帆はその名札の名前をそう呼んでしまっていた。正確には頭文字の後ろは「a」でなく「・」だったりする。そのうえ、その下段に小さく書かれているメカニックというスペルが、夏帆からすると通訳という意味を指すように見えていた。それは夏帆の希望的観測・・・


でも、この時その女性の名札を何の疑いもなくそう読んだ夏帆だったが、それは大きな勘違いだった。そんなことに気づかず夏帆はその「マリオ」さんに尋ねる。


「もしかして通訳の方ですか?」


「うん・・・本当は違うんだけど、そんなこともしてるから心配しないで。それと、ここで何か伝えることある?」


「あっ、そうでした」


夏帆はそう言うと一度咳払いをして大きく息を吸った。


「今回使用します車両は2階建となっています。大きな荷物は1階席で運転士がお預かりしますが、小さな荷物はお二階にお持ちください・・・あと、このバスのお2階席は天井が少々低くなってございますのでお気をつけください・・・」」


そう伝えるとその彼女が振り返り、背後にいた青い目の集団に英語で伝えた。その時である。


「Mario〜・・・」


明らかに日本人の発音ではないそんな誰かを声がバスの前方から聞こえた。そして、たった今まで夏帆の目の前にいたブロンド女性夏帆たちを取り囲むようにしていたその集団に歩み出すと、やがてその姿が囲まれるようにして集団の中に消えた。そんな集団に呼ばれた彼女はやはり「マリオ」という名前らしい・・・


そんな中、なぜか乗客のほぼ全員バスに乗り込まずにエアロキングを取り囲むようにして各々談義を始めている。

この集団は大きい外国人の方が多く、比較的身長の低い日系人との対比がはっきりしていた。見るとマリオさんはそんな集団に取り囲まれ何やらやりとりしている。そしてその背の高い外国人の方々はとにかく会話をする時のゼスチャーが大きいかった。


マリオって変な名前・・・それってファミコンのマリオブラザーズの赤い方だよね・・・

夏帆はそう思いながらそのマリオさんの顔を思い出す。

どう見てもイギリスというか北欧に近い顔立ちなのに・・・もしかしてハーフ?

夏帆はそんなことを感じながら、そのバスを取り囲む集団を見て気が重くなっていた。と言うのも、この集団は統率が取れておらず、それぞれが勝手に行動している様子が見てとれたからだ。


え〜・・・どうしよう・・・これって幼稚園児よりタチが悪いヤツ・・・夏帆がそう思ったその時だ。


「ちょっと!ガイドさん・・」


夏帆がそう思った時、今度は夏帆を呼ぶ声か聞こえた。その声の主は先ほど日本人と名乗った「マリオ」さんの声だった。


「どうかされました?」


そして、夏帆がその場所へ駆け寄ると質問責めに・・・


「なに?わたしたちがイギリス人の団体だからわざわざ2階建バスを準備したってわけ?」


ん?わざわざって?・・・あっ!いギリスと言えばあの赤い二階建てバス・・・でも、いくらエアロキングとはいえあそこまでノッポじゃないな・・・その時夏帆はそう思いつつその質問に答える。


「いいえ、本来の配車はスーパーハイデッカー車だったんですが、当社事情で車両が入れ替わりましてダブルデッカー車になっております。実はわたしも初めての車両なんですが・・・」


「ふ〜ん・・・それでコレ・・・なんていうバスなの?」


「エアロキングと申します。三菱ふそうのバスで一番大きい・・・いや、日本中でも一番大きなバスですので名実ともにキングとなります・・・」


するとそのマリオさんが振り返って後ろでその答えを待ちどうしそうにしていた青い瞳の男性に流暢な英語で説明している。すると、再びその男性が何かを聞き返しているようだ


「それで、エンジンは?」


「エンジンは総排気量21000ccのV型8気筒のディーゼルエンジンとなっています」


「馬力は?」


「430馬力と伺っております・・・」


「ターボは?」


「ターボなしの(自然吸気)エンジンとなってございます」


「21000ccのエンジンってかなり大きいわね・・・それにしてもあなた・・・なんか詳しい・・・」


クルマという乗り物に全く興味のなかった夏帆は、エンちゃんというクルマ好きの大学生に出会ってからは自然とクルマに詳しくなっていった。それは自分ば毎日乗務している観光バスというもの対象に含まれる。


そしてそのマリオさんが再び振り返り説明すると、その説明を受けていた青い瞳の男性がそばにいた人と何やらやり取りを始めた。その中で唯一聞き取れたのが「ナチュラルアスピレーション・・・」という単語・・・これは通常NAと表現される自然吸気という意味を指す。これは、あのエンちゃんに教えてもらったことだ。


そして・・・そのマリオさんとその集団が何かを話し始めたと思うと、振り返ってまたまた夏帆に質問をぶつける。


「このバスのスリーサイズは?」


ん?バスのスリーサイズって・・・?恐らく、長さ・幅・高さだよね・・・相手はクルマ関係の方だから正確に・・・


「え〜っと・・・全長が1⒈99メートル、全幅が2.49メートル・・・高さが⒊79メートルと伺っております。これは日本の公道を申請なしで運行できる最大サイズです」


「ヘ〜そうなんだ。それじゃあさ・・・ついでにあなたのスリーサイズは?」


「え〜っと・・・バストがナナ・・・ん?すっ、スリーサイズってあの・・・ここと・・ここと・・・ここ・・・ですか?」


夏帆はこの時、バスト・ウエスト・ヒップを自分の左手で指差した。すると目の前のマリオさんはサラリと夏帆に返す。


「そう・・・できれはブラのカップ数もね」


「カッ・・・カップって、コレ・・・のことですか?」


夏帆は自分の胸を持ち上げる仕草をしながらそう答えた。


「そう・・・できるだけ正確に・・・連中からリクエスト受けちゃってさ・・・A・B・Cの三択問題ね・・・」


目の前でサラッとそういうマリオさんはスタイル抜群で、着ている黒のパンツスーツ越しに見るその反則的な胸の膨らみは日本人離れしているというか・・・それで、今回の業務で出会う女性達はなぜかみんなこんな感じだった。この時夏帆は、いつも酔っ払い絡まれた時用に準備している答えで返す。


「身長は165センチで靴のサイズは25センチでございます。ちなみに帽子のサイズはMサイズでございますが・・・」


「まっ・・・まともに返してくれるとは思わなかったけど、あなた・・・初めて見た時思ったんだけど・・・身長大きいのね?」


「はい。見た目どおり、根っからの運動会系です」


「わたしも似たようなもんだけど・・・何やってやの?」


「中・高でソフトボールをやってました」


「ソフトボールか・・・わたしはバスケやってたんだけど、中学で辞めちゃったんだよね・・・高校がそう言う環境じゃなかったから・・・」


そんな話の後・・・なんとか乗客をバスの中扉から車内へ案内している終盤、これで最後の客と思った人が夏帆の顔を見ると頷き、さらには階段を登りながら囁いたのが夏帆の耳に届いた。


「うん。彼女が小比類巻君か・・・やっぱりどことなく理央君に似てるモンだな・・・」


夏帆の顔を見ながら頷いた時無意識に見た名札には「M・Kouichi(Chief)」と記されていた。チーフということは何かの主任ということなのだろうか。しかも、夏帆はその理央という人がどその理央さんという方もどんな人かも分からなかった。しかし・・・その人はすぐ近くにいたのだのだった。


その時、そのことを不思議がっている余裕はなかった。今まで夏帆とともに客を向かい入れ、荷物の固定などを終え運転席に戻った運転士の渡部はシートに座り、右手元のスイッチを操作し扉を閉じた。そしてドアはブザーとともに閉じ、ギリギリ・・・という音を立てロックされる。


続いてドアスイッチの前方にニーリングのスイッチ解除のスイッチを操作しつつ左手でサイドブレーキを解除すると同時にギアを2速に入れた。そして各ミラーと2階席のモニターで乗客の着座を指差し確認しクラッチを繋ぐ。するとエアロキングの後方からV型エンジンの独特なエンジン音聞こえるとともにゆっくり動き出した。


いつものことながら運転士のやる発進前の手順は多い。これは大型2種免許取得時に教えられることではあるが、車内事故(車内での転倒)をはじめ、乗客乗員の命を預かる身としては当然だ。しかも、旅客事業が自由化されるまでの運転士の給料は、命を預かって運転するに値するだけの額面だったのだが・・・

どこでどう間違ったのか、この時代から35年も経過した現代ではハスの運転士が安月給の代名詞みたいになっていた・・・


そんなことはさておき、乗客を二階席に乗客を座らせた夏帆は一番後ろの席から前方に歩きながら目で乗客の数を確認していた。するとその数が22名となっている。先ほど出迎えた時に全員をバスに乗せたはずなのに・・・そして一番前に辿り着き乗客の真央を見ると先ほど会話をしたマリオさんの顔が見えなかった。乗車は確認したことからトイレにでも行っているのだろうか?


その時、一番前に座っていたチーフと名札に書かれた30代の男性に声をかけられる。


「人数なら23人いればいい・・・あとの二人は宿で合流することになったから・・・」


なるほど。23人にマリオさんと後乗車の2名を加えれば人数の取りこぼしはない。これで出発の挨拶に漕ぎ付けることの出来た夏帆は、二階席最前列の真ん中でマイクの差し込み口を探していた。やはり二階建てバスである。いろんなものがちょっとずつ違っている。

そんな中やっとマイクを繋ぐことができた夏帆は、2階席最前列の中央に立ち改めて挨拶を始める。


「本日は三五八交通バスをご用命頂き誠にありがとうございます・・・」


この時夏帆はそんな挨拶をしながら不思議に思っていた。それはなぜこの団体が「三五八交通」を用命したのか?前の業務は、東京の旅行会社の企画で宮城と岩手の観光をする目的で宮城県内のバス会社に打診したものの、空きがなかったことから遥々八戸市にある三五八交通を利用したという経緯があった。

でも、そもそもこの団体は旅行会社を通さない個人扱いの団体だ。それがなぜ出発地である盛岡のバス会社を選ばなかったのか・・・しかも、隣県の100キロ以上離れた八戸市のバス会社に・・・


この後その謎が解けることになる。この団体はバス会社を選んだのではなく、バスガイドの夏帆を指名したのだった。そんなこと想像だにできない夏帆の挨拶は続く。

そんな時だ。先ほど顔の見えなかったマリオさんが階段を登ってきて一番後ろの真ん中に腰をかけ、足を組んだのが見えた。この時夏帆は、そのマリオさんと1階席で何をしてきたの分かっていない。

そんなマリオさんを正面に見ながら夏帆の挨拶は続く。


「本日と明日の二日間皆様の旅の案内をさせていただきますわたくしこと小比類巻と、1階の運転席で運転しております渡部・・・この二人が担当となります。わたくしはガイド歴2年に満たない新人ですが、運転士の渡部はこの道10年のベテラン運転士です。安全運転に努めてまいりますが、危険回避のためやむをえず急ブレーキを踏むこともございますので走行中のお席の移動はなさらないようお願いします・・・」


「安全上わたくしはこの挨拶後ガイド席に移りまして1階からマイクを通しましてご案内さしあげますが、緊急時などは2階席の一番前と1階へ降りる階段の降り口にあります内線電話でご一報いただければ幸いです。また、このバス階段を降りた所にトイレがありますが、走行中のご移動は危険ですので緊急時以外のご使用は御控えいただければ・・・」


夏帆の案内はこんな主旨だったが、二階建てバスに乗務するのが初めてな夏帆はこれが正しい案内なのが懐疑的だった。本来であれば乗務前にそんなところは予習して当然なのだが、今回の業務計画にはエアロキングの車名すら出てきてなかったのだ。しかも、2階席に座っている23名のうち何人が夏帆の案内を理解することができたのかはわからないままだ。


こんな異例続きの乗務にぶち当たってしまった夏帆だったが、なんとか挨拶を済まし胸を撫で下ろし1階のガイド席に戻ろうとした時だった。


「ちょっと・・」


それは夏帆が階段を降りるため手すりに手をかけた時だ。その声の主は、座席最後列の5人席の真ん中に座り手招きをするマリオさんだった。


「何かございましたか?」


「ちょっとマイク貸して!」


そう言われた夏帆はマイクのジャックを差し込み口に刺し、マイクを軽く「トントン」と叩き音が聞こえるのを確認してからマリオさんに手渡した。するとそのマリオさんが一つ席をずれ、今まで自分が座っていた中央席を右手で叩いた。これはここに座れという事だろう・・・


夏帆が座ったその左側では、アイドル級の綺麗な女性が流暢な英語で何かを話している。もしかすると帰国子女?それとも留学の経験でもあるのだろうと思いながら夏帆はその言葉に聞き惚れていた。


「・・・小比類巻さん?」


いつの間にかその流暢な英語が終わっていたのを気が付かず夏帆はその横顔を眺めていた。


「えっ?あっ・・・すいません。つい、聞き惚れてしまいました。しかし、英語上手いですね?」


「勉強したわけじゃないけど・・・人間って、必要に駆られると順応できるようにできてるみたいでね・・・」


「そんなもんですか?」


「そうよ!英語喋れなかったら死んじゃうっていう状況になったら、嫌でも喋らなきゃならないでしょ?」


「そりゃそうですけど・・・でも、説明・・・英語だけでいいんですか?日本語は・・・?」


「大丈夫!日本語が分からなくとも、この全員は英語なら理解できるから大丈夫!」


「そう・・・なんですね・・・」


うわ・・・なんかすごい世界を見てる感じがする・・・ここにいる日本人全員が英語を話せるとは・・・恐ろしすぎる・・・


夏帆はそんな風に怒っている時だった。隣のマリオさんが肩を叩いてきた。


「あっ!ごめんなさいね・・・挨拶がまだだったよね・・・」


そう言いながらそのマリオさんが黒いジャケットの内ポケットから名刺入れを取り出し、その中から一枚取り出して夏帆の前に差し出した。


「真島と言います。よろしくね!」


「お名刺頂戴いたします。改めまして・・・小比類巻です。わたくしは名刺を持ち合わせておりませんので申し訳ありません。二日間よろしくお願いします」


そう挨拶しながら、その手にした名刺を見た夏帆は驚く。


「有限会社小林ボデー」


その文字は夏帆が受け取ったその白い名刺の右肩に住所とともにそう書いてあった。その時、その「小林ボデー」という名称にひっかかるものを感じながらも、この団体名が「東富士・・・」と言う名前だったことから、その名前の違いに違和感を感じていた。


「あの・・・この団体様の会社名が東富士様と伺っておりましたが・・・」


「そうね・・・不思議だよね・・・この中にいる全員は東北と北海道・・・そしてイギリスでディーラーでメカニックをしている連中なの。でも、どう言う訳かわたしだけが部外者で・・・」


「真島様だけがディーラーじゃないんですね?」


「正確に言えば、あの一番前に座っている森山チーフもなんだけど・・・」


「と、言うことはチーフの森山様だけが東富士の方なんですか?」


「その後ろに座っているプロジェクトの執行部3人も東富士なんだけど・・・あと、宿で合流する2名も・・・」


「それじゃ、東富士っていう会社に集まった・・・いろんなところの方の寄せ集めってことなんですね?」


この時夏帆の中で「統率の取れない集団・・・」と言うところが腑に落ちた感じがした。そこで気になったのが、「ディーラー」でもない「東富士」でもない「小林ボデー」の人間であるこのマリオさんがなぜここにいるか・・・である。しかも、女性としてただ一人・・・


「そう・・・寄せ集めの集団。でも、各ディーラーから推薦された若手バリバリの集団なの。でも、これから一致団結して戦ってセリカを世界一にするためのチームにするってところかな・・・」


この時、その車名を聞いた夏帆の頭の中に浮かんだのが「映画わたしをスキーに連れてって」の劇中で活躍する白いセリカGT-Fourだった。そしてそのセリカと色かたちがそっくりな麻美子さんのGT-Fourの姿も・・・


「セリカと申しますと・・・あの「わたしをスキーに連れてって」・・・のGT-Fourでしょうか?」


「あなた・・・クルマに詳しいわね・・・そのGT-Fourよ!しかも、今世界で戦ってるヤツ!」


「スポーツ新聞で見たことがあります。セリカが世界を獲れるかも・・・って」


「そうなんだよね・・・世界を獲れそうで獲れない・・・勝てそうで勝てない・・・今の新型セリカ(ST-185型)ってそんな立場なの・・・一流のドライバーを揃えてるのに・・・」


夏帆はつい最近そんな話を聞いたばかりだった。セリカがフルモデルチェンジしたら、車体がデザイン重視になって大きく重くなってしまったと・・・それで勝てなくなってしまったセリカを勝てるようにするため、それまで常勝だった旧型(ST-165型)のエンジン制御を担当していた森山のおじさんが元の職場に引き戻されたとも聞いていた。そして、そのおじさんがイギリスに行くとも・・・


そんな森山のおじさんは小林ボデーの一角に設けられた「RIO-FACTRY」という専用ピットで理央さんというアイドル級の整備士さんを指導して組み立てた4AGというエンジンがエンちゃんのレビンに搭載されているとも聞いていた。


ん?考えてみれば、エンちゃんを含めたいろんなことがさっきの名刺にあった「小林ボデー」で繋がっている?この「真島マリオ」さんが差し出した名刺にあった「小林ボデー」とどういう関係があるのだろうか?


しかも、その小林ボデーというのは数時間前に別れた麻美子さんの嫁ぎ先で、高校の担任だった舞衣先生の実家と同じ名前だった。偶然が続くとはこの事だろうか。


しかも、その名刺に記されたそのマリオさんの肩書きを見て再度驚く。


「自動車検査員」


夏帆はこの時、その名刺の肩書きとそのモデル級の様相があまりに違っていることに驚いた。そして無意識にその名刺を持った理央という女性を交互に何度も見た。


実はこの「自動車検査員」というのは国家資格であり、自動車整備工場が車検を行う際に必ず配置しなければならないみなし公務員である。


この時夏帆は「小林ボデー」と「自動車検査員」というところに注視するあまり、その女性がどのような女性なのか気づいていない。実はこの女性・・・あのエンちゃんの亡くなってしまった元カノの姉だったりする。そんな重要な事がスッポリと抜け落ちている夏帆が尋ねる。


「えっ?・・・小林ボデーって、その・・・」


「ん?小林ボデーのこと知ってる口ぶりね?」


「はい。あの・・・小林麻美子さんって知ってますか?」


この時夏帆はもしかして・・・という疑問を晴らすためにそう聞いてみた。


「専務のことね?・・・なんで知ってるの?」


昨日始まったこの業務の始めの乗務で一緒になった添乗員がエンちゃんの従姉妹で、宿泊先で出会った女性二人が、エンちゃんの二人目の従姉妹と実のお姉さんで、さらに今日になって判明したのが高校の時の担任が小林ボデーの娘であり、エンちゃんの実のお姉さんの義姉だったこと・・・


小林ボデーを中心にこんなにいろんな人が繋がっていたとは・・・しかも、その高校の時の担任だった小林舞衣先生の弟と結婚し小林ボデーに嫁入りしたエンちゃんの実のお姉さんが専務になっていたとは・・・


この時夏帆はそんな紐付いた人間関係を解明することとした。


「えっ?麻美子さんって専務だったんですか?」


「専務って言っても、経理一般と納車なんかも担当してるけど・・・」


「車検の終わったクルマをキャリアカーで納車してるんですよね?」


「それって専務から聞いたってことね?」


「はい。昨晩、花巻温泉でご一緒させてもらいまして・・・」


「従姉妹と一緒に元の職場同僚の結婚式に行くって話だったけど・・・確か元の職場って花巻の病院だったような・・・」


「それも聞いてます。それに小林ボデーって舞衣先生の実家ですよね?」


「なんで舞衣さんのことまで・・・」


「高校の時の担任だったんです・・・」


会話がそこまで進んだ時、肩に掛けてたカバンの中に入れていた業務無線から声が聞こえた。


「ザザッ・・・お借りします・・・こちら三五八7005渡部・・・夏帆ちゃん獲れますか?・・・どうぞ・・ザザッ」


「すいません・・・ちょっと呼び出しが・・・」


「それじゃこの話の続きは後で・・・」


そう言われた夏帆は軽く会釈をしてその名刺を胸の名刺ホルダに挟み、立ち上がりつつ脇の下の鞄をお腹の前に回してファスナーについているキーホルダーに手を掛けた。


「えっ?なんであなたがRIO-FACTRY(うち)のキーホルダーを持ってる訳?」


「えっ?・・・」


うっ・・・ウチの?ということはこのマリオさんの名刺にある「小林ボデー」はやはり・・・


夏帆はそう思いつつ、鞄の中から無線機を取り出し耳に当てた。そんな無線機の向こうからから聞こえてきたのは、ハンドルを握る渡部運転手の焦った声だった。


「ザザッ・・・こちら小比類巻・・・メリット5です・・・どうかしましたか?どうぞ・・・ザザッ」


「ザザッ・・・夏帆ちゃん!早く戻ってきて!人通りが多いから巻き込み確認お願いしたいんだけど・・・ザザッ」


「ザザッ・・・はい。今行きます・・・ザザッ」


そう返事をして運転席前まで来た夏帆がフロントガラス越しに目にしたものは駅裏の結構狭めの路地だった。出発してから社外の様子を見なかった夏帆は改めて今走っている道路をよく見た。そこは外側線はあるものの中央線がない全幅5メートルほどの狭い道路だった。そんな道路を人の歩くスピードで進むエアロキング・・・


「左折するから・・・」


そう言われた夏帆が左側を確認すると歩行者やら自転車の列が切れず左折できない状況となっていた。そもそもこんなところ通る予定がなかったことから不思議に思った夏帆はハンドルを握る渡部に問いかける。


「渡部さん・・・どこに向かってるんですか?」


「この先の駐車場なんだけど・・・さっきあのいい匂いの・・・じゃなかった・・・担当者の髪の長い・・・」


そうか・・・なかなか2階に上がってこないと思ったら渡部さんと打ち合わせしてたのか・・・


夏帆はそう思いつつ渡部に問う・・・


「真島様ですね。それでなんと指示されたんですか?」


「この先の市営駐車場まで行ってくれって言われてさ・・・そこで誰かと待ち合わせしてるみたいでさ・・・」


「この先の市営駐車場って、盛岡駅迎えの時よく時間調整(待機)でバスを停めるところですよね?」


「うん・・・でも、この時間帯って人通りが多いからあんまり通りたくないんだよね・・・」


「そうですよね・・・しかも、こっち側って裏側じゃないですか?表側からだったら道も広くって・・・」


「表側からだと大きく回ってこなくちゃならないからこっちから行こうとしたんだけど・・・失敗だな・・これは・・・」


これは長尺の大型車の宿命である。道を間違えてもすぐに方向転回ができない・・・


「でも、こちら側からもいけましたよね?」


「うん・・・ちょっと狭いけどな・・・」


「しかも、今って夕方ですもんね・・・あっ!左側歩行者が途切れました」


「了解。一度右に振ってから(右側に大きく膨らんで)巻く(曲がる)から左後ろよく見てて・・・」


「了解!大丈夫です・・・ちょっとストップ!自転車が来ます!」


その時急ブレーキをかけたその大きな車体が大きく横揺れした。そして二階席から聞こえる大きな響めき・・・


「夏帆ちゃん。後ろから来る歩行者止めてくれないか?あと、1回切り返しするから後ろの確認と、尻振り安全確認も・・・」


「了解です!」


夏帆はハンドルを握る渡部の悲痛なそんな声に応えるため、ブザーと共に開いた前側ドアから飛びおり、左後方目指して駆け出した。


「すいませ〜ん・・・バスが曲がりますので少しお待ちくださ〜い・・・」


夏帆のそんなお願いに立ち止まった歩行者たちだったが、その傍で停車を余儀なくされているクルマたちもいた。


夏帆はそんなクルマに向かって深くお辞儀をする。その時だ。


「パンッ・・」


そんなラッパみたいなクラクションの音で返してくれたのは見覚えのある白いセリカだった。


「えっ?なんで?」


今回のストーリーはここまでとなります。


どうして白いセリカがそこにいたのか?この先向かう駐車場で誰と待ち合わせしていたのか・・・

また、マリオさんや森山主任と言われたおじさんの正体とは・・・

それが次の話で明らかになります。


次号をお楽しみにお待ちください・・・


みなみまどか




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