お風呂
DVD、ブルーレイ、もしくは単行本版は謎の光が消えます(大嘘)
カッポーン。
と、人生で何度聞いたか分からない程に聞いたSEが脳内で鳴り響く。
クエストを終えてクタクタな私は、帰ってベッドにてこの疲労感を取り除いて貰おうと思っていたが。
風呂に入りたいと思って浴場があると聞いたら、それはもう行かないのは無理というものだ。
まぁ、そんな訳で私は眠りたい体を引き摺って銭湯にやって来たとなった訳だ。
もう死ぬ程眠たいんだ!さぁ、体をキレイサッパリ洗ってお家に帰るぞ――「出ていけぇ!この野郎!」
「ぶべらっ」
更衣室に堂々と侵入する男勢に、私は闘志をもう一度奮い立たせ鉄拳制裁をかます。
「いいか、私達が上がるまでここから一歩たりとも入るな。いいか?」
「いや、おかしいだろそれっブブボラ!」
まったく、自分が同じ立場ならそうだと思うよ。
でも、、、、
「もし入るなら、、、、第二ラウンド上等だぞ」
「待て、蹴るな!蹴るなアマツグぬぬぽん!」
余程更衣室を見たいのか、口では悲鳴を上げてもパンサーは私のキックを耐え忍んで着々と前進する。
「上がるまで待て。それまで待て、いいな?」
最後通牒。だが、鋼てt――色欲のパンサーは前進する。
「俺だって、俺だって、、、、更衣室に、入ってもいい筈だぁあアババン!」
フッ、どうやらジャーマンスープレックスが最強のキレで決まってしまった様だ。
「あの、、、、ソラさん」
更衣室の扉を小さく開いて、こちらを覗く様にして声をかける。
「ん?どうしましたセレナさん」
「いやぁ、あの、確かに一緒に更衣室で着替えるのは嫌ですけど、流石に“あっし達が上がった後に”に更衣室に入るのはかわいそうじゃありませんかね?」
「そーだ、そーだ!それに、俺達ゃあ女の裸をむやみに見たりしねぇよ!」
ギャーギャーと、セレナさんの親切に便乗してパンサーは騒ぎ立てる。勿論無視するけど。
しかし、何ゆえ騒ぎ立てられても私がそんなに必死こいて男税の侵入を拒んでいるかというと、察しのよい方なら分かるだろうが、この風呂は『混浴』だ。
古代ローマ的な様式や文化が受け継がれているのか、この世界の風呂というのは混浴が割と当たり前らしい。一応、混浴を前提として風呂を焚くと、浴槽を二つに分ける必要がなく経済的という利点もあったりするけど。
まぁ、そんなのはどうでもいい。要するに混浴が恥ずかしい私は、少々――かなり理不尽ながら私はパンサーに今度は投げ技をかける。
「ウボボエ!」
――「さて、私達はゆっくりとお風呂を楽しみましょう」
「ソラさん、随分とエグいことしましたね」
「全く、わたしは気にしないのに、細かいねソラは」
「そうそう、そんなに気にする事ないよ空ちゃん」
笑顔で、超ハイパー笑顔で言った私に、皆んなはそれぞれ批判的と行かないまでも文句を口にする。
「そう言われても、恥ずかしいものは恥ずかしいし。何より、、、、ここで追い出さなかったら、もしかしたらアイツ等命がなかったかもしれませんよ」
文句を口にした三人の奥の方、目立たない更衣室の端っこで本気で人を殺しかねない瞳を私に送り続けるハリィが立っていた。、、、、銃を持って。
(守るってさ、そういう事じゃないと思うけど、、、、)
「、、、、んじゃあ、皆さんは先にお風呂に入って下さい。私は後で入るので」
人を追い出してなんだが、服に手をかけて私は早く入れと“促す”。
「ん?ソラさんは入らないんですか?」
純粋な疑問を問うセレナさんに、私は一瞬返答に詰まった。
それが――よくなかったんだな。
「ソラさん、、、、なんか隠してますね?」
「ギク」
「ほほう?」
珍しく悪巧みを思いついた表情を浮かべやがるセレナさん。なんでこういう時に変に頭が回るんだよ!
「いっ、いやぁ、男に着替えを見られるのも恥ずかしいけど、女の子の前でもやっぱり恥ずかしいなって」
咄嗟に嘘を言い繕うが、無駄だ。
「中でどうせ見られるのに?」
「まっ、まぁバスタオルがありますし――ってない!」
くそう、古典浴場め!バスタオル位置いていてよ!
「ふふふーん。ソラさん、脱ぐの手伝ってあげましょうか?」
「大丈夫、自分で脱げますから」
ググッ、伸ばした手を少し力強く掴んで止める。
「直ぐに行きますよ、ですから待って下さい」
「そうだよ。だから、先に入って待ってよーセレナちゃん」
事情を知っる先輩は、ちょっとおどおどしながらもセレナさんを止めにかかり、セレナさんも「むぅ」と言って諦める。
「んじゃ、あっし達は先に行ってますよ」
「えぇ。後で来ますから、待ってて下さ――「ええい、隙きあり!」
これで一安心。そう思っていた。思っていたんだけどなぁ、、、、
(このっ、バカアイドルぅッッ!)
私の割と複雑な服を、バカカナーは神速と呼べる速度でキャストオフする。いや、テイクオフだっけ?
「さぁ、後で入るだなんてつまらない事言わないで、今直ぐはいるんだよ――お?」
私の服を脱がしたカナーは背中を見て、なぜ私が後で行ってくれと言った理由を理解する。
「コレって、、、、」
隠された服の下に潜んでいたのは、私の左側背中から腰に走る独特な赤い線、『リヒテンベルク図形』という“雷に打たれたら残る跡”だ。
――仕様、とでも言うのか。
天界では、死ぬ時負った怪我というのが一風変わった形として残るらしい。
交通事故に遭えば、ぶつかった箇所に痣が残り。
斬られたのなら斬られた部位にミミズ腫れみたいなのが。
その様な形で、死因の怪我やそれに繋がるものが形として残されている。
私の場合、雷に打たれて死んだ為にこんな跡が残っている。
それが、私にはたまらなく嫌なものだ。
背中のものを見て驚く一同と、今更ながら背中に抱きついて模様を隠そうとする先輩に、私はどう言い訳をしようかと頭を回す。
「え?これ入れ墨じゃない本物ですか!?」
(ん?入れ墨じゃない?)
「嘘!本物!?これ本物なの!」
「凄いですね。本物の『エウポリア模様』なんて、、、、しかもソラさん天使で、、、、」
何か思ったと違う反応に、ん?と小首を傾げる。
「なに変な顔してるんですか!豊作の印ですよ、証ですよ!」
まるで高級車を見た様な反応を表すセレナさんに、もしやと閃いた。
『エウポリア模様』と呼ばれるこのリヒテンベルク図形は、どうやらこの世界では豊穣の印や証として考えられているんじゃないかな?それも、入れ墨を入れてまで欲しい証として。
「あーなんかよく分からんけど、まぁお風呂に安心して入れるって事だな!」
皆んなに嫌われなくてよかったと、胸を下ろしながらリヒテンベルク図形を翼で隠す。コンプレックはコンプレックスだからね!
服を亜空間にしまうと、私はドアを開いて浴室へと入る。
ムワッとした湯気の匂いを嗅ぐと、ドアの向こうには地面を彫り抜いた意外と大きな湯船が広がっていた。
「わー凄いね、空ちゃん」
「ですね、先輩」
昔テレビで見たローマ浴場とは流石に比べれないが、それでも下町なりの工夫と意匠があり、丸い湯船を取り囲む壁は一面に物語を表したかの様な絵が描かれ、円柱の柱から天井にかけては生物を象った彫刻が彫られている。
それらを、天井の仄暗い灯りが全体に未知な雰囲気を醸し出している。
「んん、キレイだね、空ちゃん」
肩と肩をくっつけながら、先輩は独り言っぽく零す。
「結構、キレイですね。お風呂も、あっし等以外あんまりいなくて丁度いいですね」
そう言いながら、セレナさんは杓子でお湯を掬い上げて体にかけていく。
一方で、「きゃっふーい」とカナーは変な奇声を上げて体を洗わず直ぐにお湯に浸かる。
「ふぅ~~!あ――温まるねぁ」
まるで悪魔の誘惑みたいな言葉を発しやがるが、私は慌てずセレナさんが持ってた杓子を借りて体を洗ってから入浴する。
少し熱い温度が足先から感じたが、えいっと私はそのままお湯に体を沈めた。
「あ――極楽極楽~」
冷えて、冷めきった体に風呂の温度がじんわりと浸透する。
「わー、こう見ると空ちゃんとカナーちゃん本当にそっくりだね」
「ほっ、本当にそっくりですね。この二人生き別れの姉妹とか、そういうのじゃないですかね?」
「、、、、全然、違う、よ。お姉ちゃんの、方が、美人」
どうやら今私は鏡がないから自分の表情を知らないが、コイツと同じ表情をしているらしい。プップッ、流石にこんなマヌケな顔はしてないでしょ。
「ジ――――」
「ハァ~、きもちいぃ~」
ほうと、温かい息を吐き出す先輩は、私を見て何かを閃くとゆっくりと近付いて、私に抱き着く。
「えへへ、空ちゃんの背中イタダキっ!」
「ひゃっ!?先輩、何やっているんですか!?」
「んっふふ~、空ちゃんのかわいい背中を独り占めしようかなって」
リヒテンベルク図形を隠してた翼を押し退けて、先輩は私の背中にギュッと強く抱き着く。というか、、、、やっぱり先輩こんなに胸大きくなかったよな?
「、、、、お姉ちゃん、変な事、考えている顔、している」
いっ、いや、考えてないよ。カンガエテナイヨ。
「退い、て。お姉ちゃんの、背中を洗う、から」
そう言い捨てるとハリィは先輩の腹部を掴むと全力で引っ張り始める。
「痛い痛い!ハリィちゃん、痛いよ!」
「やめろハリィ。今湯船に入ったばっかりだから、背中を洗うのは後だ。というか――その目はヤバイからやめようね!?」
チッと舌打ちを鳴らすと、ハリィは先輩から離れて、今度は私の胸の方に抱き着いた。
「今のソラさん、まるでどこかの王族みたいですよ」
うん、私も今そう思った。
ちょっとリッチな気分と圧迫感を味わいながら、私は壁の絵に意識を向ける。
なんというか、壁画はイコン地味た描き方であり、絵は多分に宗教的なソレなんだと思う。
(というか、天使みたいなのがいるし、、、、)
剣や槍で武装した、ちょっと厳つい天使達が一部に描かれており、物語の最後だと思われる部分には教会が建てられていた。
意味を考察しようと頭を回したが、よく考えればこの世界の事を殆ど知らない私には、考察をする程の情報が足りなかった。
(しかし――あの教会、どこかで見たような?)
そうふと既視感に襲われたが、疲労がその先を許さなかった。
結局、私は柱の彫刻を眺めながら、天井のぼんやりとでしか見えない壁画を眺めてた。
◆
「報告、終わったでござるよ」
「大体の方がつきやした」
浴場と変わって寒いギルドの中、大きめのテーブルにて半分眠りながら待っていた私達にセレナさんとニマからの報告の言葉を貰う。
「あ~?まぁ、取り分は半々だよね?」
「えぇ、半々です。そちらの大将も、文句はありやせんよね?」
視線を私の対面に移して、セレナさんは言う。
「わたしの活躍がアンタ達と同じだったかと言われると、わたしの方が上だっただろうけど、今回は半々で許してあげるわ!」
「あぁ、こちらとしては異論はない。お互い実質的な借金を抱えているんだ。なくなるまでは協力していこう」
ちなみに、鋼鉄のパンサー(笑)ってヤツには僅かな駄賃だけ渡してやった。
それよりも――
「今回の返済額だ。俺たちが事前に取り決めた額と同じ様に済んだか?」
事前に取り決めた、この雨季を乗り越えるだけのお金を残して可能な限りを返済に当てる額を支払ったと聞いたドクは、2つの頷きを確認した。
「そうか。では俺達は暫く歌の方に精を出す。残念な事に、どこぞの誰かさんのせいでギルド内で歌うのを止める約束をしたからな」
「嫌味のつもりだろうけど、私としてはお前等の歌を聞かないで本当によかったよ」
そうやって出ていくカナー達とすれ違おうとした時。
「待ってくれ」
しゃがれた声の老人が、私達に声をかけた。
「お前さん達が、あのゴブリン退治の依頼を引き受けてくれたんじゃな?」
「うん、まぁそうだけど」
そう言うと、老人はコクコクと頷き、言葉を続ける。
「この件は本当にありがとう。お礼として、私達から贈り物をしたいのだが」
差し出された籠に、そこには沢山のパンや野菜、少ないながらも肉とお酒もあった。
「えっ!?こんなにも?もう報酬は受け取りましたよ」
「いえ、報酬は報酬、コレはコレです」
なんでなんだ?そう困惑しているとキドが間に入る。
「大丈夫、これがこの村の風習なんだ。食べ物が腐り易い雨季の間に皆んなで雨季まで備蓄した食料を一気に消費するんだ」
「つまり?」
「“宴”だよ」
そう言われた私は眠たい体に一喝入れて笑う。
「それじゃ、お爺さん。知り合いの人を連れて来て下さい。パーティーは、皆んなでやった方が楽しいですから」
ニッ、とお爺さんは笑うと知り合いを連れに素早く外へ出た。
その様子を遠くで見て、私は周りを改めて見渡す。
ギルド内をよく見れば、知らない顔が見知ったオッサン達とお酒を共にしてた。
きっと彼等も私達と同じく依頼人との宴なのだろう。
――夏が終わり、季節は秋に巡ろうとしていた。
曇天から大雨が降る中、私達は小さな一つ屋根の下で季節の巡りを待つ宴を開いた。
リヒテンベルク図形、もといエウポリア模様について補足。
日本の言葉で、雷を別名で稲妻と呼ぶのは、雷が地面に当たる事によって空気中の窒素を地面の中に混ぜる事が出来る為、稲の隣に雷が落ちればその田んぼは豊作になるから、稲の妻という事で稲妻となっている(窒素は植物にとって肥料)。
この世界では雷の跡であるリヒテンベルク図形を、稲妻による豊作の側面が色濃く反映しており、豊作を表す一つの模様として認識されている。




