第三章その3
……レヴィン様が?
デストゥートの言葉を聞いて、エミリアは目の前が真っ暗になって足がもつれる。
「……大丈夫ですか?」
倒れそうになったエミリアを支えたのは護衛の女騎士クレアだった。優しく声をかけながら、視線はデストゥートから外しはしない。
「え、ええ……ありがとう……」
まだふらつく足元で何とか立とうとするエミリアの手を、セラフィナが握る。
「エミリア様、お気持ちは察しますが、今はしっかりと自分の足でお立ち下さい。私たちの肩にはこの大陸の命運が乗っているのです」
「……は、はい」
ついさっきまで激しく対立していた女性の優しくも厳しい言葉に、エミリアは弱々しいながらも笑顔を返して自分の足で立つ。
「交渉……だと?」
ブレウスが先頭に立ってデストゥートと対峙する。エミリアとクレア、セラフィナの女性陣三人を背後に庇い、男性陣四人が前に立つ。
勇者には及ばないにしても、それぞれ卓越した戦闘力を持っている。いざとなれば四人でデストゥートを押さえ込む構えだ。
「これが交渉であるものか! ただの脅迫ではないか!」
ブレウスの一喝は雷鳴のように轟く。しかしデストゥートは涼しい顔で答える。
「そうとも。これは脅迫だ。アレは……我が国の勇者ヒルケは今は静かにしているが、私の命令があればすぐさまこの交易の国の首都を阿鼻叫喚の地獄絵図に変える」
「くっ……」
「そもそも砂の国は他の国から流れてきた犯罪者や難民が作った国。他の国から排除された闇の側面と、暮らせなくなった貧しい者たちを、乾き切った大地と灼熱の日射しに苦しめられながら受け入れてきたのだ。
いいか? 砂の国が存在するのも、我々が日々辛い生活を送るのも、みんな貴様らのせいなのだ!
それなのに貴様らは砂の国を顧みない。手を差し伸べて救おうとはしない。今、こうしている間にも砂の国の未来を担うはずの子供たちが飢えて命を落としているのだ。
貧しい砂の国が戦争で勝てるはずもない。これ以外に砂の国を救う手段はなかったのだ!」
当初の余裕はどこへ行ったのか、デストゥートは込み上げる怒りに肩を震わせ、拳を堅く握り、血を吐くような勢いで叫ぶ。
「さあどうする? 素直に要求を飲むか? それとも……」
「おやめなさい!」
たまらずセラフィナが叫ぶ。
「これ以上、この交易の国の建物、人に指一本触れる事は許しません!」
「なら要求を飲むか?」
「くっ……」
セラフィナは唇を噛む。デストゥートの要求は経済的に豊かな交易の国にとっても決して軽い物ではない。そしてそれ以上に脅迫に屈すれば、セラフィナは弱気と非難され、支配者としての資質と力量が疑われる。
「他の国にとっても他人事ではあるまい。交易の国は物流の一大拠点。破壊されれば他の国へも影響は免れんぞ!」
「………」
残りの面々も口をつぐまざるを得ない。要求を飲んだ先に待つのは屈辱的な未来。飲まなければ壊滅的な被害を受ける未来。
しかし……。
「……要求を飲めば、交易の国の人たちに危害は加えないのですね?」
一歩前に踏み出し、震える声で問うのはエミリアだ。
「弱気と誹られるのも、財政的な負担をするのも耐えられます。ですが無実の人たちが殺され、生活を脅かされるのは耐えられません」
「ほう……竜の国の王女殿はなかなか賢明だな」
「騙されるな、エミリア殿!」
声を上げるのは森の国の代表ハーミッシュだ。
「一度でも脅迫に屈すれば、二度三度と同じ脅迫に屈する事になるぞ! 屈してはならん!」
「ふむ、エルフの族長殿は交易の国の人間がどうなってもいいというのか。高貴な森の種族にとって、人間のような下劣な種族がどうなろうと関係ないのだな」
「そ、そのような事がある物か!」
ハーミッシュが顔を赤くして怒鳴り返す。
軍事力も経済力も勝る各国の代表六人が揃いながら、六人の勇者を失って砂の国の国王デストゥートと魔王に交易の国の首都を抑えられ、手も足も出せずにいる。屈辱以外の何物でもない。
「さあどうする? 悩むようなら背中を押してやってもいいのだぞ?」
デストゥートが手を掲げ、誰もが息を飲み、被害を予感した、まさにその時だった。
「やめろ!」
制止する声は、各国代表の誰かが発した物ではない。ノックもなしに叩き付けるようにドアを開け、部屋に飛び込んできた男だ。
その姿を見て、すでにこの世の人ではないと思っていた男の姿を目にして、エミリアはふいに胸に熱いものが込み上げて涙ぐむ。
「レヴィン……様……!」
そしてエミリアは愛しい勇者の名を呼ぶ。
いつもの凛々しい甲冑姿はひどくホコリにまみれているが、怪我を負った様子はない。竜騎士槍を手に、怒りに燃える瞳でデストゥートを見据えていた。




