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恋する乙女のひとりごと   作者: みなみまどか
1/19

始まりはウミネコのフン


この物語は、時代が年号昭和から平成に変わったばかりのまだまだ連絡手段の乏しい時代に繰り広げるすごく恋に不器用なバスガイドの青春ストーリーです。


スマホはもとよりインターネットやメールという連絡手段すらなかったそんな時代・・・今では想像すらできないそんな時代の恋の行方について現代とはちょっと違った価値観でお届けします。



夏帆(かほ)〜・・・吉田ティーチャーが事務所に来いって言ってたよ〜」


それは小学校の学習旅行の乗務を終えたばかりのスケルトン(日野製の古い観光バス)の車内を清掃していた時にかかった同期の娘の声だった。


「もしかして・・・」


その声をかけられた夏帆はモップを片手に嫌な予感がするのを感じていた。

そして夏帆が小走りで事務所に行くとその予感が的中する。

ちなみにその吉田ティーチャーとは現役の先輩バスガイドであり、夏帆の勤めるバス会社のバスガイドを教育する先生でもある。


そんな吉田ティーチャーが夏帆を前に口を開いた。


「飛び込みで入った明日のお葬式の送迎をお前に任せた・・・」


「おっ・・・お葬式の送迎?そんな急に?」


そんな夏帆の驚きに吉田ティーチャーが答えた。


「お葬式なんだから急なのは仕方ないだろう?しかも明日、1年で待機なのはお前だけだし・・・」


「そんな・・・」


夏帆はバスの掃除が終わった後有給休暇の申請をして、明日は買ったばかりの愛車で一人ドライブを楽しむ予定にしていたのだが・・・

バスガイドの業務なんてこんなモノだ。観光業務の少ないこの冬場ではあったが・・・油断してるとこうである。


しかもお葬式の送迎というのは、観光でもなんないも何もないモノなのでバスガイド1年生が最も適した人材となるのだが、しかもその一年生バスガイドで明日の予定が空いているのは夏帆だけ・・・


でも・・・このお葬式の送迎というのが結構厄介なのである。しかも亡くなられた方が若ければ若いほど・・・


そんなバスガイドの仕事の内容は一般的にあまり知られてはいない。強いて言えばそれは一般的に女性の職業とされるもの。

そして一見すると煌びやかなイメージ・・・

その反面、仕事の裏側などどんなものわからない職業・・・

ましてや、それに携わる女の子の日常や恋愛などはベールに包まれたまま・・・


この物語はそんなバスガイドの日常と恋愛事情について、ひとりのバスガイドを通じてお伝えするものとなります。


@そのバスガイドは双子の姉です・・・


時代が昭和から平成に変わろうとする頃、日本という国がとても元気(バブル)だったそんな時代、東北地方の北のはずれの小さな街でバスガイドを職業としているひとりの女の子がおりました。


身長160cmで体重48kg。そのボブカットの彼女は高校時代ソフトボール部に所属していてポジションはピッチャー。


そしてチョット背が高く日焼けの残るその彼女は小比類巻夏帆(こひるいまきかほ)といい、現在バスガイド1年目の19歳・・・


その夏帆は、この海沿いの街で夏に双子の姉として生まれたわたしの姉です。


わたしは妹の里帆(りほ)といいます。高校までピッチャーである姉の夏帆とバッテリーを組んでいて、高校3年生の時ソフトボール全国大会出場も果たしています。


そんなことでソフトボールの実業団を持つ東京の企業から声も掛かりましたが、ウミネコが飛び交う神社(蕪島)のあるこの街が好きなわたしたちは姉妹揃って地元に残っています。


そんな経緯を持つ姉妹ですが、華やかな職業の姉と違ってわたしは映像制作を学ぶために地元の専門学校に通いながら姉の夏帆を応援しています。


「夏帆。彼氏つくんなんの?バスガイドってモテるんでしょ?」


わたしはいつも、一向に彼氏の出来ない夏帆に向かってそう聞いてはいますが・・・


「バスガイドはモテる?そんなの都市伝説だよ。」


なんて、いつも答えは同じです。


それもそのはず、普通の人が休日を謳歌している時、夏帆たちバスガイドはいつも仕事です。いつ、デートをすればいいのでしょうか?


しかも、いつも仕事の時間は不規則です。


急な仕事も日常茶飯事です。


いつ、デートの約束をすればいいのでしょうか?


くっつくとしても、時間の合わせやすいバスの運転手が精々です。


そんなこともあり、中学校のころからソフトボールひと筋だった夏帆は、学生時代も、社会人になった今の今までの一度だって彼氏がいたことはありません。


ただ、高校生の時は家から高校に電車で通っていたとき、電車の中でいいなと想った他校の男子がいたようでしたが、それも今ではいい想い出だったのではないのでしょうか?


そんな夏帆は現在仕事の時間が不規則なこともあり会社の女子寮で暮らしていますが、最近なんとそのオトコっけのない夏帆に片思いのオトコの人が出来ました。そんな様子を見てわたしは胸を撫で下ろしています。


この物語の舞台となるのは青森県の太平洋岸にある八戸市。ここは青森県といえど雪がほとんど降らず冬場の天気が良いのですが、その代わり吹き付ける風が冷たい・・・そんな地方です。


夏帆はそんな地方を基盤にバス事業を展開している三五八(さごや)交通という会社でバスガイドをしていますが、そんな夏帆に聞いた話によるとこんな感じの出来事だったそうです。


その出逢いは、年の暮れ師走に入ったよく晴れた土曜日の午後のことです。


その日は朝からお葬式の送迎があり、それはその送迎が終わったあとの出来事でした。


そのお葬式は亡くなった方が若い方だったため、乗客の皆さんは人目を憚らず泣き崩れていました。それは天命を全うしたお年寄りのお葬式とは異なり、何かやるせないものがあったようなんです。


55人乗りのバスのあちこちから聞こえる嗚咽がまるで反響でもしているように夏帆の耳に届いてそれはもう耳を塞ぎたくなるような状況だったようです。


それでそんな凹んだ気分転換のため、夏帆は仕事が終わった後会社を早退して本当は1日かけて三陸をドライブする予定だった行程をギュッと1時間に短縮し、近くの太平洋の水平線が綺麗に見える海岸線をぶらりとドライブしていた最中の出来事でした。


その夏帆が半年前に36回ローンで買ったばかりの愛車であるレモン色の軽自動車を運転中、後ろから迫る2tトラックに散々煽られていました。

理由は分かりませんが初心者マークを貼っているととにかく煽られることだけは知っていました。


しかしその理由は夏帆自身も気づいてはいませんでしたが、実は別のところにありました。


「もう、そんなにくっついたらぶつかっちゃうでしょ。急いでるんだったら抜かせばいいでしょ!」


そう思いつつ夏帆はクルマを左に寄せます。


いつもそうでした。この時代レモン色の軽自動車というものはあまりなく、あったとしても女の娘が運転しているものというイメージからかいつも煽られていました。そんな時は道路脇に寄って道を譲って追い抜かせるのが普通でしたが・・・その時は事情が違いました。


その時夏帆のクルマを追い抜く際にそのトラックが意図的に幅寄して来ました。それに驚いた夏帆は慌ててハンドルを左に切ってそれを避けたら道路脇草むらに隠れていた石にタイヤがぶつかってしまって左前のタイヤがパンク・・・


夏帆が片想いしている人とは、突然の出来事(パンク)で途方に暮れていたところに偶然通りかかった・・・そんなごく普通の若い人でした。


ここまでは双子の妹であるわたくしこと里帆がお届けしました。ここからどこか恋に不器用な姉である夏帆の物語が始まります。


それでは・・・



@えっ?・・・このひとヤバい人?


「うわっ・・・!」


この時右手に海岸を望む県道を北上していた夏帆は、道路脇から飛び立ち運転するクルマのフロントガラスのすぐ前を前を横切った大量のウミネコ達に驚いていた。


「ビシャ・・・」


そして次の瞬間フロントガラスが直撃した何かの液体で真っ白に・・・


それはウミネコのフンだった。


そして反射的にウォッシャー液を大量に吹きかけワイパーで払ったのだが・・・その液体がゆっくり走る黄色いクルマのすぐ後ろをイライラしばがら走る2tトラックのフロントガラスに直撃する。


そんな2tトラックの運転手が意図的にウォッシャー液をかけられたと勘違いし、今度はその黄色いクルマを煽り始める・・・


これがその煽りの真相だった。


そんなことなどつゆ知らない夏帆は、パンクをしたタイヤを前に途方に暮れている。


「あ〜あ。どうしよう。コレってパンクだよね・・・しかも、この前買ったばかりのスタッドレスタイヤ。もったいないことしちゃったな〜。しかもスペアタイヤの交換のしかた教習所で習ったけど忘れちゃった。よく聞いときゃ良かったな〜」


夏帆はその時、その空気の抜けた左前のタイヤの前にしゃがみこみ、ぺしゃんこに凹んだタイヤを見つめていた。


そしてサウスポーである夏帆は、左手の人差し指で空気の抜けたタイヤをツンツンしながらどうすることも出来ないでひとり悩んでいる。


ここは太平洋が一望できる海沿いの県道だ。大須賀海岸と呼ばれるこの付近は休日ともなればそれなりの交通量もあるが、なぜかこの日は通るクルマも少ないうえ通ったとしても厄介ごとに首を突っ込みたくないためか一般車両が皆知らんぷりして通過して行った。


通常若い女性が困った素振りを見せれば、下心がないオトコでも止まって声をかけそうなものだが・・・


「そうだよね〜・・・仕事サボった罰だよね〜・・・仕事サボんないで次の仕事の学習旅行で中学生に説明する資料作るとかとかしておけばこんなことにならなかったよね・・・」


そう後悔し、左前に傾いて路上に駐車している愛車と周りの草原の見つめながら途方に暮れるそんな夏帆に追い討ちを掛けるように太平洋から吹き付ける冬の冷たい海風が容赦なく吹き付ける。


「さっ、寒っ・・・」


現代であればスマホ一つでJAFなんて手配できるのだが・・・


残念ながらこの物語の舞台となっているこの時代にそんなモノ(スマホ)なんてものなど存在しなかった。もう少し言えば、その後この世にそんなモノ(スマホ)が登場することなと想像すら出来なかった・・・そんな時代だ。


そんな連絡手段のない中、さらに状況が過酷なものとなっていた。


「オシッコ・・・」


これには参った。女の娘にとってこの尿意は死活問題・・・。


「でも、トイレなんてないし・・・どうしよう・・・」


この時夏帆の背筋に寒気が・・・


「あの砲台跡の駐車場にトイレがあったはず。でも、そこまで何キロあるのかな・・・?いっそのこと花摘み(すわりオシッコ)でも仕方がないかな・・・?」


その砲台跡は遠くに見えていた。でも歩くには遠すぎる距離・・・


ちなみにその砲台跡と呼ばれていた葦毛先展望台というのは、戦時中太平洋に向けて大砲を設置していたと言われる遺跡だ。


そこでトイレを諦めた夏帆がその花摘みのため草原に向かって足を踏み出そうかとした時、ちょうど通りかかった赤いクルマが相当遠くまで行った先で一度止まって、ハザードを点滅させながら凄い勢いでバックして来た。


その時のスパイクタイヤの音がもの凄いこと・・・しかも、そのクルマは走り屋がよく貼るような何かのステッカーがたくさん貼ってある。


「神様っているんだ。どうやら花摘みはしなくて良さそう・・・。」


その時夏帆は、そのガリガリ・・・というスパイクタイヤの音を聞きながら神様に凄く感謝していた。


でも・・・そのクルマは排気音がうるさいうえ、いわゆるシャコタンでどう見ても走り屋かヤンキーのクルマの様相をしている。


「どうせ止まってくれるんなら、おじさんの方が良かったな・・・でも、結局どっちにしてもあとで変なこと(エッチな要求)言ってこなきゃいいけど・・・」


夏帆はその赤いクルマから降りて来た人を見ながらぼんやりそう呟く。


業務上仕方なくエロオヤジどもの相手をしなくてはならないバスガイドにとって、知らないオトコに対しての評価なんてこんなものである。


そんなクルマから降りてきた人は自分のクルマのトランクから三角表示板を取り出し、それを組み立てながら夏帆のクルマの数十メートル後方にそれを置いている。


「あっ!・・・そういえば、クルマが立ち往生した時に真っ先にやらなくちゃならない事って二次災害防止の危険回避だった・・・」


これはバスガイド教育でも何度も言われていたことではあったが、この時夏帆はそれをすっかり忘れてしまっていた。

そんなことで少し反省をしている夏帆のところへ向かって歩いてくるその人は、そんなに大柄ではない若いオトコの人で黒縁メガネで歩くその姿勢からヤンキーではないことは伺える。


その若いオトコの人は赤いジャンパーを着ていて、両手をブラックジーンズのポケットに入れたまま夏帆のレモン色のクルマを舐めるように見回してクルマを一周すると、今度は夏帆がしゃがんでいるすぐ前のパンクしたタイヤを前にしゃがんで何かブツブツ言っている。


「えっ?・・・このひとヤバい人?」


夏帆がそんなことを思った瞬間、その人は夏帆には一切目もくれず口を開く。


「兄さん大丈夫?怪我ない?石にぶつかったのがタイヤだけでよかったね。フロントガラスが真っ白だよ・・・ウミネコにフンかけられて驚いちゃった?でも・・・このタイヤ買ったばかりだよね・・・ちょっと勿体無い事になっちゃったね・・・」


その人は夏帆の答えを待たず矢継ぎ早にそう言っていた。

どうやら、この人はしゃがんでいた夏帆をオトコの人と勘違いしていた様子だ。


「この人、チョット失礼かも・・・でも、普通そうな人で良かった・・・」


この時の夏帆は心の中でそう胸を撫で下ろす。


しかし・・・この人が勘違いするもの無理もない。その時夏帆は上から下まで男物の服を着てた。しかも帽子まで・・・


これは先週、来春高校卒業する従兄弟から頂いたものだ。


この従兄弟は、夏帆と背格好がおんなじくらいで、夏帆とは反対によく女の子に間違われちゃったりしていた。それであえて男子しか着ないようなヤンチャモノを着ていた。

でも、もうすぐ高校を卒業するので「もう、こんなものいらない」というのを聞きつけ、夏帆が頂戴した次第だった。


ちなみに今夏帆が着ているジャンパーにはドラゴンの絵柄が入ってる。


そんな服装・・・だから勘違いするのも無理もない。


「ちょっとパンク()ちゃったみたいなんですが・・・」


この時夏帆は声を掛けてくれたその人を前立ち上がってそう答えると、その人は夏帆の顔を見るなり目をパチクリして固まった。


きっとオトコの人だと思って声を掛けたら、実はオンナの人だったんでビックリしたのだと思うのだが・・・


でも、その固まっちゃった男の人がやっと話し始めた言葉が意外だった。


「ここじゃ危なくて作業もできないから、ちょっと広くなっているあそこまで移動して・・・」


そう夏帆に指示をする言葉・・・。夏帆は当然その辺から助けてくれるものと思っていたので面食らっている。


「え〜やってくれないの?」


そんな夏帆だ。思わずこんな言葉が口から出てしまう。


「コレ、アンタのクルマだろ。自分でやれなくてどうするんだよ・・・今こっちのクルマを後ろに停めて交通整理するからその間にやっちゃって!」


その人は夏帆のそんな甘えに腹を立てたのかその言葉はキツかった。でも、なるほどその通り・・・。


そう言われた夏帆はほっぺを膨らましながらもクルマを動かそうとするものの、タイヤがパンクしていて思い通りにクルマが動かない。


そこで助けを求めようとした。でもなぜかその時交通量が増え、その人はあちこち走り回って道路の片側を塞いでいるクルマの脇で交通誘導をやっていてそれどころではない様子。


そんな状況の中、夏帆が頑張って重いハンドルを右に左に切りながらやっとの事でちょっと広いところまで移動すると、その人は赤いクルマをその先のわき道に停め息を切らせて戻って来ると夏帆に対して指示を出し始めた。


「はい・・・ご苦労様。次、トランクから工具とジャッキとスペアタイヤを出す!」


本当に、夏帆に作業させるつもりみたいだ。


「コレって後々カラダを求められたりしないって事だよね・・・結構いい人かも!」


そう夏帆が思ったのもつかの間檄が飛ぶ。


「ほれ、何やってんの!ボーッとしない!ジャッキはここにあるからここ緩めて取り出して・・・」


でも・・・ジャッキを取り出した後、そう言いながら夏帆のクルマのトランクの中を勝手にガサゴソし始めた。


「アレ、工具見つかんないや。このクルマ工具載ってないのかな?」


なんてひとりでブツブツ言いながら、自分のクルマのトランクを開け何か十字の工具(クロスレンチ)と軍手を持って来た。


実はクルマが納車されたとき、「工具はグロープボックスにありますから・・」と言っていたセールスの言葉を夏帆はすっかり忘れていたのだった。


その後夏帆は、「ジャッキはここに掛けて」とか、「ホイールのナットはこうやって緩めて」とか言われるまま作業を続けた。


そして・・・力入れた時オシッコちびりそうでチョット焦った夏帆だったが、夢中になってやってたらいつのまにかスペアタイヤ交換が終わっていた。


しかし、テンパータイヤっていうその細くって小さめのタイヤはホイールが黄色くて、夏帆のレモン色のクルマによく似合うものだ。


「スッゴ〜イ。自分でできちゃった。わたしって天才かも!」


そんなクルマを眺めて思わず喜んで飛び跳ねた夏帆だったが・・・


飛び跳ねた拍子に本当にオシッコちびりそうになっていた。


「すいません・・・チョットお願いがあるんですけど・・。この先にある砲台跡の駐車場のトイレまで乗せて行ってもらえませんか?結構緊急です」


ちなみにその「緊急」という単語は、夏帆のいる業界(バスガイド)ではごく一般的にトイレをさす隠語となっていた。


その時夏帆が内股で前かがみになりながらそうお願いすると・・・


「なんで、もっと早く言わないんだよ!」


その人はそう怒りながらも赤いクルマの助手席に夏帆を乗せるといきなり4点式シートベルトで夏帆の身体を固定して急いで運転席に座った。そして自分もそのシートベルトをするとガリガリ・・・スパイクタイヤを鳴らしてクルマを加速させた。


でも・・・その乗せてもらった赤いクルマはうるさいうえ乗り心地がすごく固くって、道路の段差なんかでガタッとするたび夏帆の膀胱が悲鳴をあげる。


普通の男の人ってオシッコしたくなるとその辺でジャージャーやっちゃうけど、当然女の子はそれは出来ない。


ましてや夏帆の職業はバスガイドだ。


そんな夏帆達バスガイドのオシッコ問題は結構深刻だった。


よくあるのがトイレ休憩の時お客さんに絡まれて、結局トイレに行けずじまいってことも・・・

そんなことで仕事中ずっと我慢していて膀胱炎になったり、ちょっとだけ漏れちゃったりとなかなか大変なのだ。それで仕事では代えのパンツが欠かせない。


そしてこのパンクの時、それと同じような危機に陥った夏帆を救ったクルマは車内が鉄パイプで鳥かごのようになっていたり、いろんなメーターが付いていたりと・・・とにかく結構な改造車のようだ。


でも・・・その追加されたと思われる小さなメーターは針で表示しているのに対して、元から付いているスピードメーターはデジタル表示だ。夏帆はその60〜70kmの間で表示の変わるデジタル表示を見て身を紛らわせていた。


そして・・・さっき遠くに見えていた砲台跡の駐車場まで連れて行ってもらった夏帆は、トイレでパンツを下げる最後の最後まで便器をイメージしないように頑張り抜き、危機一髪のところで間に合った。


しかも・・・先ほどクルマから降りる瞬間に「コレ」と箱ティッシュを渡してくれて凄く助かっていた。このトイレ、やはりトイレットペーパーがなかったのだ。


この人、なんかこういう事に慣れている感じ・・・


しかも、トイレからクルマに戻った夏帆に対して、そのオトコの人は平然と言葉を放った。


「大丈夫だった?なんならコンビニ行こうか?」


このオトコ・・・夏帆がチビっちゃったと勘違いしているみたいだ。


「優しいのかもしれないけどチョット失礼しちゃう。でも、チョットだけ嬉しい・・」


でも・・・この時、夏帆がこのオトコに対して初めて好意を感じた瞬間だった。


そのあと夏帆を連れて夏帆のクルマまで戻ったその人は、そのレモン色のクルマのトランクに積まれたパンクしたタイヤをマジマジと見て夏帆に声を掛けた。


「チョット見て」


「ん?ここ?」


「うん。ここ裂けてるよね」


「あっ・・これ・・・?」


「コレってパンク修理出来ないから、新品に交換しないとダメだよ」


「そ・・そうですね・・・こんなに裂けてたら・・・」


そのタイヤは側面が縁石に擦られて縦にパックリを割れているのが分かる。それを見ながら残念そうな顔をする夏帆にその人が声を掛けた。


「でも、ホイールも車体も無事でよかった・・・。何より怪我がなかったのが・・・」


と・・・その人がそう言った瞬間、その人と夏帆の顔が超接近してて胸がドキッとしちゃっている夏帆がいた。しかも、夏帆自身が自覚するほど自分の顔が熱くなって赤面しているのも感じている。


「大丈夫?オシッコ我慢してお腹痛くなっちゃった?」


この時その人は頬を赤くした夏帆の顔を見て、何か勘違いしてそんな心配をしている様子だった。でも・・・夏帆はそんなことを悟られないように振る舞う。


「え〜、このタイヤ・・・これからどうすればいいんですか?」


と・・・思いっきりかわいい声で聞いてみた。


これは夏帆の必殺営業ボイス攻撃だ。こんな声で尋ねられたらオトコはみんなイチコロ・・・


でも・・・この赤いジャンパーを着たこの人はいたって冷静に答える。


「仕方ないから、市内のタイヤショップまで付き合ってやるよ、そこで交換してもらって・・・」


この時夏帆は少し反省た。一体この人に何を期待したのか?少し考えればスペアタイヤに交換した後に行くところといえばそこ以外ないのだが・・・


「手間を惜しめばお金がかかる。お金を惜しめば手間がかかる・・・」


これは夏帆が育った小比類巻家の家訓だ。つまり、自分でできることは自分ですべきということを・・・


この時夏帆は思った。この人・・・そんなことが分かっている人・・・だと。


つまりこの時夏帆に手を貸せば一見親切には見えるものの、手を貸してもらった夏帆はその手間に対して何かしらの代償を支払わなくてならない。でも、恐らくこの人にそれを申し出ても断られるとは思うところではあるが・・・


あともうひとつ・・・「タダより高いものはない」というのも小比類巻家の家訓だ。


それは、その時は良くてもあとでそれより高いしっぺ返しが起きうるというもの・・・


この人は初めから夏帆にそんな心配をさせないために一切手を貸さなかった・・・


しかもお金で解決出来ることはお金で・・・というこの時代に、この人は手を貸さない代わりに最後まで面倒を見てくれるようだった。


「本当は、スペアタイヤを後ろにつければよかったんだけど、面倒臭いでしょ。少しハンドル取られるけど、ユックリ走るから付いてきて・・・」


その時この人はこの後行くべきタイヤ屋さんまで案内してくれると言っている。


その申し出をありがたく受け取った夏帆はそう言われるがまま後をついて走る。


でも・・・途中信号待ちの時にいつも持ち歩いているメモ帳にナンバーをメモっちゃったりしていた。


その時夏帆は気付いた。


そのナンバーが県外のもの・・・。コレって学生さんなのだろうか?しかもさっき話した口調が地元の南部弁じゃなかったような・・・


この時夏帆は自分の口を押さえ自身に問いかける。


「わたし・・・なまってなかった?」


夏帆の務める会社では、バスガイドに標準語とこの地方特有の方言(南部弁)を使い分けるよう指導していた。それは、遠く離れた地方からおいでになったお客様がこちらの地方に来たことを実感してもらうため・・・


そしてそれは結構好評だった。


それはそれでいいのだったが、そこで問題が発生する。それは、普段喋っている言葉が時折変になること・・・


この時夏帆はその人とどのように話したのかが全く覚えていなかった・・・。


この後・・・その赤いクルマと夏帆のレモン色のクルマが連なってユックリ走って、ものすごい時間をかけて市内のタイヤショップに到着した。


すると、その男の人は店の人と何がタイヤのカタログを見ながら話してる様子が見える。それをぼんやり見ていると、先ほど持ち込んだパンクしたタイヤが店の人によって変な機械の上でグルグル回りながらホイールから外されていく。


「変な機械・・・初めて見た・・・」


夏帆が店内にある待合所で作業ピットの見える背の高い椅子に座り、紙コップでコーヒーを飲みながらそんな作業を眺めていると、背後からその人が近づいてきて夏帆に声を掛けた。


「それじゃお疲れ様。安くするように交渉しておいたから・・・あと、フンだらけのフロントガラス綺麗にしてくれるように言っておいたから・・・気をつけてね・・・」


そうとだけ言い残し店の出口に向かおうとしている。



@赤いAPEXを探せ・・・


ここまで付き合ってくれて、「それじゃ」だけでは申し訳ないと思った夏帆がその男の人を呼び止めた。


「あの・・・チョット待ってください!お礼と・・・そしてこのあと・・・」


夏帆は咄嗟のことにそれしか言葉が出なかった。しかも自分の口調が気になって気の利いた言葉も浮かばない。でも・・


「困った時はお互い様だから・・・」


その人は格好良くそう言い残して、その赤いクルマはまるでバイクみたいな音を立ててどこかへ行ってしまった。


その時夏帆はそのショップの自動ドアに挟まれながらも、忘れないようにその赤いクルマを目に焼き付けた。


そして、さっきのメモ帳に書いたナンバーの下に


「赤と黒のツートンカラーの車体に白いホイールを履いたクルマ」


それと、トランクの左端に書いてあった「APEX」という英文字をメモに追加した。

そんなクルマはシャコタンでありながらカミソリみたいな細いスパイクタイヤを履いていてどこか変なクルマだった。


「アペックスって、クルマの名前なのかな?変な名前・・・」


夏帆はメモしながらそんな疑問に駆られたが、今となってはそれを確かめる術もない。


その後タイヤを交換してもらっている作業中、夏帆は普通なら絶対女の子が一人で来ることのないそのお店の中をぶらりと見て回っていた。


夏帆のクルマは買った時に付いていた純正ホイールにスタッドレスタイヤを着けているので、夏用タイヤのホイールを買わなきゃな〜なんて思っていた。だから夏用タイヤのホイールについては前から気にはなっていたところだった。


すると、たくさん展示してあるタイヤとホイールの中に、夏帆の黄色いクルマに似合いそうなもを見つけた。それはさっきのスペアタイヤみたいな黄色くて可愛いホイール。


しかもそのホイールの説明書きの適応車種に「レックススーパーチャージャー」の文字を発見!


それは夏帆の乗るクルマの名前・・・


でも、その説明書きの脇に表示されている値段がそれなりだった。


夏帆たち高卒バスガイドの基本給はそれほど高くはなかった。もちろん繁忙期ともなれば手当が付いてそれなりにはなるのだが・・・


特にこの時期の給料は少なかった。いわゆる観光業務というものが少ない時期なのだ。ついこの間も冬季間使わないバスを掃除して何台も冬眠させたばかりである。


「次のボーナスの時にまた連れてきてもらえばいいんだ!」


夏帆の給料は繁忙期でなけれは月10万ちょっと。しかもクルマのローンを抱える夏帆はその時そう思ったのだったが・・・肝心なその連絡先を聞くのをすっかり忘れていた。


これは致命的だ。まさにソフトボールの試合の時、この最後の一球で勝利・・・なんて思いで投げたその一球で逆転負けしてしまった時と同じくらい悔やんでも悔やみきれない気持ちでいっぱいになる。


というか・・・どういう訳か気が焦る。


「黄色のレックスでタイヤの交換をお待ちの小比類巻さま・・・」


そしてそんな夏帆を急かすように店内放送が流れた。


そして店員に促され交換した真新しいタイヤとトランクに納められたスペアタイヤを確認した時、トランクにあの時使った十字の工具が忘れ去られていたことに気づく。


「とりあえず、さっきの人を探してコレ返さなきゃ。大学生だとすればコッチ方面かな?」


その時、さっきの人を探さなければならない理由が出来て嬉しくなった夏帆はひとり気合を入れる。


再会できれば、「またお店に一緒に行ってくれますか?」って頼めるかもしれないし、連絡先だって教えて欲しい。


それより何より、いちばん大事な名前というものを教えてもらわなくてはならない。


もし、その人が大学生だとすれば、おおよそ住んでいる地域は限定されるはず。しかし、クルマ好きなら帰る途中にカーショップや洗車場によっているかもしれない・・・


そう思った夏帆はクルマを走らせながら、祈る思いでカーショップの駐車場や洗車場を覗きまくった。


でも・・・残念ながらその赤いアペックス(尋ね人)は見当たらない。


その時夏帆は、自分の中でその焦りが増大してくのを感じていた。


時間が経てば経つほど逢えなくなってしまうのでなないかと・・・


今ここで諦めてしまったら、一生逢えなくなってしまうのかと・・・


そんな焦る気持の夏帆のアクセルを踏む右足に力が入る。


その時夏帆のクルマからは、加速のたびエンジンから「二ーーー」と変な音がしていた。


前から、アクセルを強く踏むとタコメーターの下に心臓みたいな形をした緑のランプが点いて、その変な音とともにすごい加速をすることは知っていた。


でも、怖いのでそのランプが点かないように普段は静かに運転していた夏帆だったが、今はそんなことは言っていられない。


「もしかして・・・」


そんな中、夏帆はふと最近出来たばかりの洗車場の存在を思い出しそこを目指す。


すると、案の定あのクルマらしき赤いクルマが・・・


そして、助手席のドアを開けて何かをやっているあの男の人をらしき人を見つけた。


そして夏帆は4車線ある道路を目一杯使ってUターンしてそのクルマがよく見えるところまで戻り、とりあえず路肩にクルマを停車させ目を凝らせる。


さらに、さっき書いたメモ書きを取り出しもう一度見返すとそのナンバーとクルマの特徴が一致した。


ビンゴ(大当たり)!。


夏帆は、洗車場にクルマを乗り入れると、そのAPEXというクルマの向かい側にレモン色の愛車を停め、とりあえずその人のところへ行って全くの偶然を装いつつ、まるで清水の舞台から飛び降りる覚悟で声をかけてみた。


「なんか通りかかったら、たまたまこのAPEXがあったんで、もしかして〜と思って来ちゃいました!」


と・・・挨拶した夏帆だったが、それは全くのウソ。


とても、「あなたのことを必死に探しました」なんて言えるはずもない。


でも・・・さっき言えなかったお礼を今度はキチンと言おうと息を胸いっぱいに吸い込む。


「先程はありがとうございました。凄く助かりました!」


そして、夏帆は愛車のレモン色のクルマのトランクから忘れ物を取り出して「これ、忘れ物です・・・」と返そうとした。


しかし、その人は一度それを受け取ると少し考えるようなそぶりを見せながら夏帆の目を見て口を開いた。


「そのクルマ、ホイールのナットを緩める工具載ってないみたいだからソレあげるよ。コッチのは別なのあるんで・・・。それと、このクルマ、レビンていう名前なんだ。APEXっていうのはグレード名だよ・・・」


意外にもその人はそう言いながらその工具を突っ返してきた。


でも・・・その時夏帆はなぜかプレゼントをもらったかのように嬉しくなってそれに応える。


「ありがとうございます。では、せっかくですのでもらっちゃいますね。ありがとうございます」


夏帆はその時いつも仕事(バスガイド)でしているように腰を折り頭を下げるのだったが・・・


ここでも無意識に出てしまう・・・


営業スマイル(満面の笑み)。」


自分が嫌になっている夏帆だった。そんな夏帆の職業病は重症のようだ。ため息が出そう・・・。


でもその時夏帆の目に、工具を突っ返して来たその男の人の手が冷たそうに赤くなっているのが映る。


そこで、夏帆はクルマを停めているところから結構遠い自動販売機まで暖かい缶コーヒーを買いに走った。


そこで、好みが分からない夏帆は苦いのと甘いのを買ったのだが・・・


「こういう時、男の人って絶対苦い方を取るんだよ」


夏帆は妹からそう教えられていた。そう思いながらもその2本の缶コーヒーをその人に差し出した。


「どっちがいいですか?」


その時一応聞そう聞いたら、チョット迷ったように見えたけどヤッパリ苦い方に手を伸ばす。


なんか、嬉しくなってその人を見ると、その缶コーヒーで冷たい手を暖めていた。


よほど手が冷たかったのだろう・・・


その時、夏帆はどう言うわけか自分自身が暖められているみたいに嬉しくなって思わずその手を自分の手で外から両手で包んでいた。


すると、その人が目を丸くして急にドキドキしたのがその手から伝わって来る。もちろん、夏帆はそれ以上にドキドキだ。


男の人の手なんて握ったことのない夏帆がここで我に帰る。


「あっ・・・すいません。手が冷たさそうだったので・・・つい・・・」


手を離した夏帆は自分の顔が赤面していることを感じつつ、ここでさっき自分がどんな気持ちだったかをキチンと伝えないと後々後悔するような気分になっていた。


「パンクしちゃった時、わたしどうしていいか分かんなくって。しかも、海風冷たいし、オシッコ・・じゃなくって、とにかく途方に暮れちゃって・・・」


「それで赤いクルマが止まってくれたのは良かったけど、そのクルマうるさいし、シャコタンだし、ヤンキーだったらどうしようと思ったら・・・」


「掛けてきたことばが、『兄さんどうかした?』だったよね?」


「あっ、この人、下心で止まったんじゃないんだ。と思った瞬間、すごく安心したの・・・」


「しかも、作業をわたしにやらせたでしょ。あとでカラダを要求するつもりないんだなって、ここでもすごく安心したの。」


夏帆は先ほど伝えられなかった思いを一気に伝えた。すると帰ってきた言葉が・・・


「いい経験になったでしょ?」


たったこれだけ・・・だった。


でも・・・もちろんその通り。


「うん。これからは、助けてもらう人見極めなっくちゃ!」


夏帆がその人に対してそう答えると、その人はちょっとだけ困った顔をして何か言いそうになったが、なぜか黙ってしまった。


照れてしまったのだろうか?


でも、次にその人は夏帆のクルマ(レックス)をジロジロ見ながら話題を変えた。



@このクルマはスーパージャージャーです。


「このクルマって、結構珍しいクルマだよね・・・」


その時夏帆は自分プライベートのことを聞かれているような感覚となって嬉しくなっていた。


「これ、レックススーパーチャージャーっていうの。なんか、このクルマと同じく、レモン色で屋根の開くやつは珍しいって。それに、東北じゃ10台もないって言われた・・・」


夏帆はこのクルマが納車された時にセールスが言っていたことをそのまま伝えた。


すると「加速の時『スーパーチャージャー(二〜っていう)』の音する?」と聞いてくる。


ついさっき、そんな音出まくりで走り回ってた。でも・・


「そうそう、アクセル強く踏むとメーターの下のほうに変なマークが出るんだけど、そのときそんな音はするかも・・・」


とだけ夏帆は答えた。するとその人は立て続きに聞いてくる。


「スーパーチャージャーって、何か知ってる?」


夏帆はクルマのカタログにそんなことが書いてあったことぐらいはぼんやり覚えていたが、それがどういうものなのか興味すら持ってなかった。


「ボンネットに穴の空いているクルマってこと?あっ、屋根が開くことかな?分かんないや・・・」


そんなことからこんな適当な答えしか出来なかった。しかし・・・


「でも、テレビのCMで、女タレントが『レックスにしよう〜』って、やってるでしょ?それ見て可愛いかったから、ちょっと高かったんだけど買っちゃった!」


と、聞かれてもいない購入動機を自信満々に紹介した。そして・・・


「それでね、屋根が布地だから洗わなくっても良いんだよ。手が届かないから凄く便利!しかも開けると凄く気持ちいいんだよ!」


と、立て続けに説明していた。


続いて夏帆はレックスのエンジンを掛けて、空調操作スイッチの左にある「ROOF』と書かれたスイッチを「OPEN」の方に押し下げ、その開く屋根を全開にする。


するとそのレモン色のレックススーパーチャージャーの屋根を覆っているキャンバストップがモーターの音ともに後方にずれ、その後ろではそれが織り畳まるようになっている。そして夏帆は室内から全開となった屋根に飛び出した。


「ねえ・・・こんなんだよ!」


この時夏帆は靴を脱いでシートの上に立ち、その開いた屋根から上半身を出して両手を広げそう言ってその解放感を伝えた。でも・・・


「その開く屋根はキャンバストップっていうやつで。スーパーチャージャーっていうのはエンジンのほうだよ」


そのようにその人は教えてくれたのだがイマイチ分からない。そこで最近、夏帆の友達がミラターボを買ったのを思い出したので聞いてみた。


「スーパーチャージャーってターボなの?」


夏帆は屋根の角に肩肘をつきながら答えを待つ。すると夏帆を見上げる角度でその人がそれに答えた。


「空気を圧縮してガソリンと一緒にエンジンに詰め込むのは一緒なんだ。でも、排気圧でタービンを回すターボと違って、スーパーチャージャーというものはそれをコンプレッサーで機械的にやるんだよ・・・」


そう説明してくれたのだが、それがどういうものか分からなかった。でも、その説明の中でコレだけは分かるような気がした。


「アクセルを強く踏むとする『二ーーーー』っていう音はそのコンプレッサーが動く音なんだよね・・・」


・・・コレ以外はチンプンカンプンな夏帆だった。


でも、そのチンプンカンプンな説明の最後につけ加えられたこれだけには納得していた。


「とにかく速いでしょ?」


「うん。とっても・・・」


その時夏帆は営業スマイルでそう答えた。


そのあと夏帆はじめて自己紹介した。小比類巻夏帆という名前と職業がバスガイドっていうことも・・・


あと、今チョット有名な歌手と名前が似ているので、たびたび話題になるということも。



@連絡先教えてください・・・


そして、そこで初めてその人の名前が風谷円(かざがいまどか)ということを聞かされたのだが・・・名前を聞いた瞬間、夏帆はソレがどういう漢字で綴られるのかが見当がつかなかった。


するとその「まどかさん」という人はその名前について説明を加える。


「みんな僕のこと「エンちゃん」って呼ぶんだ。小比類巻さんも僕のこと「エンちゃん」でいいよ」


そこで夏帆が、なぜ「エンちゃん」?かと尋ねると・・・


「名前のまどかがえんと書くから・・・」


と教えられた。なるほど・・・。


あと「ドカちゃん」なんても呼ばれているとのことだった。なんかありがちな・・・。


それで、そのエンちゃんはやっぱり大学生と言うことだった。それで市内にある2つの大学のうち理系の方の2年生・・・


ちなみに夏帆はその理系大学の付属校を卒業したばかりだった。


ちなみにその理系の大学というのは、入社直後に夏帆が初めて乗務した仕事で新入生のためのオリエンテーリングという研修旅行をやった大学だった。


夏帆の勤める三五八交通観光バスという会社は貸切観光バス部門に加え、タクシー部門と運送部門を抱える地元有数の企業である。しかも、市内にある理系大学と附属高校に附属幼稚園を加えた教育法人もその三五八グループとなっていて、大学や高校で行われる行事の送迎や幼稚園の送迎までガイドを付けた送迎を行なっている。


・・・ということで、その学校関係の送迎を担当するのが新人バスガイドの主要業務となっていて、毎年そのオリエンテーリングも担当していた。


そんなことを知ってか知らずかエンちゃんが尋ねる。


「もしかして、ウチの大学のオリエンテーリングの仕事した?」


夏帆は嬉しくなってこう説明する。


「今年の春、初めての乗務がそれだったよ。とりあえず、最低限の挨拶と案内と、バスの誘導だけすればいいって言われて、訳もわからずやったよ」と・・


しかし残念ながら、エンちゃんは1コ上の学年なので出逢うはずもない。


でも夏帆は、その時の思い出として「大学の構内の曲がり角で曲がりきれなかった時、切り返しのバックの誘導やってバスに戻ろうとしたら、ドア閉められてそのままバス走って行っちゃって、泣きながら追いかけた」という話をしたらビックリしていた。


するとそのエンちゃんが何か考え事でもするように頭を傾げながら口を開いた。


「そうだよね。裏門から入って駐車場に抜けるとき一箇所キツイ曲がり角あるもんね。あそこを大型バスで曲がるのヤッパリキツイよね・・・」


エンちゃんはその状況を分かってくれたようだった。夏帆はすごく嬉しくなり目を輝かせる。


「僕ってあのバック誘導のホイッスルの音・・・結構好きなんだよね。これぞ観光バス・・・って感じで」


しかもそのエンちゃんが自分が仕事でやっている事を好きだと言ってくれている。この時の夏帆は満たされたようなものを感していた。


そしてそんな夏帆をよそにそのエンちゃんは話を続け、去年行ったオリエンテーリングの中でバスガイドの制服が可愛くって鼻血が出そうだった事や、3号車だった事、リーダー学生として同乗した4年生が合コンを段取ったけど、1年生は参加できなくって悔しい思いをしたことなどを説明してくれた。


なんか、寮のこだま先輩が去年3号車だったような事言っていたような気がしたのだが、それは気のせいとして処理した夏帆だった。そんな夏帆に向かってそのエンちゃんが質問した。


「じゃ・・・その後の合コン・・・行った?」


そして夏帆はいきなりそう聞かれ困っていた。


でも・・・その時感じたことをありのままに女の娘目線で解説する。


「うん。行ったけど・・・」


「けど・・・どうかした?言い寄ってくるヤツっていたよね?」


「うん・・・みんな言い寄ってきたんだけど、その目がギラギラしてて凄く怖くって。近寄っただけで妊娠しそうだった・・・」


その時夏帆は背筋がゾワゾワしたしたのを思い出しながらそう答えていた。


そして夏帆はこれからも話ししたいななんて思いながら、いつも持ち歩いているメモ帳に自分の女子寮の電話番号と名前を書いている。


「わたしは会社の女子寮に住んでいますが・・・コレ、寮の電話番号です。何かあったら電話してください」


そう言いながら夏帆はそのエンちゃんにそのページを半分に破いて渡した。


それから30年も先の現代であればスマホのアドレスとかLINEとかの話になるのであろうが・・・


何せそこはそんなものなどない世界・・・。


連絡先(電話番号)教えてください・・・」


夏帆はその時恥ずかしくてどうしてもその一言が出せなかった。


・・・コレって乙女の恥じらい?


でも、そのエンちゃんはその紙を一度受け取って突っ返してきた。さっき渡した工具のように・・・


さらにそんなエンちゃんは夏帆が左手に持っていたボールペンを取ると夏帆の目を見つめた。


「僕、度胸ないから・・・とても女子寮なんて電話できないよ・・・」


そう言いながら、逆にその紙にエンちゃんが電話番号を書いて返してきた。


そのエンちゃんが付け加える。


「クルマのことで困ったら何でもいいから電話して。その番号、住んでる下宿の電話なんだけど、「エンちゃんいますか?」で通じるから・・・」


ん?女子寮に下宿?・・・しかもお互いの連絡手段がピンク電話と来ている。この二人の距離はどのように縮まるのか?


でも・・・このことが思いもよらない方向に動くとは知らない二人だった。


ちなみにピンク電話というのは10円高価を投入しながら電話をかける古めかしいアレ(公衆電話)である。


この物語から30年後の現代では恐らく絶滅しているのかと・・・


その時下宿の電話番号を伝えられた夏帆は、先ほど連れて行ってもらったタイヤ屋さんで心に決めたことを伝えた。


「コレ(レックス)の夏タイヤ履かせるホイール買わなくちゃならないんですけど、春になったらさっきの店に一緒に行ってもらえますか?」


するとエンちゃんは満面の笑みでそれに応えた。


「そんなことで役に立てるんだったらいくらでも付き合うよ!」


なんかデートの約束を取り付けたような感じですごく嬉しい夏帆だった。


しかも最後の「付き合うよ」ってところが最高!・・・心の中で自分の尻尾がブンブンと触れているのが分かる。


その日の夜、夏帆は嬉しくってついそのエンちゃんのこと寮のみんなに喋っちゃっていた。


「ダメです。わたしって、秘密にできないオンナなんです・・・」


その後寮の食堂から自室に戻った夏帆は、ベッドの上で枕を抱え一人反省していた。知られたくないことは秘密にしておけばいいのだが・・・それが出来ない性分が悔やまれる。


でも、その後の寮のみんなの反応は以外だった。すごく冷やかされたり、揶揄われたりするものかと思っていたのだったのだが・・・


「夏帆。アンタ、いいオトコ見つけてきたね。みんな結構クルマに疎くって、詳しいひと近くにいたらいいなって思っていたところなんだよね〜」とか・・・


「誰かの彼氏だったら聞くとか頼むとかできないでしょ?」とか・・・


「そのひと、アンタの彼氏ってわけじゃないんだよね。ただの知り合いの大学生って事でいいんだよね。」とか・・・


この時食堂にいた先輩たちがそう聞いて来た。さらにこだま先輩が夏帆から取り上げたメモ書きをみんなを前にして告げる。


「ここにその人の寮の電話番号貼っておくから、クルマのことでなんか困ったら相談してみて。エンちゃんっていえば通じるそうだから・・・」


そのこだま先輩は寮のみんなに聞こえるように言うと、みんながいつもダベっている食堂にあるピンク電話の上の掲示板にマグネットでそのメモを貼り付けた。


「えっ?それって昨日わたしから取り上げたメモ・・・」


しかも、そのメモが貼り付けられたホワイトボードに「エンちゃん」と大きく書いている。


もちろんそのメモ書きには、その「エンちゃん」という大学生が書いた電話番号の上に、破く前に書いておいたクルマの特徴をメモった部分がセロハンテープで貼り付けてあった。


でも、そのメモに書いてある「APEX」という部分は二重線で訂正され「レビン」と記されてる。


その時夏帆は、寮のみんながまさか全く面識のないひと(エンちゃん)に電話する事なんてないと踏んでいたのだが・・・


でも、しばらくすると夏帆の知らないうちに寮のみんながエンちゃんをいいように使っていることが分った。


この前、幼稚園送りのバスを掃除して寮に帰ってきたら・・・


「エンちゃんと中古車屋さんに行って、いいクルマ見つけてもらっちゃった。買っちゃおうかな?」


なんて会話が聞こえてきた。


また、数日後結婚式の送迎が終わりバスの掃除をして寮に戻ると・・・


「エンちゃんにタイヤ交換してもらっちゃった・・・お礼は缶コーヒーで良いってさ・・・」


なんてのも聞こえてきた。


その時夏帆は思った。


「わたしのエンちゃんをそんなコキ使わないで。そっとして置いてって感じです。でも・・・アレ?」


「わたしのエンちゃん?」


「いつから『わたしのエンちゃん』になった?」


「アレ?。なんで?」


そう・・・。いつの間にか、夏帆はエンちゃんのことが凄く気になる存在になっていたのだった。


どういう訳かそう意識し始めたら急に夏帆の心臓がドキドキして、ことあるたびにエンちゃんのことを考えるようになっていた。


しかも、考えるたびなぜかため息が出るようだ。


・・・コレって重症?


そして仕事が休みの時に訳もなくあの洗車場を覗いてみたり、洗車しながらエンちゃんが現れるのを待っていたり、大学の駐車場に停まっている赤いクルマを探してみたり、もう、このままだとストーカーにでもなりそうな・・・。


それで・・・夏帆は寮のみんなに話を聞かれるのが嫌だったので、わざわざ運動公園の駐車場にある公衆電話から、妹の里帆に電話でチョット相談していた。


その里帆が言う。


「夏帆、それって重症だよ。早く告白しちゃいなよ・・・一気に夏帆の決め球使うしかないよ!そして決め球投げたら、後は・・・押しまくるんだよ!分かった?」


こんな早い段階で決め球を使わなければならないとは・・・ヤッパリ重症のようだ。



@わたしのエンちゃんをコキ使わないで!


そして妹の里帆に相談してから何日か経った後、寮の先輩が食堂で話しているのが聞こえてきた。


「今日、元カレが昔くれたベンツホーンってヤツをエンちゃんにつけてもらったのね。でも、ベンツの音ってその箱に書いてあったんだけど、ホンモノのベンツのクラクションって聞いたことないよね〜」


風呂上りでブラも着けず着ている白Tシャツに、高校のときのジャージを履いたとてもラフな格好の夏帆が食堂前を通過する時に聞こえたのがソレでだった。


バスタオルで髪を拭きながらそれを聞いた夏帆はその瞬間頭に血がのぼって、ついそのバスタオルを床に叩きつけてしまう。


「もう・・・わたしのエンちゃんをこき使わないで!」


夏帆は思わずそう叫んでいた。


するとそんな姿を見た先輩たちがヒソヒソ話を始めた。


「ホラ、やっぱりこうでしょ?夏帆って生娘だから自分からは絶対言い出さないとは思ったんだよね。」とか・・・


「でも、ここまで『わたしのエンちゃん』を他のオンナに使いまわされちゃうとね〜」とか・・・


「ヤッパリ、黙っていられなかったよね〜」とか・・・


ちなみに最後にそう言ったのは、エンちゃんの電話番号をビンク電話の上に貼り出したこだま先輩だ。


そしてそのこだま先輩が食堂の入り口で立ち尽くす夏帆に向かって言葉を掛ける。


「小比類巻さ〜。ウカウカしてるとアンタのエンちゃん、どこかのオンナに喰われちゃうよ。そうなる前にアンタの初めてをもらっておいてもらったらいいんじゃないの?」


そういう彼女は平然とそう言い放った。


しかし・・・それを平然と言われた夏帆は、頭のテッペンまで血が上っていた。


「そんなこと言われなくっても分かってます!」


そう言いながら夏帆は食堂に背を向けた。


すると後ろから先輩たちが夏帆を揶揄する言葉に混じって「ホラ、ヤッパリ小比類巻認めただろ。仕方ないな〜ひと肌脱ぐか」なんて会話がされてたような気がしたが・・・


「そんなの余計なお世話です!」


そう思いながら夏帆は自分お部屋に戻り、ドライヤーで髪を乾かしながら考えた。


どうやってエンちゃんと話しをするか。


話しをするための理由をどうするか。


どうすれば邪魔が入らず逢うことが出来るか・・・


でも電話を掛けるにも寮のピンク電話では話がダダ漏れだし・・・1台しかないその電話はいつも誰かが使っている・・。しかも、彼氏からの電話を待っている先輩の前で長電話もできない・・・・


この時夏帆は、どうにかして連絡なしで逢えるはないものかとその方法を模索していた。


そう考えること数日後、仕事で訪れていた青森市内で観光案内していた信号待ちのバスの車中から見えたスタンドの看板に書いてあったアルバイト募集の文字・・・


「ん?こっ・・これだ!これがあった!」


夏帆が見つけたのはガソリンスタンドのアルバイト募集の看板だ。


「あれだけクルマに詳しいエンちゃんです。クルマを扱うアルバイトには絶対興味があるはず・・・」


そう思いつつ仕事から帰った後にクルマを寮から走らせ、給油を理由にガソリンスタンドを訪ね前に見た張り紙を探す。


「確かこの前給油した時どこかにアルバイト募集の張り紙があったはず・・・」


ここは会社指定になっており、指定カードで給油すると割引になるので社員であるバスガイドたちは大抵ここで給油している。


そして給油中見つけた。給油機脇の太い柱に貼ってあるソレ・・・


「急募。学生アルバイト」


「クルマの整備、灯油配達出来る方」


「危険物取扱者の資格保有者特に優遇・・・」


その紙を良く見るとそのように書いてある。


「これだ!クルマの整備・・・」


「エンちゃん、クルマ詳しいし、それにあの様子じゃ配達だってできそう。危険物?の資格だって・・・」


「何より、ここでバイトしてくれたら、理由なんてなくたって逢いに来れる!」


夏帆はただエンちゃんに逢いたいが為だけにそのアルバイトを紹介しようと考えていた。


そこで、今給油しているおじさんに聞いてみた。


「あそこに書いてあるバイト募集って、まだやってるんですか?」


するとそのおじさんはこう答えた。


「そうなんだ。勤めてた学生さん、なんかあって急に辞めちゃってね。配達とかちょっとした整備できる人募集してるんだけどね・・・」


そして、夏帆の給油カード見ながら逆に質問してきた。


「あなた、三五八のバスガイドさんでしょ。誰か知り合いにやれそうな人知ってたら紹介して欲しいんだけど・・・」


そこで夏帆は「これってラッキーかも・・・」なんて心の中でガッツポーズをしながら冷静を装いつつ、心当たりがあるような含みを持たせた。


「心当たりあります。チョット話してみますね・・・」


すると、ここでも出てしまっている


営業スマイル(満面の笑み)


もう、いやになりそう・・・。


そして確認した。エンちゃんに絶対にこのアルバイトをやって欲しくって・・・


「連絡時間とかってあります?」


するとそのおじさんはこう言う。


「できれば朝のうちがいいかな。配達とかあるといなくなっちゃうからね・・・」


そのおじさんの胸の名札には「店長」文字とある。


その時夏帆は嬉しくなって、給油が終わった後ついつい出てしまった。


「おじさん大好き・・・」


するとそのおじさんは年甲斐もなく顔を赤くしながら口を開いた。


「バスガイドさんの可愛い声でそんなこと言われちゃね〜・・・。今晩かあちゃんと頑張っちゃおうかな〜」


なんてこと言っていましたが何のことでしょうか?


この時夏帆はエンちゃんにこのバイトを紹介したことを後々後悔することとなる。ソフトボールの試合では窮地に立つほどストレートの豪速球で勝負する夏帆だったが、この時はストレートで勝負することを避け相手の出方を伺うことを優先してしまっていた。


妹の里帆にあれほど「決め球を投げろ・・・」と言われていたのに・・・。


ちなみに高校時代夏帆は妹の里帆とバッテリーを組んで全国に行った経験があった。その勝因となったのは決め球であるど真ん中のストレート。しかも、それがバッターの手元で伸びる豪速球だったことからそれで勝負されたバッターは手が出ないか空振りだった。


それは、ここぞという時出される里帆のサインを信じて投げたその決め球・・・


でも・・・この時自分の恋に自信のない夏帆はそのストレートで勝負することを避け、変化球でしかも様子を見ることを選択してしまった。


それは、里帆が出すサインを信用できなかったことと同じ・・・


そんな変化球を投げようとしている夏帆は、その後寮に帰ってからすぐにいつも朝礼でやっている発声練習をすると呼吸を整え、先に電話を使っている先輩の電話が終わるのを待っていた。



@慣れない変化球・・・


そしてその電話を誰かに使われる前に速攻でそのピンク電話を占領するとエンちゃんの下宿の電話番号をダイヤルを回す。


「ジ〜ゴロゴロ・・・ジ〜ゴロゴロ・・・」


そんな音でダイヤルの回されるその電話はダイヤルが戻るスピードがやたらと遅く、夏帆の焦る気持ちに拍車をかけた。それでも心を落ち着かせ呼び出しのコールを聞いている。


「コール1回。コール2回。コール3回・・・」


夏帆は心の中でその呼び出しコールを数えていた。そして10回鳴っても出なかったらかけ直そうと思った瞬間・・・


「はい・・・豊浜下宿です」


10円高硬貨がガチャッと落ちる音と共にエンちゃんの下宿にその電話が繋がり、電話に出た誰かがそう応えている。


「あの・・・わたし小比類巻と申しますが、エンちゃんいらっしゃいますか?」


夏帆はそのぶっきらぼうなに応えた人に間髪入れず超営業ボイスでそう伝えると、ぶっきらぼうに応えたその人は慌てた様子で声が裏返る。


「はっ、はい!すっ・・・少しお待ちく、ください・・・」


その後その電話口から聞こえたのは、その人がバタバタと走っていった先でエンちゃんを呼ぶ声だ。


「エンちゃんセンパ〜イ。若い女の人から電話で〜す」


すると今度はその電話のそばでヒソヒソ会話が・・・


それは「オレ、こんな声聞いたら寝れないかも・・・。声だけでもオカズになる」というもの・・・


夏帆は「何のこと?」と思っていたが、気にせず待っていると足音がバタバタと近づいて来て「ありがと」とエンちゃんの声が聞こえた。そして受話器を持つ音と共に聞こえたのが・・・


「はい・・・風谷(かざがい)です」


「これです!これなんですっ!!」という夏帆の心の声がそういうその受話器から聞こえたのは・・・夏帆がずっと聴きたかったエンちゃんの声だ。


でも、この声を電話を掛けずとも聞けるようにするため、要件を伝えなければならない。


「エンちゃん。ご無沙汰してます。小比類巻です。今日は、エンちゃんにどうかな〜?っていう話聞いたんで電話しちゃいました」


「ん?どんな話?」


「あの〜、会社の近くに会社のバスとか、わたしたちが給油しているガソリンスタンドがあるんですけど〜、そこで学生バイト募集してるという事で電話しちゃいました」


「バイト?スタンドの?」


「そうなんです。しかもそこのスタンド、なんかクルマの整備とか配達する人がやめちゃって困っているみたいなんです。あと、危険物のなんとかっていう資格持ってると優遇してくれるって、張り紙に書いてあったんですけどエンちゃんどうですか?」


夏帆がそこまで説明するとエンちゃんから期待通りの答えが・・・


「ありがとう。今ちょうど何かやろうかなって思っていたところなんだ。配達もそのときは助手だったけど高校時代に腐るほどやってたよ。しかも危険物取扱者資格っていう、ガソリンスタンドで必要な資格も高校の時に取ってるからチョット連絡してみるよ・・・小比類巻さん。どうもありがとう」


そう言われた夏帆は嬉しくなってスタンドの場所と電話番号と連絡は朝のうちにと伝え、その後ついでにチョットお願いしていた。


「あの〜、小比類巻って呼びずらいと思うので、あの・・下の名前のほうで呼んで欲しいんですが・・・」


すると返ってきた言葉がコレ・・・


「分かった。どうもありがとう夏帆ちゃん!」


そう言って話終わったピンク電話の受話器を握りしめたままの夏帆の頭の中で、そのエンちゃんの言葉がリフレインしている。


「やった〜。わたしの名前覚えていてくていました。かなり脈あり・・・」


夏帆は心の中でそう叫びながらも左手に持っているピンク色した電話の受話器を両手でそっと電話本体にカチャッと戻し、返却口に落ちた10円硬貨ポケットにしまうと電話のある食堂を後にして廊下に出た。


そこで息を目一杯吸い込み、更に握りこぶしを握って叫んだ。


「よっしゃ〜〜〜 〜」


それはソフトの試合でノーヒットノーランをやってのけた時に等しい叫び・・・


その時・・食堂でテレビを見ながらだべっていた先輩たちがそんな夏帆の声を聞いて唖然としている。


「何?小比類巻が告白してOKもらったって?」


「いや〜あの鉄の小比類巻がいよいよ生娘卒業か〜」


そんな会話がされていたようなのだが夏帆の耳にはもちろん届かなかった。


ソレで・・・翌日の夕方、夏帆は近くの運動公園までクルマを走らせ、そこにある電話ボックスから妹の里帆に電話していた。


「里帆ありがとう。告白はできなかったけど話はできたよ。それで、下の名前で呼んでもらえたんだ」


そう報告すると里帆は喜んでくれた。


「やったね!。一歩前進じゃん。あとは押せ押せだね・・・」


そう言って背中を押してくれる妹には感謝しかなかった夏帆だったのだが・・・電話を終えた電話ボックスでひとり反省していた。


「わたし恋っていつも中学生以下・・・」



@エンちゃんのパンツ脱がせちゃいます!


そして数日後、どうやらエンちゃんがスタンドでバイトを始めたような噂が聞こえてきた。


「今日、ガソリン入れに行ったらエンちゃんがいてさ、ちょうどクルマのオイル交換時期だったんで、来週交換してくれるように声掛けたんだ・・・」


これはエンちゃんを今まで散々使いまわしていた先輩たちの会話だ。


この期に及んでエンちゃんを使おうとしているようだったのだが、これは仕事の依頼ということなのでとりあえずOKということにした。


そして翌日の夕方、夏帆はちょっとしか入らないと思いながらもエンちゃんの仕事ぶりっていうか、様子を見たいというか、要するに逢いたくなって黄色いクルマで給油に行っていた。


その後、エンちゃんの顔が見たくなると給油に行くことが増えたような気がしている。でも・・・顔を見ると安心し、話ができればラッキーなんていうこととを繰り返しながら何の進展もないまま早くも2ヶ月が過ぎようとしていた。


そんなある日、日中いつも夏帆を気遣ってくれていた先輩が寿退社するということを聞かされ、それを聞いた夏帆は少し焦り始めていた。


「このまま進展なしじゃ自然消滅もあり得るかも!ちょっとは接近しなきゃ・・・」


そんな夏帆がやっぱりエンちゃんと話をする手段として選んだのはやはり給油だった。


そしてそのスタンドに向かい、エンちゃんにガソリンを入れてもらおうと画策したのだが・・・そこに待ち構えていたのは小柄の女子高生でチョットガッカリしていた。


その女子高生は数ヶ月前からこのスタンドでアルバイトをしていて、いつも会社のバスが給油に来た時に大きな声でバック誘導なんかしている娘だ。


そしてその給油中、夏帆は逆さにしたビールケースを台にしてフロントガラスを拭いているその女子高生の顔と胸の名札をマジマジと見ていた。


「ふ〜ん・・・この娘って森内って言うんだ。しっかし・・・女子高生の分際で豊満なその胸・・・」


その時そんなことで嫉妬している夏帆は、その後もその女子高生の作業を見続けた。


「ここでバイトしてるってことは近くの付属高かな?何年生なんだろう・・・えっ?良く見ると可愛いかも・・・」


ここで我に帰った夏帆の焦りが頂点に・・・


「うかうかしてるとエンチャンがどこぞの女に喰われちゃうかも・・・」


夏帆の心に浮かんだこんな心配事・・・これは以前、寮の食堂でこだま先輩が夏帆に伝えた言葉だ。


その「うかうか・・・」という不吉なフレーズが更に夏帆をヤキモキさせる。


「今すぐエンちゃんの顔が見たい・・・話がしたい・・・エンちゃんどこにいるの?」


そう思いながらそのスタンドを見回した夏帆の視界にそのエンちゃんが・・・


それはスタンドのピットで何か作業をしていたそのエンちゃんが、配達帰りの灯油配達のトラックに駆け寄ったものだ。


そしてそのエンチャンは走りながらも給油している夏帆気づき手を上げて合図している。


夏帆は軽く会釈をしながらエンちゃんを目で追っていた。するとエンちゃんはそのトラックから降りてきた人と何か話をした後、そのトラックについているハシゴに足を掛け登ろうとした瞬間・・・


「ドサッ・・・」


そのエンちゃんが足を踏み外したのかハシゴを掴み損ねたのか、真後ろに結構な勢いで倒れてしまった。


その時それを目撃した夏帆は我を忘れてクルマを飛び降りエンちゃんに駆け寄る。


「エンちゃん!エンちゃん!」


夏帆は大きな声でそう声を掛けるものの、エンちゃんはピクリともぜず気が付かない。


そんな夏帆は狼狽し、倒れたエンちゃんの周りをグルグル回ることしかできないでいた。


すると先ほど給油していた女子高生が駆け寄り何かエンちゃんに話しかけた後、更にしゃがんで自分の耳をエンちゃんの顔に近づけ呼吸を確認すると、今度は振り返って大きな声で店長に告げた。


「店長・・・救急車!」


「奥さん毛布持って来て!身体冷やさないように・・・」


さらに夏帆の顔を見て口を開いた。


「すいません。救急車が来たらここに誘導お願いします。わたしはお客さん対応に戻りますんで後はお願いします・・・」


その女子高生はいたって冷静だった。オロオロするだけで何も出来なかった夏帆とは違い、まるで場慣れでもしているようなそんな感じ・・・。


そこで消防に電話終えて戻って来たスタンドの店長が囁いた。


「なんか体調が悪いみたいなこと言ってたんだよね・・・」


どうやら、ハシゴから落ちたのではなく、立ちくらみかなんかで倒れてしまったようだ。しかも、倒れたエンちゃんに向かって女子高生が話けけていた言葉が「ほら・・・ヤッパリこうなったでしょ?」だった。


この時夏帆は、その女子高生がエンちゃんの体調を予め知っていたような口ぶりだった事には一切気付かずエンちゃんを毛布で包んでいた。


そして、ほどなく到着した救急車にエンちゃんがストレッチャーで乗せられる時、無線で何かやり取りしていた隊員に搬送先を確認すると夏帆はまっしぐらに自分の寮まで帰った。


以前、妹の里帆が交通事故で病院に搬送された時、着替えがなくって困った経験をしていた夏帆はとりあえずなんでもいいからパジャマと替えの下着を準備しようと考えていた。


しかし、どう考えても夏帆のパジャマじゃエンちゃんには小さ過ぎるような気がする。


そこで思いついたのは、高校時代女子サッカー部でキーパーをしていて、比較的カラダの大きいこだま先輩だった。


そして、寮に帰ると食堂で明日の乗務に向けて何か調べ物をしていたこだま先輩に向かって手を合わせる。


「先輩。緊急事態です。パジャマとシャツ貸してくださいっ!」


そう唐突にお願いされたこだま先輩は夏帆のそのお願いに快く応えてくれた。でも・・・


「チョット待った!。その緊急事態とパジャマの関係性がわかんないんだけど。まさかトイレじゃないとは思うけど・・・」


そういうこだま先輩に対して夏帆は言葉説明を付け加える。


「すいません。分かんないですよね・・・。あのエンちゃんが仕事中倒れちゃって、病院運ばれたんですけど着替えも何もないんです。とりあえずエンちゃんが着れそうな先輩のヤツ貸してほしんです。それにわたし・・・まだエンちゃんの彼女ってわけじゃないし、エンちゃんの寮の場所も知らなくって・・・」


するとそのこだま先輩が夏帆に尋ねた。


「一つ聞くけど、小比類巻、おまえまだ彼女じゃないって言ってたけど、これから彼女になるんだよな?」


その時夏帆ははとっさに答える。


「もちろんです!」


するとそのこだま先輩が鼻息を荒くして夏帆を見つめた。


「よっしゃ、分かった。ひと肌脱ぐか・・・洗ったばっかりのあるからそれ持ってけ!」


そして、続けてこうも付け加える。


「それと、パンツはどうすんだ?」


その時夏帆はとっさに「それは、わたしのがあるんで・・・」と答えたが・・・


「チョット待った。さすがにパンツはオンナものってわけにはいかないだろう・・・」


そう言いながらも、そのこだま先輩は寮の廊下を走って行った。


でも、「オンナもののパンツ?履かせてみたら喜んじゃったりして・・」なんて言っていた。


全く、エンちゃんはそんな変態じゃあないと思う。・・・・多分。


そして、息を切らせながらこだま先輩が戻ってきた。


そのパジャマが入れられた紙袋は、寮の近所にある大きなデパートのものだ。


それを見た夏帆はその紙袋に書いてあるデパートのロゴを見て閃く。


「先輩。もう一つだけお願いがあります。あとででいいんで、そのデパートの1階のケーキ屋さんで売ってるちょっといい方のシュークリームと、その隣の花屋さんでちょっとした生花買って届けてほしんです!」


「小比類巻の生娘卒業がかかっているとあれば頼まれてやるよ!」


「ありがとうございます。お金は後で払いますんでこだま先輩の分も買っていいですから・・・」


「よっしゃ!で・・・どこまで届ければいいんだ?」


そうお願いを聞いてくれたこだま先輩に病院名を教えて、夏帆はまっしぐらにその病院へ向かった。


病院に到着するとエンちゃんがどうなっているか心配だった。それでまず受付で聞いてみることに・・・


すると、夏帆は要件を伝える前にエンちゃんとの関係を突然聞かれたのでとっさに「妹です」って答えてしまった。


そして、なんでこの時「彼女です」とか、「恋人です」って答えなかったんだろうとその後ずっと悔やむ事になる。


その後夏帆がそこで言われた通り処置室へ行くと、そこにいた看護婦さんに「今病室へ向かった・・・」と伝えられ、今度はその教えてもらった病室に向かうと今まさにエンちゃんの身体がベットに移される瞬間だった。


「せ〜のっ・・・はい!」


数人の看護婦さんが横付けしたストレッチャーからエンちゃんの身体をベッドに移し終えると、いつの間にか今まで沢山た看護婦さんがどこかへ行ってしまった。


そのベッドに横たわるエンちゃん頭には包帯が巻かれ、腕から伸びる透明なチューブが天井からぶら下がった点滴に繋がっている。そんなエンちゃんには青白い肌掛けが被せられ。身体自体がどうなっているのまでは見ることができない。


そんなエンちゃんの傍に置いてある移動式ワゴンの上で、何かを組み立てていたひとりの看護婦さんが夏帆の顔を見るなり尋ねてきた。


「あっ、妹さん。ちょうどよかった。チョット手伝ってもらえます?」


今度は名乗ってもいないのに妹って言われていた。なんか釈然としない・・・。


「いいですよ・・・」


でも・・・夏帆が釈然としないままそう答えると、その看護婦さんが「今チョット準備しますので、それ脱がせてもらえますか?」と言いながら、ワゴンの上に置いてあった何か細くて透明なビニール管を袋から取り出し始めた。


でも・・・夏帆がエンちゃんに掛けてあった肌掛けをめくると、そのカラダにはパンツ一つしか身につけていない。当然夏帆は動揺した。


「えっ?ぬっ、脱がすって?・・・パンツのことですか?」


夏帆が目を丸くしながら看護婦さんにそう尋ねたのだったが・・・


「はい。そうですよ〜」


看護婦さんはそう言いながら平然とその作業を続けている。


当然夏帆はアタフタしていた。その看護婦さんはそんな夏帆に追い打ちを掛ける。


「あっ、妹さん。今から尿管にコレ挿入しますので、早く脱がしてください!」


夏帆はその看護婦さんにそう怒られてしまった。


でも・・・そんな夏帆がアタフタしてるとソレを見かねた看護婦さんがエンちゃんの腰に手を回し「じゃ、腰持ち上げますので脱がしてください」と言って腰を浮かせた瞬間、「えい」っと、エンちゃんのパンツを脱がしてしまった。


もちろん父親と従兄弟以外のソレを見るのは初めて・・・しかも、ソレを最後に見たのは10年も昔の出来事・・・


もちろん夏帆の眼はエンちゃんの「ソレ」に釘付け・・・である。


すると夏帆のそんな状況など全く知らない看護婦さんが、露わになったエンちゃんのソレを見て呟いた。


「あんまり立派じゃなくって良かった。立派だとチョット大変・・・」


そう言いながらも看護婦さんは慣れた手つきで挿管作業を始めていた。


「す・・・凄い・・・オトコの人のモノ・・・扱うのが慣れてる・・・・。」


改めて夏帆はそんな手付きをみながら驚いている。通常コレは職業柄それがごく普通のことでなあるのだが・・・生娘の夏帆にとってはそれは信じられない異次元的な手つきにさえ見える。


「えっ・・・?オトコの人のオシッコってあそこから出るんだ・・・」


その時夏帆はその痛そうな作業を見てられなかったので両手で顔を覆っていたが・・・


結局指の間からその作業の一部始終をしっかり見てしまっていたりもする。


そしてその作業が終わると、さっき病院の売店で買ったトランクスタイプのパンツを看護婦さんと一緒に履かせた。そのパンツを履かせるという作業が結構大変ながらも夏帆はその管が刺さったソレを横目で見てもいた。というより、もう目が釘付け・・・


「こっ・・・これが・・・これがエンちゃんの・・・」


でも夏帆は、驚きながらもそこには何にもついていないのが普通と思っていたので疑問に思っていた。


「そこにそんなものが付いているなんてズボン履いた時とか・・・歩く時とか・・・邪魔じゃないんでしょうか?」


あっ、それって余計なお世話・・・?


でも・・・そのパンツを履かせるとき、エンちゃんに刺さっていて最後は何かビニール袋になっている長い管を、パンツの股の部分に通しながら履かせる作業が結構難儀で夏帆は腰が痛くなっていた。


そんな夏帆は腰を摩りながらも改めてエンちゃんのカラダを見た。


すると、意外にもその身体のあちこちに擦り傷の跡がある。


「コレって何ですか?」


夏帆がその傷の一つを指差しそう尋ねると看護婦さんはため息を吐いた。


「コレは、バイクで派手にやっちゃったのね。コレ、膝とか、肘とかひどいでしょ。あっ、足首なんか骨折しちゃってるね。コレ。多分、ここに金属プレート入ってると思うんだよね。コレ痛っかったと思うよ・・・これってわたしの彼氏と同じ・・・」


そう言いながらエンちゃんの足首を指差し看護婦さんがそう教えてくれた。


この時、「この看護婦さんのカレってそういう系なんだ・・・」そう思いながらその説明を聞いた夏帆は思う。


「ん?エンちゃんって・・・顔に似合わずヤンチャ系?」


そして、その後こだま先輩から借りたシャツを着せたのだったが、そのこだま先輩の名字である谷川という文字が左胸に入っておりなんかおかしい感じが・・・


でも、シャツを着せる時、胸に3〜4個赤紫のアザみたいなものを見つけたのでついでに聞いてみた。



@これは想定外・・・


「コレも・・・ケガか何かですか?」


すると、その看護婦さんは再び息を吐くようにそれに応える。


「お兄さんってモテるのね。ケガの犯人は・・・その・・・彼女なんだよね。つまり・・・がんばっちゃったってところだろうね・・・」


看護婦さんはエンちゃんの右足をパジャマのズボンに通しながらサラッとそう囁いた。そしてさらに言葉を付け加える。


「ゴメンなさいね。あなた、実は妹さんじゃなくって、この方に片想いしてるってところかな。あっ、間違っていたらゴメンなさいね・・・」


「今・・・この看護婦さん今、なんて言った?かっ・・・彼女・・・?片想い・・・・?」


この時夏帆の頭の中が混乱を極めた。でも、そんな夏帆を横目に看護婦さんが話を続ける。


「なんか、あなた見てたら話したくなっちゃって。チョット聞いてもらえる?」


「わたしね、昔から生物学っていうのが大好きでね。本当はそっちの道目指していたんだけど、ソレで食べていけそうな就職口ってなかなかなくってね・・・」


「ソレで、それは趣味にしようって思ったの。それでいろんな人の体を生物学的に見ることのできる看護婦って道に進んだんだけど・・・」


「あっ、話は戻るんだけど、さっきこの方のモノがあんまり立派じゃないって言ったのはね、仕事上のハナシ。だって、立派だと挿管が大変でしょ?」


「哺乳類ってね。生殖器と手足の大きさは比例するってよく言われるんだけど、その理論で患者さんを見比べると面白いように当てはまるのね・・・」


「動物って、繁殖期になるとメスを巡って争いになるでしょ。でも、争いの前に体の大きさを競って勝負付けちゃうこともあるのね」


「オトコの人が握手するって行為は、自分のはこんなに立派なんだぞ。って、相手を威嚇する行為がそもそもなんじゃないかなって思うの。チョット変かな?」


話を聞きながら少し冷静になってきた夏帆がそれに答える。


「生殖器の大きさが強さの全てっていうことですか?」


すると看護婦さんがそれを解説するように話を続けた。


「我々哺乳類に課せられた使命というのは、如何にして自らの遺伝子を後世に伝える・・・というモノなの。それは、ただ残せばいいというモノではなくて如何に強い遺伝子として残すという事なの」


「それじゃ女性が強い男性に魅力を感じるのは・・・?」


「自分の遺伝子を生命力の強い遺伝子と結び付けたいのね・・・結局、強い遺伝子を持つ男性って身体も大きくって、生殖器も大きいってコトなんだろうね・・」


「じゃ、アイドルみたいな男性に魅力を感じるのは?」


「自分の遺伝子をそのアイドル経由でいろんなところでいっぱいバラ撒いてもらえるコト・・・なんでしょうね」


「じゃ、男女の恋愛というのも結局のところソレと一緒・・・?」


(しゅ)の保存という考えからすればそうなんだけど・・・」


「種の保存・・・ですか?それって、なんか壮大な感じがするんですが・・・」


「これってわたしたち哺乳類だけの話じゃなくって、地球上に生息するありとあらゆる生物に共通する重要なミッションなの」


「それじゃ、わたしたちは生まれた瞬間から自らの遺伝子を後世に継承するという種の保存のために活動してるという事ですか?」


「まっ、神様的目線で見ればそうなるわね・・・でも人間っていう生き物は感情っていう厄介なものがあるでしょ?」


「そうですね・・・行き着くところはそこなのかもしれませんが、人間って遺伝子を残すに至る作業とやらがやけに複雑怪奇ですよね・・・」


「そうなんだよね・・・結局人間という哺乳類は、感情の生き物だから単純にソレが当てはまらない・・・」


「それじゃ、女性にとっても理想のオトコというのは強くて格好のいいスポーツ選手みたいな・・・?」


「それもあるけど・・・そういうオトコって一般的にモテるから、結婚してからこれまた変な苦労するんだよね・・・」


「そうですね。スポーツ新聞が大好きな・・・アレですよね?」


「まっ、そんなところ。これからオトコっていう生き物を吟味する上での参考意見的に聞いてもらえると嬉しいな・・・」


ボールペンが何本か刺さった左ポケットに「後藤田」と表示されたネームプレート付けたその看護婦さんは作業をしながら囁くように・・・また、夏帆を諭すようにそう言い残すと病室から去っていった。


夏帆はその後藤田という看護婦さんの後ろ姿に研究者の影を見たような気がした。そして・・・そのナース着がどことなく研究者の着る白衣に見えていた。


それからの夏帆は、種の保存と恋愛の関係を考えるようになり、その恋愛というものについて人と少し違った角度でソレを見るようになっていた。


そんな夏帆は、犯人の彼女がどうすればエンちゃんの胸にアザを付けることができるのか理解できないままエンちゃんに着せたパジャマのボタンを整えていた。


でも・・・そのアザと彼女の関係性がヤッパリ分からない。


「ん?・・・これってどこかで見たようなアザ・・・」


そのパジャマを整え最後に肌掛けをかけようとした夏帆の頭の中に急にその「何か」が浮かんできそうなるのだが・・・やっぱりソレが何だったのかが思い出せない。


そして、改めて見る看護婦さんとやっとのことで着せたパジャマはどうも手足の丈が短く、後でエンちゃんの下宿から本人のモノを持ってくる必要がありそう・・・


そう思いながら夏帆はエンちゃんに肌掛けをかけ、ベッド脇の丸椅子に座ってエンちゃんの寝顔を観察し続けた。


すると程なくしてエンちゃんがバイトしているスタンドのおばさんがやって来て、しばらく夏帆と一緒にエンちゃんの寝顔を見守っていたのだが・・・一向に目を覚さないので痺れを切らせてしまった。


「ゴメンね。今日給料日なの。給料渡さなくちゃならないから帰るね。目覚ました時、こんなおばさんよりかわいい彼女さんががそばにいたほうが喜ぶと思うから看病お願いね。それに後で森内さんが来ると思うし・・・」


そう言い残すとそのスタンドのおばさんは帰って行った。


「ん?森内って誰?まっ良いか・・・」


その後一人残された夏帆は、エンちゃんのホッペを指で突いたり手を握ったりして、自分の手の大きさと比べたりしていた。


若干夏帆より身長が高いそのエンちゃんの手が夏帆の手より小さいような・・・


それって・・・つまりそれが立派じゃないってこと?


そこで夏帆は、ハッと思い出す。


それは以前聞いたバスガイドの先輩同士の会話・・・


「昨日の夜、大丈夫な日だって言った瞬間カレシが頑張っちゃって・・・続けて3回もだもん」


「えっ・・・それってあのレジェンドに乗ってるあの大学生?」


「ううん・・・それはアッシー君」


「それじゃ、建設会社の社長の息子っていうソアラの・・・」


「それはメッシーのほう・・・」


「それじゃ・・・あっ、もしかして市営に移ったあのドライバー・・・?」


「そうなんだよね・・・」


「若くないじゃん!でも・・・あの歳で3回連続・・・?」


「そうなんだよね・・・見かけによらず凄いんだよね・・・アッチが・・・」


「ちょっとアンタ・・・デキちゃっても知らないからね!」


「そんなの分かってるって!気はつけてるよ・・・ところでさ・・・これ、ファンデーションで隠れると思う?」


「あらら・・・よほど燃え上がったのね。でも、ちょっと付けるところ考えてもらいなさいよ・・・」


「うん・・・そうだよね・・・それで今日、朝から腰が痛くって・・・」


そう言いながら襟元をすこし広げ、別の先輩に見せていた時チラっと見えたソレは・・・


まさしくエンちゃんの胸についているモノ同じものだった。そういう理由でエンちゃんの胸にソレが付いているとは全くの想定外・・・


ちなみに「市営・・・」というのは、夏帆たちが勤務する会社のライバルである市営のバス会社となる。この会社は夏帆たちの会社で育成したドライバーを引き抜くことで有名だったが、この会社のドライバーと付き合っているガイドも数人いるのは知っていた。


そんな市営バスのドライバーと付き合っている先輩バスガイドの話から察すると、夏帆はエンちゃんは既に彼女がいるということになる。


つまり・・・ソレは夏帆が告白する前にフラれてしまったということに・・・



@責任とってよ!


その後、夏帆はそのベッドごと通常の病室に移送され一向に目を覚さないエンちゃんのホッペを指で突きながら、その眠ったままのそのエンチャンを問い詰めた。


「コラ。アンタ、彼女がいたの?」


「どうして黙ってたの?」


「わたし、知らないでアンタのこと好きになっちゃったじゃない!」


「責任とってよ!」


「なんとか言いなさいよ・・・」


そう言いながら問い詰める夏帆の瞳からは大粒の涙が溢れている。


そして夏帆はその寝ているエンちゃんの唇を奪った。


コレが小比類巻夏帆19歳のファーストキス・・・


キスというよりは乾いた皮膚同士が触れ合う・・・そんな程度だった。


それでもキスはキス・・・


すると、その時今まで眠ったままのエンちゃんの身体がすこし動いた・・・。


目を覚ましたのか?そうであればそれはまるで白雪姫のよう・・・


でも・・・そんな白雪姫は目を手で擦りながら、なんか眩しそうにしている。


その時夏帆は、「目が覚めたら呼んでください」と看護婦さんから言われていたのと照れくさいのが重なってとっさにその身体が反応する。


この時夏帆は枕元にあるナースコールのボタンの存在に全く気付いていない。体育会系の彼女は条件反射の如くナースステーションに向け駆け出していた。


すると先ほどの後藤田さんが先生を引き連れて来て、その先生がエンちゃんのまぶたにライトを当てたり脈を測ったりしている。その診察中、別の看護婦さんがエンちゃんのアソコに刺さっていた管を抜く処置していた。


「妹さん。これでひと安心です。後で精密検査しますのでしばらく入院させます。後は後藤田から指示を受けてください・・・」


診察を終えた先生がそう言い残すと病室から立ち去った。しかし・・・


この時「もう少しかかると思ったけど、予想外に早く目を覚ましてのでこれでひと安心・・・」そう聞かされ安心した夏帆だったが、ここでも妹と間違われたことに対して頬を膨らましている。


「まったく、ここでも妹って言われちゃいました。わたしって、そんなに幼く見えるんでしょうか?」


そう思う夏帆の頭から湯気が立った・・・


そのあと看護婦さんがエンちゃんの体温を計っている時、夏帆が目を覚ましたエンちゃんに事の顛末を説明した。それは先ほどの照れ隠し


「わたしがエンちゃんのバイトしているスタンドにガソリン入れに行ったら、トラックのハシゴ登ろうとしているエンちゃんがはしごから落っこちちゃって。」


「いくら声かけても気がつかないんだもん。びっくりしちゃった。」


「そして、店の人が救急車呼んでここに来たんだよ・・・」


「さっきまで店の人いたんだけど、今日は給料日で忙しいからわたし看病頼まれて・・・」


それはまるでマシンガンのように・・・・


そこでその話を聞きながら検温していた看護婦さんがその説明に補足する。


「倒れて頭打っているみたいですので、様子を見て3日くらいの入院になるって先生が言っていましたので・・・」


すると看護婦さんが病室から出て行く姿を見送ったエンちゃんが夏帆に尋ねた。


「コレって・・・?」


起き上がったエンちゃんが今着ているパジャマの裾の短さを気にしている。


ソレを見て夏帆はさらに説明を続けた。


「エンちゃんが救急車で運ばれたとき、一旦寮に戻ってパジャマ持ってきて、看護婦さんと着替えさせたんだよ・・・」


すると、エンエンちゃんがどこか恥ずかしそうに尋ねた。


「それじゃ・・・このパンツも?」


「もちろん!」


夏帆は今でいう「ドヤ顔」でそう教えてあげていた。そして見栄を張りエンチャンの耳元で囁く。


「あんまり立派じゃなかったみたいだけど・・・」


とても「オトコの人のモノはじめてじっくり見ました」なんて、恥ずかしくって口が裂けても言えない。


そんなエンちゃんは返答に困っているみたいだったが、構わず夏帆は話を続けた。


「アソコに管刺すのってすごく痛そうで見てらんなかったんだよね・・・痛くない?」


そう尋ねられたとエンちゃんは答える。


「見てのとおり僕のホースあんまり長くなくってあんまり立派じゃないけど・・・前に事故で入院した時、結構長い間あの管が入っていたから慣れちゃったのかな?」


その時少し怒り口調でそういうエンちゃんからこれを聞いた夏帆はちょっと反省・・・。


「エンちゃんチョット怒っちゃったのかな?ソレってオトコの人が一番気にするコトだったんだよね・・・」


なんて思ったが、そんな夏帆をよそにエンちゃんは話を続けた。


「でも今・・・その立派じゃないソレの先っちょがちょっとジンジンしているかな?」


そう恥ずかしそうにしている。


するとエンちゃんはこの話題を深掘りしたくないためか話を変えた。


「このパジャマって夏帆ちゃんの?ソレにしては大きくない?」


この時夏帆はコレは絶対に聞かれる事かと思い答えを準備していた。


「寮の先輩に借りたヤツ・・・」


それって自分のパジャマは絶対に小さいってことをアピールするためだ。しかもダメ押しでこんな答えも・・・


「とてもわたしのじゃ無理っぽそうだったんだもん!」


コレは自分の身体は細いぞアピール・・・


そんなアピールをよそにエンちゃんは質問を続ける。


「この谷川って名前が入ったシャツも?」


「もちろん!でも・・・パンツは女物ってわけにはいかないでしょ?ソレだけは下の売店・・・」


すると、エンちゃんが改まって夏帆の瞳を見つめて息を吸った。


「夏帆ちゃん。どうもありがとう・・・何から何まで。なんて感謝の気持ちを伝えれば・・・・」


でも・・・夏帆はここでもちょっとだけ見栄を張る。


「エンちゃん。前に自分で言ってたでしょ!困った時はお互い様って・・・」


夏帆はエンちゃんを前に格好良くそう言っていた。あの時、エンちゃんが夏帆に言ったように・・・


でも・・・夏帆は悔しいから絶対聞かないと思っていたソノことについて我慢できずに聞いてしまった。ここでも黙っていることのできない夏帆の性分が出てしまう・・・


「あの〜。エンちゃんの彼女ってどんな人?」


「えっ?彼女がいるって何で・・・?」


「あの・・・その・・・胸のキスマーク・・・」


「あっ・・・!」


「ゴメンなさい・・・着替えさせる時見つけちゃって・・・それで・・・」


それを聞いたエンちゃんが何か言おうとしたが、何かを飲み込んだ後に訪れた沈黙・・・


その時聞こえるのは他の病室から聞こえる点滴のアラームと、廊下をパタパタと走る看護婦さんの足音のみ・・・


そんな沈黙に耐えきれなくなった夏帆が思わず口を滑らす。


「あ〜あ。告白前に失恋か〜。密かにエンちゃんのこと狙っていたんだけどね〜。凄く残念!」


コレを本人の前で言っちゃっていた。


「しまった!」


この時心の中でそう叫んだ夏帆がその場を取り繕う。


「あっ、先輩がね・・・」


するとその時、病室の空気が動いたのを感じた。夏帆の後ろの引き戸がスッと開いた音がした瞬間、エンちゃんは夏帆の後ろの扉の方を見て指を差した。



@エンちゃんの彼女って女子高生?


「あっ!僕の彼女ってこんなひとです・・・」


「えっ?」


夏帆が恐る恐る振り向くとそこには見覚えのあるセーラー服を着た女子高生が立っていた。しかもその娘はあのスタンドでバイトをしていた女子高生だ。


「夏帆ちゃんもスタンドで見掛けたことあると思うんだけど・・・」


そりゃ知ってますとも!・・・でも、知り合ってまだ何ヶ月も経っていないはず・・・それなのにもう・・・


この時まで夏帆は勘違いしていた。この「エンちゃん」というオトコも自分と同じように奥手かと思っていた節があったのだが・・・意外にも手の早いオトコだったようようだ。


こんなことなら、もっともっと早くエンちゃんに豪速球を投げ込んでおけば先に自分に手を出してくれたかも・・・


夏帆がここに来てでそんな後悔をしていた。考えてみれば、妹の里帆からそういうサインが出されていたのにも関わらず、それに対して首を縦に振らなかったのは自分自身なのである。


でも・・・後悔先に立たず・・・。


しかも、その夏帆の背後に立つ女子高生はスタンドの近くにありとても見覚えのある付属高の制服を着ている。


思わず夏帆はエンちゃんとその女子高生を交互に見た。しかも改めて見るその女子高生の手の大きさなんて子熊みたいだ。


そこで夏帆はものすごく動揺していた。


「こっ、これって、犯罪だよね・・・。わたしも去年の春までコレ着てたけど・・・」


そんな驚きを隠せない夏帆は、去年卒業するまでこの制服を着た女子高生をやっていた。つまりこの女子高生は夏帆の後輩・・・しかもそのタイの色が赤いことから2年生であることも分かる。


すると、そんな動揺を隠せない夏帆を知ってか知らずかその女子高生はエンちゃんの脇に来て口を開いた。


「ソフトボール部でピッチャーしてた小比類巻先輩ですよね?。ノーヒットノーランの小比類巻って有名なんでよく知っています。あと、黄色いクルマ乗ってスタンドに来ますよね・・・あっ、先ほどは救急車の誘導でお世話になりました」


そんな女子高生は、スタンドで駆け回っていた姿からも想像できたとおりとにかく身長が低かった。


その姿は見るからに150cmに届かないくらいの身長でしかも天然パーマのショートヘアー。重ねてセーラー服のスカートの丈も短くまるでお人形様のよう・・・


背が小さくて色白で可愛い・・・しかも胸が大きくて夏帆よりも若い・・・


これはどう頑張っても夏帆が手に入れることのできないものばかり・・・


でも・・・夏帆はスタンドではいつもバスの誘導を大きな声でしているのを見ていて、「よくあんな小さい身体からあんな大きな声が出るもんだ・・・」と感心していたものだった。


そんな女子高生が自らのスカートの裾を直したあと夏帆を見つめて自己紹介を始めた。


「あっ、自己紹介が遅れました。あの、わたし、ただ今紹介のありました犯罪被害者の森内真琴(もりうちまこと)と申します。マコトって呼んでください」


そのお人形様のような女子高生がそう自己紹介したのだが、続けてこんなキツい指摘も・・・


「ところで・・・小比類巻先輩はなんでこんなところにいるんですか?」


そう聞かれた夏帆は困惑していた。この女子高生がそう思うのも無理がない。突然病室を訪れたら自分の彼氏を別な女性が看病していたのだから・・・


そこでエンちゃんがコトの顛末を説明しソレがひと通り終わると、その女子高生が話をまとめにかかる。


「要するに、エンちゃんがドジだったって事でいいですか?」と。


ちょうど間が悪い事に、そこに夏帆が頼んだ生花とショートケーキの箱を持ったこだま先輩が現れ、居合わせたそのセーラー服の女子高生をガン見している。


夏帆は動揺しながらも紹介する。


「こちら、先ほど話ししたパジャマを貸してくれたこだま先輩です。そしてエンちゃんが1年の時オリエンテーリングで偶然エンちゃんのバスに乗務していました。その時、エンちゃんとちょっとだけしか話せなかったと言って今でも悔やんでます・・・」


するとそれを聞いたその女子高生はこう言い始めた。


「わたし・・・来月転校してここからいなくなっちゃうんで、それからエンちゃんはフリーになります。エンちゃん次第ですがチャンスです。どうです?こだま先輩!」


ん?・・・・話がずれてきているような気がする。そう言われたこだま先輩は、訳もわからずキョトンとしている。


「ちょっといい?」


すると、そのこだま先輩が突然夏帆の腕をむんずと掴むとそう言いつつ夏帆を廊下に連れ出した。そして・・・


「なんでそういうことになってんだよ!。花とケーキ買って来いって頼んだのは小比類巻じゃないの!」


そう激怒している。


「そんな事言われても・・・わたしだって困っているんでるから・・・。先輩すいません。あの女子高生が現れてから急に状況が変わっちゃいまして・・・とりあえずそういう事にしておいてください・・・」


夏帆はそう平謝り・・・。


釈然としなさそうなこだま先輩と病室に戻ろうとした時、話を聞きつけた他のバスガイドたちがひとりまたひとりと制服のまま集まりはじめいつの間にかその病室はバスガイドだらけになってしまった。


しかもそのベッドをとり囲むように集められた丸椅子に座り、中央のエンちゃんを餌にいろんな話題が飛び交い、まるで女子会のような楽しい時間に・・・


その中で、その女子高生がバスガイドの仕事内容をアレコレ聞いて来て、失敗談などを話題に笑い話が飛び出し盛り上がった。それはボケとツッコミのデパートのよう・・・



@チョットの望み・・・


そして翌日・・・たまたま予備日(乗務のない日)だった夏帆は、朝に早速有給休暇を申請しエンちゃんのところへ向かっていた。


フラれたことは分かっているが、諦めきれないというか・・・その彼女からエンちゃんを奪おうとかっていう気持ちではないのだが、とにかくエンちゃんのところに行きたい気持ちでいっぱいだった。


でも・・・そんなエンちゃんの彼女である女子高生は、転校してどこかへ行ってしまうような事を言っていた。


チョットだけ望みはありそう・・・


この時思ったその「チョットだけの望み・・・」と言うものが、今後夏帆の支えとなることをこの時夏帆自身も気づいていなかった。


そしてそんな夏帆がエンちゃんの病室へ行きなんでもない雑談をしているところに、エンちゃんの友達の織田という学生がエンちゃんの下宿から着替えなんかを持って現れた。


この「織田」は、そのエンちゃんの大学の同級生で出席番号が1番違いとなっていた。と言うことで実習やらレポート作成でいつもペアになっているオトコとなっていて気を許す合う関係のようだった。


しかもレポート作成のたびいつもペアで作業していたエンちゃんの下宿に入り浸っていたそんな織田は、その部屋のどこに何があるのかを把握していた。この時たまたまエンちゃんの下宿を訪れた織田は、スタンドの店長経由で事情を知らされていた下宿のおばさんからエンちゃんの事情を聞いたという・・・


しかし、一見友達思いの優しそうなこのオトコ・・・自分の狙った女子大生との距離がなかなか縮まらない中、その手段に選んだのがその女子大生の妹と自分の友達をくっつけてしまい、それに乗じて距離を縮めようというという手法だった。


しかも、その妹が親の再婚とともに間も無く遠くに行ってしまうと言うもの折り込み付きでだ。


これがそのエンちゃんと女子高生の出会ったそもそものきっかけとなっている。


そんな織田は初対面の夏帆の顔を見るなり、急に夏帆の目の前に来てそっと右ひざを突き夏帆の手を取り、さらに夏帆の瞳をジッと見つめた。


「ああ、何という神様のいたずら。僕の心にきめた女性がいなければ、僕は今ここで貴女にすぐにでも告白していたのに・・・」


「こんな魅力的な女性は、世界広しといえ滅多にお目にかかれないのに・・・」


「ああ〜、なんて事だ・・・・。僕はいま、神様を恨みます・・・」


そう言いながら握っていた夏帆の手をソッと膝に戻し自ら立ち上がった。


忘れていたが、そんな織田は高校時代演劇部の部長をしており、なんでも全国大会に行ったとも聞いていた。だからその演技は恥ずかしさを通り越し引き込まれるものが・・・


当然夏帆の顔は真っ赤・・・。夏帆自身、頭がカッカしているのが分かった。


「チョットやめてくださいよ〜。冗談きつすぎますよ〜。わたし、昨日告白前に撃沈しちゃっているんですから〜、グラっと来ちゃうじゃないですか〜」


「しまった!」


この時夏帆はエンちゃんとその織田を交互に見てしまう。でも・・・当然二人とも「?」という顔をしている。


そんな二人の顔を見た夏帆は、とっさに「先輩の話です!」と・・・・ごまかしていた。



@新人バスガイド


数日後・・・エンちゃんが退院してスタンドのバイトを再開しているという話が聞こえてきた。コレでひとまず安心・・・


そして3月初旬、次年度バスガイド採用に内定している新入社員18名が女子寮に加わっていた。


バスガイドと言うのは4月1日付けの入社前に「入社前研修」と言うのがあリ、基本的な業務内容などをアルバイトという形で学ぶ研修を行なうのが通例となっている。


しかも、いきなり種差少年自然の家というところに2週間も缶詰にされ、今まで自由だった学生生活から一変して社会人としての洗礼を受けているのである。


当然、それに耐えきれない者が出てもおかしくない。


それは高校卒業間もない高校生にとって最も忙しい期間であり、また進学する友人たちなどは「卒業旅行」と称して遊びまくる時期と重なる。


何気に可哀想な気もするが、そんな時期から実質的な業務に携わるのがバスガイドという職業だ。これは間も無く訪れる観光シーズンに備え、いち早く最低限な業務をこなすスキルを教育するためとされていた。


そんな新卒者たちは女子寮に入ることが決まっている。


三五八交通は昨今の観光需要を受け業務が拡大し、ここ数年で数箇所支店を構えるようになっていた。当然夏帆が所属する本社も御多分に洩れず、バスの所有台数の増加による駐車場の拡大と整備工場の増床も課題とされてきた。


そこに拍車を掛ける問題として浮上していたのが「バスガイド女子寮の老朽化」というものがある。


しかもその女子寮が会社から歩いて2〜3分の少し離れたところにあったため、当然バスガイドたちがこの女子寮と会社の間を制服姿で通勤することになる。しかもそんな状況から女子寮の場所特定も容易になってしまい、変質者やヤンキーたちの夜間徘徊の名所となっていることから会社的にも防犯上根本的解決方法を模索していた。


そこで会社は隣接する農地や遊休地を買い取って会社の敷地拡大を図ったうえ、会社の事務所脇に新しい女子寮を建設する計画を打ち立ててはいたが、ちょうど女子寮を建設する予定の場所に土地を所有する県外のお爺さんとの交渉が決裂していて女子寮新築計画が長らく頓挫していた。


しかし昨年その地主のおじいさんが亡くなり、急遽土地を相続することになった息子との用地交渉が急展開を見せ会社の敷地が広くなっていた。


それで、以前から会社の懸案だった真新しい女子寮が約1年間の期間を経てそこに建てられ最近落成式を終えたばかりだ。


しかもその新しい女子寮は今まで相部屋だった部屋を完全個室としたり、広くなったシャワールームやトイレの数など今まで不評だったものに対して配慮された設計となっている。


それで年度内引っ越し完了に向け、寮生全員の引越し作業も加わり大忙しとなっていた。そこに早速新たに研修から帰ってきた新卒者9名も加わり、バスガイド総動員で古い女子寮の荷物をトラックに乗せピストン輸送する作業が本格的になってきていた。


夏帆の勤めるバス会社はバスガイドが若いのが評判の会社だ。


会社名を聞けば、知っている人は「あそこのガイドは若いのっばかりだね〜」と口を揃えて言われる。


裏を返せばガイドがすぐ辞めてしまう会社・・・


この時点で新規採用予定者の数が半分になっていた。


また新規採用者以外でも、この前まで一緒に仕事していた先輩数人が急に仕事を辞めていた。


理由はそれぞれで、普通に結婚する人とか急にお腹がおっきくなっちゃった人とか、あと彼氏を追っかけて県外に行っちゃったりと様々・・・


ん?コレって全部オトコがらみ?。


という事で、昨年夏帆入社した時と同じように即戦力として期待されているこの新入社員たちは4月1日付の正式採用に向け早速業務実習などにも引っ張り回されている。


そんな最中、夏帆はバスガイドの先生である吉田ティーチャーから呼び出しを受け、今後新入社員の指導に当たるよう指示を受けていた。


この会社では先ほど言った通りガイドがすぐに辞めてしまうため、10年も続けると先生になってしまう。そして後に出てくる「トライアル」という研修で指導を担当することにもなる。


実はこの夏帆は根っからの体育会系で仲間をまとめる能力が高かったためか、この時から将来の先生候補として会社から期待されていた。それは体育会系の性というか上下関係に非常に敏感であるということも関係しているのかもしれない。


新人の指導をするということは、夏帆が普段やっている仕事に加え、新入社員の世話や相談事に対応しなければならないことになる。さらにはクルマを持っていない新入社員の生活用品の買い出しに付き合ったりといつのまにか仕事が一気に増えてしまった。


すると、諦めきれないエンちゃんのコトを考える暇すらなくなってしまい、ちょうどいいかな?なんて夏帆は思っていた。


そして、もう春だというのにエンちゃんに逢うどころか声すら聞いていない状態が続いている。


そんな最中、毎週運行管理部の入り口脇に掲示される長期的業務予定表の中にエンちゃんの大学の文字を見つけた。


それは、エンちゃん通うの大学で毎年4月中旬に行われる二泊三日の新入生オリエンテーリングというものだ。それは県内の大きな建設現場を見学しながら学生同士の交友を深めるのが目的となっている。


その予定表には「5正通し3」と記されていた。これは5台口のバスで1号車を先頭に運行し、3日間同じする業務である。


そして、例年この乗務は新人ガイドのデビュー戦となっていつのだが、夏帆は内々にその1号車であるチーフの打診を受けていた。すなわち、その業務は夏帆をチーフにした新人バスガイド4人のパーティーと言うことになる。


去年、その新人デビューで初乗務だったその業務が、ガイド2年目にしてチーフを任されるほど夏帆は会社から信頼されていた。


そんな夏帆は、とにかくその新人の初仕事となるそのオリエンテーリングまでに基本的な業務内容を新人に叩き込まなくてはならなかった。しかも、相談すべき去年夏帆を指導してくれた先輩ガイドは先日寿(結婚)退社してしまったばかり・・・


そんなこともあり、去年夏帆自身が教えてもらったことを思い出しつつ、高校時代ソフトボール部で培ったやり方で指導を初めていた。しかし、夏帆はそもそも体育会系なので周りから見るとものすごい軍隊方式で、新人が辞めちゃうんじゃないかって心配するほどだったそうだ。


その後・・・結局、正式採用を待たずにその新入社員のうち4人が辞めてしまっていた。そして、その新人のために準備された一度もビニールを開けていない新品のバスガイド制服も廃棄処分に・・・


その廃棄された制服が市場に出回らないように裁断してゴミに出すことになっていたのだが、この裁断作業も夏帆の役割だった。


つまりこの年三五八交通に採用された18名のうち少年自然の家での研修で9名、さらに夏帆も加わった社内研修で辞めてしまった4名の合計13名がこの時点で辞めてしまっていることになる。


夏帆は女子寮のその辞めて行った娘の荷物が搬出された部屋の中でひとり呆然としていた。


この前みんなで荷物を搬入したばかりだというのに・・・


つい先週、みんなでホームセンターに行って、あれこれ買い出ししたばかりだというのに・・・

この前もこの部屋で新人ガイドたちが集まって楽しそうにおしゃべりしていたと言うのに・・・


そんな夏帆の様子を見た吉田ティーチャーは「毎年こんなもんだから・・・」となぐさめてくれるものの、なんかとても凹でいた。


平成初期の新卒者売り手市場のこの時代、煌びやかな魅力に惹かれて志したバスガイドという職業の大変な部分が見えて来ると、他の職業が魅力的に感じてしまうのかもしれない。


考えてみれば夏帆の同期達もこの一年で半分以上も辞めていたのだが・・・いきなりこんな・・・


その取って付けたような退職理由は様々だった。しかし・・・自分が直接指導していた新人がこれからという時に辞めてしまうということがこれほど辛い事だったとは・・・


『エンちゃんに話聞いてもらいたいな。愚痴聞いてもらいたいな。隣で頷いてくれるだけでもいいの・・・』


夏帆はその夜、エンちゃんのことを考えそう思っていたら自然と涙が出て来て布団の中で泣いていた。


そして4月・・・夏帆の指導のもとスタートを切った新人4人が真新しいバスガイドの制服を纏った入社式を終え、それぞれ運行後のバスの掃除や見習い乗務に着くようになり少し夏帆の手が空くようになってきた。


でも・・・やはりちょっとでも時間が空くとやはり考えてしまうのはエンちゃんのコトだった。


しかも最近大学が始まったこともあり、夏帆がクルマの給油でスタンドを訪れてもエンちゃんとすれ違いなっちゃったりしてちょっとした話すら出来ていない。しかも、このあと春のシーズンが始まればソレどころではなくなるのも目に見えている。


やはり自分の時間が空く時に無理にでも用事をつくってエンちゃんに逢うしかなかった。けど、具体的な作戦がたたないまま悶々とした日々が続いていた。



@散々なトライアル・・・


そんな最中夏帆は、ガイド2・3年生を対象に行われた「トライアル」というガイド教習の最中だった。


これはこれからの春の観光シーズンに向け、東北南部まで足を伸ばし2泊3日の日程で行われるものだ。それは実際に仕事で使う観光バスを使用し、観光地の案内方法を現地で指導を受けるというもので凄く勉強になるものなのだが・・・


その行った先ではエンちゃんのレビンと同じ地名のナンバーのクルマがたくさん走っていた。しかも、観光地であるが故、他社の観光バスともたくさんすれ違っていた。


そんな中、夏帆はあちこちいく先々でそんなクルマたちを見ながら考え込んでしまう。


「エンちゃん、ここ来たことあるかな・・・?この景色見たことあるのかな・・・?」


先ほど休憩でソフトクリームを食べていた夏帆は、駐車場に並ぶたくさんの観光バスと一般車を見ながら、エンちゃんが吸ったことのあるであろう同じ空気で深呼吸した。


その後出発したエアロクイーンは国道49号を西に向かって走行していた。そしてその高い位置の車窓から会津磐梯山を眺め、時折ボンヤリ考えながらバスの最前列中央で客席に向かって熱弁を振るう吉田ティーチャーの姿をぼんやり眺めていた。


その時夏帆の乗るエアロクイーンが路肩の駐車帯に停車した。


その瞬間、今の今まで磐梯山について説明していた吉田ティーチャーから檄が飛ぶ。


「小比類巻!どうした!ボーっとしてんじゃない!向かって左手が猪苗代湖、右手が磐梯山・・・この先に野口英世記念館もある・・・オマエなら、ここでどんな案内する?」


「あっ・・・あの・・・」


ここで急に指名された夏帆がアタフタしていると更に檄が飛ぶ。先ほどソフトクリームを食べてまったりしていた夏帆にそんな心の準備はできていなかった。


「この路線って観光案内の宝庫なの!アンタ今日何しに来てんの?ちゃんと勉強したんでしょ?そのノートになんて書いてあんのさ・・・」


すると吉田ティーチャーが夏帆が左手に持っていたノートを取り上げその中身を確認する。


「ちゃんと予習してんじゃん・・・なんでアタフタしてんのさ・・・磐梯山の麓を見てごらんよ!あれが磐越自動車道なの!この路線って間も無くアレ開通するから、そうなるとウチの会社のテリトリーに入ってくるんだよ!そうなった時にはこっち方面のチーフになることもあるんだからしっかりしなさい!!」


そんな吉田ティーチャーの声も夏帆の頭に入ってこなかった。


『もうダメです・・・エンちゃんが絡むとため息しか出ません・・・』


その時夏帆は心の中でそんな弱音を吐いていた。


そして翌日立ち寄った松島でも伊達政宗の説明ができず怒られては反省するばかり・・・


それで・・・今回の研修は夏帆が今までやったトライアルのうちもっとも辛いトライアルになってしまった。でも、そのトライアルから帰って来て落ち込んだ夏帆を見た先輩方から珍しく気遣う様子が・・・


『ご心配かけて申し訳ありません・・・先輩』


先輩たちのそんな空気を読み取った夏帆は心でそう謝罪しながら更に一人凹んでいた。


そんな矢先・・・


「小比類巻〜『わたしのエンちゃん』から電話だよ〜」


夏帆がお風呂上がりに髪を乾かしていた時そう声がかった。


『もう、失礼しちゃう!なんで、『わたしの』なんでしょうか?でも、わたしのエンちゃんが電話くれるなんて初めて・・・?』


夏帆がそう思いながら電話のある食堂まで走っていくと、なぜか食堂のピンク電話の周りに先輩たちが待ち構えていた。


女子寮は新しくなることでいろんなことが改善されていた。しかし・・・なぜかこの電話問題だけは改善されずそのままとなっている。バスガイド側から会社側へ電話の増台と電話ブースの設置を強く要望していたのだが・・・


結局、食堂のカウンターの上に古いピンク電話が置いてある・・・それだけは変わらなかった。


そんな状況の中、その人だかりの中にいたこだま先輩がピンク電話の受話器を「ホレ」と夏帆に手渡したまでは良かったのだが・・・会話を聞こうとしてか、その人だかりは散ってはくれなかった。


仕方がないと思った夏帆はこのまま受話器を握り呼吸を整える。


「エンちゃん。久しぶり〜ご無沙汰してます。エンちゃんから電話なんて珍しいね。アレ、電話番号教えていたっけ?」


「アレ?なんか夏帆ちゃんから電話があったと思ったんだけど・・・。さっき下宿に帰ったら『小比類巻って人から電話があった』ってメモがあって、この番号が書いてあったんだけど・・・。前に、夏タイヤに履かせるホイールいっしょに選んでって言われていたの思い出して、てっきりソレかなって思ったんだけど違った?」


エンちゃんがわざわざ電話してきた要件がコレ・・・だった。


夏帆は、これまで何度もエンちゃんに電話しようとしてこのピンク電話に10円硬貨を入れたことがあったが、大した用事じゃなかったためダイヤルを回す勇気がなく断念していたのだが・・・



@夏タイヤのホイール・・・


「そうだ!コレだ!これがあった。エンちゃんに逢う方法が・・・!」


夏帆はこの時、自分の尻尾がブンブン振れているのを感じていた。


「そっ・・・そうなの!そろそろ夏タイヤに履き替えなくっちゃならなくって。今度、あのタイヤ屋さんにいっしょに行って欲しくって・・・」


そう伝えるとするとエンちゃんはこう話を続ける。


「そうだよね。そういう季節だもんね。3年生になった途端に受けようとしていた授業が休講続きで・・・今だったら暇だから大丈夫だよ。夏帆ちゃんのスケジュールに合わせて、バイトも調整するからいくらでも付き合うよ!」


と・・・いうことで、次の木曜日幼稚園送りが終わった後の午後に早退きして逢うことになった。


平日に急に時間が取れる・・・これは相手が大学生であるからできることであって、一般企業に勤める社会人であればこうもいかない。


すると周りで話を盗み聞きしていた先輩たちが夏帆の背後でヒソヒソ話し始める。


「木曜日は泊まりだな・・・」


失礼な話だった。勝手にお泊まりデートと決め付けるとは・・・でも、そこにちょっとだけ期待しちゃっている夏帆がいた。


「先輩・・・気を遣わせてしまってすいません・・・」


恐らく先輩の誰かが夏帆を気遣ってエンちゃんに電話してくれたのだと思う。誰か分からないその先輩に夏帆は感謝していた。


そしてその木曜日の朝、夏帆はなぜか目覚めた瞬間からものすごく気合の入った自分になっているのが分った。それはソフトの大会の決勝戦の朝のように・・・


朝食の時、歯を磨いている時、化粧をしている時、不思議とカラダがキビキビ動く。


「コレって、エンちゃん効果?」


そして、幼稚園児を決まった集合場所から拾って幼稚園まで送る最中、不思議なことに今日に限ってグズる園児がいないのに気づく。


その園児を拾う際に保護者に挨拶する笑顔もいつもの五割増しとなっていた。


するとバスを運転する渡部さんから不意に声を掛けらる。この渡部運転手は普段貸切観光業務を担当する運転手であるが、何泊もする遠距離業務が続いた後はこうした市内送迎業務を充てられることがあった。


そんな運転手はバスガイドの健康にも気遣うのも仕事の一つだ。


「夏帆ちゃん。なんかいいことでもあんの?、今日凄く笑顔が輝いてんだけど・・・」


そんな何気ない言葉だった。ドライバーって何気にガイドの様子を見ているものだ。


いつも「めんどくさい」と思っている時に限って、園児がグズったり、言うこと聞いてくれなかったりしていたが、どうやら顔に出てしまっていたような・・・


新たな発見で凄く嬉しい反面、凄く反省・・・


そして仕事が午前中で終わり、寮に帰って来た。


急いでシャワーを浴びて、化粧も念入りにした。


念のため、この間買った勝負下着も着けた。


その時、部屋にある大きな姿見で自分の下着姿確認をした夏帆だったが、悔しいけどあの女子高生の胸の盛り上がりには到底敵いと半分諦めてしまっていた。


それで・・・さっきランドリーバスケットに脱ぎ捨てたブラジャーから白いタグが見え隠れしている。そこに表示されている「B」の文字が凄く恨めしいけど、こればかりは仕方ないと自分に言い聞かせて気合を入れる。


最後にこれから出かけるっていう時食堂の掲示板を見ると「小比類巻『泊』」とされていた。


この寮では、仕事上での宿泊も含め外泊する人は名前の上に『泊』のマグネットを貼り付ける決まりになっている。


バスガイドの女子寮ということもあり、防犯上、外柵と玄関が夜10時で施錠されることになっていて、これに遅れると始末書を書かされる。それで今回の『泊』は、誰かのイタズラかと思いつつ、夏帆は淡い期待を込めてあえてそれをそのままにして寮を出発した。


もちろん後部座席を倒した夏帆のレックスのトランクには、ホイールが着いていないタイヤがナイロン袋に入ってガサガサしている。


そして夏帆が電話で教えてもらったエンちゃんの下宿前まで行くと、二階建ての長屋みたいな建物の前にエンちゃんの赤いレビンが見える。

初めて出逢った時にレビンが履いていたのはカミソリみたいに細いスパイクタイヤだったが、今は太いタイヤに黒いバナナホイールが履かせてあった。季節はいつの間にか冬が過ぎ、この北国にも春がやってきたということ・・・


しかしライトのあたりに寄りかかるように立って右手を挙げて合図するエンちゃんだったが、なぜかあの初めて会った時と同じ冬物の赤いジャンパーを着ている。


春が来たとはいえ風がまだまだ肌寒い・・・そんな季節だ。


「久しぶりだね夏帆ちゃん・・・」


そしてその赤いレビンの前にレックスを停めると、そのエンちゃんが助手席のドアを開けそう言いながら助手席に座った。その時夏帆は、ハンドルを握る手のひらに汗をかいて来たのを感じながらさりげなく尋ねた。


「ゴメンね・・・付き合わせちゃって・・・」


「付き合わせるだなんて滅相もない。僕の方が密かに夏帆ちゃんに逢うの楽しみだったんだよね・・・」


エンちゃんがそう言いながら夏帆を見つめた。


もう・・・エンちゃんのその「夏帆ちゃんに逢うの楽しみ・・・」ってところが最高!


その時夏帆はそう興奮していつもよりアクセルを強く踏んでしまっていた。

するとレックスのエンジンから例の音が・・・。


そしてその「二ーーーーーー」という音がした瞬間、タイヤが「キュキュ」と鳴って猛烈な加速をしてしまいまっている。しかもトランクからタイヤが荷崩れした音も聞こえる。


するとその助手席に座るエンちゃんが驚いているようだ。


「いや〜、びっくりした。この加速、ハチロクが負けそうだ・・・」


「ハチロクって?」


夏帆はその初めて聞くそのハチロクという言葉がどんな文字で綴られるのかも分からなかった。でも・・・そんなエンチャンは夏帆が戸惑う様子を見逃さない。


「あっ、ゴメン・・・。ハチロクっていうのは僕のあの赤いクルマの事。クルマのメーカー型式ってのがあって、それがAE86っていうんで、みんなハチロクって呼ぶんだ。」


エンちゃんはちょっとマニアックな経緯をそう教えてくれた。


でもその「ハチロク」と言うクルマは既にモデルチェンジされ旧型になっていると言うことを聞かされた夏帆はさらに驚く。


「あんなに綺麗なクルマなのに・・・」


更にハチロクの次の型はAE92と言ってみんながキューニーと呼んでいることと、なんとそのキュー二ーにはレックスと同じスーパーチャージャー搭載車があると言うことを夏帆は教えてもらっていた。


しかもターボ車に比べ、スーパーチャージャー車が圧倒的に少ないことも・・・


その後、安全運転でエンちゃんと例のタイヤショップに行ってあの時夏帆が目をつけておいたホイールを探したが・・・残念なことにそのホイールが見つからない。


そこで夏帆は近くにいた店員さんに聞いてみた。


「あの〜、前にこの辺に展示してあった黄色いホイールって売れちゃったんですか?」


すると、ここで悲しいお知らせが・・・


「あのホイール、限定生産されたものなんだけど、色が色なんで(特殊色)売れなくってね。メーカーに送り返しちゃったんだよね・・・」


そんな悲しいお知らせを口にする店員さんに向かって夏帆は食い下がる。


「えっ・・・そんな・・・アレ、欲しいんですけど何とかなりませんか?」


夏帆は祈る気持ちでそう伝えるとその話を受けた店員さんがどこかへ電話を始めた。


そして待つ事数分・・・


「えっ?まだ発送してなかった?アレって先週まとめて返品する便に乗せるはずだったよね・・・」


その言葉に夏帆が反応する。


「ん?・・・まだ・・・発送していない?」


その電話の内容を察するに、ソレは何かの手違いで返品されていなかったことに・・・


すると、その電話を終えた店員さんは夏帆に向かって口を開いた。


「手違いでまだ倉庫に残ってるって・・・それで買ってくれるんだったら安くするよ」


と・・・いう事で4割も引いてくれると言っている。どうやらその返品時期を過ぎてしまった商品は系列の中古品を扱う店舗に流される運命だったとのこと・・・


コレってどこか運命的・・・


そして、店員さんが倉庫から持って来たそのホイールをエンちゃんに見てもらった。すると・・・


「夏帆ちゃん。コレ凄いよ。コレ、バッタもんじゃなくって1流メーカーの2ピースものだよ。凄く軽くって、掘り出し物だよ・・・しかも、サイズもこの色もクルマにピッタリだ。」


そのホイールは、黄色い8本のスポーク型のデザインで、そのホイールの真ん中にカラフルなSPARCOという文字がデザインされた黒いキャップがしてあり、ホイールの縁がアルミ色でキラキラしている。


店員さんも「このホイール、とっても軽いんだよ」と言ってエンちゃんと一緒にべた褒めしてくれたホイールが交換された夏帆のクルマが別なクルマみたいになった。


うん・・・エンちゃんと出逢ったあの日に選んだこのホイール絶対欲しいと思ってたんだよね・・・


そう思う夏帆は大満足。


その後タイヤショップを後にしてから、夏帆は外したスタッドレスタイヤを洗車場でエンちゃんと二人で洗っていた。



@あの女子高生と元カノとジェラシーと・・・


そしてそのタイヤが乾くまでの間、レモン色の車体に黄色いホイールを履いたレックススーパーチャージャーを前に二人並んで缶コーヒーを片手にベンチに腰掛けている。


そこで夏帆がエンちゃんに尋ねた。


「ねえ、エンちゃん・・・あの女子高生とはどうなってんの?」


この時夏帆にそう聞かれたエンちゃんは何かを考え、そして遠くを眺めるような目でそれに答えた。


「うん。彼女ね・・・親の再婚で北海道に行ったっきりで・・・しかもお互い負担にならないようにって手紙も控えている感じなんだよね・・・」


「ふ〜ん。電話・・・とかは?」


「なんか慣れない学校で部活なんかも大変みたいで・・・それで電話もしないようにしてる」


「高校3年生の新入部員か・・・確か吹奏楽部だったよね、そりゃ大変だ。後輩たちもいきなり入ってきた3年生を先輩だなんて呼びづらいと思うし・・・」


「そうだよね。学校とか部活ですら大変なんだから、そこに恋愛なんていう心配事はさせたくないんだよね・・・」


「相談事ぐらい電話で聞いてあげればいいのに・・・」


「相談事の電話はお姉ちゃんにしてるみたいで・・・」


「なんで姉妹で電話なの?」


「彼女のお姉ちゃんっていうのはあの織田の彼女なんだよね・・・。しかもそのお姉ちゃんはこっちに就職して北海道へはついて行かなかったから・・・」


「えっ・・・あの織田さんの彼女の妹?」


「うん。だから結構前から顔見知りで・・・」


「それじゃスタンドでバイト始めてから知り合った・・・ってわけじゃなかったの?」


「うん。僕も彼女がそこでバイトしてるなんて知らなかったから驚いたんだけどね・・・」


「あっ・・・そうなんだ・・・安心した・・・」


「ん?何がどう安心したって?」


「だってさ・・・やたらと手を出すのが早いと思ってさ・・・」


「そうだよね・・・。偶然バイトが一緒になっちゃったんで盛り上がったっていうのはあるけど・・・前は部活が忙しくってあまり会う機会もなかったんだけど・・・」


「うん・・・そうだよね・・・吹奏楽部っていつ休んでるんだって感じだもんね。しかもわたしたちのソフト部が練習始める前から音出ししてて、帰った後に合奏やってて・・・しかも、聞いた話じゃ部活の休みは盆と正月の何日間だけっていう・・・」


「そうだよね。吹奏楽部って結構体育会系でしかもブラックで・・・それでも秋のコンクールが終わった後、部活が早く終わるからその後に時間にバイト入れてたみたいで・・・」


笑顔でそう話すエンちゃんだが、その時のエンちゃんの目が笑っていないことに気づいた夏帆がそのエンちゃんに尋ねた。


「それでさ、エンちゃん・・・彼女を心配するのは良いけど、自分も辛くない?」


するとエンちゃんは真顔に戻ってそれに答えた。


「うん・・・でも、本当に帰ってこれるか分かんないんだけど、本人が1年後高校卒業したらこっちに戻ってくるって言ってるんだよね。今はソレを信じて待つしかないんだ・・・」


「エンちゃん・・・本当にそれで良いの?」


夏帆が最後にそう質問するとそのエンちゃんが遠くを見るような目をしている。


その時夏帆はエンちゃんが入院していた時に現れた女子高生が言っていた言葉を思い出した。


「・・・転校していなくなる。それでエンちゃんはフリーになるからチャンスがあるって病院で言ってたアレって本当だったんだ・・・」


そう思いつつ夏帆は更に尋ねてみた。


それはちょっとでも自分の方にエンちゃんの気持ちが自分に傾くことを期待してのこと・・・。


「でも、1年って短いようで結構長いでしょ。エンちゃん耐えられる?その・・・オトコとして」


そんな夏帆の問い掛けにそのエンちゃんは、夏帆が予想もしていなかった切り口で答える。


「昔の話なんだけどさ・・・僕ね、コッチの大学に来る時地元にあおいって言う年下の彼女が居たんだ。それで4年経って大学卒業したら戻るからって待たせてたんだよね・・・」


「4年・・・って・・・・」


「そうだよね。今考えれば4年なんて地獄だよね。その時僕といえば、『自然消滅も仕方ないかな』なんて軽く思っていたんだけど、そのあおいの方はちゃんと4年間待つ覚悟でいたみたいで・・・」


「自然消滅・・・?覚悟・・・?」


「でもさ・・・待たせたまま1年ちょっと経った時、あおいが病気で入院したから顔見せてやってって、理央っていう中学校の時の同級生だったあおいの姉さんから連絡入ったもんでCBX飛ばして逢いに行ったんだよね・・・」


「CBX・・・って?」


「うん・・・高校3年生の時、あおいを後ろに乗せて海まで行った思い出のバイク・・・」


「それじゃ・・・またそのバイクに乗せてあげたの?」


「それが・・・バイクどころじゃなくって・・・」


「えっ?それって、そのあおいさんって・・・エンちゃんが知らない間に病気してた・・・ってこと?


「うん・・・。でもお見舞いに行ったら案外元気そうで、「病気治ったらエンちゃんのバイクの後ろに乗せてね。それまでCBX壊しちゃダメだよ!」なんて言われてね。「じゃ絶対だよ・・・」なんて約束したんだけど、実は結構重い病気で、その時も普通にしていられたのが不思議だったって後で言われて・・・」


「えっ?そんな重い病気って・・・」


「そうなんだよね・・・その時は僕もあおいがそんなに重い病気だなんて知らなくて。でも、しばらくしてからあおいが危篤だって連絡もらって、急いで帰ったんだけど間に合わなくって・・・」


「えっ?それじゃ・・・そのあおいさんって・・・」


「そしてそのあおいが亡くなったのを受け入れられなくって、自暴自棄になって帰りの高速でバイク事故起こして、今度は自分が死にかけて・・・」


「えっ?バイクで事故?それで身体があんなにキズだらけに・・・」


「でも後で思ったんだけど、お葬式まで地元に留まってきちんとあおいを送り出してあげれば事故を起こさず済んだんだよね・・・」


「どうして高速道路走ってたの?」


「それは分からない。気が動転しててとにかくその場を離れたくなって東北自動車道を北に向かってひたすら走ってたんだよね・・・それで時速160キロで走っていて、前のトラックの荷台から飛んできたブルーシートに驚いて転んだんだよ。普通なら死んじゃってるよね・・・」


「ひゃっ・・・160キロ?」


「うん。後ろで追尾してた覆面パトの高速隊員がそう証言してたって・・・速度測定中、160キロから更に加速したんで追尾危険って判断した矢先だったらしい・・・」


「えっ?バイクの制限速度って80キロじゃなかった?それって倍のスピード・・・」


「うん。捕まったら免停どころじゃ済まなかったと思う・・・」


「それじゃ、その時覆面パトから逃走してた・・・ってこと?」


「それは違う・・・追尾されていたこと自体気づかなかった。でも、その時にそのあおいにキッパリフラられたんだと思うんだ・・」


「フラ・・・れた・・・?」


「1年も待たせていて、しかもバイクの後ろに乗せてくれるって言う約束破っておいて、なに今更こっちに来るのよ。もう遅いんだよって。こっち来んなって。これ以上加速したら本当に死んじゃうぞ・・・って」


「それって・・・本当にエンちゃんまで死んじゃうって・・・」


「でもさ・・・たまたまその時、プロテクターの入った革パンとこれまた脊髄パットの入ってるような峠仕様のジャンパー着てて助かったとは思うんだ」


「でも・・・エンちゃんの身体ってアチコチ傷だらけだよね?」


「骨折や傷もそうだけど、火傷も酷かったって・・・」


「転倒してからアスファルトの上を何百メートルも滑走したんでしょ?」


「そうらしいね・・・あと、他に後ろを走っていたクルマも僕を追尾している覆面パトカーだけだったから後続車に轢かれることもなかった・・・」


「もしかして・・・そこって岩手のあの長い直線?」


「うん。あそこって直線がとにかく長いからね・・・」


「もしかして・・・起伏が激しくってカーブがきつい80キロ規制区間の宮城県内もそんなスピードで?」


「それが覚えてないんだよね・・・」


「でも、結局僕を追尾してたのも岩手県警の高速隊だったから岩手に入ってからスピード上げたのかも・・・」


「でも160キロでしょ?それでよく助かったね・・・」


「うん・・・それでバイクは中央分離帯にひかかって原形留めなく壊れちゃって、事故処理で4時間も高速止めちゃったんだけど・・・僕は奇跡的に一命を取り留めて、いま夏帆ちゃんの前にいるってところ」


その時エンちゃんは普通のことのようにそう言っていた。その時夏帆はエンちゃんがこんな過去を引きずっていたとはつゆ知らず、いかに自分が今まで平和に生きていたかを思い知った気がした。


エンちゃんは更に話を続ける。


「僕はそれからしばらく入院してたんだけど、退院した後そのあおいが書いた手紙が出たって連絡もらって・・」


「手紙?それに何が書いてあったの?」


「うん。あおいのお姉ちゃん(理央)に無理やり彼女の家に連れていかれて・・・その残された手紙を見せられたんだけど・・・」


「それで?」


「そこには僕と違って、真剣に僕のことを待っている決心みたいなことが真の通った文字で書いてあったんだよね・・・」


「決心・・・?」


「どうやら、僕が戻って来るまでの間に・・・僕好みの立派な女性になるっていう目標まで立てて・・・そんなに頑張んなくってもいいのにね?」


「エンちゃんのいないその4年間で自分を磨こうとしてたのね・・・。でも、夏休みとか長い期間休める時にいくらでも逢いに行けるよね?そこまで決意しなくても・・・」


「うん・・・。ちょっと地元に戻れないっていう事情があって・・・」


「じゃ、八戸(こっち)来てから一度も地元に戻ってないってこと?」


「うん・・・。地元に戻ったのはその・・・あおいのその時だけ・・・」


「なんか大変そうな事情が・・・」


この時夏帆はそのエンちゃんの背負っている「その何か」がわからなかった。でも、その思い切りプライベートなことを聞いてはいけないと思いそれ以上の言葉が出てこない。


するとエンちゃんがその時の心情について話を始めた。


「それでそんなあおいの気持ちも知らないでさ・・・あんまり真剣に考えてなかった自分が情けなくなって、そのあおいに凄く申し訳ないことをしてしまったって凄く後悔したんだ。それで、今マコちゃんを待っていることって、神様が僕に与えた罰だって思って受け入れている・・・」


エンちゃんは、涙ぐんでいる夏帆の顔を見ると少し慌てた様子でその話を打ち切った。


「あっ、ごめんね!こんな重い話しちゃって。でも、なんでかな?ここまでこの話したの、夏帆ちゃんが初めてだよ!」


そこでエンちゃんがそう言った瞬間、思わず夏帆はエンちゃんに抱きついていた。


「わたし、エンちゃんを応援する!あの女子高生が帰ってくるの信じてるそんなエンちゃん応援する!!」


更にそう言って夏帆はエンちゃんの肩で泣いてしまった。


「ずるいよ。ずるいよエンちゃん・・。死んじゃった人を引き合いに出されちゃったんじゃ、わたしなんて勝負にならないじゃん。なんで、1年も帰ってこない人をこんな辛い思いして待ってなきゃならないの。なんで、神様はエンちゃんにこんな試練与えるの・・・?なんで・・・?」


エンちゃんはそう泣きじゃくる夏帆を優しく抱きしめ髪を撫でてくれる。


でも・・・さっき応援しているとは言ったものの、あの娘の名前を口にするのが悔しくって、あくまでエンちゃんの彼女を「女子高生」と呼んでいた。


コレって「ジェラシー」ですよね?



@ちゃんともてあそんでください!


そして、日中あんなに陽射しあって暖かいと思っていた陽気だったが夕方暗くなる頃にはだいぶ冷え込んできた。


そんな寒い空気を感じながらエンちゃんは乾いたタイヤとホイールに何かの保護剤を塗っている。


「こうしておくと、次に履きかえる時気持ちいいでしょ?」


そう言いながら、ガサガサとソレをナイロン袋に入れてクルマに載せたエンちゃんが言葉を続ける。


「夏帆ちゃんにはお世話になってばかりだから、ご馳走するから今晩どこかご飯食べに行こうよ・・・」


もう・・・その「どこかへ・・・」というエンちゃんの言葉が夏帆の頭の中にこだましていた。この時夏帆は食事じゃなくてもエンちゃんと二人きりでそのどこかへ行けることに感激している。


もう・・・夏帆は即答だ。


「ハイ!よろこんで!」


その後夏帆のレックスとハチロク2台連ねて女子寮まで戻り、女子寮脇に夏帆がレックスを停めると小走りで会社の門の脇で路駐しているハチロクを目指した。


「小比類巻・・・チョット!」


そんな小走りで走る夏帆をどこかで見ていた吉田ティーチャーがそう言って呼び止めた。


「なんですか?もしかして、またお葬式・・・?」


この時、時々舞い込む急な業務を警戒した夏帆がそう答えながらその吉田ティーチャーに近づくと、その小脇に抱えていたハンドバッグから何かを取り出し「コレ・・・」と小さな袋を夏帆に手渡す。


夏帆がソレをガサガサ開けると、タバコぐらいの小さい箱に「0.02」の文字が・・・


「えっ?これって・・・コン・・・コン・・・」


「ソレ持って行け・・・お守りがわりだ。会社として、お前に妊娠してもらっちゃ困るんでね・・・」


そう言いながら、たった今乗務勤務を終えたばかりの彼女がウインクする。


ご察しの通り今、夏帆が渡されたのはあのコンドームというヤツだ。


コレは過去に吉田ティーチャーが期待していたガイドが思いがけない妊娠で急に退職してしまったという苦い経験から、時折デートに向かうガイドを呼び止め配っているというもの・・・。


夏帆はそんな噂を聞いたことがあったが、まさかソレが自分の手に渡るとは・・・


しかもソレを手にするのも、高校の時当時の担任だった舞衣先生が行った性教育の授業以来だ。


それに今、何気に生まれて初めての勝負下着も着けてはいるが、これが本領を発揮する事態となってしまうのか?。


怖い反面、凄くドキドキしている。


「ありがとうございます!」


夏帆はそう言いながらがらソレを受け取りバックにしまうと、吉田ティーチャーはお辞儀をして突き出た夏帆のお尻をポンと叩き「ホレ、頑張ってね!」と送り出してくれた。


お尻を叩かれた瞬間、夏帆の中で変なスイッチが入っしまった感じに襲われる。


「お待たせ〜」


そう言いながらハチロクの助手席に乗り込んだ瞬間、エンちゃんが夏帆を見つめて驚いた様子で口を開いた。


「アレ?夏帆ちゃん、なんか雰囲気変わった・・?気のせいかな?」


そう言ってエンちゃんが首を傾げている。


「日が暮れて暗くなってきたからじゃない?」


夏帆はなんか照れながらとりあえずそう答えたものの、答えた本人の心臓はバクバクだ。


「なんか、色っぽいというか、なんかドキドキしちゃうんだよね・・・」


更にエンちゃんもそう言っている。


やはり、さっきもらったモノが役立つような事態になってしまうのか?


そして、エンちゃんが向かったのは、チョット小洒落たレストランだ。


ここは、バスガイドの仲間内で「一回は彼氏と行ってみたい店」ナンバーワンのところだった。もう、夏帆は嬉しくってたまらない。


「あの・・・予約していた風谷です」


そのレストランに入るとエンちゃんが待ち構えていた店員にそう告げた。


「お待ちしておりました。風谷様こちらへ・・・」


そう言われ案内されたのは「予約席」って札が置かれたテーブル。


エンちゃんは初めから夏帆をここに連れて来るつもりだったようだ。


そこで選んだ一度では覚えられないような名前の料理を頼んでエンちゃんと楽しく食事した。


この時見たエンちゃんのフォークとナイフの使い方が上手いのにはビックリ。うまいというか器用だった。


そして、食事のコースに含まれていた赤ワインを飲んだ辺りから、夏帆自身の顔が火照ってきたのが分かった。その時、運転を控えお酒の飲めないエンちゃんに申し訳ないと思いつつ美味しい料理に舌鼓を打つ。


エンちゃんとの会話はとにかく楽しかった。何かと話題の引き出しの多いエンちゃんだったが、とても話を聞いてくれるのもうまかった。とにかくエンちゃんと一緒にいるのが心地よいというか・・・そんな楽しい時間はあっという間に過ぎて行く。


そこでその食事が終わるころ、夏帆はエンちゃんにお願いしてみた。恐らくそれはお酒の力を借りないとお願いできないくらいの夏帆にとって目一杯のお願い・・・


「この後夜景が見たいの。一回行ってみたいと思っていたところがあって、ソレ、エンちゃんと見てみたいの。ソコ連れてって欲しいの・・・」


するとエンちゃんは期待通りにそれに答える。


「うん。いいよ。夏帆ちゃんが見たいその夜景僕も見てみたい・・・」


でも・・・エンちゃんの後ろに見える壁掛け時計はすでに9時を回っていた。


この時夏帆は迷っていた。


この後このまま送って貰えば寮の門限に間に余裕で間に合う。しかし、このまま話し込んじゃったり、帰りにどこか寄り道でもすれば今晩帰るところがないことになる。


夏帆は決めた。


今晩はもう帰らない。


朝までエンちゃんと一緒にいる。


それで、憧れだった朝帰りってヤツをやってみようと思う。


そう思いながら夏帆は、吉田ティーチャーにもらったあの箱が入っているバッグをぎゅっと握り締めていた。


その後、夏帆はエンちゃんを案内して近くの山のてっぺんまで来ていた。


ここまで登ってくるのは結構細く険しい道なので、行きたくってもなかなか行けない場所の一つだった。しかも、夜に女の子だけで来たりすればヤンキーに絡まれたりするので、このに来るのを半分あきらめていたのだが・・・


そこから見下ろす夜景はものすごく鮮明だった。春の空気が綺麗な季節っていうのもあるがとても綺麗だった。それは何より、ソレを一緒に見ているのが大好きな「わたしのエンちゃん」だったから・・・


夏帆にとって、もうこれ以上のことはなかった。


その夜景は手前側に光る市街地の光とその先にある工場の照明。そして沖防波堤の工事中を示す黄色い回転灯に浮かぶ漁船の灯りが加わり目を楽しませるものだった。


するとしばらく夏帆の右隣で夜景を見ていたエンちゃんが夏帆を見つめて口を開いた。


「僕の知ってるこの街の夜景って、ここから見るのとは全く反対の角度だったんだね。僕って、海の方からしかこの夜景見たことないんだ。」


そういうエンちゃんに夏帆は思わず言葉を返した。


「エンちゃんのその夜景見てみたい!」


そう頼まれたエンちゃんはどこか心配そうに尋ねてきた。


「もう、遅いけど時間大丈夫?」


夏帆の中でエンちゃんのその質問は織り込み済みだった。そして夏帆はその準備していた答えを返す。


「実は、寮の門限って10時なの・・・ソレすぎると帰るところなくなっちゃうの・・・」


その告白を受けたエンちゃん慌てた様子で時間を確認する。


その時みたハチロクのインパネについている白く表示するデジタル時計はもうすでに9時50分を表示していた。


「ゴメン。夏帆ちゃん・・・。到底間に合わない。僕が時間を聞くのが遅かったばっかりに門限破ることになって・・・」


その時計を見たエンちゃんが慌てた様子でそう謝っている。でも、こうなる事を想定していた夏帆は初めから準備していたその答えを返した。


「ううん。大丈夫。今日わたし・・・・外泊する事になってるから・・エンちゃん。ごめんね。朝まで一緒にいて欲しいってお願い聞いてもらえるかな?」


言ってしまった。ここで、こんな夜景の綺麗なところで。


するとエンちゃんはそれに応えた。


「うん・・・。もう、こうなっちゃたら仕方ないよね。それじゃ夜は長いんだから、今度はこれから僕につきあってもらおっかな?」


「エンちゃんと一緒ならどこだって・・・。」


その時夏帆は逆にそうお願いしていた。もう、ホテルだってどこだってエンちゃんの行きたいところなら・・・


そう思っているうちに向かったのは、エンちゃんの大学の近くにあるラブホテル街だった。


いつも仕事で通る国道の景色が全く違って見える。こんなにもネオンが輝いていたのか・・・こんなたくさんホテルがあったのか・・・


それは・・・観光バスのガイド席の目線の高さと、このシャコタンハチロクの助手席に座った目線の違いだけではないことくらい夏帆自身も自覚している。


そんな驚きを抱きつつ夏帆はどのホテルに入るんだろうなんてボンヤリ考えていた。


しかし・・・気がついたらそこを素通りしていて、結局行った先は港の沖防波堤だった。


ここはあちこち工事中で本当は入っちゃダメなのかもしれないが、夜景を見に来たそれっぽい車がたくさん駐車していた。


ゆっくり走るハチロクのライトが偶然照らした駐車中の窓の曇ったクルマの中では明らかにエッチなことをしているのが分かる・・・そんな状況のクルマたちがあちこちに駐車している。


そしてエンちゃんがハチロクを停めた場所の両隣のクルマも多分同じようなことをしているのだと推測されるところであるが、このハチロクも・・・・と考えると夏帆の耳たぶが真っ赤になるのが自分でも分かった。


「夏帆ちゃん。綺麗だよ・・・」


この時、エンちゃんが突然夏帆の目を見つめてそう話し始めた。


ヤッパリこのハチロクの車内でもそんなことが始まってしまう!でも・・・


「さっき見た山から見下ろした夜景の一番遠くに今僕たちいるんだよ。なんか不思議だよね?」


この時、キスをされ押し倒されるものと身構えた夏帆に言ったエンちゃんのセリフがコレだった。


夏帆はちょっとだけ期待した事が裏切られた衝動に負けエンちゃんの話を遮るように問いかけた。


「エンちゃん!話を聞いて欲しいの!!」


そう言うと夏帆はシートに寄りかかっていたカラダを起こしてエンちゃんを見つめて息を吸い込んだ。


「わたし、あの・・エンちゃんのこと好きなの。どうしたらいい?多分、パンクの時助けてもらった時に好きになっちゃったと思うの・・・エンちゃんにあんな可愛い彼女いるのももちろん承知のうえ。それでもわたし、エンちゃんが好きなの!もう、自分じゃどうもできない!!」


そして今までの自分の気持ちを全部吐き出すが如く夏帆は更に話を続ける。


「エンちゃん。お願い。わたしを抱いて。今日、寮を出る瞬間からその覚悟は出来てるの。もう、エンちゃんに捨てられたって構わない。とにかく、今晩エンちゃんに抱いて欲しいの・・・」


するとそれを聞いたエンちゃんは無言のまま夏帆の座っているシートのお尻の脇にある変なダイヤルをグリグリ回し助手席のシートを半分倒した。


そして、エンちゃんが夏帆の身体を優しく抱きしめた。でも・・・


「夏帆ちゃんゴメン。それは出来ない。今そうしたら、僕の方が一気に夏帆ちゃんのこと好きになりそうだから・・・」


エンちゃんはそう言いながら更に夏帆を抱きしめたまま耳元で話を続けた。


「今、夏帆ちゃんを抱いちゃったりしたら、この後夏帆ちゃんが不幸になっちゃう気がするんだ。しかも、今は神様に罰を受けてる最中だし、今度は容赦なく地獄に叩き落とされそうな気もするし・・・」


「地獄に叩き落とすって・・・そんな・・・」


「僕って凄くずるいオトコだよね。夏帆ちゃんが僕のこと好きなの知っててもてあそんでいるんだから・・・」


この時夏帆は驚いていた。エンちゃんは夏帆がエンちゃんのこと好きなの知っていた。でも・・・そんなエンちゃんはそれでも夏帆の願いを叶えてはくれなかった。


こんなに覚悟しているのに・・・。


でも、もてあそんでいるっていうのには語弊があった。夏帆はエンちゃんにまだ手を出されたわけじゃないから・・・


そこで夏帆は一つの勝負に出た。


「エンちゃん。今、わたしのこともてあそんでいるって言ったよね。その言葉の責任とってよ。もてあそんでいるって言うのなら、ちゃんともてあそんでよ。こんなわたしだってちゃんとした「オンナ」なんだよ?」


夏帆がそこまで言うとエンちゃんは自分のカラダを運転席に戻し、クラッチを踏んで「ガリッ」とギアをバックに入れ、サイドブレーキを戻してクルマを動かした。



@朝帰りしちゃいました!


その時夏帆は、ヘッドレストの内側がくり抜かれるように網になっている半分倒れたシートにカラダを預けながら流れる車窓をボンヤリ見ていた。


夏帆のお尻の下の方からは乾いた低い排気音が聞こえくる。


その音はエンジンが高回転になると低音から高音に変わり、最後は従兄弟が載っている400のバイクみたいな音になっていた。


「ハチロクってこんな音するんだ。でも、コレって絶対ノーマルじゃないよね・・・」


夏帆はそのハチロクの決して良いとは言えない振動に身を任せながらそう考えていた。


そうしているうちハチロクの動きが止まり、エンちゃんがサイドブレーキを引いてギアを1速に入れエンジンを切った。


「着いたよ・・・」


エンちゃんがそう言ったその場所はなんなく見覚えのある場所だった。



@女人禁制の下宿・・・


そして、エンちゃんは夏帆の手を引いてちょっと薄汚れた建物の玄関に引き入れる。


そこは初めて見るエンちゃんの下宿の玄関・・・


そこには沢山の靴が乱雑に脱ぎ捨てられていて、下駄箱の脇にはエンちゃんが電話をかけてきたピンクの電話がある。


そこで耳をすますと「ジャラジャラ」と麻雀の音が聞こえた。そして、なんかタバコ臭い廊下を抜き足差し足で進むとその奥にエンちゃんの部屋があった。


脱いだ靴を手に持ちながらエンちゃんに続いてその部屋に入ると、暗かった部屋に蛍光灯がパッと点いてエンちゃんが普段生活しているその場所が目の前に広がった。


そこで夏帆はハッと我に返る。


「えっ?ちょっと・・・ココって女の人来ちゃいけないんじゃ・・・」


夏帆がそう驚くとエンちゃんは全く気にしないという感じでそれに応えた。


「そうだよ。全くの女人禁制。あっ、時々下宿の娘はウロウロするけどね・・・」


「わたし、そんなとこ来ちゃっていいの?」


「まっ、よくはないけど、明日の朝メシ作りに下宿のおばさん来る前に抜け出せば多分大丈夫じゃないかな。まっ、見つかったら見つかったで怒られればいいだけだし・・・。」


「あと、4年生は研究室のコンパで、ほかの3年は合コンって言ってたかな?。それで、今下宿にいるの新入生と2年だけだから問題ないよ!」


「廊下で鉢合わせになっても、ニコッとするだけでアイツら多分イチコロだから・・。あと、チョット挨拶でもしてもらえればアイツらそれだけで逝っちゃうかも。夏帆ちゃんの声って可愛くっておかずになるっていつも喋ってるから・・・」


エンちゃんがそう言っている。なんか、思い描いていたエンちゃんと違ってチョットワイルドなところを覗き見したみたいで夏帆はうれしくなっていた。


そんなエンちゃんの部屋は女子寮の夏帆の部屋と同じくらいの広さで、部屋の真ん中にコタツがあって奥にベットがあるっていうレイアウトが全くおんなじでさらに嬉しくなっていた。


「夏帆ちゃん。化粧落として肌の手入れしないと仕事に支障出ちゃうよ。風呂場の洗面台案内するからそこ使って・・・」


この時エンちゃんは夏帆を気遣いそう言ってくれている。


「エンちゃんって、なんでお肌のことまで気がつくんだろう?」


しかし・・・この時夏帆は迷っていた。


せっかく気合を入れてした化粧をここで落とすことになるとは・・・レストランでもお化粧直しをしたというのに・・・


そしてそうも行かず連れて行ってもらった洗面台で化粧を落としている時、下宿の誰かが洗面所の扉の外の会話が聞こえてきた。


「アレ、なんか香水みたいないい匂いする。気のせいか?」


「オマエ、何回あのエロビデオ見てんだよ。ソレ見過ぎなんだよ」


「新作借りてきたから一緒にみるか?今話題の巨乳モノだぞ!」


「えっ?巨乳・・・?オレって実は巨乳好きなんだよね・・・」


「お前もか?オレもなんだよね・・・」


夏帆には縁のないそんな会話を聞きながら夏帆のお肌の手入れが終わり小走りでエンちゃんの部屋に入ろうとした時、ピンクの電話のすぐ隣の部屋のドアが開いてその学生さんと鉢合わせになってしまった。


夏帆はすかさず軽く会釈だけして急いでエンちゃんの部屋に逃げ込んだのだが・・・化粧ポーチで顔を隠す夏帆に向かってエンちゃんが尋ねた。


「夏帆ちゃんどうしたの?息切れてるよ・・・しかもなんで顔隠してんの?」


「だって・・・スッピン・・・しかもマロ・・・」


「あっ・・・そうだよね。でもさ、僕は夏帆ちゃんってスッピンでも可愛いって踏んでるんだけど・・・しかも女の娘って化粧落とすとみんなマロじゃん・・・。僕にだけその素の夏帆ちゃん見せてくれないかな・・・」


「じゃ、エンちゃんがそう言うのなら・・・」


そう言いつつ夏帆は顔を隠していたポーチを下ろした。


「うん。僕の見立てに狂いはなかった!化粧をしている夏帆ちゃんも可愛いけど、僕しか見れないスッピンの夏帆ちゃんはドキドキするくらい可愛い・・・」


もう・・・エンちゃんは真面目な顔でそう言っている。この時夏帆はこれ以上ないくらいに赤面しているのが自分でも分かった。


もう・・・エンちゃんの顔が直視できない!


そこでまともに顔を見れなくなったエンちゃんに、先ほど他の下宿生と鉢合わせになったことを伝えた。


「電話のところの部屋のドアが開いて鉢合わせになっちゃって・・・」


この時夏帆がそう答えるとエンちゃんはどこか不敵な笑みをこぼした。


「あっ、アイツ・・・バスガイドの声フェチなんだよね。夏帆ちゃんと出逢ってからいろんなガイドさんから電話がかかって来て、その声(営業ボイス)にやられちゃっていて・・・」


「あっ・・・そうだったよね・・・。ごめんね・・・あれ以来、寮のみんながいいようにエンちゃんを使っちゃって・・・その時の電話だよね・・・」


「そんなのサスケねえよ。いろんなガイドさんと話できるのが楽しかったし・・・」


「ん?・・・エンちゃん。その「サスケなんとか」って?」


「あっ・・・ゴメン。それって「差し支えない」ってこと。つまり大したことじゃないってことだから気にしないで・・・」


「それてエンちゃんの地元の言葉?」


「うん・・・なんか夏帆ちゃんと話していて気が緩んじゃったのかな?地元以外でソレ喋ったの初めてなような・・・」


そう言いながらエンちゃんが苦笑いする。そして何かを思い出したかのように話題を戻した。


「その電話番の2年生ってかくれ夏帆ファンなんだよね。この前夏帆ちゃんの声を聞いてからやたらと電話に出るスピードが早くなって・・・」


「あっ・・・あのぶっらぼうのカレ?」


「うん・・・。普通だったらあの部屋は1年生専用の部屋で、その住人は無条件で電話番をさせられるんだけど、アイツ2年になる時「ボクはこの部屋が好きなんで」なんて言って動かなかったんだ」


「電話番やらされる部屋なんて普通イヤだよね・・・」


「うん・・・普通はね。でも、不思議だな〜なんて思ってたら、それってバスガイドの女子寮から掛かってくる電話の声が聴きたいばっかりにそうしたみたいで・・・」


「そんな・・・」


「それに最近では夏帆ちゃんの電話の声が聞きたくて、部屋の中でスタンバイしてるって噂も・・・」


「えっ?わたしの声?」


「多分、本物の顔じっくり見たら鼻血出すかも・・・」


そう言ってエンちゃんが笑う。そして、エンちゃんが夏帆の手を引っ張ってその部屋のドアをノックした。


するとエンちゃんが夏帆の耳元で「電話のとおり言ってやって」とヒソヒソ囁く。


そしてそのドアが開きその学生が夏帆の顔を二度見した。しかもその学生はそのドアのすぐそばに机を配置した変則的な部屋のレイアウトとしていて、その座ったままの回転椅子がクルリと夏帆の方に回る。


そしてその身体が夏帆の正面を向いた瞬間、夏帆は超営業ボイスに超営業スマイルの2倍掛けで声を掛けた。


「小比類巻です。エンちゃんいますか?」


するとその学生が固まってしまって、持っていた蛍光ペンを床に落とした瞬間・・・その右の鼻から鼻血がタラリ・・・


恐るべし「その職業・・・バスガイド」


そしてその学生の椅子を机の方に回してドアを閉めエンちゃんの部屋へ戻った。


改めて見るエンちゃんの部屋はあちこちにカー雑誌がおいてあったが、先ほど化粧を落としている間に片付けたのか案外片綺麗だった。


そこで夏帆はそんな部屋のテレビの上に小さな写真立てに2枚の写真があるのを見つけた。


1枚はエンちゃんが赤と白のツートンカラーバイクに跨っている写真と、もう1枚は2人の看護婦さんに挟まれるようにしてピースサインをしている写真・・・


「コレって・・・?」


夏帆がそれ指差すとエンちゃんがそれを説明する。


「コレ、僕が高速道路でバラバラにしたバイク」


「あの事故で・・・?」


「うん。そもそもコレって、CBX400って言って急に人気の出たバイクなんだけど、元々盗難車で田んぼに捨ててあったヤツを母さんが機械いじりの好きな僕のオモチャとしてその持ち主からもらってきたんだよね・・・」


「ちょっと・・・オモチャにしては大きすぎない?」


「まっ・・・スケールが1/1だからね!」


「乗ってたってことは直しちゃったのね?」


「うん・・・でもさすが盗難車。いろいろ部品を剥ぎ取った後に捨てたみたいで、エンジンとフレームくらいしか残ってなくて、足りない部品をバイトして揃えて組み立てたんだ。修理に1年以上かかったんだよね・・・」


「1年以上・・・ってそんなに?」


「その間いつもガレージにあおいがいて、時にはそのあおいに手伝ってもらいながら作業したんだよね・・・」


「それじゃ、一緒に修理した思い出のバイクってところね・・・」


「うん。それだから最後にエンジン掛からなかった時は立ち直れないかと思ったくらいだよ。でも、結局エンジン掛かったんだけど生きた心地しなかったな〜」


「そりゃ最後の最後にエンジンが掛らないとすればショックよね・・・でも、そのバイクって最後にバラバラになっちゃたんでしょ?」


「うん。あとその隣の写真は、僕がそのバイクをバラバラにした後で入院していた病院を退院するときの写真。」


「なんかその松葉杖が痛々しい・・・」


「実は、この看護婦2人は僕の姉さんと従姉妹なんだ。僕が事故を起こして意識不明で搬送された病院が自分たちの偶然勤めていた病院で、姉さんたちびっくりしてたんだよね・・・」


「それって凄い偶然・・・搬送されて来た患者さんが自分の弟だなんてさぞ驚いたでしょうね・・・」


この時夏帆はこのエンちゃんの従姉妹と実の姉が、エンちゃんの地元を遠く離れた岩手の病院で働いていた理由など知る由もなかった。


「今考えれば偶然だらけで懐かしいな・・・。」


そこまで話すとエンちゃんが遠い目をしている。


そんなやりとりの最中、エンちゃんがチラッと時計をに目をやるとすでにその針が1時を回っていた。


「夏帆ちゃん。明日仕事でしょ。寝ないとまずいよね・・・」


それに気づいたエンちゃんが驚いた様子でそう言うと夏帆をベットに寝るように促す。


そこで夏帆は本日最後の勝負に出た。


「エンちゃん。なんか服貸してくれない?Tシャツでも何でもいいから・・・」


夏帆がそうお願いするとエンちゃんがタンスをゴソゴソして、「コレ」と差し出したのは白地にHONDAとプリントしてあるTシャツとグレーの短パンだった。


夏帆が着替える間エンちゃんは後ろを向いていた。


「エイッ。ブラジャー取っちゃえ。」


その時夏帆はそう気合を入れてノーブラでそのTシャツを着て、後ろ姿のエンちゃんに問い掛ける。


「エンちゃん。今日最後のわがまま聞いて。何にもしなくっていいから添い寝して。お願い・・・」


この時夏帆は、自分でも驚くようなお願いをしていた。もう酔いは冷めているはずなのに・・・


「なんでもして良いんだよ・・・」


そして夏帆はそういう思いでエンちゃんがいつも寝ている布団に入った。


その布団からはエンちゃんの体臭を感じることができる。それは夏帆にとって至福の喜び・・・


「まっ、それはしょうがないか・・・」


そしてエンちゃんは、少し考えそう言いながらTシャツと短パン姿で夏帆の被っている布団に入ってきて蛍光灯から長くぶら下がっている紐を引っ張り電気を消した。


今、小さい枕に二人の頭が乗っている。


しかもエンちゃんの体温が直に伝わってきている。


もう、夏帆は冷静でいるのが限界に達しようとしていた。


その時何か言わないと耐えきれなくなった夏帆が不意に尋ねた。


「ねえエンちゃん。あの・・・亡くなっちゃった地元の彼女って歳いくつだったの?」


全く他意はなかった。その時エンちゃんは少し躊躇いながらも口を開く。


「僕の4つ下だった・・・」


夏帆は「?」と思いながら計算した。18の時に置いて来た彼女が4つ下っていう事は・・・・


「エンちゃん。前に女子高生が彼女だって知った時エンちゃんのコト犯罪者扱いしちゃったけど、相手が中学生って・・・それって、もうその時点で・・・・」


夏帆は半分震えながらそう伝えるとエンちゃんはこれに応える。


「ごめん夏帆ちゃん。そうなんだ。今まで黙ってたけど僕って変態なんだ!」


そう言いながら夏帆の首元とか胸元の匂いをクンクン嗅ぎ始めた。そして右腕をバンザイさせて脇の下の匂いを嗅いだ時にその動きが止まった。


「エンちゃんダメってば・・・お風呂はいってないんだから・・・」


そう言って嫌がるふりをするが、エンちゃんはどういう訳か至福の喜びのような笑顔で言う。


「夏帆ちゃんの匂いって凄くいい匂いだ・・・凄く安心する・・・・」


そう言いながらノーブラの胸の辺りの匂いを嗅いでいたエンちゃんが突然電池が切れたようになってその体重が夏帆の胸にずしりとのしかかってきた。


身体を揺すってみまたがピクリともしない。


頭をたたいてみたもののこれも同じ・・・


今度は逆にエンちゃんの匂いを嗅いでみたが反応がない。


この日、エンちゃんはよほど疲れていたのか・・・それから目を覚ますことはなかった。


そこに取り残された夏帆は悶々としている。


しょうがないので、夏帆はこの際だからと思いエンちゃんの顔をあまり大きく育たなかった自身の胸に押し当てて、更にエンちゃんのカラダの足を絡めて一晩過ごしていた。もう首が痛くなろうが、腕が痺れようが知ったこっちゃないと言う思いで・・・


しかも夏帆の内股に、病院で見たエンちゃんのあんまり立派じゃないモノが当たっているのが分かる。


でも、夏帆は心の中で白状していた。


夏帆にとってソレは「すごく立派なモノ」だったと・・・。


その後結局何もない一晩だったが、夏帆にとって凄く幸せな一晩だった。



@朝帰り・・・


そして・・・いつのまにか眠りに落ちてからしばらくして、翌朝エンちゃんに起こされる。


「夏帆ちゃん。おはよう、起きて。おばさんが朝飯作りに来る前に抜け出そう!」


そう言われて目を覚ますとそこにいるのは「わたしのエンちゃん」だった。


思わず抱きついちゃう夏帆だった。


「朝、エンちゃんに起こされるなんて最高!」


するとそんな夏帆に向かってエンちゃんが声を掛けた。


「夏帆ちゃん。ここ抜け出してお風呂行こう!」


その時、時計をみるとまだ5時を回ったところだった。


「夏帆ちゃん。朝から仕事入ってるとすれば、今から動かないとやばいよね・・」


そう言いながらエンちゃんはタンスを開けて何かゴソゴソして着替えなんかを準備している。


そうだった。今日は普通通り幼稚園の迎えがある日だ。


「エンちゃん、ありがとう。わたし、すっかり忘れてたけど普通に仕事あるんだった・・・・」


夏帆はその時、朝からエッチなホテルに行って一緒にお風呂に入るのかと思って、そのエンちゃんのハチロクに凄く緊張して乗っていた。でも、エンちゃんの連れて行ってくれたのは市内の銭湯・・・


漁港を抱えるこの八戸というところは、漁師さんのために銭湯が朝早くから営業してる街だ。


と・・・言うことで男湯には結構客がいたのだが、女湯には夏帆一人きりとなっている。


そんな夏帆は一人きりの女湯の脱衣所で服を脱ぐとき、自分のシャツにエンちゃんの部屋の匂いがすることに気づいた。


それは、何もなっかたまでも一晩中抱き合って寝た記憶を呼び起こすのには十分すぎる香りだ。


もしかすると、夏帆が部屋に残してきた借りたTシャツの残り香をエンちゃんが嗅ぐかもしれない。しかも、夏帆はワザと昨日外したブラジャーを部屋に忘れてきていた。


絶対嗅ぐはず。だってエンちゃんは自分で認めちゃうくらいの匂いフェチだから・・・


そしてカラダを洗って脱衣所に戻り大きな鏡で夏帆が自分のハダカを改めて見ると、自分のカラダってやっぱり体育会系のカラダだと認識させられる。


胸が育ちきってないのはしょうがないところだが、高校時代に鍛えた腹筋の表れで未だうっすら腹筋が割れているのが分かる。


それを見ながら夏帆は考えていた。


最近ちょっとだけふっくらした腰まわり、そこに伸びる筋肉質な太もも、あと、女の娘が彼氏にしか見せないその全てを・・・


「コレを全部エンちゃんに見てもらいたかった・・・」


「コレを全部エンちゃんにあげたかった・・・」


「ココロもすべてエンちゃんに抱きしめてもらいたかった・・・」


「そして・・・エンちゃんの全てを受け止めたかった・・・」


そう思ったら涙が急に溢れてきて、夏帆以外誰もいない脱衣所でエンちゃんに借りたエンちゃんの部屋の匂いが残るバスタオルで顔を押さえながら泣いていた。


ここで夏帆は悟った。


あの女子高生が戻って来るって言っている1年間は、エンちゃんの気持ちは揺るがないと。


そして夏帆は決めた。


エンちゃんがあの女子高生を待っている間は、夏帆自身もエンちゃんを待ち続けるって。少なくともその間はエンちゃんを応援しようと。


そして、万が一その女子高生が戻って来なくって、エンちゃんがへこんじゃったら、今度は自分がエンちゃんを支えてあげようと。


そう考えたら気持ちがちょっとだけ楽になった夏帆だった。


その後夏帆はエンちゃんと銭湯の待合所で合流したところだったが、そのエンちゃんがどこかソワソワしている。ついでに風呂上がりの知らないおじさんもエンちゃんと夏帆を交互に見ながらニヤついている。


夏帆には思い当たる節があった。


「ねえ・・・夏帆ちゃん。あの・・・記憶がないんだけど、もしかして・・・シちゃった?」


そう言いながらエンちゃんが自分のシャツの首のところを引っ張ると大きなアザが出て来た。


「うん!エンちゃんって案外激しくって・・・」


でも・・・それは見えすいた嘘だった。もちろんエンちゃんは夏帆に指一本出していない。


それは先に寝てしまったエンちゃんに合を煮やした夏帆が付けたキスマークという置き土産・・・



その後夏帆は、わざと髪を乾かさないで半渇きの状態で女子寮まで送ってもらった。


化粧はしてない。髪は濡れたまま。しかも昨日と同じ服装。コレは誰がどう見ても朝帰り意外のナニモノでもなかった。


夏帆はコレがやりたかったのだ。


肝心なところがスッポリ抜けちゃってるけど・・・。


そして女子寮のある会社の前まで送ってもらった夏帆は、会社の敷地内に駐車しているバスの間を縫うように全力で横切って寮の玄関までたどり着いたが・・・


そんなバスの傍ではそれぞれのバスのドライバーがテストハンマーでホイールナットを叩いている最中だったのでドライバーの誰かに見られたかもしれない。


そんな疑念を持ちながらコソコソ寮の玄関を開けると、今度はその日2台口の早朝出発で群馬の温泉ツアーへ向かう吉田ティーチャーと鉢合わせに・・・


そこで夏帆はすかさず報告した。


「吉田さんおはようございます。昨日は助かりました。いっぱい使っちゃいました!」


笑顔で大見得を切った報告・・・


もちろんそんなのはウソだった。もらったコンドームの箱の包みすら破っていないのだから・・・


するとその吉田ティーチャーはニッコリ微笑む。


「よかったな小比類巻。ちょっとスッキリしたようだね。しかも心なしかお肌がツルツルだ!」


そう言って手を振りながら車庫のほうへ歩いて行った。


更に玄関で靴を履き替えている時、今日吉田ティーチャーとペアで組むこだま先輩が廊下の奥から走ってきた。


「やったな、小比類巻!」


そのこだま先輩はすれ違い側にそう言いながら夏帆のお尻をポンッと叩いて走って行った。


さらにその後・・・食堂の脇を小走りで通り抜けようとした時、新入社員4人が固まって朝食を食べていてそのうち1人が夏帆の姿に気づいた。


「夏帆先輩。おはようございます。おめでとうございます。今晩、夏帆先輩のその話聞きたいんですがいいですか?」


そこでそう聞かれた夏帆は、何をどこまで・・・さてはどう着色して話せばいいものかと瞬時に考えたのだが・・・


「楽しみにしててね〜」


なんて見栄を張っていた。




これから本格的に観光シーズンに突入する。


エンちゃんと逢う機会もチャンスもますます少なくなるのが見えている。


そんなことより、先ずはエンちゃんの大学のオリエンテーリングに向けてこの4人の新人を教育しなければならない。


そしてそのあと、夏帆は間もなく来る夏に間違いなく生娘のままハタチの誕生日を迎えるととになる。


でもそんなバスガイドの小比類巻夏帆は、営業スマイルと営業ボイスを磨きつつ、これからエンちゃんの1年間を見守ることを誓っていた。


「左オーライです・・・」


今日も会社から出庫するバスのステップでバスの左側方を確認する夏帆のその声でその日の業務がスタートした。


今日もご安全に・・・












バスガイドを職業とする女の娘の恋というものを描いてみました。

その恋には職業柄いろんな障害が付きまといます。それはまず勤務時間が不規則なことと休日が不特定であること。また、あまり知られていないのがその給料がものすごく不安定なことです。


この時代のバスガイドたちのほとんどは高卒で基本給が低く抑えられていました。だから勤務手当の付かないシーズンオフの給料は雀の涙となります。


遊びたい盛りの年齢でありながらその忙しい職業と雀の涙の給料の中バスガイドとして働く一人のバスガイドのストーリーはまだまだ続きます。


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