前進
読者の皆様、遅れて申し訳ありません。
原稿自体は完成しておりましたが、個人的に不満が残る出来で、ゆっくりと改正していたらいつの間にかこうなってしまいました。
それと、色々と作中設定を考えてもいました。カレンダーとか、がんばって作ってました。
いずれ二巻が終わり次第、この世界の暦を公開したいと考えております。
「――さて、新郎、新婦共に“お別れ”を終えましたか?」
賑やかな騒ぎもそろそろ閉幕。
そして再び開いた幕には、みすぼらしいながらもおめかしをした、二人の若い主役が中央に立っていた。
一応異教徒な筈のセレナさんは、自分が場にいていいのかと困惑しながらも所謂神父役を務める。
「はい。終わりました」
「はい、、、、私も、終えてきました」
そう言う花婿と花嫁は二人共気丈に振舞うも、花と目頭が赤く腫れていた。
特に花嫁はヒドく、顔を上げた途端ホロリと大粒の涙が溢れ出す。
その姿に、また一段と困惑の表情を浮かべたセレナさんは、花嫁を見やると一言。
「えー、まぁ、お二人共気持ちはお察し致します。しかし、今には戻れなくとも、貴方達の友人はこの先にもいます。大丈夫です、お二人は決して孤独ではありません」
その言葉に呼応する様に、後ろの冒険者達は「おう」と声を上げた。
「――ありがとう、ございます。修道士さん。もう、大丈夫です」
また涙が溢れ出た花嫁に、花婿は涙を指で拭うとセレナさんに視線を送る。
「、、、、そうですか。では、新郎。誓いの言葉を」
「はい!」
快活な返事をすると、花婿は花嫁の手を取りながら立ち上げる。
「『ヴューランの月』、19日、夫ダルトンは嵐の時も、疫病の時でも、例え矢雨降る時であっても、どの様な時であろうとも妻ユリジアを護り、愛し、この純潔なる魂を永遠に捧げる事を。俺はここに誓います!」
花嫁を抱いた若き男は、その右手を強く握ると胸を張って大声で宣誓する。
「――ヴューランの月、19日、妻ユリジアは、貧しき時も、飢えの時でも、例え死する時であっても、その苦しみを夫ダルトンと分かち合い、支え、一生を共にする事を。私はここに誓います」
泣き虫な少女は、花婿の手を握り返すと赤く腫れた瞳で小さく振り絞る様に宣誓する。
「――はい。では、お二人共、ご用意した指輪を交換してください」
そう言われた二人は、改めて向かい合うと各々が用意した指輪を取り出す。
二人の指輪は宝石なんてはめられていない、銅らしきもので作られた安っぽい指輪だ。
しかし、そんな粗末な指輪だが、男は大事そうに掴むとそれを愛する乙女の薬指にはめる。
少女も同じく、きっと二人で選んだだろうその指輪を男の指にはめる。
鈍く光る二つの輪が輝いて、いよいよ結婚式が最大の盛り上がり所を迎えるのを、異世界の式を知らない私でもこの場の雰囲気で感じ取れた。
知らない人間がいる人前に見られながらするとか、まぁ見る方も見られる方も何を感じればいいんだと思うが。いや、思ってたが。
こう、第三者ではなくその場にいると、こうも気持ちが違うのに少し自分でも驚いている。
(全く、、、、最高にワクワクするな!)
ゲスいと、自分でも理解しているさ。だが、この湧き出る深夜テンションが如き感情は紛れもない本物だ!
そして何よりもおもしろい事は、あの普段は絶対に言わないだろう言葉をセレナさんが言わなきゃいけないのが一番おもしろい。
(昨日まで散々人の事をからかったんだ。今日位は楽しませてもらうぞ!)
どうせ私も次の日にか、あるいは今日にでも先輩関係でイジられそうな身であるからな。
「――では二人共」
粛々と告げる言葉には、淀みなく。
「お二人のその誓いを、その愛を、きちゅを、、、、以てして、それが延々と不変である事を誓ってもらいます」
続けた言葉で噛みはしたが、その様を花婿と花嫁は揃って軽くはにかんで笑うと、二人は視線を合わせる。
沈黙が数秒流れる。
幸せな時間はあっという間というが、この時だけは世界の時が止まったみたいな流れだった。
時は止めさせない。
ふとした瞬間に見えた二人の口づけは、私の瞳にはそう映り込んだ。
◆
私は――実は地獄に連れて来られたのかもしれない。
ここに来た時、私はここが天界と言われた。
だが、考えてもみれば、この場所が天界だなんて保証はないし、そもそも周りの人達が本当に存在した人間かどうかも分かりやしない。
この天界という世界が私という人間を苦しめる為だけに存在し、周りのマトモなフリをした人間が私を精神的、あるいは肉体的に延々と苦しみを与えるのではないのだろうか?
そういう地獄に、私は囚われているのではないだろうか?
とまぁ、、、、思ってはみたが、そんなのは恐らくイライラしてるせいによる偏執的な妄想だ。
現実に地獄なんてのがあるのなら、流石にこんな優しい場所なんかではない。
もし、私が地獄を創るなら、もっとエゲツない形に作り上げる。
そうやって、私如きが上回れると思いあがる程度ならば、この場所はさして地獄と呼ぶに値しない。
(あー、でも辛いんだよなぁ~)
耳が痛い位の騒音と、派手な光を無抵抗に受けながら、私は聞きたくもない報告を聞いてしまった。
「イッ、エェーイ!フルコンボ!!」
“ゲームセンター”にて、べフェルトは周りの騒音に負けない声で自身のプレイに喜ぶ。
――仕事が終わり、帰ろうとした時、べフェルトはゲームセンターに行こうと誘いだした。
無論そんな所には行きたくないと、私は必死に逃走を試みたが、結果は虚しくべフェルトと一緒にゲームセンターにいる訳だ。
全く、私が何をしたっていうんだチクショウ。少しは休ませてよ。
多分世界で一番有名な、太鼓を叩く名人なゲームをプレイしてたべフェルトは、たった今割とエゲツない難易度をさもこなれた様にクリアして私に感想を求める。
「はいはい、そうですか。それは凄いですね」
私は聞きたくもない報告と、言いたくもない感想に、仕方なく手を叩いて褒めるフリをする。
「むー、ソラちゃん褒め方がウソ臭い。もっと自然に褒めてよ~」
なんて無茶振りだ。
一応褒めてやっているんだから満足しろよ、と。口に出そうになった言葉を抑えて、私は改めてもう一度褒める。
「いや、普通に凄いですよ。なんか、プロの動画みたいでしたよ」
うん。言ってみたが、キレそうだ。
「んじゃ、次はソラちゃんの番で!」
私の胃痛を犠牲にした返答に満足したのか、べフェルトはバチを渡してそう言う。
「うーん、困りましたね。今だったら簡単でも、、、、ノルマ達成出来る気がしないんですけど」
プレイしたくないが為の冗談じゃなくて、本当に出来ないだろうと思いながら欠伸をしながら受け取る。
(、、、、しっかし、本当に眠たい)
足がフラつく。立ってられるのがやっとな位だ。
視界もボヤけている。仕事が終わってから何時間ノンストップで遊んだんだ?
もう休みたいと叫ぶ体に鞭打って、私はコインを入れると――瞳を閉じて。
(あぁ、眠たい、、、、)
――――そのまま寝落ちした。
◆
目が醒めると、部屋にいた。
流石にゲームセンターに置いてかれる事はなかったらしい。
もし、置いて行ったらどうしてた事か、ちょっと私には分からない。
「ん?起きたの?ソラちゃん」
「――――――、、、、」
声の方に振り向けば、キッチンにはべフェルトが昨日と何一つ変わらない姿で立っていた。
何も、気にする事のない様なキレイな顔で、清々しい表情で、べフェルトはそこにいる。
「ふふ、昨日はビックリしたよ。まさかあそこで寝ちゃうだなんて」
「――――――、、、、」
「ごめんね、ソラちゃん。あんなに遅くまで付き合わせて」
「、、、、そうですか」
「まぁ、昨日の話しはここまでにして、ソラちゃん。はい、朝ご――「いりません」
え?と、べフェルトは呆けた表情で零す。
「“いりません”。朝食は私がどうにかします」
「そっ、そんな、、、、」
いらない。
「でっ、でもさぁ――」
「いりません」
要らない。
私の今までとは違う明確な拒絶に、べフェルトは胸に左手を当てながら、憂いた表情を一瞬だけ浮かべて俯く。
「、、、、うん、そうだね。でも、ソラちゃんは具体的にどうするつもりなの?」
「さぁ、どうしましょうか。外で食べましょうかね。いや、お金がありませんか」
「だよね。だからさ、一緒に食べよ。昨日の事が嫌だったら、もっと真面目に謝るから、、、、」
僅かに希望を孕んだ声色。けれども、私の意思は変わらない。
「いえ、大丈夫です。それに、朝ご飯は抜きます。どうせここでは何も食べなくても問題ないでしょうし」
べフェルトの精一杯の弁明を、聞くに堪えやしないと一方的に切って、私は窓の外を睨む。
(――流石に移動は無理そうだな)
全く、徒歩には優しくない構造の世界をしてやがる。移動するなら、飛ぶしか方法はないらしい。
どうやって飛ぶか、飛べない私には分からない。
それでも、飛びたいのなら、一回身を投げ出さないといけないのだろう。どうやるにしたって、空中にいないといけないから。
一体どうするか、下を見ていた私に、とてもどす黒い考えが過った。
空腹もないこの世界の事だ。どうせ死もありはしない。
なら、別にこのまま飛び降りたって、別にどうとでもなるだろう。
――それで飛べなかったら、それまでなだけだ。
思ったが最後、心の底で沈殿した汚物が沸き上がった。
(あぁ、そうだよ。別に飛んだっていい。どうせ死なないなら、何も変わりやしない)
偏執を通り越した、妄想的な主観が私の中で事実となる。
変わらない、変わらない、変わらない。何も。
きっと、私は死ぬ事はない。
だが、死なないという事は、私はここから離れられないという事でもある。
それでも。
(もし――こんな場所でも死があったら、別の場所、、、、例えば元の世界に戻れるのなら)
根拠も、理由もない。
だが、それを否定する証拠も、事実もありはしない。
なら、、、、。
結論を出すよりも、体は先に動いた。
ここではないどこかに行けるのなら、あるいは――ここでもいい、だが“べフェルトから逃げれるのなら”、飛んでいいと、そう決まったからだ。
その先で死のうが、生きようが、結果なんてどっちでもよかった。
底のない向こう側が近付いて来る。
天界は惑星は等ではないが、地面に足がついてちゃんと歩ける以上重力はある。
どの程度のものかは知った事ではないが、現に近付く地面を見て、私は飛ばなきゃなと翼を動かす。
だが、空気がないであろうこの世界で、翼は飾り以上の役には立たず、一切減速の兆候がない。
(ならば、、、、方法は別にあるな)
予想はしてた事だ。天界における飛行は物理ではない事位。
だが、翼が使えないとなると、残る方法はかなり非現実的でしかない。
(、、、、飛べ。飛ぶんだ、身体がフワリと浮く様な、飛んでいる様な――)
イメージの力で飛ぶ。二次元と現実との区別がついてない、と言われても仕方のない、方法だ。
だが、それ以外私には方法が思い付かない。
私はイメージした。
それこそ、集中力で加速して落ちて行く筈の底が遅く見える程に。
他の人にだって、べフェルトにだって出来る事だ。
私に出来ない筈がない。
(飛べ。飛べ――、飛べえェェ――――――――!!)
「飛べよおおぉぉォォォ!!」
だが、私の叫びは、無意味に終わる。
私の身体は、空に舞い上がる事なく底のない地面に吸われた。
落下して数秒、私は何もない空間を落ち続けた。
ふと、このまま永遠と落ち続けるのではないのかと錯覚したが途端に底が抜け、その先で逆さまの世界が私を迎えた。
天界の光景が、まんま逆さまにした、全てが逆の景色が視界に広がる。
「、、、、っ!?」
何故、そう思ったが疑問は一瞬で氷解した。
そうだった、確か、天界は下の方にも広がっているんだった。
中々目にする事がないだろう風景を眺め、下の空を仰ぐ。
遥か彼方にあるあの空。
何もない、遠く、無限に続きそうなあの空に、今度こそ私は永遠に落ちて行くのか。
空へと落ち行く身体を抱いて、漠然とそう思った。
「あぁ、これじゃあ死にも出来ないよ」
自分は実に中途半端なヤツだ。
生き死にを考えず飛び降りた結果が、まさかの無限落下だなんて、情けない。
ただ――「これで、一人にはなれるな」
一つだけ得れた結果を抱いて、私は空へと堕ちる――
だが、そうはならない。
先程まで加速度しながら高速で落下してた筈が、いつの間にかその速度は陰りを見せる。
その速度は一秒毎に加速度的に下がり続ける。
何秒経ったか、分からない。だが、私は空中で停止し、そして今度は空を“飛んだ”。
それは、私の予想した通りの方法ではなし、正規の方法でもない。
けれども、私は今、「空を、飛んでいる」
突き抜けた先の底、下の天界には反対向きだが建物が建っていて、人が歩いている以上、重力がある。
私はその重力に引かれ、そして次は上の天界へ向かって疑似的に飛んでいる。
チャンスはもう、今しかない。
これが飛ぶという事なら、この感覚を忘れない様に。
覚え続ける様に。
そして、飛行する様に。
上を見上げ、私はもう一度叫んだ。
「飛べよおおぉぉォォォ!!」
次に目を開いた時――私は地を離れていた。
◆
「ハァ、ハァ、、、おはよう、ございます」
初めての飛行で疲れた私は、慣れない着地で躓きそうになりながらそう言った。
しかし、私の挨拶に返す者は誰もいない。
聞こえるつもりで言った筈と、少し眉を顰める。
聞こえないならまぁいいかと、自分の仕事机へと向かい、気が付いた。
私の机の周りに人だかりができていて、その周りの人間は特定の方向だけを見ている。
何故私の机の周りで、一方向を注視しているのか。
気になった私は、着席をせず皆と同じ方向を覗き込む。
先を見た瞬間、その視線を完全に理解した。
――“黒い海を泳いで来た”。
目の前の『彼女』は、私の瞳にはそう映り込んだ。
注釈。
本文のヴューランの月というのは、この世界における何か月か、の呼び方です。
現実の世界と暦が違うので、現在筆者はもっと具体的にハッキリとは言えませんが、状況としてはもう秋直前だとでも思って下さい。
一応この世界には旧暦と新暦がありますが、これは新暦の呼び方です。
それと、私ようやっと動画を投稿しました。
URLを張るので、是非ご覧になられて下さい。
YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=ckIDdum10yo&t=1s
ニコニコ
https://www.nicovideo.jp/watch/sm40186000