吹奏楽部の舞衣先生とマコトマジック・・・
滝沢インターチェンジでの料金所前での話は、意外な人を加えさらに盛り上がります。
その中でバスガイドである夏帆の恋敵や恋するエンちゃんの元カノの意外な情報を聞く事になります。
その内容とは・・・
そんなところで油を売っててもいいものか気になるところですが、今回のストーリーにお付き合いください。
それでは・・・
それは・・・夏帆がエンちゃんの彼女の存在について想いに耽っていたその時だった。
夏帆の左側に見える料金所ブースの反対側の右側のはるか遠くの高速道路本線のほうからクルマの排気音が近づいて来た。
どうもその音は1台の排気音ではないようだ。それはエアロキングのアイドリングの音を透かして直接聴こえつような音量だ。そんな排気音はどこか違った音が重なるようにいろんなところに反響している。そのうちの一台は夏帆の記憶に新しいレビンの甲高い音だろう・・・しかし、もう一方の低音の効いた音は初めて聴く音だった。
『でも、この2台の音・・・音は違うけどどこか似てる・・・』
実はその音・・・仕様が全く違うものの、エンジンベースが同じであることから音が似ているのは当然と言えば当然・・・
そんなことなど全く知らないながらその二つの音が似ていると思う夏帆の音を聴き分ける聴力も高かった。そんな耳を持つ夏帆がそう思いながら近づいてくるその排気音は、目の前のエアロキングのアイドリングの音をも掻き消すくらいの音量だった。
でも、そのクソでかいエアロキングが邪魔でそのクルマが何かのかが分からない。そんな夏帆がその正体を確認すべく身を乗り出した瞬間、夏帆の目の前を横切り赤いクルマが2台連なるようにして覆面パトが駐車している駐車場で停車した。
それは、夏帆たちの荷物を届けに来てくれたエンちゃんのレビンと、どこか古めかしい小さめのクルマだ。それにしてもその2台が揃うと会話もできないくらいに騒がしい・・・
するとそれを見た水色制服を着た長身のカレが途端に挙動不審となる。おまけにそれを見ていたその同僚が騒がしいエンジン音が消えた瞬間、まるで茶化すかのように声をかけた。
「あっ!あれ〜?あの赤いKP61って・・・」
「えっ?あの赤いKP61・・・って?」
その声に合わせるようにして麻美子さんも驚きの声をあげた。そんな麻美子さんの声に続くように同僚の水色制服が話を続ける。
「・・・誰でしたっけ?部長が呼んだんですか〜?何なら音量測定始めましょうか?」
そんな茶化すような声の中、気がつくとその部長と呼ばれた背の高いカレがその赤いKP61と言われたクルマの運転席前までダッシュして敬礼をしていた。夏帆もそんな様子を横目に赤いレビン目指してダッシュする。
そして夏帆の視界に停車した赤いレビンの運転席ドアを開けたエンちゃんの表情が曇っているのが目に入った。そして駆け寄った夏帆に向かってエンちゃんが口を開いた。
「あの・・・倒れたガイドさんって・・・?」
「うん。大丈夫!さっきの救急車で盛岡に・・・」
「パトカーに先導された救急車とすれ違ったのって・・・それだよね?」
「うん。バスもここに来る時はここまで覆面パトカーに先導されて来て・・・それに、その救急車にはエンちゃんの従姉妹で看護婦の芽衣子さんと女医の結衣さんが付き添いで乗って行ったから大丈夫!」
「それにしても心配だね・・・あんな状態だったし・・・」
「でも、バスの中で横になっていたらだいぶ落ち着いたみたいだよ・・・それに警察にまで協力してもらって最善のことしてもらってるから・・・古賀も嬉しいと思う」
夏帆がエンちゃんに対してそこまで話した時、そのエンちゃんが何か考え事をしながらボソリと呟く。
「なんか、岩手県警にはお世話になりっぱなしだよな・・・僕の時もそんな感じだった。高速道路での事故の後、身体を張って後続車を停めてくれたっていう話も聞いてるし、搬送の時も病院までパトカーで先導してくれたり・・・終いには高速を4時間も通行止めにしちゃったのにも関わらず、バイクがどんな感じになっていたのかが分かる状況写真も提供してもらったり・・・」
それは先ほど水色制服と麻美子さんがしていた会話とドンピシャリだった。そんなことを思いながら夏帆が思わず尋ねた。
「それって、前にエンちゃんが話してくれた花巻のバイク事故のことでしょ?」
その問いに対してエンちゃんが遠くを見るような目で答える。
「そうなんだよね・・・あの時色々骨折ってくれた高速隊員の方にお礼の一つも言ってなくって・・・」
それを聞いた夏帆は、もう一台の赤いクルマの前でどう言う訳か分からないが誰かと口論を始めたそのカレの姿を目で追う。そんなカレは、身体を屈めて運転席に中に顔を突っ込むような体制で運転席に座る若い女性と何か揉めている。しかも、麻美子さんがその背後で呆れた表情をしている・・・そんな様子だ。
でも、そんなクルマの中から聞こえる若い女性の声はどこか聞き覚えのあるような・・・そんなことを感じながら夏帆は声を掛ける。
「エンちゃん・・・」
「何?」
「恐らくあの背の高い高速隊員がそのひとだと思う・・・さっきエンちゃんのそんな話ししてた・・・」
その時夏帆は目配せしながらそう伝えた。すると目の前のエンちゃんが驚いた表情に・・・
「えっ?それじゃ・・・」
そして夏帆にそう告げられたエンちゃんは、レビンの左隣に車1台分ほど隙間の空いたところに停まっている赤いクルマに歩み寄り、謎の口論現場に割って入る。
「ちょっといいですか?舞衣義姉さん・・・ご無沙汰してます。麻美子姉さんの結婚式以来ですね?でも、このクルマを見て「もしかして?」って思いましたが凄い偶然です・・・高速降りたランプの合流で一緒になるなんて・・・」
「えっ?」
その時、その赤いクルマの運転席を見て驚いたのは夏帆の方だった。
それは一旦エンちゃんの後ろについて行こうとした夏帆だったが、その女性の姿を見た瞬間立ち止まり、とっさにレビンの影に身を隠していた。それは、夏帆が高校時代3年間も担任をしていた先生だったから・・・
レビン後ろから隠れるように見ている夏帆に視線の先では舞衣先生がそのカレを無視するかのようにクルマのドアを開けクルマの外に出たところだった。
その瞬間、舞衣先生の背後に立つその長身のカレの視線が舞衣先生の胸元に向いたのは言うまでもない。
『へ〜・・・やっぱりね・・・あの角度だとバッチリ見えるよね・・・もしかすると谷間の隙間から下まで・・・』
そんな事を感じつつしゃがんだ夏帆が、レビンのリヤバンパー越しに見るロングヘアーの舞衣先生はいつものことながらエッチな体型をしていた。そんなセクシーな姿で後ろ手に髪を纏めていたシュシュをサッと外すと栗色の髪が太陽の光に透かされるようにして肩にかかった。
そんな髪を右手でサッと払う舞衣先生は、黒いポロシャツに黒のジーンズに赤いハイカットのコンバースを履いていた。それは、夏帆より少しだけ低い身長でそのスタイルの良さというか、ボタンの開いた胸元から見え隠れする胸の谷間を含めたそのセクシーなラインが一目で分かる・・・そんな格好だ。
そんな舞衣先生が、歩み寄るエンちゃんと水色制服の後ろにいた麻美子さんに向かって口を開く。
「麻美子さん久しぶり!どう?新婚生活は?それにまーくんも久しぶりだね!八戸で大学生やってるんだよね・・・」
そこまで言った舞衣先生の視線がエンちゃんと麻美子さんからレビンの影に身を隠す夏帆に向けられる。
「なんか三五八交通のでっかいバスが停まってると思ったら、そのバスガイドが小比類巻だったとは・・・ねえ?なんで隠れてる!やましいことでもあるのか?」
やはり3年間夏帆の担任をしていただけのことはある。身を潜めるその姿を一発で見破るとは・・・
そこでそう言われた夏帆だったが、もちろんやましいことなど一つもなかった。ただ・・・昨晩、舞衣先生がエンちゃんの義理のお姉さんと聞いたばかりだったので心の準備ができていなかったというか・・・
そこで夏帆はレビンの後ろから舞衣先生の前まで出て、シワになってしまったスカートを整えながら営業スマイルで挨拶する。
「ご無沙汰しています。去年、吹奏楽コンクールの東北大会で盛岡へ伺った時の乗務以来ですね?あの時は金賞受賞おめでとうございました。その後お元気でしたか?」
この時夏帆はハッとした。その時、吹奏楽部の顧問である舞衣先生が引率していた吹奏楽部員の中にあのエンちゃんの彼女も含まれていたのだ。だから、スタンドでバイトしていたその彼女が夏帆のことを良く知っていたのも合点が行く。そんな夏帆を前に舞衣先生がため息を付く。
「まっ、あの時はダメ金だったけど・・・」
この「ダメ金」と言うのは知る人ぞ知る次への大会出場のない金賞である。東北地方からは2校ほど全国へ進めるのだが、この年も盤石の伝統校が全国へ進んでいた。
しかし、夏帆の記憶の中のこのコンクールの帰り道のバスの中はまるでお祭り騒ぎだった。近年県大会止まりで、その成績も良ければダメ金という低迷し切ったこの部活を東北大会まで導いたのがそのエンちゃんの彼女だったというのも後で聞いた話しであったが、そんな彼女だけはそのお祭り騒ぎをよそ目に悔しそうな表情をしていたのも記憶していた。
「久しぶりの東北大会だったとお聞きしていましたが・・・それでいきなり金賞受賞って、素直に喜んでよろしいレベルかと・・・」
裏事情を知らない夏帆がそこまで言ったことに対して返した舞衣先生の言葉は初めて聞くことだった。
「普通ならそうなんだよね・・・前の外部指導者が異動しちゃって、わたしが指導するようになって初めての東北大会で・・・」
「それじゃ、昔は強豪校だったんですか?」
「まっ、そういうことになるな。それでこの流れを切らしちゃいけない・・・来年こそは全国って思っていた矢先に、次期部長候補のそのマコトマジックが転校しちまってさ・・・」
「ん?マコト・・・なんとか?」
「そう・・・マコトマジック。その彼女って、わたしが部活指導に嫌気がさした時にふと立ち寄った近所の中学校の体育館・・・そこには吹奏楽部の定期演奏会っていう手書きの看板が置いてあって、それなりの音が聴こえてきたからふらりと立ち寄ったんだ・・・」
「そこで見つけたんですね?」
「そう・・・音響なんてまるで考えてないあの体育館で響き渡るユーフォニアムのあの透き通るような音。中学校の備品の楽器であそこまで綺麗な音が出るなんて・・・もう、晴天の霹靂!」
「惚れちゃったんですね?」
「うん。それでやっとのことで引っ張ってきたんだけど、その彼女が入部してからウチの吹奏楽部の何もかも変わった・・・いや、変えちゃったと言っても過言じゃない。だからマコトマジック」
「それからは順調に進んだんですね?」
「いや・・・全然順調じゃなかった。当初は吹奏楽部始まって以来初の特待生として期待されて入部した彼女は、先輩方から見ればただの抵抗勢力でしかなくってさ・・・そんな先輩方がその彼女を潰しにかかって・・・」
「潰す・・・って?」
「うん・・・その先輩方はとにかく彼女に楽器を触れさせなかったらしいの。基礎練習と称してマウスピースだけを預けて・・・あと、嫌ならいつでも辞めてもらってもいいっていう伝言付きで」
「辞めるって言っても部活特待で入学してるから、部活辞めた途端に入学時まで遡って授業料払わなくちゃならないですよね?」
部活特待で入学することについて、その内容にやたらと詳しい夏帆だった。当時ソフトボールの姉妹バッテリーとして名を馳せていた小比類巻宅に、付属校のソフトボール部の副顧問が訪れたのは夏帆がまだ中学3年生の夏のことだった。
この時まで夏帆の両親は経済的に授業料が高い付属校に姉妹を通わせることは叶わないと考えていたため、部活を辞めない限り続く授業料免除の好条件に飛びついたのだった。だだし、最低1年間は退部できないという条件付きではあったのだが・・・
そんなエピソードを思い出しつつ夏帆は話を続ける。
「ウチの親も部活特待って制度が有り難かったって言ってました。だって、附属の授業料高すぎじゃありません?」
「う〜ん・・・そうだな・・・ウチの部活でいえば百万超えの楽器がたくさんあるし・・・その彼女用に準備した楽器もプロが使う百万近いヤツで・・・」
「それに学校の施設だけは充実してますもんね・・・女子ソフト専用のグラウンドもあるし、しかも夜間照明使い放題とか・・・」
夏帆が通っていた八戸理大附属高校というのは、大学から幼稚園まで揃える県内でも屈指のグループ企業だ。そんなグループの中に現在夏帆がバスガイドとして勤める三五八交通も含まれる。そんな高校に勤める舞衣先生がドヤ顔で夏帆の問いに答える。
「だろ?でも、後で分かったんだけど実はそんなことで準備した楽器は先輩が確保しちゃっててね。大して練習もしないのにさ・・・年度始めの基礎練の時期だったからキチンと見てやれなかったわたしも悪いんだけど・・・本来使うはずだった彼女に渡されたのは古いヤマハのマウスピースだけで・・・」
「マウスピースって、金管楽器の口に当てるヤツですね?」
「そんなマウスピースしか触らせてもらえない彼女はそこでどうしたと思う?」
「楽器がないんじゃどうにも・・・」
「同じく入部した未経験の新入部員を担当楽器関係なく大勢集めて譜面の読み書きを教えたの・・・徹底的に」
「譜面って楽譜のことですよね?」
「そう・・・楽器によって譜面が違ったりするんだけど全て教えたの・・・」
「読み方というのは分かるような気がしますが、その書き方って?」
「そうなの。音楽を聴いてそれを譜面に起こすことまで教えたの・・・」
「それでどうなったんですか?」
「譜面が読めればあとは楽器に慣れるだけ・・・」
「すると?」
「先輩方がこれ以上応援しても無駄だから、あとは応援団に任せて撤収しなさい・・・そう言って後片付けを後輩に押し付けて先に帰ってしまった負け試合の野球応援で素晴らしいコンバットマーチを吹いちゃってね・・・」
この時、夏帆は高校3年生の時そんな噂を聞いたことがあった。その時は特に気を止めることはなかったのだが・・・
「あっ・・・ソレ、聞いたことあります。東運動公園の野球場でやった新人戦ですよね?部員は自転車とか路線バスで向かったけど、楽器運搬の2トン車は舞衣先生が担当したっていう・・・」
「そうだよ・・・ちょっと目を離した隙に2〜3年生帰りやがって・・・」
「その先輩方・・・焦ったでしょうね・・・」
「そうだよ・・・結局その試合って応援の盛り上がりも手伝って大逆転で勝ったんだが・・・」
「あちゃ・・・勝っちゃったんですね?先輩の面目丸潰れじゃないですか?」
「まっ、7回で7点も点差が開いていれば・・・」
「7点もですか?」
「その試合っていつになく応援が異様に盛り上がったんだ。後で他校の先生から附属の野球応援が凄かったって褒められてさ・・・先輩方も、知らないところで自分たちよりいい演奏されちゃ焦るよな・・・」
「密かに練習していたとか?」
「いや・・・音階の基礎練に入ったばかりで、新入部員たちがやっと楽器持たされていた頃でさ。結局、その楽器撤収要員で残された新入部員は初見でその曲吹いたんだよ・・・先に帰った先輩方の中にも譜面が読めなくて耳コピーで吹いてる娘もたくさんいたから焦っただろうな・・・」
「・・・その「耳コピ」ってなんですか?」
「譜面がなんとなくしか読めないから誰かに一度吹いてもらわないと分からないという・・・」
「それじゃ、初見じゃ無理・・・ってヤツですね?」
「そうなんだ・・・合奏中、合奏とめて譜面に書いてある細かい指示を指導しても『?』という顔をするパートリーダーすらいてさ・・・」
「それじゃ始まったんですね?」
「うん。そこから始まったんだ下剋上が・・・」
「部内が険悪になりませんでした?」
「いや・・・意外と向上心のあるヤツばかりでな・・・もっとも、やる気のないヤツはその時点で辞めて行ったんだが・・・」
「そうすることによって部活全体のレベルが上がることもあるんですよね?」
「その結果、一昨年は県大会ダメ金で去年が東北大会ダメ金で・・・」
「急にレベルが上がるってことは、体育会系部活にありがちなことですよね?」
「えっ?吹奏楽部って文化部だけど?」
「知ってます。体育会系文化部だってこと・・・」
「まっ、そう陰口叩く奴もいるさ・・・でも、そのマコトマジックのために推薦枠取るの・・・本当に大変だった」
「普通に入学してもらってから吹奏楽部に引っ張る方法もありましたよね?」
「違う・・・そもそもその彼女が母子家庭だった。しかも、お姉ちゃんが短大に行っててあまり経済的に裕福じゃない家庭でさ・・・スカウトにお邪魔したら私立に行かせる余裕がないって一蹴されて・・・」
「それでどうしたんですか?」
「学費免除の特待生で迎えます・・・って思わず啖呵切っちゃってさ・・・」
夏帆は知っていた。その昔、自分の担任である舞衣先生が吹奏楽部初の推薦枠を取り付けるために奔走した挙げ句、職員会議で「実績もない吹奏楽部にどうして推薦枠が必要なのか?」と集中砲火を受けていた姿を・・・
ということは、東北大会出場はその娘を部活推薦で引っ張ってきた舞衣先生の手柄とも言えなくもない。でも、今年度はその娘がいない状態で普門館を目指ざるを得ないことになる。しかも去年東北大会で金賞を受賞したということで、保護者達が去年以上の成績を期待しているのだ。
「それじゃ、舞衣先生が頑張らないとダメじゃないですか!」
夏帆がそう言うと舞衣先生は少し考えて夏帆の顔を見た。
「まっ、そうだな・・・わたしが頑張んないで誰が頑張ると?」
「そうです!去年の成績を見た優秀な経験者も入ってくれたんじゃないんですか?学年関係なく実力主義でコンクールメンバーを決めればいいんじゃないんですか?」
「やっぱりそれしかないか・・・今までもそうは思っていたけど、導入するか・・・オーディション形式。それはいいけど、ところでオマエも身体壊してないか?大分忙しいそうじゃないか?」
「ご心配ありがとうございます・・・身体は根っから頑丈なので・・・ん?」
「オマエ・・・も?」
実は、この舞衣先生は大会直前に過労と極度のストレスから倒れてしまって救急搬送された経歴を持っていた。そこで舞衣先生のいない部活をまとめ上げたのもそのマコトマジックであったが、そんなマコトマジックのいない今年の大会にどう挑むのかが現段階の課題となっている。
そんな舞衣先生が話題を変える。
「それはいいとして、きちんと観光案内できるようになったか?あの時のお前・・・酷かったからな・・・」
「舞衣先生・・・それはちょっと御内密に・・・前に、先生から教えて頂いたホイッスルの吹き方は大分上達してますが・・・」
その「ホイッスル」と言うのはもちろんバスを誘導する「アレ」のことである。
「まっ・・・そんなことより、だいたいお前こんなところで何してるんだ?こんなにいろんな人が集合した中で・・・」
「あの・・・実は昨日から五連勤乗務をしてまして、今日が二日目となります。それで今は体調崩した同僚をここまで緊急搬送する中でたまたまお世話になったあの方や麻美子さんがここで集合してしまったというか・・・」
「そこに加えてわたしたちの登場・・・って訳か?」
「そう・・・いうことになります」
その夏帆にの説明に麻美子さんが言葉を繋ぐ。
「昨日、元職場の同僚の結婚式に出てその後花巻温泉に泊まったんだけど、従姉妹の瞳ちゃんが泊まっている部屋尋ねたらどういうわけか小比類巻さんがいて、そこで裸の付き合いをしたっていうか意気投合したっていうか・・・」
それを聞いた舞衣先生が何かを思い出すような表情で口を開く。
「あっ・・・瞳さんって東京の大手旅行代理店に勤めてるって結婚式の時そう言ってたな・・・それで?」
今度は夏帆が昨日の止まれぬ事情を説明する。
「そうなんです。宿の手違いで部屋がなくなってしまって・・・添乗員の佐倉さんの部屋にお邪魔してたんですが・・・」
そんな話を聞いていた舞衣先生は不思議そうな顔をしながら口を開く。
「ところでさ・・・小比類巻ってそんなに化粧濃かったか?板についたように見えたのは厚化粧のせいだったってことか?」
「いっ・・・いや・・・バスガイドがみんな厚化粧ってことではありませんが、コレにはちょっとしたハプニングがありまして・・・」
「ん?カレシが出来てやっとデビューしたとか?」
「そういうデビューだったらいつでもしたいんですが・・・」
そう言いながら夏帆が無意識に隣にいたエンちゃんを目で追ってしまったのを舞衣先生は見逃さなかった、
「でもさ・・・まーくんに聞くけど、そのバスガイドと知り合いなの?・・・ここでたまたま仲良しになった・・・とか?この小比類巻もデビューしたいって言ってることだし、この際デビューさせてやったらどうだ?」
「舞衣先生、この際・・・って、そんなおまけじゃあるまいし・・・」
この時、それまで話を聞いていたエンちゃんが頭を掻きながら舞衣さんの言葉に割って入る。
「すいません。まっ、それには色々あったんですが・・・まずこの方にお礼を言いたいので・・・」
「えっ?お礼って?・・・・コレに?」
そう言いながら舞衣さんが目の前の水色制服を指差した。
「そうです。命の恩人です・・・」
「コレ・・・が?」
「そうです。前にバイクで事故を起こしまして・・・」
「えっ?その話って、まーくんが運転するバイクを散々煽ってスピード出されたうえに転倒させたっていう覆面パトのことか?」
「舞衣義姉さん・・・その話ってどこか悪意に満ちてません?」
その時夏帆がその舞衣先生のカレを見ると「絶対に違う」というゼスチャーをしている。そんなカレの前で舞衣先生の話は続く・・・
「それとも、わざとゆっくり走って後ろを団子状態にしたうえでサービスエリアに入ってそのまま素通りして、本線上を加速していったクルマを涼しい顔して検挙するあの悪名高い覆面パトのことか?」
「そんなことするんですか?」
そこで夏帆とエンちゃんの眼差しはその舞衣先生のカレへ・・・
「ノルマが厳しくなるとコレがやる事だから・・・わたしもそれにやられたし・・・」
その時再び夏帆がその舞衣先生のカレを見ると向こうを見て頭を掻いてる。そんなカレの前でエンちゃんの話は続く・・
「僕の時は全くその逆です。スピードを出している僕を何度も停めようとしていたのにも関わらず走り続けた僕が転倒したっていう話です・・・」
「それって半年も花巻の病院に入院してたっていうウワサのアレか?」
「そうです。その事故です。それで、先ほどお世話になった方だと聞きましたので・・・」
「お世話って・・・コイツにか?」
そう不思議がる舞衣さんをさておいてエンちゃんが舞衣さんの隣に立つ水色制服に頭を下げる。
「その節は大変お世話になりました。お陰様で日常生活に支障ないところまで回復して・・・」
夏帆はこの時、そんなお礼の挨拶をするエンちゃんを見ながら不思議に思っていた。高校の時の自分担任だった先生の彼氏がエンちゃんの命の恩人だったなんて・・・
そんな中、今度は水色制服の方がエンちゃんに向かってそれに応える。
「僕は君が転倒する瞬間を全部見ててさ・・・第2通行帯を走行する君の左前方で第1通行帯を走る2t車の積載物飛散のため荷台掛けてたブルーシートが外れて、斜め後方から高速で近づく君に向かってヒラヒラと飛んできて「ヤバい!」と思った瞬間君がまるでマネキンのように転がってさ・・・」
「すいません・・・とっさにブレーキ掛けたんですがそんなスピードだったものですから・・・」
「そうだよね・・・その前から何度もマイクで停止命令出していたんだけど・・・」
「その話は麻美子姉さんから聞いてます。でもその時は全く何も聴こえていませんでした。バイクのミラーもブレて何も見えませんでしたし、カウルも何もないバイクでしたので当たり前にヘルメットの中は風切り音しか聞こえなくって・・・それで覆面に追尾されていたとは全然分からなくって・・・すいません」
「どうして君は助かったと思う?あの時速160キロ以上という速度で転倒して・・・」
「わかりません・・・でも、その時は走馬灯のようにいろんな景色が見えて・・・亡くなってしまった彼女の姿も見えました・・・」
「君はそんな状況だったから身体の力が抜けていたんだと思うんだ。普通の人はどうにかしようとして身体に力が入ってしまうんだが、君の身体はまるでマネキンのように力が抜けてて・・・まるで魂が抜けていたというか・・・」
「すいません・・・その時の走馬灯で最後に出てきた彼女が言ったんです。「CBXを壊しちゃったからタンデムで海に行けなくなっちゃったでしょ!八戸に旅立つ時言ったでしょ?バイク壊しちゃダメだよって!その約束破ったんたから顔も見た聞くない!アッチ行け!」ってフラれたんです・・・」
「!」
その話を以前聞いたことがあった夏帆は、自らの目頭が段々と熱くなるのを感じた。
そんな夏帆の前で水色制服が口を開く。
「その時の君の彼女って・・・?」
「その約束をしたのはあおいが中学1年生の時でした・・・」
夏帆が以前聴いていたその亡くなってしまった彼女は14歳だったと記憶していた。14歳と言うことは中学2年生・・・
夏帆がそんなことを思っている側でエンちゃんの話が続いている。
「そんな彼女が引っ越す前日に真新しい制服のセーラーを服を着てウチに来たんです。その家は僕の引っ越したあと取り壊しになりましたが・・・」
その話によると、その時の彼女の歳は一つ若いと言う事になる。もしかしてエンちゃんってそう言う年頃の女子が好み?・・・なんて不謹慎なことを思うのを押し殺しつつ夏帆はその話を聞いていた。
「じゃ・・・今は実家という建物がない?」
「そうです。彼女もそうなることを知ってました。でもそんな彼女が言うんです。「大学に行ってる4年間待ってるから」って・・・僕の帰る家がなくなってしまうって言うのに・・・」
この時、エンちゃんの実家が取り壊される経緯を知っていた夏帆の胸は痛かった。その時夏帆が不意に口を開いた。
「でも、ガレージは残ってるんだよね?」
「うん。ふたりの思い出と、バイトして揃えたたくさんのKTCのいっぱい詰まったそのガレージを残して遠くへ就職なんてできないと思う・・・」
「そっ、そうだよね・・・」
この時夏帆は、実家がないのならいっその事八戸へ残ってもらいたいと一瞬だけ思った。でも・・・
そんな夏帆の前でエンちゃんの話は続く・・・
「恐らく帰る家を無くした僕がどこか遠くに就職してしまうのを察知してのことなんでようけど・・・その彼女から待ってるって・・・そう告げられました。それで卒業して地元に戻ったら高校生になっているはずだったんです。・・・それで、もしお互いの気持ちが変わっていなかったらそこから正式に交際する予定で・・・」
「それじゃその時彼女は・・・」
「はい。そんな歳です。幼いでしょ?だから僕ってそんなハナシを重く捉えていなくって・・・」
「もしかするとそれは彼女にとって・・・」
「その彼女って「あおい」っていうんですが、僕はあおいに好きな人が出来たらそれは仕方がないっていうふうに思ってました。それが当たり前だと思うんです。だってあおいとの距離が何百キロも離れてるんですよ?だから・・・軽く考えてた自分に腹が立って・・・」
「でも、その彼女はそう思ってなかった・・・」
「そうです。あおいが手術している手術室の赤いランプの灯った鉄の扉前ので虫だらけのヘルメット片手に呆然とする僕にあおいの姉さんが教えてくれたんです。僕を待つ4年間で非の打ちどころのない女性になるためにいろんな努力をしてたって・・・僕の彼女になるために・・・」
「彼女になる努力って・・・」
「それにあまり丈夫じゃない身体を鍛えるのにスイミングに通ったり、英語教室通ったり・・・家事炊事なんかも覚えて・・・しかも、お姉ちゃんと違ってペチャパイな自分に胸に本気で悩んでいたって・・・赤ちゃん産んだら母乳で育てるって言って牛乳をたくさん飲んでいたって・・・」
「それってもうお嫁さんになることが前提・・・・」
「そして亡くなった後出てきた日記には、将来小学校の先生になるためにはどの高校に進んでどの大学に入るのがいいかとか自分なりに調べてたようでして・・・それは将来の事を思ってのことだと思うんです」
「それを知った君はどう思ったんだい?」
「僕を待ってる間・・あおいは自分の病気の存在に気づいてなかったんです・・・もう、病魔がすぐそこまできていたことに・・・それが悔しくて・・・」
「そうだったのかい?それで悔しくて自暴自棄になってしまった・・・と?」
「だって中学2年生ですよ?これから受験だってあるっていうのに・・・そんな時に僕のことを考えてたなんて・・・」
「それで君は病気も何も知らなかった・・・と」
「そうです!誰も知らせてくれなかったんです!もし知っていたら大学を辞めて就職するなりしてずっとあおいのそばにいたと思うんですが・・・知らなかったばっかりに、八戸なんて遠くの大学でのうのうと・・・
その時、化粧が崩れ黒い涙が頬を伝う夏帆がそんな二人の間に割って入った。
「エンちゃんは決してのうのうとなんてしてない!大学だってキチンと通って徹夜でレポートまとめたり、レビンとか生活費にお金がかかるから冬休みとか春休みも地元に帰んないでスタンドでバイトもしてて・・・」
「ごめん夏帆ちゃん。それもあるけど地元に帰れないのはちょっとした事情があって・・・」
「それは実家の建物がないからでしょ?」
「うん。さっき言った通り今じゃ更地になってるからね・・・ただ、それだけじゃないんだ」
「それって・・・あの・・・事件のせい?」
「麻美子姉さんから聞いたんだね・・・まだ熱りは冷めてないから・・・」
その時麻美子さんが口を挟んだ。
「アンタ・・・そんな理由で地元に帰ってこなかったの?母さんのアパートでもウチ
にでも帰ればいいんじゃないの?」
「母さんのところはちょっと狭いし・・・っていうか、その頃麻美子姉さんって行方不明だったでよね?」
「あっ!・・・その頃って確か四国でお遍路さんやってた!」
「お遍路さんって・・・何やってたんだよ姉さん・・・」
「いや・・・もう少しで悟りを開くところだった・・・ん?ウチのアパートの事言ってくれるんじゃない?まっ、狭いっていうのはそのとおりだけど・・・それにのどかもいるしね・・・でも、家の取り壊しの時には帰って来たんでしょ?」
「うん・・・それであおいが亡くなるその前の年に実家の取り壊しの時は流石に実家に帰ったんだけど・・・」
夏帆の前で実の姉に向かってそこまで返すと、そのままエンちゃんが固まってしまった。そんな姿を見た夏帆はその塊に声を掛ける。
「実家に帰って・・・?」
そう問いかけられたその塊が遠くを見るような表情で語り始めた。
「実家の取り壊しの前日、荷物が何もない僕の部屋であおいが言うんです。自分を僕の色に染めて欲しいって・・・まだ真っ白な自分を僕の色に染めて欲しいって・・・」
「それって・・・」
「恐らくそう言うことかと思います。でも、その時まだあおいは中学1年生です。そんなことなんてできません・・・もしかするとその頃あおいは自分の病気に気づいていたのかもしれませんが・・・」
「エンちゃん・・・」
「それでなんにも事情を知らない僕は、あおいのことを来年の夏にバイクの後ろに乗せて海に行く約束だけしてまして・・・ガレージでセンタースタンド立てたCBXに座るそんなあおいとそんな約束をした時、彼女はまだ元気だったんですよね。その時のその笑顔が可愛くて・・・だからそれでもう・・・悔しくって・・・」
そのエンちゃんの実家というのは、女性警察官が性被害に遭ったという噂が広がって名所的なところとなってしまっていた。それでその建物は取り壊してしまったところだったが、エンちゃんの想い出の詰まったクルマが6台も入るようなコンクリート造りのガレージだけが広い敷地の中にポツンと残されている。
そんなことは置いておいてエンちゃんと水色制服の会話が続く。
「それで海には行ったのかい?」
「海に連れて行くことはできませんでした。亡くなったのはその約束した夏休みが来る直前でしたので・・・」
「君が事故を起こしたのは7月10日だったからその日がその彼女の・・・」
「はい・・・そうです」
そう答えるエンちゃんの瞳からは涙が流れていた。その話を聞いていた夏帆も人目を憚らず号泣していた。もう、化粧が崩れようと構わずに・・・目を拭うそんな夏帆の指にベッタリと黒いアイシャドウがこびり付く。
奇しくもその7月10日というのは夏帆の誕生日だった。これは神様のいたずらというか・・・そんな夏帆が泣きながらその話に加わる。
「あの、その日って・・・わたしの誕生日・・・」
「えっ?」
「あおいの命日が夏帆ちゃんの・・・?」
「はい・・・」
そこまで話を聞いていた麻美子さんが口を開いた。
「小比類巻さん。それじゃさ、今年のその日・・・あおいちゃんのお墓にお花添えてくれないかな?往復の新幹線代出してあげるからさ・・・でも、休み取れる?」
「はい・・・今から申請すればなんとか・・・」
「その後、盛大に小比類巻さんの二十歳の誕生日のお祝いしてあげるからさ・・・それに、それが誰かさんの解禁日らしいし・・・」
「そんな・・・お祝いなんて・・・それに解禁日ってなんですか?」
「マドカ・・・そうだね・・・解禁日過ぎればあおいちゃんに顔向けできるもんね・・・」
「だ・か・ら・・・その解禁日って・・・?」
「その日になれば分かるから楽しみにしてて・・・ねっ!」
「そう言われましても・・・」
「それでこっちきた時、どこかでお祝いしてからウチに泊まる?・・・実家のガレージに泊まる訳にもいかないし・・・それとも近くのホテルとろうか?」
「わたし・・・そのガレージでも良いです。前にエンちゃんに聴きました。そのガレージっていろんな思い出が詰まってるって・・・あおいさんが昼寝した小上がりも、あおいさんと一緒に修理したCBXの思い出も・・・」
「ガレージでのこと知ってるんだんね・・・日勤明けで帰ってくるといつもガレージの前にあおいちゃんの自転車が停めてあって、そのあおいちゃんがレビンを入れるためにシャッターを開けてくれるんだよね・・・あの笑顔ったら今でも忘れない・・・」
「わたし・・・あおいさんに逢いたかったです。エンちゃんにも麻美子さんにも気にかけてもらっていたそんなあおいさんに・・・」
もう・・・その頃になると夏帆の化粧はぐちゃぐちゃだった。
そんな夏帆は顔を真っ赤にしてエンちゃんを見上げる。そんなエンちゃんはハンカチを夏帆に渡しながら目を逸らしている。でもその耳は真っ赤だった。
そのハンカチを受け取った夏帆は困ってしまった。涙で崩れた化粧をハンカチで拭ったらどうなることやら・・・
そしてその予感が的中する、それは、エンちゃんに借りたハンカチで拭ったそのハンカチについていたのは真っ黒な何か・・・
「ごっ・・・ごめんなさい!」
そう言い残すと夏帆はエアロキングのトイレに駆け込んだ。そのトイレに駆け込む夏帆の顔を見た運転手の渡部が驚く
「ゾンビ?」
夏帆は初めて立ち入るエアロキングのトイレにある小さな鏡で自分の顔を見るとそれはこの世のものとは思えないモノだった。それで素早く肩から掛けている正鞄から化粧ポーチを取り出し、化粧品類をトイレ内の平らな面を探し使う順番に置いて行く。そして、制服の上着を脱い上着掛けにかけるとでブラウスに化粧品がつかないようハンカチを首に挟んでゾーンに入ったかのような早技で化粧を落とした。そして化粧水で下地を整えファンデーションで化粧を整え、最後にアイシャドウを引いていく。
でも・・・目の腫れぼったいのは仕方がない・・・。
この化粧の最中、業務無線機の入った鞄の中からは運転席にいる渡部運転手と高速道路路肩でレッカー作業中の松田運転手とのやりとりが聞こえている。
その内容は、バスの駆動系の何かの部品を外さないと牽引がうまく出来ず時間がかかっているとの内容だった。夏帆はそんなやりとりと聞きながら神技的手捌きで化粧をしていた。
この間10分弱。これもまたバスガイドたる夏帆の早業だ。炎天下バスの誘導やお客様の案内をしたりすると化粧が崩れたりすることが度々ある。そんな時に化粧を直す機会の多いバスガイドならではというか・・・でも、下地からやり直すこととなった今回は少し時間オーバーではだったが・・・
そして化粧を直してトイレから外に出たところで渡部が夏帆に声をかけた。
「これって・・・」
そう言いながら夏帆に突きつけるように差し出したソレはどこかで見たバッグだった。
「それって・・・」
「うん・・・これって専務のセカンドバッグ。しかも、財布と免許証も・・・」
そう言いながらその中身を取り出し夏帆に見せる。それを見た夏帆が半ば呆れ顔でこれに反応した。
そのバッグの中にはそれ以外のものも入っており、言わば個人情報のオンパレード状態に・・・
「そっ・・・それじゃ専務って今無一文でしかも・・・」
「そう・・・免許不携帯で乗客35人の実車運行中・・・」
「それって社則的に・・・」
「恐らくアウト・・・」
「じゃ、渡部さんのこと揶揄っている場合じゃないですよね・・・」
令和の現代であれば携帯電話ですぐに状況を知らせ、対応を取ることもできるのであるのだが・・・何せこの時はまだ平成に入って間もない時代。悲しいことに移動中の専務に連絡を取る同法は、これから追いかけて手渡す他に手段はなかった。
しかも、その専務のセカンドバッグを乗せたこのエアロキングはこれから3日間会社に帰社しない運行計画となっている。
この時渡部がどこからともなく地図と電卓を取り出し、ハンドルの上に広げた地図の上で計算を始めた。
「う〜ん・・・恐らく今80キロ規制区間を走っているから平均速度が・・・」
そこまでブツブツ言っていた渡部が夏帆の顔を見る。
「渡部さん・・・まさか・・・また?」
「うん。また頼もうか・・・夏帆ちゃんのカレシに・・・」
「ちょっと待ってくださいっ!エンちゃんってこれまでガイドのみんなにいいように使われていてどれだけ三五八交通のために貢献してきたか・・・それにさっきだってわたし達の荷物も取って来るように頼んだり・・・」
「まっ、忘れたのは本人の責任だしな・・・万が一捕まっても反則金だけだし・・・」
この間1分・・・そなんな時間で両者の意見が合意した。
「じゃ、わたしたちが帰社するまで、専務には電車通勤と仕事帰りのパチンコは自粛してもらう事にしましょう!追いかけるにも速度違反しないと追いつけないですし、ましてやパトカーでもないと追いつけない・・・」
「ん?パトカー?」
そのパトカーはエアロキングのすぐ前に停車していて、その乗務員はエアロキングのすぐそばで立ち話中なのであった。
ストーリー最後に出てきました専務の財布の行方はどうなるんでしょうか?
また、夏帆が次に控える業務はどうなるのでしょうか?
さらに、ここに集結している姉さん達は一体どこを目指していたのでしょうか。次号でその辺りが見えてくるかと思います。
また、エアロキングが次に迎える乗客もまた意外なメンバーが・・・
次号、ご期待ください。
みなみまどか