第三章その4
無論、無事だったのはレヴィン一人ではない。続けて残りの勇者とリーゼが部屋に入る。
「ちっ、生きていたか」
デストゥートが露骨に舌打ちしてみせる。
「生憎だったな。クライナーの月の神ルテナの盾がなければ、フローリアを残して全滅していただろうが」
「……もっとも、私一人生き残っても生き埋めになっていただろう」
レヴィンに続いてフローリアも答える。
「まあいい。こちらの優位は揺るがぬ。勇者たちが生きていたとて問題ではない。アレを倒すまでに街がどれほどの被害を被るか、想像できないはずもなかろう?」
「……まさかアレを制御できると、本気で思っているのか?」
フローリアの問いに、デストゥートは傲然と胸を張る。
「百人の闇の神の神官が祈祷を捧げている。三年前と同じ轍は踏まんよ」
何気ない言葉に、重大な告白が含まれている。
「……百人が千人、いや一万人だとしても変わらない。人の手で神の力を思い通りになどできるものか。まして自由を尊重する闇の神は何よりも束縛を嫌う。今は抑えられても、そう長くは保たないだろう」
「あの魔王が暴走してごらんなさい。交易の国が壊滅して、一番被害を受けるのは各国から交易の国を通して食糧を輸入する砂の国ですよ?」
「………」
フローリアとクライナーの指摘に、デストゥートの表情が初めて悔しげに歪む。
レヴィンが一歩前に進み出る。
「さあ、交渉を始めるぞ」
「交渉……だと?」
レヴィンの言葉を聞き咎めるのはブレウスだ。
「何を交渉するというのだ? さっさとデストゥートの企てを止め、魔王を倒す算段をしろ! それがこの大陸の……」
「嫌だね!」
レヴィンは強い言葉で突っぱねる。
「……アレはヒルケだ」
レヴィンは窓の外に浮かぶ、奇怪な球体を指差す。
「誰よりも砂の国と砂の国に暮らす人々の幸せを願い、戦ってきた砂の国の勇者ヒルケの成れの果てだ。ただ無駄死にさせる訳にはいかない」
「……ではどうすればいいのですか?」
エミリアは静かに前に進み出る。
「ヒルケが俺たちの誰かに勝った場合、砂の国が手にするはずだった移民の受け入れ、資金援助の半分だけでも受け入れると約束して欲しい。それで俺たち勇者は全力を挙げて魔王を倒す」
「何を言っているのですか!」
割って入るのはセラフィナだ。
「あなた方はそれぞれの国に仕えているのです。自分の国のために命をかけるのが当然ではありませんか! それなのに砂の国への援助など……」
「俺たちは勇者だ。自分の国はもちろん大事だが、世界のために戦う。魔王を復活させたのがデストゥートの仕業だとしても、砂の国の民に罪はない。砂の国を見殺しにして、世界のためという言葉はあり得ない!
それぞれの国の勇者が自分の国の利害をかけて戦う勇者大戦はもう終わったんだ。これからは俺たち七人の勇者と七カ国の戦いだ。
このまま手をこまねいて魔王が破壊の限りを尽くすのを見ているか? それとも砂の国に援助して魔王を倒させ、この街を守るか? ふたつにひとつだ!」
「………」
「………」
一同はしばし黙考する。やがて毅然と顔を上げ、エミリアが問う。
「レヴィン様。この要求はレヴィン様と、勇者様たちの総意なのですね?」
「そうだ」
「わかりました……竜の国は勇者様たちの提案を受け入れます。レヴィン様の提案ですもの。悪い結果になるはずがありません」
「ありがとうございます」
レヴィンは深く頭を下げる。
「あー、聞くまでもないと思いますが、兄上も賛成なんですよね?」
そう問うバドに、ボロスは答える。
「うむ。反対であれば部屋に入る前に取っ組み合いの喧嘩をしているわ」
「でしょうね……わかりました。兄上の意志であれば私が反対できるはずもありません」
バドが折れる。そしてランスダウン、ブレウス、ハーミッシュの順番に折れていく。
「……セラフィナ様、いい加減に諦めて下さい。魔王が暴れた時の被害に比べれば、砂の国への援助は微々たる物です」
クライナーの懇願に、セラフィナは不承不承に答える。
「……本当にこれ以外の道はないのですね?」
「ありません。逆さにして振っても出てきません」
「わかりました。同じ損をするなら損が少ない方を選びます。何としてでも街への被害を最小限に食い止め、魔王を倒しなさい」
「かしこまりました」
恭しく腰を折るクライナー。そして残りは……。
「この辺で手を打て、デストゥート」
レヴィンはきっとデストゥートを睨み付ける。
「こっちにはこっちの事情がある。この辺で手を打つのが、俺たちにとっても砂の国にとっても妥当なはずだ」
「………」
デストゥートはしばらく厳しい表情で考え込んだ後、口を開く。
「まあ仕方あるまい。ヒルケ一人の命で数千人の命が助かるのだ。安い物……」
デストゥートがその言葉を言い終えるより早く、レヴィンの身体は勝手に動いていた。拳が頬を打ち、デストゥートは床に這いつくばる。槍が素早く回転し、デストゥートの眉間に狙いを定める。そして……。
「レヴィン! おやめなさい!」
エミリアの声がレヴィンの耳を打つ。槍は倒れ伏すデストゥートの眼前の床を穿つ。
「その男は砂の国の国王です! 命を落とせば砂の国は混乱し、争いが起こります! 砂の国の民を苦しめるだけです!」
解っている。解っている解っている解っている!
砂の国のため、ヒルケのために戦っているのだ。怒りに任せてこの男の命を奪えば、本末転倒の結果を招いてしまう。砂の国の住民が犠牲になり、ヒルケの犠牲が無駄になる。
ヒルケを犠牲にしたこの男がどんなに許せなくても、この男の行為が道徳的に間違っていても、それだけは決してしてはならない。
「……もう一度、同じ事をやってみろ」
呻くように、絞り出すように、レヴィンは言葉を吐き出す。
「その時は砂の国がどうなろうと知った事じゃない。地の果てまでも追いかけ、この槍で心臓を抉り出してやる」
「………」
デストゥートは何も答えない。
頬を赤く腫らし、鼻血を拭う事もできず、地面に這いつくばったみっともない姿勢のまま、それでも薄く冷たい笑いを浮かべている。
その目が雄弁に語っている。
どうした? 殺してみろ? お前の正義では俺を殺せまい……。
解っている。解っている解っている解っている!
デストゥートがヒルケを犠牲にしたのと同じ理由で、レヴィンはデストゥートを見逃さざるを得ないのだ。
「あ、あの……ゆーしゃ様……?」
恐る恐る声をかけてくるリーゼ。
レヴィンは兜の面頬を下ろし、リーゼを振り払うようにその場を離れる。
今、自分がどんな顔をしているか、知りたくはないし、知られたくもない……。




