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勇者大戦  作者: 千里万里
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第二章 勇者大戦

 広い会議室には七カ国の七人の代表と七人の勇者が顔を揃えていた。もちろんリーゼなどの“それ以外”も混じっている。

 勇者大戦で勝敗を決した後の、相手に飲ませる要求を決める会議だ。

 二、三の社交辞令的なやり取りの後、いよいよ本題に入る。

「交易の国の者はみな、閉鎖的な森の国の気風に憂いを抱いています」

 そう切り出したのは交易の国の女王セラフィナだった。白い髪を床まで垂らし、白いドレスに身を包んでいる。白い総身の中で瞳だけが赤く怜悧な輝きを放っている。

「我々は幾つもの国との間で交易を行い、互いの文化を交流させ、工業製品と農作物を輸出入し、互いの生活をより豊かにしてきました。しかし、森の国だけがその交易の輪の中に入っていないのですわ」

「………」

 セラフィナの言葉を受けて、森の国の代表ハーミッシュは無言。最初に長い耳がぴくっと揺れた以外は、不機嫌そうに腕を組んでセラフィナを見ている。

「交易の輪に入らないのは森の国の勝手、とお思いですか? 我が交易の国から竜の国や夜の国と行き来するには森の国を迂回せねばならず、交易の妨げとなっているのです。これはもはや森の国のみの問題ではなく、大陸全体の発展と進歩を妨げる害悪なのです」

「……これ以上、黙って聞いているわけにはいかないな」

 ハーミッシュが切れ長の目に怒りの炎を宿す。

「我々エルフは豊かな森と森の精霊に守られ、下劣な人間どもとの交わりを断ち、俗世の汚れた文化に染まらず、古来からのあるべき純粋な姿を保ってきた。これからもこの有り様を変えるつもりは決してない」

「それは停滞というのですわ、エルフの族長」

 セラフィナの怜悧な視線は鋭さを増す。

「たとえば、そこのエルフの娘」

「え? は、はい!」

 いきなり指を差されて、アリアーネの声が驚いて上擦る。

「我が領内には幾つもの鉱山があり、採掘した宝石の原石を熟練のドワーフ職人の手により加工し、アクセサリーとして流通させています。もし交易の国と森の国との交易が実現すれば、それが安価に、そして広くエルフの娘たちも手に入れられるようになるのです。

 どうです? 魅力的だと思いません事?」

「………」

「妹をたぶらかすのはそこまでにしてもらおう」

 ハーミッシュの声に冷たい響きが込められる。

「我々エルフに森の恵み以上の物は必要ない。それにタダで手に入るような甘い話ではなかろう?」

「ええ、商売は双方が互いの物を持ち寄って初めて成立するのです。森の国は手つかずの美しい自然の宝庫です。それを目当ての観光客が各国から訪れ、さらなる交流が期待できるでしょう」

 セラフィナが軽く手を挙げる。背後に控えていた交易の国の者が動き、大きな紙を広げる……大陸の地図だ。

「これが我々の計画です。森の国を横切り、我が交易の国と竜の国、夜の国をまっすぐに結ぶ街道を整備します。当然、森の国を外界から隔絶していた幻惑の魔法を解除して。

 そして森の国は晴れて大陸の一員となり、交易の利益を享受して発展の道を……」

「黙れ! 金の亡者が!」

 ハーミッシュが一喝する。

「何やら耳障りのいい言葉ばかり並べるが、どうせ金儲けが目当てだろうが!

 森に人間を入れてみろ! 木々が切り倒され、花や草は踏みにじられ、森が失われるのは明白ではないか!」

「あら? それのどこがいけませんの?」

 激昂するハーミッシュとは裏腹に、セラフィナは白い顎を反らして笑い声を上げる。

「我々のやっている事は慈善事業ではなく、商売ですわ。利益が見込めてこそ商売は動き、利益が上がるからこそ商売は成り立ち、人もエルフも利益を享受できるのです。非難されるいわれなどどこにもありませんわ」

「……もはや語る言葉も見つからぬ」

 ハーミッシュが低い声で言う。

「どうやら交渉決裂のようですわね」

 落胆した様子もなく、セラフィナは声を抑える。

「我が交易の国の勇者クライナーとそちらの勇者との勝負を希望します。

 クライナーが勝利した時は、森の国は速やかに国交を開き、街道を整備する計画を無条件で受け入れてもらいますわ」

「そのような無体な要求の勝負、断っても良いがそれではそちらの収まりがつかぬだろう。この勝負、受けて立つ……アリアーネ、金に目がくらんだ下劣な人間どもの鼻っ柱を叩き折ってやれ」

「はい……兄さん」

 兄の手が肩に置かれ、アリアーネは小さくうなずく。

「人間どもから手に入れたい物など何もないが……そうだな、先ほど話に出た宝石を要求しよう。金に目が眩んだ身の程知らずを悔いるよう、そちらの傲慢な要求に釣り合う量の」

 ハーミッシュがにやりと笑う。

「ええ、確かに……この勝負、成立ですわね……クライナー、頼みましたわよ」

 セラフィナも同じように笑みを浮かべる。アリアーネとクライナーは複雑な思いで視線を交わした。

「次は私の番という事でよろしいかな?」

 そう切り出したのは神聖王国の代表ブレウスだ。がっしりした体格に厳つい顔の中年男。秩序を重んじる厳格な光の神ライリオの教えを体現するのに相応しい風貌をしている。光の神の大神官であり、神聖王国の勇者フォルナの父親でもある。

 ブレウスの視線が向くのは夜の国の国王にして代表ランスダウン。夜の貴族とも称される吸血鬼である彼は、瀟洒な燕尾服に身を包んだ壮年の紳士という風情である。吸血鬼は陽の光を天敵とするが、真祖という強力な力を持つ吸血鬼であるランスダウンは、昼間でも真の力を発揮できない程度で支障なく行動できる“昼を往く者”である。

 しかし一度はランスダウンに向いた視線は、すぐにそばに控える夜の国の勇者フローリアに向く。

「夜の国の勇者フローリア殿に伺いたい」

 心の奥底を見透かす鋭い視線だが、フローリアは平然とそれを受け止める。

「この世界の始まりをどのように考えておいでかな?」

「ブレウス殿、今はそのような事を話している場合では……」

 ランスダウンが苦言を呈する。勇者大戦は国同士の外交問題を解決する場である。ブレウスの問いはいかにも場違いであった。

「……良い、ランスダウン殿」

 フローリアが国王を制する。

「……始めに光の神ライリオ、月の神ルテナ、闇の神ダルムがあり、彼らが大地を作り、海を、精霊を、森を、動物を、人を作った。やがて神々は争い、互いに滅ぼし合って世界を去った。

 ……それがあなた方の教えではなかったか? 大神官殿?」

「そう我々は教えている。しかしあなたは我々とはまた違った考えをお持ちと聞く」

「……ならば問う。神々が生まれる以前、世界はどのような物であった?」

「神々の誕生こそが世界の始まり。それより前などない」

「……神々の誕生が世界の始まりであるなら、何が神々の存在を定義する? 神々という存在の始まりより先に、まず始まりという概念こそがまず先に必要なのではないか?」

 見た目だけなら十二歳の少女のフローリア。そんな彼女が大神官の厳しい詰問に真正面から立ち向かう。

「それはただの詭弁だ!」

 ブレウスが声を荒げる。

「この世界は光の神を始めとする、三柱の神々により創造された! それが真理! 貴殿は間違っている!」

「……ならば私の存在をどのように説明する? 神々でさえ生まれ、そしてその身は滅んだ。神々でさえ不滅ではない。始まりと終わりから無謬ではいられないのだ」

 神代の昔、世界を巻き込んだ神々同士の争いにより神の肉体は失われ、今はその力だけが世界に残り、人の祈りに応えて様々な奇跡を起こすだけの存在となった。その有り様は万物に宿る四大元素である精霊に近い。

「……千年前、十二歳の少女だった私は流行病で命を落とし、旅の魔術師により蘇生させられた」

 すでに滅びた王朝の王女。それがフローリアの正体。十二歳という早すぎる死を悼んだ両親は、ふらりと現われた旅の魔術師に一縷の望みを託し、愛娘の亡骸を託した。

 かくして両親の願いは叶えられ、フローリアは蘇った……決して死なない身体として。

 それが千年前の事。以来、フローリアは生き続けた。両親の死を、兄弟姉妹の死を、兄弟姉妹の子供の死を、孫の死を、子々孫々の死を、一族が自分一人を遺し、些細な争いから滅亡していく様を為す術もなく見つめながら。

 その間に様々な知識を蓄え、畏怖と羨望と崇拝、忌避と恐怖と侮蔑を、十二歳で一度、命を落とした時から変わらないその一身に集めながら生きてきた。

 いつしか人はフローリアを“不死の女王”と呼ぶようになった。

 その間、何度も死ぬような目に遭った。その身を炎に焼かれ、四肢をバラバラにされ、心臓をくり抜かれ、頭を潰され……それでもなお死ぬ事はなく、生きてきた。

「私の存在こそが、その存在の証明だ。神々さえ逃れられなかった始まりと終わり……私が“始原の渦”と名付けたそれが今の私を“不死の女王”として存在させている」

「黙れ!」

 ブレウスが激昂する。

「貴様! 千年の時を生きる“不死の女王”とはいえ、恐れ多くも神々を超えた存在と僭称するか!」

「……大神官殿、確かに今のは私の千年に亘る研究の成果だが、神を超えたなどと思い上がるつもりはないし、光の神の教義を否定する意図もない」

「黙れ黙れ黙れ! 神の権威を否定する無知蒙昧の輩め! もう我慢ならぬ! 貴様を異端と認定する!」

「ならばどうする? 神聖王国の大神官殿?」

 ランスダウンが割って入る。

「命まで奪おうとは言わぬ。フローリア殿は夜の国で顧問のような立場で異端の教えを広めているが、それをやめてもらおう」

「戯れ言を。命まで奪おうとは言わぬ? どうせ光の神の力を以てしても、フローリア殿を殺せないだけであろう?」

「……ランスダウン殿」

 今度はフローリアが割って入る。小さな声だったが、確かな圧力を持ってランスダウンを制する。

「……それ以上は光の神への不敬になる。控えよ」

「確かに……それは失礼した、大神官殿」

 形ばかりの謝罪をするランスダウンに、ブレウスはふんとひとつ鼻を鳴らすだけだ。

「神聖王国が我ら夜の国に挑まれるというのなら、それも良かろう。こちらにも神聖王国にお願いしたい事があるのだ」

 ランスダウンは口の端をにやりと釣り上げる。

「我が夜の国に蔓延する死病の事はご存知であろう」

「ああ、知っているとも」

 それは千年前、一度は命を落としたフローリアが旅の魔術師の手により蘇生、不死の存在になったのが切っ掛けだった。

 フローリアを不死にした旅の魔術師はその後、すぐに姿を消した。自らも不死になって旅に出たとも、失敗して命を落としたとも、不死の秘法が広まる事を恐れた国王に秘かに殺されたとも、殺す事ができずに監禁されたとも噂されたが、真相は誰にもわからなかった。

 ただ、死者が蘇り、不死の身体を得る。その手段がある事を知った夜の国の民は、こぞってその方法を追い求めた。それだけは確かだった。

 しかし誰一人として不死の秘法に至った者はなく、やがて無駄に終わった研究の成果と、そのために積み上げた借金と無為に流れた時間の長さに、呆然とする事になった。

 やがて研究は廃れていったが、副産物として夜の国では魔法の研究、特に死体を操り、死者の霊魂を呼び出す死霊魔術が飛躍的に発展を遂げる事になる。

 しかし重大な副作用があった。埋葬された死者が墓から抜け出し、辺りを徘徊する事件が頻発するようになったのである。確かに死んでいる事を確認し、しっかりと埋葬しているにも関わらず、である。

 さ迷う死者そのものは知能も低くて動きも鈍く、ただ目的もなく歩き回るだけなので大きな被害があるわけではないのが、死体を破壊して動きを止め、埋葬する労力は決して無視できないし、何よりも遺族や周辺住民の不安というのもある。

 フローリアを始め多くの魔法使いが原因と対策を研究しているが、確かな事は解っていない。ただかつての不死の秘法の探求が土地に影響を与えたのではないかと言われている。

 そしてもうひとつ、確実に死者を埋葬するために、また復活した死者を再び眠りに就かせるために、敬虔な神官の祈りが有効である事がわかっている。

 それが夜の国が抱える死病。

「そのために……そうですな。そこにいるフォルナ殿を含め、百人ほどの神官を我が国に派遣していただきましょうか」

 悠然と言い放つランスダウンに、ブレウスは歯噛みする。

「我が娘フォルナを含めた百人……大きく出たものだな」

「こちらが負ければ“不死の女王”フローリア殿……釣り合いが取れているとは思わないか?」

「ふん……まあいい、神の加護を得た我が国の勇者、光の神の聖女と謳われるフォルナが負けるはずがない。そうだろう?」

「は、はい……」

 父に声をかけられ、フォルナは小さな声でうなずく。

「聖女だか何だか知りませんが、“不死の女王”フローリア殿が負けるはずがありません。そうですよね?」

「……どうだろう? 負けても私が表舞台から退くだけだ。特に問題はない。後の事は頼むぞ、ランスダウン殿」

「そ、そんな! 我が国にはまだまだあなたのお力が必要です!」

「……君は国王として充分に優秀なんだがな。私に頼り切るのは如何な物かと思うぞ。それにフォルナは油断していい相手ではない」

「………」

「……そんな顔するな、ランスダウン殿。簡単に負けてやるつもりはない。死病は私が切っ掛けだと言えなくもないし、解決は夜の国の悲願だからな」

 フローリアはフォルナを見やる。目が合ったフォルナは気まずそうに視線を逸らし、フローリアはそれを見て無表情な顔をわずかに曇らせた。

 二人の間だけに重い空気が流れる。

「次は俺の番かな?」

 身を乗り出すのは平原の国の勇者で、獣人の一族の族長ボロスだ。

「我が国では竜の国の勇者レヴィン殿との対戦を所望する」

 ……いよいよ来ましたね。

 その言葉に軽い緊張を覚えるのは、竜の国の代表エミリアだ。見た目はおっとりした美少女のエミリアだが、国王の一人娘として、竜の国を代表してこの勇者大戦に臨んでいる。国のため国民のため、一歩も引かずに渡り合う覚悟だ。

 隣に座るレヴィンに視線を向ける。泰然自若、竜の国の揺るがない勇者の姿に、エミリアはふっと唇を緩める。

「獣人の族長よ、我が竜の国にどのような要求を?」

「ない」

「は?」

 エミリアは王女らしかぬ間の抜けた声を上げてしまった。

「うむ……色々考えたのだがな。何も思い付かなかった」

「はあ……ならどうして我が国の勇者との対戦を?」

「戦いたいからだ」

 ボロスの答えはシンプルだ。

「強者と強者が拳を交えるのに……いや、この場合は牙と槍か。これ以上の理由が必要か? 竜の国の王女よ。

 そもそも俺はこの勇者大戦という奴が気に入らない。勝った方が負けた相手に要求を飲ませる? くだらん。それではまるで強盗の所業ではないか」

 獣人の王の言葉に一同が色めき立つ。それは今まで議論していた者を強盗と決め付けるようなものだ。

「我ら獣人にとっての戦いとは、獲物の肉を食って生きるため、己と家族の身を守るため、そして互いの実力を認め合うための、誇り高いものだ。

 どうする? 竜の国の王女よ。断わっても一向に構わんし、我々に何か要求するのも良かろう」

「そうですね……」

 獣人の王ボロスの潔い考えは、エミリアにとっても心地良いものだ。それぞれの国益と利害をぶつけ合うこの場において、清涼感を伴うそよ風のように感じられた。

「レヴィン様はどう思いますか?」

「エミリア様のご随意に。ですがせっかくのご指名を無下にするのも非礼に当たりましょう」

「レヴィン様がそのようにお考えなら……ところで平原の国の代表はバド殿だったはずですが。構わないのですか?」

 エミリアは平原の国の代表バドに視線を向ける。平原の国の勇者ボロスの弟にして代表、狼の頭を持つ獣人バドは、兄の隣で小さくなっている。

「ええ、構いません。どうせ私は兄に逆らえないんです」

 見た目の勇ましさに反して、ずいぶん情けない言い草だった。

「そうですか。ならば獣人の族長の挑戦、受けましょう。勇者大戦は同等の要求をするもの。我々からの要求もありません」

「ふむ、竜の国の王女は話のわかる人で助かる」

 ボロスが笑い、エミリアもにこやかな笑みを浮かべる。

「負けても不利益はありませんが、全力で当たらねば獣人の族長への非礼となりましょう。いいですね? レヴィン様」

「ええ、心得ております」

 答えて、レヴィンはボロスと不敵な笑みを交わす。

「さて、みなさんの要求は出揃いましたか?」

 交易の国の代表セラフィナが一同を見回す。

「我が国の要求がまだだが」

 ひとつ手が挙がる。砂の国の国王にして代表、デストゥートだ。壮年のダークエルフである彼は仏頂面をしている。

「それは失礼しましたわ……砂の国の王はどの国にどのような要求を?」

 表面上は丁重な口振りだが、口元に浮かんだ薄い笑いがそれを裏切っている。

 三年前の戦いの時、砂の国を除く六カ国の勇者が中心的な役割を果たし、そのまま勇者大戦に参加している。しかし主戦場であった砂の国だけが一人の勇者も出せなかった。

 それ故に、砂の国の勇者も大した事はないと踏んでいるのだ。

 そんなセラフィナを始めとする面々の心中を察してか、デストゥートの口元に苦笑とも嘲笑ともとれる笑みが浮かぶ。

「我が砂の国は……六カ国全ての国との対戦を所望する」

「なっ……!」

 一同にどよめきが走る。

「それと各国への要求だが……」

 驚き冷めやらぬ一同を余所に、デストゥートはそれぞれの国への要求を並べ立てる。国境を接する国へは移民の受け入れ、そうでない国には資金援助、などといった要求が並ぶ。どれもが国の財政にそれなりに重荷になる数字だ。

「正気か? デストゥート殿!」

 声を上げるのは森の国の代表ハーミッシュ。

「対戦を申し込めるのはひとつの国、という決まりはなかったと記憶している。対戦の後には光の神の神官による癒しも受けられるから、勇者の負担にもならない。何の問題があるというのだ?」

「確かに問題はない……だが何のために? 貴国の現状は理解しているつもりだ。支援が必要なのはわかる。だが……」

「我が国の勇者ヒルケでは勝てないと? ヒルケはまだ年若いが、六人の勇者の対戦相手として恥ずかしくないよう厳しく鍛え上げたつもりだ。油断して吠え面をかくのは貴殿の国の勇者かも知れんぞ」

 そう言って自分の国の勇者の肩を叩くデストゥートだが、当のヒルケは緊張して縮こまり、頼りない様子を見せている。

「我が砂の国は国土の大半を作物が育たない不毛の砂漠が占め、三年前の魔王との戦いでは甚大な被害を受けながら、我が国はほとんど何もできなかった。

 自らを無力と思い込み、自暴自棄になっている国民を鼓舞し、前向きにさせるためには、たとえ一勝でもこの勇者大戦での勝利が必要なのだ」

「………」

「もちろん勇者ヒルケが負けた場合は相応の代償を支払おう。同情で勝利を譲られたと思われては叶わないからな」

「本当によろしいのですか?」

 口を開いたのは竜の国の代表エミリアだ。

「もし本当に相応の条件で対戦したのなら、ヒルケ殿が負け越した時は砂の国の財政を揺るがしかねないものになります」

「構わぬ。国民の心が死んでは、国が死んだも同じ」

 デストゥートは言い放つ。

「まあ、よろしいのではありませんか」

 そう言って艶やかに笑うのは交易の国の代表セラフィナだ。

「勇者大戦が双方の合意に基づいて行われるのは商売と同じ。その結果はそれぞれが負うだけですわ。

 見たところ、今回の取り引きは私どもの方に利益がありそうです」

「……ではこうしよう」

 代表ではなく勇者の身で、フローリアが口を開く。

「……ヒルケ殿の最初の相手はこの私がしよう。デストゥート殿は我ら六人の勇者の実力を推し量り、それから考えを改められるのも良かろう」

「なるほど。悪くない提案だが、どのような結果であろうとも、考えを改めるつもりなど毛頭ない」

 デストゥートの強気な態度は最後まで変わらない。

 六カ国の代表はそれぞれに相応の、あるいは控えめの要求を提示し、デストゥートは不敵に笑ってそれを受け入れる。

 その後は新しい要求もなく、勇者大戦における最初の会議は無事に終了した。

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