逃げ
サブタイトル決めるのが難しくて結構自分は困ってます
式は終わり、一夜が明けた。
色々な事があった様な気がして、多分ないが。
それでも、明確に私の中で蠢く言葉があった。
(結婚、かぁ~)
自分が生きている、遠い存在、考えるべき、等々思った、あるいは言われた言葉を何度も反芻する。
自分の中で思う事は幾つとしてもある。だが、明確に、自分は皆と違う事だけは、何となくわかる。
(皆、きっと結婚する事を含めて、人生を歩もうとしているんだな)
ザッコさんも、パンサーも、きっとセレナさんも、人生の前提にあるからああいう言葉が出て来るんだろう。
それは、ここが異世界だから、なんてそんな下らない理由による差異では決してない。
「あーあー、もう!悩んでもしゃーない!少し身体動かすか!」
ベットから起き上がると、私はギルドの下へと向かう。
雨が降り続けて5日。飲んで食べて寝ての繰り返しは、流石に人間飽きるものだ。
オッサン連中はそれでもいいらしいが、若い連中はそうではないらしく、これが若さとでもいうのか。
そんなこんなで、若さ爆発な連中が下の階で“おもしろい事”をしているのだ。
下りの階段の前に立つだけで、そこから熱気が溢れ出る。
アルコールの臭いは相変わらずだが、また別のニオイがある。
階段をコツンコツン、と下り終えた先。
そこではテーブル等を円形に囲んで作られた、プチ“闘技場”とでも言うべきものが即席で作られ、そこでは冒険者同士の格闘が行われていた。
闘技場の中心では二人の若い冒険者が上裸になって、徒手空拳のみで激しく胴や顔を打ち合いを続けている。
その格闘を中心に、主にオッサンたちが野次や声を飛ばし、賭けもやっており、目に見えて優位になれば歓声と罵声が共存する。
賭けに夢中なオッサン達を尻目に、多くの若い冒険者が次なる闘いに準備を行う。
「おー!空ちゃん!見てみて!大穴が当たってこんなに稼いじゃったよ!」
「カナリエさん、カナリエさん。ソレ、ソラさんに言っていいんですか?」
「あっ!」
いや、気付けよ。
手を振るちょっとアレな先輩の周りには、私のパーティーが一足早くに集まり、そこで各々暇を潰していた。
「別に、勝っているから怒りませんけど、今お金がないんですよ先輩」
勝っているから怒らないって事は、無論負けてたら怒るし、お仕置きが待っている。
そんな私の内心を本能的に察してか、一瞬ブルリと先輩が震える。
「まぁ、一応先輩にはちゃんとおこずかいはちゃんと渡してますし、その分で遊ぶなら本当は負けようが勝とうがどうでもいいんですけどね。ただ――私達には負債がある事を覚えてくれると嬉しいです」
本当に、借金さえなければもう少し先輩には自由にさせたいけど。
「まっ、まぁ空ちゃん!私も考えなしな訳じゃないよ!」
「へー、先輩が。意外ですね」
「えー!意外って、それはないよ空ちゃん!」
「それで、先輩は何を考えてたんですか?」
どうせ半分言い訳チックな事だろうなと予想しながら、先輩に問いかける。
「ふふん、簡単だよ空ちゃん。私達がチマチマ稼いでも借金額には全然届かないんだよ。いっそ夜逃げした方がいい位に」
だ・か・ら――と、まるで歌舞伎役者が如く大袈裟な演技を入れて“叫ぶ”。
「このお金をぜーんぶ、空ちゃんに賭けて!超☆大儲け!どうどう!?ナイスプランでしょ」
(あぁ、本当に残念だよ、この人。ドヤ顔で言っちゃってるよ)
この際私が試合に出る事は分かった。ただ、やはり先輩は阿呆である。
「えーと、先ずですね、先輩。そのお金はどうやって集めたんですか?」
「ギャンブル!」
「先輩。私に賭ける以前に、何で超弩級の不確定要素を盛り込んでいるんですか?そんなものは考えとは呼びません」
結果が運次第ならまだしも、前提準備が運次第なのはギャンブルだ。
「次にですね、私が他の冒険者よりも強いという保証がありません。“いい”考えと言うならば、もう少し確実性の高いものを提案して下さい」
「ふぐぅ!」
「そして最後にですね、そんないい考えならば、せめて“叫ばない”で下さい。企みが丸分かりです」
先輩があまりにも声高に叫んだせいで、近くの人間だけではなく、更に広くこの一階中に木霊する。
「おうおう、その話し、どういうことだぁソラちゃん?」
「そんな事内緒にしやがって、、、、」
あー、ヤバイヤバイ。先輩の悪巧みが皆にバレ、数人のオッサンが席を立って近寄る。
「先輩、どうするんですかコレ」
「ええええ、えーと、どうしよう?」
近寄るオッサンにシバかれる未来を予想しながら、どうやって脱出しようか算段を立てようとした時。
「楽しそうじゃないか。よし!なら俺はソラちゃんに賭けるぞ!」
「いいねぇ!俺もノッた」
「俺は今日の晩飯代を賭けるぜ」
八百長的な事をしようとした私達を叱責すると思いきや、いきなり私に大勢がベットし始める。
私の参加に、何故か盛り上がる会場に、私は疑問を浮かべながら控えに視線を移す。
控えに並ぶのは多くは若い冒険者。しかし、若いからといって私よりも弱いと言えるような人間はそこにはいない。
皆冒険等で鍛えた技と肉体が、傍からもありありと見て取れた。
それもそうだ。一応に賭けの対象として、戦う一人として出場するならば生半可な実力なんかじゃここに居はしない。誰もが、何らかの自身を持ってここにいる。
「あー、こりゃあ勝てるかどうか心配だわ」
ボソリと一言呟く。
「じゃあ、ソラちゃん。ここは直ぐに負けたらどう?私は相手に賭けるから」
「いや、それは流石にマジ八百ちょ――「さぁ!やるぞソラちゃん!」
言い掛けた途端、ガシッと捕まえられる。
「いやぁ、俺はソラちゃんに賭けるから、情けない戦い方をして欲しくないなぁ~」
「そうそう。絶対に勝つと信じているから、“負けるな”よ~」
(あぁ――分かったわ)
多分、オッサン達は私が勝つ事を本気で望んではいない。
八百長地味た事をしようとした私達に、お仕置きする為に試合をさせようって腹積もりだ。
(その上、多くのオッサンが私に賭けようってんだから、その分の倍率も低くなる。結果先輩の悪巧みも妨害と、、、、恐ろしい程好きのない、正しく真の“いい考え”ってヤツだ)
あまりにもスキのない、人間リサイクルに思わず顔を引き攣りドン引きしてしまう。
とはいえ、まぁ、勝つ分には勝とう。本当に勝てるかなんて分かりもしないが、そうでもしないといい加減首が回らん。
「あー、あー。やぁやぁ、音にこそ聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは、天次空こと、ソラ・アマツぐ也ぃ!短くも流星が如く赫々たる七難八苦を乗り越え、龍をも屠りし勇者たる!今闘い、我が名誉と腕にかけ――嗚呼、この黄金を全て賭けたりや!」
非常に遠回りだが、私も全財産を賭けると高らかに宣言する。この借金も終わらせてやろう、そのつもりで。
「おぉ!コレはいいぜ!」
「おもしれぇな!誰だ、誰だ、ソラを相手するのは!」
大見得を切った宣言に、先程まで意気揚々と私を倒そうと息巻いてた冒険者も、僅かにだが私が相当強いのではないかと、動揺する。
私の事を詳しく知らないのを利用したブラフが上手に効いているのを見て、私はほぼ確実に戦うであろう相手を考える。カナ―、あるいはパンサーの二人を。
正直狙い目は弱い方のパンサーだ。だが、二人共我が強いし、どちらもやりたいと声を上げるだろう。その時はわざわざパンサーを挑発して戦う様に仕向けるべきか。
「ういー、俺がやろう」
立ち上がった男に、私は凍りついた。
タバコを吹かし、更には酒も回って淀んだ目をした、私の知る最強――
「ザッコ・ドラチェス。俺が相手となろう」
ギャンブルの熱に浮かされた、私という阿呆を恨んで、私は消えそうな意識をどうにか保って思った。
夜逃げかぁ~。
◆
所謂お昼休憩、そういう時間に外の空を眺めながら弁当を食する。
「そういえば空さん。この世界って昼夜はないんですけど、四季はあるんですかね?」
同じ弁当を食べる雲さんが不思議そうに零す。
「さぁ。でもここは決して私たちの居た世界とは、もっと言うなら日本と同じ様な、そういう常識が共通して通じる場所じゃないですから、多分ないじゃないんですかね。そもそも、地球でも四季がない場所だってありますし」
様々な人が混濁する場所で、無理に四季なんて導入すれば、不慣れと混乱が生じる筈だ。世界レベルで違う相手なら尚更だろう。唯一、暗い夜をなくして、空を明るくする事のみが、許されるギリギリのラインだろう。
と、私は少し冷静に考察するが、そもそも――
「ソレ、私に聞く事ですか?」
対面に座る今日の弁当を作ったシェフ、べフェルトを目で見て言う。
(天界に二日しかいない私よりも、ずっと知っているだろう人間が目の前にいるのに、何故わざわざ私に質問する?)
「嫌だなぁ、空さん。べフェルトさんは答えですよ、答え。こういうのは最初に答えを教えて貰うよりも、自分で考えて、間違ってでも自分なりの結論を出す。そういうのが大事なんですよ」
ケラケラと、雲さんは軽く笑う。
「まぁ、私の予想も一応に大体同じだね。ただ、何というかあんまり暑いとも寒いとも感じないもんだから、ここって実は温度とかないんじゃないの?四季よりも温度の違いが真っ先に人間としてダメージが来るのに、他の人達皆平気ですもん。べフェルトさん、この考えって合ってますかね?」
振られた話題に、べフェルトは一瞬私の目を見て戸惑い、次に取り直して答えた。
「えっと、二人共大体考えは合っているよ。ただ、別に昼しかない訳じゃなくて、夜がないだけで時間、というか時期?によっては若干暗くなったり明るくなったり、夕方っぽかったり朝ぽかったりするよ。それと、温度は雲ちゃんが言った通りで、事実上の無温で、皆好きに体感温度を調節出来るよ」
「へぇー、体感温度の調節ですか!これは凄いぞ、空ちゃん!」
「凄いですけど、凄いからって私の髪の毛をワチャワチャしないで下さい」
しかも食事しながらだから、行儀も悪いってもんだ。
「えっと、じゃあ私はこんなところで。仕事もあるから、またね、、、、。ごちそーさま」
タタッタと、食事を終えたべフェルトは逃げる様に立ち去る。
「待っ――」
反射的に呼び止めようと手を伸ばしたが、直ぐに手を下げた。
「どうしたんですか?何を言おうとしたんですか?」
「いや、ただ弁当のお礼は言おうと、、、、」
「そっかぁ。私も、言うべきだったなぁ」
――暫く、沈黙が流れる。
さっき話した様な他愛のない話しもなく、ただ単に黙々と箸を動かす。
「ねぇ、空ちゃん」
箸を置いて、改まって雲さんは言う。
「空ちゃんってさ、強いけど、“臆病”だよね」
(この人、意外と饒舌だよな)
そっとしておいて欲しい。静かにいて欲しい。
そう思う私の願いと、彼女の思いは同じだと、私はそう考えてた。
だが、どうもその考えは違うのかもしれない。
彼女は天界に来た昨日こそ多くを喋らず、人と関わろうとしなかった。それが、翌朝にはまるで人が変わったかの様にハツラツと話し、積極的に人と関わろうとした。
「、、、、強いって、私ってそう見えますか?臆病なのは理解出来ますけど」
こうやって、踏み込んだ言葉だってそうだ。
「まぁ、これは私の感想だし、決して正しいとは本気で思ってはいないけど」
「会って一日しかありませんしね」
「そういうのもあるからね。でも、私は空ちゃんが強いと思っている」
「強いって、どこがですか?」
「そうだね。私が思うに、空ちゃんは自分の悪点を弁解――自己正当化を忌避する、そういう強さがあると思うよ」
嬉しい事を言われるが、それは買い被りだ。
それが正しいであると仮定して、そうであるならば私は悪点に対する問題の解決を行う筈だ。それが出来ないのであれば、それは強さなんかではないし、その行動を起こしもしない以上それを私が有してるとも思えない。
(それが私という人間ではないか)
「でも――空ちゃんは問題の決着が“恐い”。それが空ちゃんが臆病なトコロ」
「――――――――、、、、」
続けた言葉に、思考が止まった。
私の反論、それが臆病の証左であったと。
「問題に対して向き合う心も、自責の念も空ちゃんにはあるんだ。問題への決着もしたい、そういう意欲だってある。でも、いざ問題の決着を行おうとして、それが恐くなってしまう。そうじゃないかな?」
「どうして、そう思いますかね?」
「勘だよ、勘。人間性格とかの面は勘とかが意外と当たるから」
とはいえ、そう前置いて雲さんは僅かに俯いて言う。
「ちょっと勘に頼り過ぎだし、深入りし過ぎたね。ごめんね、空ちゃん。今度何か御馳走するから許してよ」
そう言って、彼女はまたケラケラと笑い出す。何が好きかのか、少し奮発しようか等。
けれども、そんな嘘の言葉は私に耳に入らず、ひたすら自分の臆病を反芻した。
妖怪バトル作品を最近思い付きましたが、前科が前科だから少し書くのを悩んでいる