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幕間 ─殺された娼婦のそばで─

「また出ましたよ。ひでぇもんです。隊長。見てください」

「ああ。同じ手口か」

「そうです。見事な切り口とそして……」


 そう言いながら男は隊長を見上げた。

 男の名前はウェルベ・ロット―。名誉あるガリア王国騎士団。その二番隊副隊長であった。

 自分でも剣の腕前は中々の物だと思っていたのだが、上には上がいると言うことを最近ますます思い知りつつある。

 それを教えてくれているのがこの隊長であった。


 隊長の名はベティア・ベルバント。騎士団と言う所で隊長を務めるだけに口調こそ男性的でものものしいが、その反面容姿は銀髪と緑の瞳が目を引く信じられない程に美しい女性騎士であった。

 ガリア騎士団の華だとか、美しき銀の剣だとか、まあそれはそれ大層なあだ名がついているがそれも納得の話だ。

 今は鎧に隠されているが宿舎で見える私服の時のスラリと伸びたしなやかな手足は噂に聴く東洋の白磁の様に美しく髪は絹のようにつややかで、顔は古代ユービアの彫刻のように美しかった。

 だが容姿だけでは無くその端然な性格から民衆の支持も熱く、剣の腕はまだ齢二十にも届いていないにもかかわらず、騎士団の中でも五本の指に入ると言われている。

 実際、ウェルベも何度訓練で向き合ってもまるで歯が立たない。その腕前を買われ若年ながら栄えある王国騎士団の二番隊隊長に抜擢されたのだ。

 頭脳も明晰で戦時以外は警備組織も兼ねている騎士団の隊長としてこれまでもいくつもの問題を解決してきたが、今回の問題だけは解決に及ばず彼女を苦悩の底へと沈めていた。


「これです」


 そう言って女性の亡骸を見せると端正なベティアの表情が苦しそうに歪む。


「かわいそうに……すまない」


 謝罪は被害者に向けての物だろうか。解決できない故に事件を起こしてしまった自分のふがいなさを嘆くようにして、そして亡骸を見下ろす。

 死体は胸元の大きく開いた派手な服を着た化粧の濃い女。娼婦である。

 彼女は背中を切りつけられた後に仰向けに転がされ、そして性器の部分を執拗に斬りつけられている。

 仰向けで大きく開いた股倉からは大量に出血しておりもはや赤黒く染まったそこは何もかもが傷つけられており、剣で乱暴に取り出されたと思われる彼女の身体の中の何かだったものが辺りには散乱していた。

 顔は恐怖に歪み、涙と血に濡れている。



「これで八人目か」

「はい。娼婦ばかりで八人です」

「手口も同じ。そして見事な斬り口。これだけの達人が狂気に溺れて全く同じ手口で人殺しを続けていると言うのに他の手掛かりは無しと言う所まで同じか」

「ええ。見事な程に手がかりになりそうなものはありません」

「ぐっ……」


 ベティアはあまりの悔しさに臍を噛む。手がかりの少なさと捕まえられない殺人者。増え続ける被害者。

 恐怖と悲しみと血に濡れた娼婦の顔が自分の無能さを責めているような錯覚をおぼえた。


「隊長、大丈夫ですか?」

「すまない。大丈夫。見回りは増やしているのだろう。昨晩はどうだったのか?」

「昨晩は一番隊と三番隊と五番隊全てです。平時の三倍にまで警邏の数は増やしております」

「被害者は娼婦ばかりか。娼館の多いこの辺りだけをそれだけの数で見まわっていると言うのに何故何の手がかりも得ることができない!」

「それは、私にもさっぱり」

「娼婦たちには表を出歩かないように言っているのか?」

「言っております。しかし彼女たちもその日暮らしの物が多く男を引かなくてはすぐに生活が立ち行かなくなってしまいます。どうしても完全にと言う訳には……」

「そうだな。すまない。ウェルベに当たっても仕方がないのに」

「いえ。とんでもない」

「とりあえず今回も同じということは解った。彼女の身体を運んであげて」

「はい」


 そう言いながらその亡骸に祈りをささげて立ち上がろうとした時にベティアに後ろから声がかかった。


「隊長!」

「ん?」


 振り返るとそこには息を切らした二番隊の隊員がこちらに向かって走ってきていた。


「ああ、ルイスか。どうした?」

「細かいことは解らないのですが三番隊が何らかの情報を得たらしいです!」

「三番隊が?」

「ええ。なんでも不審な男の情報を得たとか。アングリアからの間諜かもしれませんが、剣を持っていたとのことで一連の人殺しかもしれないとのことだそうです!」

「そう。三番隊が……」


 三番隊隊長のミケーネ・ルシュラインは彼女にとって数少ない苦手な相手であった。

 元々名家の出身であり剣の腕も確かな男なのだが傲慢で思い込みの激しい性格から、彼女が若年で自分を追い越して二番隊の隊長になったことを酷く恨んでいたのだ。

 そのため何かと彼女の邪魔をしてくることが多く、権限としては二番隊隊長のベティアの方が上なのだが出自が名家であることなどから彼女も思うように指示をすることが出来ず、またミケーネも素直に言うことを聴くことは無かった。


「隊長? 大丈夫でしょうか……」

「ん、大丈夫。今は私情を挟んでいる場合ではない。何とか頼み込んで私もその男のことを調べさせてもらうことにする。三番隊宿舎へと向かうぞ」

「ははっ、お供いたします」

「ありがとう」


 そう言って彼女は颯爽と立ち上がりその場を去ったのであった。



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