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幕間 ─店主─

 その日の夜。

 武器屋の店主は机に置かれたままの美しい剣を見ながらまだ動くことが出来ていなかった。

 長くこの商売をしてきたが、街の武器屋と言う商売柄かこれほど美しい剣をみたことは無かった。

 いや違う。市井に出てくる出てこないの問題ではないのだ。王城の武器庫番でも。いやそれどころか王家の家宝番でもみたことはないのではないかと思う。

 恐らくこの剣より優れて居る剣は存在しないとかそう言う問題でもない。これは他の剣と比べることこそがおこがましいほどに存在からが違う、そんな剣なのだと。

 それほどに特別な美しさと魅力をこの剣を目前にしたときから感じずには居られなかった。

 不思議な物だ。男が腰に差していた時には平凡な剣に見えたのだが、今は妖艶で魔力すら漂いそうなほどに美しい。

 それをあの奇妙な格好をした痩身の男はたったの銀貨百枚だと言う。おかしな話だ。この剣は銀貨どころか金貨百枚、いや千枚を前にしても変えられまい。王家に持っていけばどれだけの褒美がもらえるか想像もつかない。

 店主はまだこの剣に指一本触れる事すらできていなかった。それどころか売りに来た男が立ち去ってから目線を外すことすらできていない。


 どこからか音楽が聴こえる気がした。高貴な音楽だ。自分のようなものには勿体ない天上の音楽に聴こえる。

 ああ美しい。目を剣から離すことができない。魅入られている。紫の光が見えてきた気がする。

 

 ふと、店主は自分が一歩もこのままここから動くことが出来ずに飢え死にするのではと言う幻視をした。だがそれも悪くないと思える。

 そもそも自分のような人間が、こんな剣をこれだけ長い間見ることが出来たと言う事こそが武器にかかわってきたものとして生涯一番の経験であった。

 ああ、こんな経験が出来たのであれば銀貨百枚どころか金貨十枚でも悪くない。そう思えた。

 そう。この剣は自分の様な物が手を触れることができる剣では無く、所有するべきではなく。


「悪いな。それもまたお前の本音であろう。ようやくそこへ思い至ったか。それでは遠慮なく……」


 ふとどこからかそんな声が聞こえた気がした。だがそんな声は聴こえてはいない。

 どちらなのか解らない。

 思わず外した視線を剣に戻すと剣は薄蒼色の光の粒子が小さく浮き出していた。

 夢のような美しさだ。

 そしてその光の粒子がどんどんと数を増していき、剣を包むほどに眩しくなる。


「あ、あぁ…」


 何故か悲しみを感じていると光に包まれた剣はまるで散り散りになるように弾けそして光の粒は空を舞いどこかへと飛んで行った。

 ようやく身体が動くようになった店主は剣が置いてあった机を触る。そこにはすでに何もなく。

 残念に思いながらもどこか安堵を覚えていて。つまりそれは、あまりにも身に余るものであったのだから。

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