第三章その6
「だからどうして戦えないって言うんですか!」
日頃は飄々としているクライナーが、らしくもなく怒声を上げていた。直立不動で怒声を受けるのは、交易の国の傭兵部隊の隊長を務める男だ。
「我々には魔王と戦うだけの装備も、訓練も、兵力もありません。いくら報酬を積んでもムダです。我々はプロの傭兵です。金に釣られて死ぬとわかっている戦いに身を投じる愚か者は一人もいないでしょう」
「そんな事を言っている場合ですか! 交易の国の民と大陸の行く末がかかった非常事態なんですよ!」
「確かに交易の国は我々にとって上客です。ですがそれ以上でもそれ以下でもありません。もらった分の働きはしますが、命を投げ出す義理はありません」
「この……!」
「……その辺にしておけ、クライナー」
激昂しかけたクライナーを止めたのは、仏頂面のボロスだ。
「金で動く人間に、犠牲になる事を強制してもムダだ。お前さんの方がその事をよく知っているだろ?」
「………」
無言で唇を噛むクライナー。物分かりのいい発言に気安さを感じたのか、傭兵部隊の隊長の口調は砕けたものになる。
「ふん。獣人の大将の方が話がわかるみたいだな」
「勘違いするな。肩を並べて戦うに足る相手ではないと、見限っただけだ」
「………」
冷静さを取り戻したのか、クライナーが折れる。
「わかりました。魔王とは戦わなくていいですから、住民の避難誘導をお願いします。訓練はしているし、装備も特に必要ないはずです」
「わかりました。その代わり報酬は弾んで下さいよ」
そう言い残して、傭兵部隊の隊長は走り去っていく。それを見送って、クライナーはひとつ溜息をつく。
「ボロスさん、ありがとうございます。僕らしくなく、つい熱くなってしまいました」
「ふん。お前さんがあそこで怒鳴ってなかったら、俺があいつを殴り倒していたわ」
「ははは……」
クライナーは乾いた笑い声を上げる。
「それにしても情けない話です。こんな時にドワーフ戦士団がいてくれたら……」
交易の国の軍隊は傭兵部隊とドワーフ戦士団がその両翼を担う。普段の治安維持や賊退治は傭兵部隊が担うが、金で雇われた軍隊だから不平不満を遠慮なく口にするし、敗色が濃い時など、いざという時には頼りにならない。
ドワーフ戦士団は最後まで命を投げ出して戦うが、普段は鉱山や宝石細工の仕事などに従事しており、すぐに動かせる軍隊ではない。
「自国の危機に動かせる軍隊がないとは……将来的には軍隊の構成を見直さなければいけませんね」
「今は無い物ねだりをしている時ではない。手持ちの駒だけでやれる事をやるべきだ」
「手持ちの……?」
「俺たちが連れてきた護衛……五カ国で百人ずつの五百人か。それで何とかするしかなかろう」
「五百……三年前の魔王との戦いの時には数万の兵を揃えたのに……」
「あの時とは状況が違う。魔王も降臨したばかりで本調子ではないはずだ」
「そう願いますよ」
まずは代表たちと住民たちを安全な場所まで避難させる。全てはそれからだ。その後で勇者たちは魔王を倒すために戻る事になる。




