恋のアドバンテージ・・・
東北自動車道の滝沢インターチェンジは、岩手県北部の盛岡の先にある小さなインターチェンジだ。そしてそんなインターチェンジの出口料金所脇にある県警高速隊分駐事務所の駐車場には、白のセリカGT-Fourと赤いスターレット、そして赤クロツートンカラーのAE86型レビンが雑然と停められていた。加えてその駐車場入り口に三菱ふそうのエアロキングが縁石にピタリと横付けし停車中だ。
そしてそのクルマ3台とエロキングの前では、バスガイドの夏帆と大学3年生のエンちゃん、そしてそのエンちゃんの実の姉である小林麻美子さんと高校3年間夏帆の担任でそのエンちゃんの義姉でもある小林舞衣先生がいわば井戸端会議をしている状況だった。
そんな中、舞衣先生との会話の中での誘導尋問的質問からそのエンちゃんの夏帆に対する気持ちを聞いてしまった夏帆はパニックに陥っていた・・・
今回の話はこんなところから始まります。
それでは・・・
『うわ・・・地球が回ってる・・・』
その時夏帆はそう感じていた。それもそのはず・・・思いもよらないところで恋するオトコの本音が聞けたのだから・・・それで今、夏帆の意識は異世界にでも引き込まれそうな感覚に陥っていた。
そんな異世界の入り口に首を突っ込んだ時だ。どこからともなく夏帆を現実世界に引き戻すかのような、まるで今の状況など全く配慮しない最も聞きたくない無神経な声が聞こえたような・・・
「夏帆ちゃん、ちょっといいかい?」
それは運転手の渡部の声だった。しかし、その時もちろんそんな声など右から左へ・・・
その時夏帆はどこか異世界にでも迷い込んでしまった感覚だった。一方、その異世界の中から聞き覚えのある心地よい声が聞こえてきた。
「・・・帆ちゃん!夏帆ちゃん!」
その時そう言って肩を揺すったのは目の前のエンちゃんだった。
「えっ?なに・・・顔が近い・・・これって夢?」
そう思いながら夏帆の意識がさらに遠退いた。そして、膝が崩れて前側に倒れ込むようにエンちゃんに抱きついてしまった。そしてどこからともなく心地よい匂いが・・・
『あっ・・・これってあの時の匂い・・・』
その時夏帆は、大好きなエンちゃんに抱きつきながらまるで異世界を漂うクラゲにでもなってしまった感覚となっていた。
そう・・その夏帆の脳裏に強く焼きついている匂いとは、いつぞや夏帆が豊浜下宿の102号室でエンちゃんと一晩共にしたあの布団の香りだ。その夜、エンちゃんに抱きついて寝た以上のことは何もなかったのだが・・・その香りが夏帆の中枢神経を攻撃している。
「もう・・・ダメ・・・」
そうため息を吐きながら半ば気を失い掛けた夏帆はエンちゃんの胸に体重を預けていく・・・
するとバランスを崩したエンちゃんが尻餅をついてしまった。こんなところで夏帆はエンちゃんを押し倒してしまったのだ。
それを見ていた舞衣先生が呆れ顔で口を開く。
「おい!小比類巻!いくらなんでも早すぎるって!場所をわきまえろ!」
それと同時に、ソレを全く違う角度で見ていた渡部運転手が呆れ顔で口を開いた
「えっ?古賀ちゃんに続いて夏帆ちゃんまでかよ・・・マジで勘弁してよ・・・観光案内がないとしてもオレ、ワンマン運行はやらないからね!夏帆ちゃん!頼むから戻ってきて!」
ちなみにその「古賀ちゃん」とは、高速道路本線上の非常電話前で倒れてしまって、先ほど救急搬送されていった夏帆の後輩バスガイドのことだ。
そんな中エンちゃんに両手で抱き付いた夏帆は、まるで赤ん坊が母親に抱かれているかような安心感を感じていたのだが・・・そんな聞き覚えのある必死なダミ声に夏帆の意識が現実世界に引き戻された。
「えっ?渡部・・・さん?なんでここに?」
「なんで・・・じゃないよ!」
「えっ?」
この時自分がエンちゃんを押し倒してしがみついている事に初めて気づく。
「どっ・・・どうしちゃったのわたし・・・」
そう言いながら素早く立ち上がり息を大きく吸った。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・」
そう言いながら腰を折り頭を下げる夏帆を前に、その押し倒された本人が見せる夏帆を見上げるその表情は和かだ。
「ごめん・・・こっちこそごめん・・・夏帆ちゃんのいい匂い堪能させてもらっちゃって・・・」
これはやはりあの夜、エンちゃんが言った言葉だった。
「ごめんなさい・・・汗臭かったでしょ?だって・・・高速道路の路肩を全力で走ったばかりだったから・・・」
そんな夏帆はお客様に不快な思いをさせたくないとのことで香水の類は全く使っていない。それほど夏帆の体臭は無臭に近かった。でも、どんな人にもその人特有の体臭というものを備えている。
『エンちゃんの体臭って凄く安心する香り・・・そしてそのエンちゃんもわたしの体臭がいい匂いだと・・・それはもう遺伝子レベルで惹かれあっているという事?』
これはこの後、夏帆が冷静になってから思った事だった。でも、そんな遺伝子レベルなんてことは分からないが、その人の体臭が心地よかったりどうしても受け入れなれない・・・ということもしょっちゅうだ。これぞ哺乳類の神秘ということだろうか?
でも、いつも仕事でご高齢者のすえた香りを嗅いでいる夏帆の嗅覚がその若い男性の香りに敏感に反応してしまったのかもれないが・・・
この後夏帆は気を取り直し立ち上がってエンちゃんの手を取ってその身体を引き上げた。それは高校部活のソフトボールの練習で、スライディングした仲間を引き起こすことと同じで手慣れたものだ。でも、その手を掴んだ瞬間我に帰っていた。
「えっ?もしかして初めて手を繋いだ?」
夏帆は以前、冬の洗車場で冷たいその手を包んで温めたことはあったが、手を繋いだのはこの時が初めてだった。そして、一旦赤らみが引いたその顔が再び真っ赤になる。
そんな様子を見ていた渡部運転手が半ば諦め顔で口を開いた。
「今日の夏帆ちゃんって撮影用の化粧で変身したり、いつもの夏帆ちゃんに戻ったかと思えば今度は真っ赤になったり・・・一体どうなってるんだ?」
そうである。今日の夏帆は何かとやらかしている。というよりいろんな表情をしていた。
そんな夏帆を見て目の前で同じく顔を赤る愛しの人が目を逸らしながら口を開いた。
「きちんと告白するのはの命日の後にするから・・・」
その命日は何かの「解禁日」だと舞衣先生が言っていたような気がする。どうやら夏帆のハタチの誕生日と同日であるそのあおいさんの命日が夏帆にとって重要な日になりそうな気がする。ここはなんとしても有給休暇を奪取しなけでば・・・
その時夏帆はその何かを確信して頷く・・・
「うん。待ってる・・・」
そんなロマンチックな雰囲気をぶち壊すように夏帆の隣で何か焦っている渡部が再び口を開いた。
「いい感じのところ申し訳ないんだけど・・・」
「申し訳ないと思ってるなら黙っててください!」
「夏帆ちゃん・・・なんかオレにだけ厳しくないか?」
「どうしたんですか?」
「業務連絡なんだけど・・・」
「えっ?ソレ、早く言ってください!」
その時夏帆は業務連絡というその言葉を聞いて業務モードのスイッチが入った。
「何かあったんですか?」
「さっき公衆電話から、次に乗務するお客様が会議を開いている会場に乗務時間の確認の電話してみたんだ」
「何かあったんですか?」
「なんでも会議が長引いていて終わる時間が読めないらしいんだ。それで近くで待機してこまめに電話が欲しいって・・・」
「でも、エンコしたスケルトンがまだですよ?」
この時、レッカーされて二戸営業所へ向かうスケルトンを整備課長に託し、そもそもエンコしたスケルトンを運転していた松田運転手をここで拾って盛岡駅まで送り届ける予定をしていた。ちなみにバスガイドが乗員交代のため電車で現場に向かうことは多々あることなのだが、運転手が電車で帰社するというのはバスが自走不可となった場合のみである。
この時レッカーされたスケルトンがなかなか現れないことに気を揉んでいたのは、この中で渡部運転手のみとなる。そんな渡部運転手がボヤく・・・
「早めに盛岡駅近くまで行きたいところだけど・・・スケルトンが来ないことには松ちゃんを拾えないし・・・」
そんな時夏帆が肩に掛けている正鞄に入っている業務無線が電波を拾った。
「ザザッ・・・こちら3号車の松田・・・キングのナベちゃん取れますか?ザザッ・・・」
ちなみにこの松田運転手は秋田の大舘出身でバリバリの秋田弁である。
それを聞いた夏帆が脇の下にあった肩掛けの黒い鞄をお腹の前に回してチャックを開けようとしたその時である。夏帆がつまんで開けようとしたチャックのつまみが外れてどこかへ飛んでいってしまった。もう、こうなるとつまむもののないチャックは開けようがない。
「渡部さんすいません!カバンが開かないんでバスの無線で受けてください!」
「うん。分かった!」
その時渡部はエアロキングに飛び乗り通話を始めたようだった。そんな会話は秋田弁と南部弁で行われ、夏帆しかその内容がわからないものだ。そんな通話が腹の前の鞄の中から聞こえる。
しかし困った。カバンが開かなければこれからの業務に支障をきたすどころか財布すら出すことができない。しかも、こじ開けようにも指を入れる隙間すらなくビッチリとしまっていた。そんな鞄の中から今ほどエアロキングに戻った渡部運転手とと故障したスケルトンの運転手である松田運転手の通話が続いている。しかし・・・そんな業務無線のハンディー機が入っているその鞄が開かないのだ。
そうすると開ける方法としてペンチなどの工具を使うしかない。
「あの・・・何か工具でもありましたら・・・」
その時だった。なんとかチャックを開けようとしてそう呟いた夏帆の周りに誰もいなかった。
と、いうのも今までそばにいた舞衣先生と真美子さんがそれぞれのクルマに戻って言って車載工具の入った箱を開け覗き込みつつ手を突っ込んでいる。
それと同じくにエンちゃんの姿もなく、見ると赤クロのレビンのドアを開けてシートの上で何かをしてからプライヤー片手で夏帆の方へ向かって駆けてきた。どうやらそのプライヤーででチャックのつまみを挟んで開ける作戦らしい・・・その時だった。白いセリカから半身を乗り出した真美子さんがエンちゃんに何かを投げた。
「これ使って・・・」
その声を聞いたエンちゃんはその放物線を描いて飛んできた何かをキャッチした。そしてそれを見て実の姉に問いかける。
「これ・・・出来たんだ!今までの貧相なものじゃなくってちゃんとしたヤツが・・・」
そんな声にそれを投げた真美子さんが応える。
「ソレ・・・夏帆ちゃんにあげていいから。それとアンタと舞衣義姉さんのはちゃんと数分取ってあるから後で渡すね!」
その声に応えたのは舞衣先生だった。
「サンキュー・・・待ってたんだよね。前の小林ボデーのキーホルダーが本当にショボクってね・・・」
そう言いながら駆け寄る舞衣先生の手には剪定鋏のような番線カッターが握られていた。どうやらその工具でチャックを破壊するつもりであったようだ。
そんな舞衣先生をよそにエンちゃん夏帆に近づき差し出したそれは何かのキーホルダーだった。それを一度受け取った夏帆がそれをよく見ると楕円形の革製のその表側に「小林ボデー」そして裏側に「RioFactry」と印字されている。
「・・・いいの?」
夏帆がそう尋ねるまもなく目の前で夏帆の手からそれを取り鞄のチャックのつまみの部分に器用にそれをつけているエンちゃんの姿があった。
「これは小林ボデーからのプレゼントってところかな?チャックが治ったら夏帆ちゃんのレックスのキーホルダーとして使ってよ。僕のレビンとお揃いになるし・・・」
「そうする・・・ありがとね・・・本当に助かる・・・」
夏帆の愛車であるレックススーパーチャジャーのカギに付いているキーホルダーは、クルマを買った時に付いてきたスバル販売店のものだった。そんな夏帆の目の前で作業するエンちゃんの頭にそう囁いた。
すると夏帆の目前で黙々と作業を続けるエンちゃんが夏帆に返す。
「困ったときはお互い様ってことで・・・」
「それって、前にパンクしたときタイヤ屋さんでエンちゃんがわたしに言ったのと同じ・・・でも、わたしはやってもらってるばかりで何も返してない!」
それに対して手を止めることなくエンちゃんが言葉を返す。
「それはもう、前に入院した時に色々としてもらってるから・・・しかも第一パンクの時、僕は一才手を貸してないよ・・・」
「あの時、エンちゃんに助けてもらえなかったらわたし・・・どうなっていたことか・・・」
この時エンちゃんは一瞬間をおいてそれに答える。
「いいの!これはやりたくてやってることだから・・・「お互い様」ってフレーズは自己満足の照れ隠しみたいなものだから気にしないで・・・はいっ!これで完了!」
夏帆はそのキーホルダーをスライドさせチャックが開くことを確認しながら囁く。
「わたしもそんな照れ隠ししてみたいな・・・それってなんか格好いい・・」
そういう夏帆の前にいるエンちゃんはどこか照れているようだ。そしてその照れ隠しかどうかわからないが舞衣先生が手にしている番線カッターを見つけた指摘する。
「舞衣義姉さん・・・もしかしてそれで自転車泥棒でも?」
「違うって・・・自転車通の生徒がチェーンロックが壊れただの鍵を無くして職員室によく来るもんで、いちいち用務員室から出すのも面等くさいからクルマのトランクに積んでたんだよね・・・」
「そういえば、付属高って駐輪場と職員駐車場が隣り合わせですたもんね・・・でもそれって、トランクに積んでおくと検問でヤバイことになりません?」
「そう言えば・・・前に埠頭のゼロヨンで検問にあった時それで揉めたんだよな・・・それで警察に取り囲まれて・・・最初は何か窃盗の嫌疑をかけられて・・・」
「それは番線カッター以前の問題です!しかもそんなクルマ乗ってるからですよ!」
「それで最後は不法改造の疑いかけられて・・・」
「外見以外は全くの改造車ですもんね?」
「あら・・・言ってくれるじゃん!あのレビンも同じようなもんだろ?」
「そうですね・・・僕のレビンも舞衣義姉さんのKP61も全て公認取ってるから全然問題ないんですけど、知識のない警察から見れば物凄い改造車ですもんね?」
「そうだな・・・最もわたしのはエンジンが全く違うし・・・」
「そうですよね・・・僕のAE86は車検証の記載変更だけですんでいますが、舞衣義姉さんのKP61なんて車検証の型式名の後に<改>が付いてますもんね・・・」
「そうなんだよね・・・切り出しで造った指定外部品なんかの強度検討書を作ったり手続きの資料も作っちゃって・・・やっぱりあの人って学者だよ・・・」
「そうですね・・・何せ元々名古屋の本社から御殿場に異動してエンジンの基本設計やってた人ですもんね・・・」
「全くすごい人だよ・・・あの森山の叔父さんって人は・・・」
ちなみにそのおじさんというのは、エンちゃんの継父のことである。しかもエンちゃんの母親とは10歳も年下ながらデキちゃった婚というおまけ付きだ。そんなことでエンちゃんには「のどか」という3歳になったばかりの妹がいる。
「そうですね・・・一度、頭をカチ割って中身を見てみたいほど頭がいいですもんね・・・」
「うん・・・しかも、それに加えて手先が器用ときているし・・・でも、意図せず赤ちゃん作っちゃってるを見ると案外不器用なところもあるのかも・・・」
「機械相手だと器用かもしれませんが、相手がヒトとなると不器用なのかもしれまでせんね?でも、そのできちゃった婚というのも計算のうちだったのかも・・・」
「まっ、案外完璧な人なんてそうそういないからね・・・あと、人って必ずしもおかしいところっていうのも持ち合わせているっていうし・・・」
「それって後藤田さんの言葉ですね?」
これは以前エンちゃんがバイト先で倒れてしまって、搬送された病院の担当看護婦だった女性の事である。そんな女性は恐らく舞衣先生と同じくらいの年齢かと・・・
そんなエンちゃんは退院後、その「人は誰しもおかしいところを持ち合わせている」と言う話を夏帆を通じて聞いていた。なるほどその通りである。でも、もっと驚きなのはその看護婦さんが義姉と友達関係だったことだった・・・
もちろんこの「義姉」とは舞衣先生のことである。そんな舞衣先生が俯き加減に口を開く。
「そうだよね・・・この言葉に何度救われたことか・・・」
この時の舞衣先生の表情が何かを物語っていた。普段どれだけのストレスの中、教師という仕事をしているのか・・・そんな様子にエンちゃんが話題をゼロヨンに戻した。
「ところで、舞衣義姉さんってゼロヨンなんて行ってるんですか?それって舞衣義姉さんのおかしいところですよね?」
「たまに・・・だよ!悪い?・・・ストレス解消にちょっとだけ!」
『やはりな・・・』夏帆がそう思った時、そんな会話に真美子さんが割り込む。
「FRの軽量ボディーにチューンした4AG載っけたKP61ってどれくらい速いの?」
「う〜ん・・・シルビアのKs‘よりは速かったかも・・・」
このKs‘というのはS13型シルビアのターボ付きモデルを指す。
「ごめん・・・新しく出たシビックのV-TECより・・・って想定した質問だったんだけど・・・」
「そうだね・・・ホイールスピン抑えるのと真っ直ぐ走らせるのが凄く難しいけど、それさえクリアできれば・・・」
「えっ?あのKP61にはTRDの4ピニLSDが入っていましたよね?」
このLSDというのは、リミテッド・スリップ・デファレンシャルギアというものになり、機械的に駆動輪の左右の回転差を制限するモノである。一般的にはLSDを装着すれば発進時のホイールスピンを抑えることとができるというが・・・やはり、車格に合わないパワーを持ち合わせた車両には限界というモノがある。
「うん。しかもタイヤはポテンザのRE71・・・」
これは当時、公道を走ることができるタイヤとして国内最高峰のグリップ力を誇ったタイヤである。
「それでも・・・ですか?」
「何せパワーウエイトレシオが恐ろしいクルマだからな・・・」
「う〜ん・・・エンジンが確か160馬力で車重が720Kg・・・えっ?それって・・・」
「そう・・・それってもうバイク並みだな・・・」
ちなみに令和の軽自動車の車重は軽く1トンを超えるのが常識となっていた。しかも、エンジン出力は30年以上も64馬力に規制されたまま・・・
そんな軽自動車より遥に軽量で倍以上の出力を発揮するクルマをイメージしてもらえれば分かる通りこれは非常に危険なクルマ・・・
「それじゃあのR32のGT-Rより・・・」
R32型GT-Rは当時の馬力規制上限の280馬力を誇っていたが、車重が1500Kg近くあるクルマだ。
「アテーサの4駆とFRでは条件が違うが・・・ブーストアップ程度のGT-Rよりは速いと踏んでる。今度、400馬力出てる後藤田ちゃんのGT-Rとやる予定をしててな・・・あと、500馬力出てる谷川ちゃんのスープラとも・・・」
アテーサの4駆というのは、クルマの前後輪にかかるトルク配分を電子制御するトルクスプリット式4WDと呼ばれるものだ。平成の当時、このシステムを採用しているのは国内では日産とスバルくらいなものだった。
以前、エンちゃんが入院した時の担当看護婦の愛車が当時発売されて間もないそんなR32型のGT-Rだという。しかもその500馬力のスープラに乗っている谷川ちゃんとは・・・エンちゃんが入院した時、夏帆が着せてあげたシャツの左胸に刺繍されていたネームがその同じ「谷川」だった。
「ん?谷川?」
その名前を聞いた義弟と夏帆が同時に首を傾げた。そんな二人を前に言葉を付け加える。
「確か妹が三五八交通のバスガイドって言ってたな・・・」
その、「三五八」という固有名詞に夏帆が反応した。
「えっ?その方って、こだま先輩のお姉さん?」
「そうだ。しかもその黒のスープラてのがグループAのホロモゲーション取得用に国内へ500台投入されたヤツで・・・」
夏帆はその「クループA」と言うレースもホロモゲーションの意味も、昨晩真美子さんから教えてもらったばかりだった。そして、エンちゃんのレビンに載っているエンジンの正体も・・・
「うわ・・・聞いてるだけでなんか凄そう・・・そういえば、エンちゃんのハチロクのエンジンも・・・」
「それはまだ秘密!」
突然そう言った真美子さんを見ると「口チャック」のゼスチャーをしている。これはまだ秘密のようだ。
そんな時、そのKP61のタイヤを見に行って帰ってきたエンちゃんが舞衣先生に尋ねた。
「リヤタイヤのサイドが溶けてるんですが・・・もしかして八荷峠ですか?」
「そう・・・だが・・・それで?」
「なんかドリキンがわざわざ青森まで赤いKP61で来ているって噂になってますけど・・・まさかコレ・・・?」
「ドリキンか何かは知らんが・・・空荷だど雪の上走ってるのと対して変わらないとしか・・・」
ちなみにその「ドリキン」とはドリフトキング・・・つまりは令和の今でも現役でハンドルを握っているあの有名なレースドライバーのことであり、そんな派手なカウンターステアの当て方から勘違いされているようだ。ちなみにその舞衣先生は大学生時代にダートラを趣味とし、国内ラリー出場の経験があるほどの猛者であった。実家が整備工場を営んでいるということでやれた趣味かとは思うが・・・
「それってテールスライドが止まらないとしか聞こえないんですが・・・もしかして直線でもクルマを横にして走らせたりします?」
これって俗にいう「直ドリ」と言われるモノである。
「だからタイヤがいくらあっても足りないんだよね・・・」
「答えになってないんですが・・・つまりそう言うことですね?」
「好きに捉えてもらって結構!」
「ところで舞衣義姉さんのKP61のトランクにウェイト載せたりしないんですか?トラクションの駆かりが全く違うと思うんですが・・・」
「そうだな・・・前に試したときは米一俵(60キロ)じゃ重かったな・・・」
「やったんですね?」
「実家から積んで帰る時にな・・・たまたま・・・」
「もしかして戻る途中の峠で?」
「まっ、そんなところだな・・・どうだ、小比類巻・・・後部座席でウェイトになる気はないか?オマエ48キロだって言ってただろ?」
「舞衣先生!女の娘に体重なんて聞くもんじゃありません!!しかもそれって高校生の頃の話です!!今は高校の時より少しは減ってますが・・・」
そこに真美子さんが口を挟む。
「特にゼロヨンの時、45キロのウェイト載せてもクラッチミートは難しいでしょ?」
それを聞いた夏帆が反論する。
「45キロってなんで分かったんですか!」
「あの細身の筋肉質な身体つきを見てさ・・・何せハダカの付き合いだもんね?」
「そ、そうでしたね・・・」
そんな会話に舞衣先生が割り込む。
「そうか・・・小比類巻は45キロか・・・なんか悔しいな・・・」
「だって舞衣先生はその胸が・・・」
「そうだな!この胸さえなければ45キロということで・・・」
この舞衣先生はその巨乳に加え、とてもセクシーな体つきをしている。ざっと見ても胸だけではなくそのお尻も重さに加えるべきかと思うが・・・そんな舞衣先生がクルマの発進について話を続ける。
「わたし自身がウェイトになったとしても、何せこのエンジンってトルク重視特性だからトルクがすごいんだ。だから気を抜くとホイールスピンで・・・」
「お義父さんがリヤ周りの剛性上げた車体ですもんね・・・でも、低速に振ったエンジンでも9000回転は回るでしょ?」
「う〜ん・・・回るには回るが、7500から上は惰性で回ってる感じなんだよね。マフラーをもっと太くすればもっと・・・こう・・・」
モノコックボディーのクルマというのは車体をしならせて走ることが前提として設計されている。そんなボディー剛性ををイタズラに上げるとこう・・・である。でもその時舞衣先生が言いたかったのは、マフラーを太くすればトルクが薄くなり乗りやすくもなり、しかも高回転も伸びるのではないか?・・ということだった。そういう義姉に対して麻美子さんが囁く。
「そうだね・・・やっぱりマフラーが細くてショボいかも・・・」
確かにそのKP61のマフラーエンドの処理はショボかった。それは単なる鉄パイプをスラッシュカットしただけのようなヤッツケ感がありありと見える。同じ人物が仕上げた赤クロのAE86はマフラーがオールステンレスという差の付けようだった。
このマフラーの材質の差がクルマの音の違いだった。重量増を嫌い、ステンレスの中でも薄い材質を使って造られたAE86のマフラーに対して、汎用のスチールパイプを使って造られたKP61のマフラー・・・
ちなみにこのKP61型スターレットを手掛けたのは、もちろん舞衣先生の実家である小林ボデーだ。
それはエンジン不動でただ同然で引き上げた車体を全バラし、ボディ剛性を上げるスポット溶接から始めロールケージの溶接取り付けや、全塗装に至るまで社長である舞衣先生の父親が趣味で仕上げたスペシャルボディーに、ノーマルエンジンである4K型1300ccエンジンの倍以上を出力するリオファクトリーのピットで仕上げた4AG型1600ccエンジンを載せたクルマだ。
加えて次期型AE101型レビン用に試験されていた4連スロットルインジェクションを装着するという、日本で1台の凝ったクルマだ。実は、このクルマを最終的にセッティングしたその森山のおじさんが、思いのほかパワーが出過ぎたため、急遽意図的にパワーを抑えるためにマフラーを細くしたものだった。それで結果的にトルク重視のエンジンとなったのだが・・・
でも・・・そうであっても、もちろんそんなバケモノ素人が操れるはずもない。それを知っている麻美子さんが言葉を繋げる。
「それじゃ、もし素人がこのKP61でゼロヨンやった場合はアレでしょうね・・・」
「うん。リヤタイヤから白煙出して終わりだろうね・・・」
「それって単にバーンナウト・・・」
「そうとも言うわね・・・所詮、ポテンザとはいえ175サイズで受け止め切れるパワーじゃないからね・・・でも、兵藤くんの売り上げに貢献してるからいいとしようか・・・」
ちなみにその「兵藤くん」のお店というのが、夏帆がパンクした時にエンちゃんが連れて行ってくれたタイヤショップだった。そこは舞衣先生の教え子が2代目としてお父さんを支える公官庁御用達のお店だ。
また、この時代の大衆車のスポーツモデルが履く一般的なタイヤがその175と呼ばれる175/70-13というサイズだった。ちなみにもう一台のAE86でも185/60-14というものだ。それは令和のハチロクが18インチを標準装備する時代からすれば信じられない程ショボいもの・・・
その時だった。そんな会話にに関係なしにエンちゃんが舞衣先生に話を振った。
「ところで舞衣義姉さんってなんで滝沢インターで降りたの?待ち合わせは盛岡駅前のはず・・・」
「ん?盛岡駅?」
夏帆は耳を疑った。そういうのも夏帆の次の業務がその盛岡駅のホテル前のエントランスで客を出迎えるというものだった。夏帆の次のお客様を迎えるすぐ近くが風谷家関係者の集合場所が場所だったとは・・・
そこで迎えるお客様が、そのホテルの大広間で行われている会議に出席していると聞いていた。現在、時間が押していて結果的にはラッキーというところではあるが・・・
そんな夏帆を前に舞衣先生が事情を説明する。
「盛岡に向かう途中にある楽器店に寄って、生徒から頼まれてたオーボエとファゴットのリードを買う予定しててさ・・・」
吹奏楽経験者であれば知っているとは思うが、この二つの木管楽器のリードはダブルリードである。これの良品を売っている楽器店というのは実は少なかった。そんな楽器店に行こうとして、偶然この場所でみんなに出逢った舞衣先生が言葉を続ける。
「でも盛岡インターまで行っちゃうと遠回りになるから手前の滝沢インターで降りてみたら料金所前で三五八のバスと覆面が一緒に停まってるから何事かと思って・・・」
その義姉に対してエンちゃんが夏帆のバスガイドが倒れたこと。そして搬送するバスを覆面パトカーが先導したという事の顛末を説明した。
「ソレ・・・さっきアイツから聞いたんだけど、最初、三五八のバスを検挙したかと思ってビックリしてさ・・・捕まえたら別れるって言ってるんだけどね」
「なんか舞衣義姉さんのカレ、なんか困ってましたよ・・・舞衣義姉さんにゾッコンみたいですけど、もっと優しくしてやったらどうなんですか?」
「いいの!アイツって本当にいつも役立たずなんだから・・・いつまでわたしに恥かかせるつもりなんだろうか・・・」
「ん?役立たず?」
「役立たずがどうしたって?」
その話を聞いていたその義弟がそう呟きながら舞衣先生の耳元で何かを囁いた。それを聞いている舞衣先生は時に頷き、時に驚いた表情をしている。そんな様子を傍で見ていた夏帆は、そのエンちゃんが舞衣先生に何を伝えたのかわからなかった。そしてその義弟からその何かを聞いた舞衣先生が耳を赤くして目の前の義弟に言い放つ。
「ソレってまーくんの中学生の時の武勇伝だろ?同級生に迫られた時、そんなことで逃げ出しちゃったって訳か?!」
「ちょっと声が大きいです!舞衣義姉さんのソレって恐らくその時と同じだと思うんです。僕もオトコなので気持ちが分かります。だって、舞衣義姉さんソレが反則なんです!」
その時そのエンちゃんが舞衣先生の胸を指さしている。
「いやいや・・・ちょっと待った!アイツは逃げ出してはいないぞ・・・ただ、モノがモノだけにちょっと拗らせただけで・・・ん?じゃ・・・その中学生の時の彼女って・・・」
それに対しエンちゃんは舞衣先生の耳元で囁く。
「はい。脱いだら舞衣義姉さんみたいな・・・」
「でもそれって、中学生にとってはかなり刺激的じゃ・・・」
「いえ・・・それは慣れてるんでそうでもなかったんですが・・・逆にショックで・・・」
そうである。このオトコの周りの親族はみんなそんな女性ばかりなのだから・・・
「ソレじゃ、そうじゃなったらヤっちゃってたってこと?」
「え〜と、それは分かりかねます・・・」
「そんな議会答弁じゃあるまいし・・・」
その時、実の弟の困った顔を見た実の姉が割って入る。
「その理央ちゃんって中学校のバスケ部で活躍しててさ・・・」
「ん?その理央ちゃんとやらがそのまーくんを襲ったという同級生なのか?・・・ん?理央?」
そんな舞衣先生の疑問に麻美子さんが応える。
「そうなの。あの理央ちゃんなの!」
「チラッとしか見た事ないけど、確かピンクのツナギ着てたあのヤンキーみたいな・・・」
「それって最初のうちだったと思う・・・今はそうじゃないけど、背なんか高くて身体が締まっててさ・・・そう、まるで小比類巻さんみたいな・・・でも、中学校の時、これ見たそれが思いのほかコレでびっくりしたんだって!」
そう言いながら麻美子さんが自分の胸を持ち上げる仕草をした。当然その仕草に弟が反論する。
「姉さん!ちょっとやめてよ!そんなんじゃないから・・・」
そう、赤くなりながら抗議するエンちゃんの傍で夏帆は自分の胸に手を当てそのサイズを再確認しため息を吐いた。
「そうなんですよね・・・わたしってどう頑張ってもココだけはどうしようもなくって・・・」
高校時代からその部分の成長過程を見てきた舞衣先生が諭すように口を開く。
「そうだよな・・・カレシが出来れば成長するとは言ったものの、それは遺伝的要素が大きいところだからな・・・でも、それを前向きに捉えてさ・・・」
「みんなそう言います。肩が凝らないとか、邪魔にならないとか、重くないからいいでしょ・・・って」
「そのとおりだろ?」
「それはそのとおりですけど〜・・・」
この時、夏帆のほっぺがカエルのように膨らむ。
「で・・・どうした?」
「ひどいんですよ!どうも貧乳のわたしに対して自慢しているようなにしか思えないんです・・・」
そんな夏帆を前に麻美子さんがその理央という女の娘の胸の真相を語り始める。
「理央ちゃんってバスケ部っていうのもあってその胸が邪魔だったんだって・・・」
「まっ・・・スポーツをやるうえでは胸なんて無用の長物ですよね?わたしには全く関係ありませんが・・・」
「それでその理央ちゃんはどうしていたと思う?しかも、それまでこのオトコもそんな胸があるとは全く知らなかったと来ている・・・」
「えっ?まさか・・・とは思いますが、サラシを巻いていたとか?」
「そうなんだよね・・・理央ちゃんは学校では常にサラシを巻いて胸を潰していたから誰もその巨乳に気づかなかったんだって。しかも知ってるのは修学旅行で一緒にお風呂に入ったごく一部の女子だけ・・・」
「でも、体育の授業でプールに入りますよね?」
「残念ながら学校が荒れててね・・・プールに割れたビール瓶の破片なんかが投げ入れられてたりしたんでプールは閉鎖されていて、その年代の生徒のプール授業はなかったの・・・」
「エンちゃんに聴きました。学校がまるでスクールウォーズだったって・・・」
「そうだね・・・授業中やテスト期間に関係なく学校の中のどこからかガラスの割れる音やケンカの声が聞こえたり、中庭に族車が入り込んでコール切ってたり・・・一番ひどかったのは廊下に直管バイクが入り込んだって話が・・・」
「それってまるっきりスクールウォーズのオープニングじゃないですか!わたしの中学も荒れてはいましたけど、それに比べれば可愛いほうですね」
「それでさ・・・ここからが本題なんだけど、このヘタレはそんな時、理央ちゃんのことが好きだったんだよね?」
「姉さん・・・夏帆ちゃんの前でよしてよ!」
抗議を続ける実弟を無視するかのように麻美子さんの話は続く。
「バレンタインのチョコが義理チョコだったらどうしよう・・・いっそ、その前に告白しようかな?でもフラれたらどうしよう・・・なんて本気で悩んでさ・・・女性恐怖症でもちゃんと女の娘に興味があるんだと思ってさ・・・見てて可愛かったけどね」
「そうなんですね?エンちゃんって、その理央さんって方がそんなに好きだったんですね?」
「うん。そもそも理央ちゃんって転校生でね・・・部活帰りに自転車のチェーンが外れて困っていた理央ちゃんを助けた時からの付き合いなの・・・」
「えっ?わたしの時はパンクでした!」
それを聞いた麻美子さんは実弟に向かってため息まじりに口を開いた。
「アンタってとことん人助けが好きなのね・・・」
そう言われたその実弟がほっぺを膨らまして吐き捨てるように言う。
「そうだよ!女の娘には優しくしなさいって小さい頃から教育してきたのは誰だよ!」
「それだけ?」
「そうだよ!僕は可愛い女の娘しかは助けないオトコだよ!それは下心があるからだよ!」
「夏帆ちゃん・・・そうだってよ。そんなオトコに失望しちゃった?」
そう問われた夏帆はそのオトコとの最初の出会いの場面を思い出していた。
「兄さん・・・パンクしちゃった?」
確か・・・これが夏帆との出逢いの第一声だったような気がする。それは、夏帆が従兄弟のがいらないと言った竜の刺繍の入ったモロにオトコもののジャンパー着ていて帽子まで被っていた夏帆が若いオトコと勘違いして声をかけてきたもの・・・それは決して女の娘を狙ってのことではなかった。
そんな思いに耽る夏帆に向かって麻美子さんが話を続ける。
「でも、理央ちゃんにフラレちゃってからひどく落ち込んじゃってね・・・ガレージに引きこもって・・・」
「えっ?それって、フったんじゃなくてフラれたんじゃ・・・」
「なんかね・・・学校でその理央ちゃんが別のオトコからアプローチされてる話を聞いたみたいで・・・しかも口も聴いてもらえなくなったらしいの。そうよね・・・女の娘が恥かかされたんだもんね・・・」
「そんな・・・びっくりしただけで・・・」
「理央ちゃんが言ってたよ・・・あの時アンタとくっついていたら人生変わったかもって・・・」
「うん・・・その辺りは申し訳ないと思ってる・・・」
この時夏帆はその話の内容と声のトーンから、その後その理央という女の娘がとんでもない何かに巻き込まれてしまったということを感じ取った。
もちろんそんな内容など怖くて聞くこともできなかったが、後日その壮絶な内容を聞いて夏帆はショックを受けることになる。
そして誰しも無言のままエアロキングのエンジン音だけが聞こえる状況が続く・・・
そんな状況を打ち破るように口を開いたのは麻美子さんだった。
「その後さ・・・当時小学3年生だったあおいちゃんがウチのガレージに来るようになってね・・・」
「その時、あおいさんって小学3年生だったんですね?」
「そうだよ・・・小学生用の小さな自転車乗って来てさ・・・」
「でも・・・なんで妹のあおいちゃんが?」
「フラれオトコをからかいに来てたんだって・・・」
「でも、どうして?」
「あおいちゃんって、理央ちゃんとコイツとの情事の一部始終を襖の隙間から目撃していたからね・・・」
夏帆はこの話も昨晩麻美子さんに聞かされていた。パンツだけは履いていたとも・・・
その話を聞いた舞衣先生が驚く。
「小学3年生でそんな生々しい現場を目撃したと?」
「そうなの・・・マセていたというか・・・それで面白がってね・・・」
「それで今度は妹に手を出したと・・・」
「出してませんって!そもそも・・・あおいはあの理央の妹ですよ!手なんて出せる訳ないじゃないですか!殺されちゃいますよ!」
その時弟がそこまで答えようとした時、実の姉がそれを遮った。
「そうね・・・その後、理央ちゃん・・・ちょっとあったもんね・・・」
この時も夏帆はその「ちょっと・・・」というのが想像もできなかった。そんな夏帆の前で麻美子さんの話が続く。
「マドカってさ、小さい頃従姉妹三姉妹にオモチャにされて・・・その3姉妹が揃いも揃ってコレなの」
そう言いながら麻美子さんが自分の胸を持ち上げる仕草をした。何せ女系家系のその女性陣が揃いも揃って巨乳揃いだった。そんな中で唯一男子として生まれればオモチャにされるのも無理はない。
そんな麻美子さんを見て義姉である舞衣先生が上目遣いに口を開く。
「そうだよな・・・結婚式で親族席に座った従姉妹たちって揃いも揃ってコレだったもんな・・・」
そう言いながら舞衣先生は自分の胸を持ち上げる仕草をする。その結婚式とは、自分の実弟の結婚式・・・つまり、夏帆の目の前にいる麻美子さんの結婚式のことだ。そしてそんな舞衣先生の話は終わらない。
「・・・ってすると、まーくんって・・・巨乳恐怖症か・・・はは〜ん・・・それで小学生に手を出したと・・・?それってなんて言ったけ?・・・・え〜と・・ロリ?」
「舞衣義姉さん声が大きい!決して僕はソレじゃありませんし、絶対に手なんて出してません!!」
この時義弟の言ったそんなことに対して義姉が疑惑の眼差向ける。すると舞衣先生が麻美子さんに声をかけた。
「ねえ・・・もしかして、弟の部屋にそう言う雑誌とかなかった?今、たくさんそんな雑誌あるからさ・・・」
この時代、そう言う雑誌が街に溢れていた。何せこの時代のヌード写真とはヘアーさえ写っていなければなんでもいいみたいな風潮の中、それに乗じて今じゃ考えられないがロリと呼ばれる専門誌もまた街の書店で普通に売られていた。もちろんそれはモザイクなどないものだ。
この時、実の姉までもが半ば呆れた視線で弟を見つめる。
「いや・・・まさか自分の弟がそういう性癖だったとは・・・アンタ、本当に手を出してなかったんでしょうね?」
そんな性癖扱いされてしまった弟が当然反論する。
「そんな雑誌なんて買った事ないし、変なこともしてないし・・・そもそもあおいは理央の妹で・・・」
繰り返しになるが、この「理央」と言う女の娘はそのエンちゃんの中学生の時の同級生だ。しかも中3のまもなく卒業という最中のバレンタインデーの数日前、同級生からそのエンちゃんに本命チョコを渡す相談を受けたその理央が焦ってしまい、とった行動が自分の部屋に引き入れてエンちゃんを襲うという思い切ったことをする女の娘だ。しかし、それはこれまでの説明通りに未遂で終わっているが・・・
それが先ほど舞衣先生が言っていた武勇伝となっている。そんな彼女は現在整備士として舞衣先生の実家で働いていて、その後大人になった彼女はアイドル級の美形となリ小林ボデーの売り上げに貢献していた。
そんなことはさておいて、この時舞衣先生と麻美子さんが話すそんな事情を理解できないまま聞いていた夏帆にピンとくるものが・・・それはいつか、一緒の布団で寝ようとしたエンちゃんが囁いた言葉・・・
「僕って変態なんだ・・」
それは自分が地元に残してきた彼女が中学2年生だったことを打ち明けた時の言葉だ。正確にいえばそれは彼女を地元残して来てから2年も経った亡くなった時の年齢・・・それを思い出した時、夏帆に一縷の光が差した気がした。今までコンプレックスの塊でしかなかった貧乳がここに来て大きなアドバンテージになるとは・・・
そんな夏帆に前で聖職者ともあるべき教師の舞衣先生が意外なことを言い始める。
「なんかオトコって面倒臭い生き物だね。メンタルが弱いって言うか・・・ヤリたいんだったらヤっちゃえばいいのに・・・ねえ?避妊さえキチンとすればいくらヤってもで・・・」
その時夏帆はその意見に異議を申し立てた。
「舞衣先生!授業で言ってましたよね?避妊に完璧なんてものはないからヤラないに越したことはないって・・・そんなのは大人になってからいくらでもできるから、若いうちからやり始めると早くに飽きちゃうって・・・」
そんな夏帆を前に舞衣先生は大きく息を吸って口を開く。
「オマエ・・・そんなこと言うけどな、健康な若い男女がいて、それでやらないと言うほうが逆におかしいんじゃないのか?」
この言葉はとても高校教師の言葉ではなかった。しかし、高校では妊娠してしまった女子生徒のケアをしたり、性教育を行うなどその辺は熱心だったのだが・・・そんな思いもあり夏帆はそんな話に横槍を入れた。
「舞衣先生!ちょっと待ってください!・・・それは相手が小学生でもって話ですか?」
「いくらなんでも小学生ってのは想定外・・・そもそも13歳未満であれば、たとえ同意の上でもダメだろうな・・・」
その言葉に元警察官の麻美子さんが反応する。
「その前に18歳未満は青少年育成条例に抵触します!全国的にその条例が制定されてないのは東京都と長野県のみで・・・」
今度は、そんなことなどどうでもいい夏帆が反論する。
「それに男女ってヤルとかヤラれるとかそんなもんじゃないって教えてくれたのは舞衣先生です。そんないくらヤっても・・・だなんて・・・」
そんな夏帆に対して舞衣先生は至極当たり前の言葉で返した。
「お前さ・・・考えてもみろ!さっきも言ったけど、健康な男女がいてそれぞれ好き合っていればそうなるのは自然な流れだろ?それでヤルなという方がおかしいと思うけどな・・・」
「それはそうですけど・・・相手が・・・」
この時舞衣先生はこの時も夏帆の視線が自分の義弟に向けられたことに気づいた。そんな夏帆に気づいたかどうかはわからないが、舞衣先生は夏帆の隣で話を聞いていた自分の義弟の肩をポンポンと叩く。
「なあ・・・そう思わないか?ヤリたい盛りの大学生!」
そう肩を叩かれたエンちゃんと一瞬目の合った夏帆の顔が三度真っ赤になる。
そして今度はその舞衣先生が夏帆の肩を叩く。
「まっ・・・焦るな!わたしもまだだから・・・な!」
「えっ?舞衣先生・・・まだなんですか?さっきのカレシともう何年も付き合ってるんじゃ・・・」
「だから役立たずって言ってるだろ?」
そんな舞衣先生に対して義弟が口を出す。
「その役立たずって・・・やっぱりあっちの・・・ですよね?」
「それ以外に何があるっていうんだ!」
この時、流石に生娘の夏帆もその意味合いが分かった。
「役立たずって言わないでください!僕だって相当悩んだんですから・・・」
『ん?「僕だって相当悩んだ?」・・・ん?それはどういうこと?』
この時夏帆は今まで聞いたエンちゃんに関する情報を整理してみた。
・・・幼少期に巨乳従姉妹3姉妹からイタズラされて巨乳というか女性恐怖症になって・・・中3の時にその「理央」さんに襲われて・・・逃げ出して・・・それで高校に進学したらその理央さんが不良になって落ち込んで・・・そして、そんな理央さんを見て落ち込むエンちゃんを見かねた従姉妹の芽衣子さんが新車の試運転という名目で一緒に泊まりがけで出掛けたという・・・それは高校3年生の出来事。
ということは、その女性恐怖症の期間エンちゃんもその「役ただず」だったということになる。でも、エンちゃんの女性恐怖症の克服を手助けした芽衣子さんもこれまた巨乳の持ち主だ。しかし・・・そんな芽衣子さんのおかげで女性恐怖症を克服ということも聞いていた。
ということは、女性恐怖症を克服してからの彼女がそのあおいさんということになる。
しかし、そのあおいさんとこれからというそんな矢先に実の姉が押しこみ強盗による性被害受け、ゴシップ的な報道もあり根も葉もないいろんな噂が流布され家族全員が実家に寄り付けない事態となっていた。そんな最中あおいさんが中学入学するタイミングでエンちゃんは地元を離れて八戸に来ている・・・
実は「彼女」と言ってはいるけど実際には付き合っていないのでは?
この時夏帆は初めてそんな思いに駆られていた。そんな中、舞衣先生がカレとの間にあることを語り始める。
「ごめんごめん・・・その前にわたしのところは色々あってな・・・」
そんな訳ありな言葉を聞いた夏帆が疑問を投げかける。
「それって病的な何か・・・ってことですか?」
「それが病的っていうかその・・・」
その舞衣先生の奥歯に物が挟まったような言い振りが意味深だった。その時、舞衣先生が夏帆の肩を引き寄せ後ろ向きになった。そして耳元で囁く・・・
「アイツとの最初を拗らせてしまってな・・・それ以降アイツがイザって時に役立たずになってな・・・」
「それじゃ・・・自身を無くしちゃったってことですか?」
「そにかくアレが立派すぎたって言うか・・・まず最初にソレにびっくりしたと言うか・・・」
「アレが立派・・・」これもエンちゃんが入院していた時の看護婦さんの言葉だった。立派すぎるとカテーテル挿入が大変だと・・・
「それじゃ・・・」
「そうなんだ・・・その時、とにかく痛くてさ・・・グーでその顔を殴っちゃったんだよね。そしたら途端ダメになって・・・結局、最初の最初で躓いて以降、しようとするとその直前でダメになって・・・」
「殴られればダメにもなりますよ・・・」
「でも、それ以降ずっと・・・なんだ」
「じゃ・・・「身体」というよりは「心」のほう?」
この時夏帆は以前、看護婦さんから言われた例の言葉を再度思い出した。
「手の大きさと生殖器の大きさは比例する・・・しかも、人間には感情があるからこれまた厄介」と
しかも、それにはこんな言葉もついて来ていた。
「それは男女問わず・・・」
その時夏帆は思わず目の前の舞衣先生に言葉を掛ける。
「先生の手・・・見せてもらえますか?」
そう言われた舞衣先生が不思議そうな顔をしながら手のひらを夏帆に見せる・・・
「こうか?」
「はい・・・ちなみに身長はどれくらいありますが?」
「151・・・だが?」
そうしながら見た舞衣先生の手のひらは、やはり小熊のような・・・やっぱり身長との相関性は否定できないようだ。
「どうした?」
「あの・・・舞衣先生のカレの手がグローブみたいに大きかったものですから・・・」
「そうなんだよ。やっぱり身長が高いと身体のいろんなパーツも大きいからな!」
「舞衣先生・・・それって逆に手のひらが小さいとその身体のいろんなパーツが小さいことになりますが・・・」
「ん?」
そう言われた舞衣先生が不思議そうな顔をして自分の胸を持ち上げる仕草をする。
「それは例外かと・・・」
そうである。あのエンちゃんの彼女も低身長ながらの巨乳持ち・・・である。そんなことを差し置いて舞衣先生が不思議そうな顔をしながら口を開いた。
「じゃ・・・アレを拗らせたのは当たり前・・・ってことか?」
「物理的にそうかと思います。生殖器の大きさの話って、前にエンちゃんが入院した時に話をした看護婦さんに教えてもらったんですよ・・・」
「あっ・・・それって後藤田ちゃんのことだろ?あの人ってやっぱり学者だからな・・・」
「そうですよね・・・本当はそういう道に進みたかったと言ってました」
「あの時そんな会話してたのか・・・」
「えっ?あの現場・・・見てたんですか?」
「その後、その後藤田ちゃんに症状の説明受けながら保証人のハンコ押したのはこのわたしだぞ!香織おばさん(エンちゃんの母親)から連絡もらって病院に駆けつけて・・・」
エンちゃんが救急搬送された時、その情報がバイト先から下宿のおばさんに伝えられ、さらにそこからエンちゃんの母親に伝えられていた。そこで最終的に八戸在住の義理の姪に話が伝えたれたという顛末だ。
「そういう事だったんですね?」
「その節はお世話になりました・・・」
「まっ、たまたま近くの親類という事で・・・」
「そうなんですか?パンツ脱がすの大変だったんですからね!手伝ってくれても・・・」
「パンツ脱がすのは彼女の仕事かと思って放っておいたんだが・・・」
夏帆がそこまで言った時、これまで話を見守っていたエンちゃんが口を挟んだ。
「あっ、その節はお世話になりました。保証人がいないと入院できないの知ってましたので助かりました。
花巻のときは麻美子姉さんが保証人になってくれましたし・・・なんか僕って入院ばかりしてますね?」
「そんなことはない!わたしだって去年後藤田ちゃんの病院にお世話になっているし・・・そんなことだからまーくんが入院した時なんかはすぐにハナシが付いたさ・・・」
こんな舞衣先生だったが、心労が祟って入院したことがあったとのことだった。これまた意外な・・・
その時、そのまーくんが倒れて病院に搬送される一部始終を知っている夏帆が、そのエンちゃんがバイト中に倒れた経緯や女子寮でこだま先輩に借りたパジャマ調達の経緯を説明した。
「ふ〜ん・・・そうなんだ・・・その後、ナースステーションで病室から帰ってきた後藤田ちゃんに事情聞きながら書類書いていたら「彼女が看病していますので・・・」って聞いたから行かなかったけど・・・その時の彼女ってオマエのことだったのか・・・ふ〜ん・・・しかも、あの時着ていた赤いチェックのパジャマは谷川のだったとはな・・・」
「はい・・・そのとおりです。その後藤田さんと一緒に着替えさせたりもしました。エンちゃんのアソコにカテーテルを挿入する時にされた話がさっきの・・・」
「手の大きさとソレの大きさの話って訳だな?」
「そうです。でも、その話って男性が最も気にするところじゃないですか?だから触れないほうがいいかと・・・」
すると舞衣先生がいきなりエンちゃんの手を取って、その手のひらを夏帆にかざした。
「ほれ・・・小比類巻!手を合わせてみろ!」
そう言われるまま夏帆はエンちゃんの手に自分の手をそっと合わせた。エンちゃんが入院した時もやっては見たものの、エンちゃんの手のひらが思いのほか小さく、指の長い夏帆に大きさで負けているのは明白だった。
「えっ?まーくんってこんな・・・」
この時、義姉である舞衣先生が複雑そうに首を傾げた。
「小比類巻より2〜3センチぐらいは身長高いよな?」
「そうです・・・これが女系の家系の成れの果てです・・・」
「そうか・・・」
舞衣先生はそう言ったきり黙り込んだ。しかし、突然何かを思い出したかのように口を開いた。
「そうだ!その手の大きさって、オトコ手の方が女より大きいって前提だったが、逆の場合はどうなんだ?なあ・・・まーくん」
「えっ?それって夏帆ちゃんと比べて・・・って事ですか?」
「いや・・・小比類巻じゃなくって・・・」
「あの・・・舞衣義姉さん・・・知ってるんですか?・・・あのこと・・・」
その時、そう言いながら夏帆の前でエンちゃんが動揺していた。
「まっ、知ってるさ・・・何せ教え子のことだからな・・・」
この時夏帆の隣のエンちゃんが動揺したのを夏帆は見逃さなかった。それって一体・・・?
「すいません・・・謝って済む話じゃないんですけど・・・」
夏帆はこのエンちゃんと舞衣先生の話が何のことか全くわからなかった。ましてや誰と誰の話だなんて・・・
「?・・・?」
不思議そうな顔をする夏帆に向かって舞衣先生が口を開く。
「小比類巻は知らなくていい話だ!身内の話ってことで・・・聞かなかったことにしてくれ」
「は・・・い・・・」
この話は、エンちゃんとその下宿の娘との間にあった話だ。その下宿の娘とは、夏帆の高校の時の先輩に当たるふたば先輩のことだ。
そのふたば先輩は身長184センチの高身長に加え、空手の有段者という恐ろしい存在だった。高校在学時友達だったこだま先輩を妊娠させたうえ、責任を感じていないサッカー部のキャプテンを公衆の面前で素っ裸にしたうえ睾丸を握り潰したという武勇伝を持つ先輩だ。そんな先輩はいつも男子生徒を毛嫌いしており、男性恐怖症ではないかというもっぱらの噂だった。夏帆は数日後そのふたば先輩とばったり出くわすこととなる。
そんなことはさておいて、話はモノの大きさの違いについて・・・に戻る。
「その男女逆というパターンについては後で酒でも呑みながら聞くこととして、要は大きさが極端に違うというのはダメと言うことだな?わたしのカレは大きすぎるってケース・・・?」
そこでエンちゃんが蘇ったかのようにドヤ顔で口を挟んだ。
「それで舞衣先生のこと傷つけてしまったと思ったのかもしれないですよ?僕の場合と・・・同じ・・かも」
「それって誰のことだ?理央ちゃんか?それとも・・・」
その時エンちゃんが舞衣先生に飛びかかり、両手でその口を塞いだ。
「モゴモゴ・・・・」
「舞衣義姉さん!それは・・・」
「いやそうだな・・・これは身内の話だから・・・まだ夏帆ちゃんは知らなくても・・・」
「身内になれば教えてくれます・・・?」
その時夏帆の前のエンちゃんはしばらく考えてから口を開いた。
「それを聞いたら夏帆ちゃんが僕を嫌いになるヤツだから墓場まで持っていくことにするよ」
「それなら墓場に一緒に入る!」
夏帆のそんなぶっ飛んだ言葉を聞いて舞衣先生が止めに入った。
「おいおい・・・結婚する前からそんな墓場だなんて・・・」
「舞衣先生は考えてないんですか?」
「なんだ?」
「あのカレシとのそっちの話の解決法・・・」
「まっ、そうだろうな・・・それも結構奥深いヤツ・・・」
「結婚は考えてるんですか?・・・」
「オンナ27・・・色々あるわ・・・」
「アレ?わたしをスキーに連れてって」では「オンナ26」でしたよ?」
「26でも27でも構わないんだが・・・なんか責任感じちゃってな・・・。国分町行って本当にダメかどうか確かめてこい!って言ってるんだけど・・・それでいつもさっきみたいな口論になって・・」
「本当にダメだったらどうするんですか?」
「まっ・・・だとしても別れるつもりはないがな・・・」
「男女の仲ってそれだけじゃない・・・ってことですか?」
「分からんがな・・・」
「責任を感じて付き合う・・・ってことですか?」
「責任感だけじゃないと思うが・・・それがオトコとオンナだ。深いだろ?」
舞衣先生が半ば諦めに近い口調でそう言った時、舞衣先生の義弟が口を開いた。
「本当に大事にしたいものって、触れたら壊しちゃいそうな気がして触れちゃいけない感じがすることあるんですよね・・・」
「本当に大事なものって・・・わたしのこと?」
「一度壊しちゃいそうになったんですよね?だから・・・」
どこからソノ話を聞いていたのだろうか?まるでそれが当たり前かのような顔でそう口にしている。そんな中、その話を聞いた舞衣先生の耳が赤くなっていることに夏帆は気づいた。その舞衣先生がエンちゃんに向かって告げる。
「うん!分かった!そうなりそうになって逃げ出した経験者が言うとなんか説得力があるよな?今は義弟に免じてそう言うふうに解釈しておく・・・」
この会話・・・傍で聞いていた夏帆にとって理解のできる範囲を大きく逸脱するものだった。つまり、オトコたるもの綺麗なものや大切なモノ、また本当に好きな女性とそうなった時、自分がその相手に手を掛けてしまうことに対して罪悪感を覚えるようなことを感じることがあると言うことなのだろうか?だから迂闊に手を出せない・・・?そんなオトコという生き物を全く理解できていない夏帆ももちろん生娘だ。
もしそれが本当であれば、このエンちゃんたるオトコが中学生の時同級生の女子に迫られた時、自分がその女の娘を壊しちゃうという呵責に苛まれ、その同級生の期待に応えられないと判断した・・・と言うことなのだろうか?
夏帆はなんとなくそんなことを思いつくものの、そんな経験など全くない夏帆にその真相を知る由もない。
その時だ。夏帆が肩にかけている鞄の中から業務無線が電波を拾う音が・・・
「ザザッ・・・ザザッこちら10号車・・・応答無用・・・ザザッ・・緊急・・・ザ〜・・・ザザッ、この先滝沢パーキングに寄ります・・・他号車はそのまま進んで・・・ザザッ・・・」
それは夏帆たちが使う業務無線の周波数に近い業務無線を使う他のバス会社のものだった。ちなみにこの「緊急」というのは単にトイレのことを指す。つまりは乗客が急に尿意を催したということ。
しかもそのバスが8号車だとは・・・少なくとも10台以上の台数口で運行しているバスの集団だ。そんな大集団で運行しているバスに遭遇するのは昨日花巻温泉で一緒になった帝国バスくらいなものだった。
そんな無線交信に被るようにして待ち人からの無線が入る。
「お借りします・・・こちら三五八3号車松田・・・キングのナベちゃん取れますか?ザザッ」
「ザザッ・・・こちら三五八1093(エアロキングの車番)松田・・・メリット3ですどうぞ・・・ザザッ」
「ザザッ・・・牽引され・・・まもなく滝沢インター・・・ザザッ」
「ザザッ・・・了解です。こちら料金所手前で待機中・・・どうぞ・・・ザザッ」
「ザザッ・・・会社に連絡願います。二戸営業所の受け入れ確認も・・・どうぞ・・・ザザッ」
「ザザッ・・・了解・・・ザザッ」
「ザザッ・・・夏帆ちゃん・・・ということでよろしく・・・ザザッ」
その時、急に話を振られた夏帆は慌てながら鞄のファスナーを開け中から無線のハンディー機を出し左耳に当てた。
「ザザッ・・・こちら小比類巻・・・了解です。でも・・・何メートルも離れてないのにわざわざ無線で・・・ザザッ」
「ザザッ・・・ごめん!なんか部外者が入れない感じで・・・ザザッ」
「ザザッ・・・すいません・・・すぐに電話入れますので・・・ザザッ」
夏帆はその通話を終えると無線機を鞄にしまいながら頭を下げる。
「すいません。これから仕事に戻ります・・・」
「こっちこそごめんね・・・仕事の邪魔しちゃったみたいで・・・」
「いえ、楽しかったです。今度小林ボデーにお邪魔した時にでも・・・」
「そうね・・・その時は理央ちゃんも混ぜて夜更かししたいね・・・」
「よろしくお願いします」
そう言い残し夏帆は電話ボックスに走った。
そして夏帆が会社に連絡を入れている最中に大型のレッカー車に牽引されて来たスケルトンが姿を見せる。そんなスケルトンを見て夏帆は重大がことを思い出した。
それはエンちゃんに運んでもらった自分たちの荷物の存在・・・
そんなことを思いつつ電話ボックスから出た夏帆の前ではエンちゃんと麻美子さんが夏帆と渡部運転手の荷物をエアロキングに運び入れている最中だった。そしてハッチを開けた赤クロレビンの脇で舞衣先生が叫んでいる。
「このダンボール重くて持てな〜い・・・」
そう、忘れていたがそれは夏帆がわんこそば大会でもらった景品のモトコンポだ。
「すいません・・・それってなんとかっていう原付らしいんですが・・・景品の頂き物で・・・」
それを聞いた麻美子さんが舞衣先生の元まで走って行きそのダンボールの正体を確認した。
「これってモトコンポじゃん。夏帆ちゃんって原付乗るの?」
「いや・・・」
「それじゃ、ちょっとウチに預けてもらえないかな?ちょっと試したいのがあって・・・」
そういうと麻美子さんはセリカのダッシュボードから出した「写るんです」で目の前のエアロキングをいろんな角度で撮影している。そんな姿を見ていたエンちゃんが夏帆に声をかけた。
「多分・・・いや、夏帆ちゃんを驚かせたいから・・・ちょっと内緒!」
それは後日分かることになる。それは板金塗装を生業としている実家だからできるとこだった。
「それじゃわたしは業務に戻りますので・・・今回はお世話になりました。また、これからも末長くよろしくお願いします・・・」
その時だ。夏帆が挨拶をする中、牽引されているスケルトンの数行料を精算した松田運転手がエアロキング目がけて駆け寄ってきた。
「もしかして・・・古賀ちゃんを助けてくれた方々?」
松田はそう言いながら頭を下げその時の心境を語る。
「あの時ガイドを非常電話まで走らせたのはいいけどなかなか戻って来なくってね・・・生徒さんをガードレール外まで非難させなきゃならないし・・・古賀ちゃんのハンディーも応答がなくって本当に焦っちまって・・・その後夏帆ちゃんのハンディーから古賀ちゃんが倒れてるって聞かされてさ・・・だから本当にありがとう」
その頭を下げる松田の表情は本当に安堵に満ちたものだった。
「この度は本当にお世話になりました」
この時夏帆はその松田とともに深々と頭を下げ夏帆はエアロキングに乗り込んだ。そして手を振る面々に大きく手を振り返した夏帆は料金所でエアロキングの通行料を支払う。その後エアロキングは一度料金所を出てその先のカラーコーンが切れている部分でUターンした。この時夏帆は感心していた。いつも料金所の前後が無駄に広いと感じていたが、全長12メートルもあるバスがきちんと回転出来る道路幅となっていたなんて・・・
あまり知られていないが、実は3軸構造(バスを横から見て車輪が前輪1軸・後輪2軸)のエアロキングはホイールベース(前輪・後輪間の長さ)他のバスより短いため小回りが効くのだ。その代わり、3軸目の一番後ろのタイヤがフロントタイヤと反対に向くというのもその特徴だった。
そしてそんなエアロキングが再び料金所を通過するエアロキングの右側で大きく手を振る三人にクラクションで返し、総排気量21000ccV型8気筒生エンジンの音を残し東北時自動車道滝沢インターチェンジのランプを加速していた。
そのエアロキングが東北自動車道上り車線に合流した時、運転する渡部運転手が囁いだ。
「オレ・・・緊急かも・・・しかも個室が必要なほう・・・」
しかし、エアロキングにはトイレが装備されているが・・・その渡部は運転中だった。
滝沢インターチェンジで大分時間を取ってしまいましたが、実際には賞味30分くらいの出来とでした。この後、渡部のトイレ事情から滝沢パーキングによる事になりますが。そこで先ほど無線で聞いた帝国バスの10号車と出会うこととなります。
その後・・・夏帆は慣れないエアロキングで苦労することになります。しかも次の団体様が通常の観光客ではない一種異様なお客様でした。しかも、そのお客様の中にエンちゃんがよく知る人物も・・・
新たな展開をする次回作品をお楽しみにお待ちください。
みなみまどか




