岩に刺さった剣
霧が晴れた山中では先ほどまでとは違ってさまざまな虫の声が聴こえる。夜の山中は意外とにぎやかなのだ。
空を見上げれば見たことも無いほどに満天の星空。やや近眼気味なのだがそんな俺でも今の星空は不思議と今までみたどんな星空より明るく感じた。
どこへ行けば帰れるのか。帰ってどうするのか。そもそも帰りたいのかも解らないままにただ歩き続ける。革靴なので人の手の入っていない山奥を歩くのには骨が折れるが仕方がない。
そんなことを考えているとふと前方に、薄い光が見えた気がした。
ふらふらと引き寄せられるようにそちらに向かうと急に視界が開ける。
森から抜けたそこは、小さな広場になっていた。
広場だとわかるのは光源があるから。小さく開けた底は美しい草原と花が咲いていて、そしてその中心にはぼんやりと。
「……光る剣?」
そう。岩に刺さる薄ぼんやりと光り輝く剣が刺さっていたのだ。
剣は刃渡り1mほどの肉厚で両刃の剣で。いかにもロングソードと言った趣の物である。
それが岩に刺さって光を発していると言うのはどこか神秘的で現実離れした感覚を覚えさせるものであった。
「悪戯か? 有名な岩に刺さった剣を誰かがオブジェとして作ったとか。いやでも光る剣って。どうやって」
まるで何かに引き寄せられるかのようにふらふらと剣へと歩いていく。
「まさか抜けるはずはないよな……」
そう言いながらも柄の部分を握って引っ張るったその瞬間!
「うわぁっ!」
意外な程抵抗なく剣は抜けて、そしてまるで爆発するかの様な膨大な光が発生して目の前が見えなくなった。
──適応者だ! 資格を持つ物が現れた!
──適応! 適応! やった。やったぞ!
──ようやく現れた! 我が使い手! 我が主よ! これでこそ我が身の春がくる!
──なんだ! コイツおかしい。適応するのにあちこち不足している!
──やっちまえ! やっちまえ! 足りないものは作っちまえ。知ったことか!
──そうだそうだ! 大丈夫大丈夫!
──言語変換。魔力回路造成。死なないだろ多分……。
──貧弱だぞコイツ! 大丈夫かよ! でも確かな資格を持ってる。確かに適応している。嬉しい! 我を使えば最強最強!
──神経変換! 脳機能増殖! 言語習得! 魔力回路造成完了! やった! でも貧弱すぎるぅ! 死なないよな多分……。
頭の中で右から左からとぐるぐると男とも女ともつかない声が聞こえる。光は眩しさを増して何も見えず、全身に、特に頭に酷い痛みが走る。
「うわあああああああああ!」
思わず剣をぽとりと取り落とす。すると光は消えて目の前の景色を取り戻した。
「はぁ、はぁ、はぁ、なんだこれ。防犯装置? なに、どういうこと?」
そう言いながら剣をみると。
「コラッ!!」
とんでもなくでかい声が聞こえて驚いてしまい俺は慌てて剣を手にしてその場から走り去ってしまっていた。
深い山の奥。
俺は剣をもったまま同じく山の中を進んでいた。
崖を落ちてからおかしなことばかりが起きる。何だっていうんだ一体。
そもそもさっきの広場は。声はなんだったのか。そもそもこの剣はなんなのか。
右手に握ったその剣はまるで先ほどまでの様に光こそ発していないが美しく宝石のように輝いており、何も手にしていないかのように軽く、そして何年も握っていたかのように手に馴染む。
とは言え別に剣を欲しがる年齢でもなく、捨ててしまっても良いのだが……。
「やたらめったら切れるんだよなぁこの剣」
そう言いながら軽く剣を振るうと目の前の邪魔な枝や草、蔦などがまるでなんの抵抗もないかのようにさくさくと消えていく。
太めの枝に当たった時も何の抵抗もなく切れていて、刃こぼれしただろうかと思い見て見るが染みひとつついていない。
あまりに抵抗なく切れるので恐怖を感じるほどだ。
「しかしなんなんだろねこの状況。人生一寸先は闇とは言うがこんな未来は闇過ぎるだろ」
それとも、もしかして俺は崖を落ちた時に死んでいて、これは死の直前に見ている夢かのようなものなのだろうか。
そんなことを考えていると……。
「夢じゃないぞ」
どこからともなくそんな声が聞こえた。
思わず立ち止まって周りを見回すが、人の気配はない。
「はは、そうだよな。なんだ。俺は頭を打っておかしくなっていたのか。そうだよな。こんな怪我をすれば無理もない」
そう言いながら煙草を一本咥えて火をつける。落ち着くときには煙草だ。うまい。これに限るね。
「現実を見ないのは自由だがほどほどにしろ。おい! 何だそれは! 毒ではないか! そんなものを吸ってるから貧弱になっているのだすぐに捨てろ馬鹿者め!」
「げぇ! ダメだ煙草がきかない! 誰かいるんだ! 誰だ出て来いよ!」
「馬鹿者。現実を見ろ! 声が聴こえる方を見ろ!」
反射的に耳をそばだてる。
「ほーらほらほら。こっちだぞ~」
きょろきょろと周りを見るが人影などはない。だが男とも女ともつかない声は聞こえ続ける。
思わず手の方を見るが別に剣に口がついている訳では無いが。だが確かに。
「ようやく我を見たか馬鹿者め。我の適応者であり資格を持つ物がこのざまとは、情けないぞ」
「け、けけけけ、剣が喋った!」
「おっ、どうした? 喋る剣は初めてか? 力抜けよ」
「はじめてに決まってるだろ! ありえない!」
「あり得ないも何も今ここにあり得ているだろう。随分頑固な物だな。唯一無二の聖剣たる我の伝説すら知らぬとはどこの田舎からきたのだお前は」
「どこからきたも、どこの世界にもしゃべるロボットや喋る車はあってもしゃべる剣なんて物語の中でしか聞いたことないぞ!」
「あるんだから仕方ない。いい加減認めろ。それよりも適応者よ。お前には義務がある」
「義務だぁ!?」
「ああ。お前は幾星月をも待ちこがれ遂に現れた我の使役する資格を持つ物だ。我が名は聖剣カリブール。担い手よ。お前は我を使役し、力を顕現させよ」
「こっ、コイツ! 何訳の分からないことを!」
道具の分際で名乗るとは!
「道具だと! 我を道具と呼ぶか! 無礼者が! 弁えよ」
「何だコイツ。心を読むのか気持ち悪い。道具は道具だろ。お前は俺に使われたいって言ってただろ!」
「逆だ。お前が、我を使う資格を得たのだ。だからお前に我を使う権利をやろうとそう言う話だ光栄に思え」
「思うか馬鹿が。そもそもお前なんぞを持って街に出たら一発で危険人物で逮捕だ」
「何を…ハハハハハハ! なるほどそう言う事か! お前はそのような者であったか。気に入った! やはりお前こそ我を使うのにふさわしい! 我を持つ権利をやろう!」
「くっ、今は便利だから枝払いの鉈の代わりに使ってやるが必要なくなったらすぐにでも捨ててやる!」
「ふふふ、好きにすればいい。だがお前が現実を見た時に同じことを言えるか?」
「何を意味の解らないことを」
あーいやだいやだ。喋る剣だなんてファンタジーじゃあるまいし。そんなの夢見るのは十年以上前に卒業しているさ。
そう考えながらも乱暴に目の前の茂みをかき消すように剣をふるいながら前へと進み始めた。
「ふん、我は少し眠るが。どうでも良いがそのまま歩くと山奥へと逆戻りだぞ。そろそろ夜も白んできただろう。あちらから日が昇る。街の方向はあちらへまっすぐだ」
「くっ……!」
喋る剣の次は眠る剣って一体なんなんだ。そう言う訳で非常にムカついたのだが方向転換だけして白んできた空に向かって歩き始めた。
手の中で剣が満足そうに少し震えたのが無性に腹が立った。