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勇者大戦  作者: 千里万里
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第三章その3

 会議室には各国の代表が揃っていた。全ての対戦カードを終え、あとは対戦結果に応じた要求と履行の確認、それ以外には社交辞令的なあいさつを交わすためだけに設けられた場。

 ……レヴィン様、お疲れ様でした。あとはこのエミリアにお任せ下さい。

 軽く目を伏せ、竜の国の王女エミリアは心の中で愛しい勇者に言葉をかける。

 戦場で剣や槍を交えて戦うのが勇者の務めなら、外交の場で言葉を交えて戦うのが代表の務めだ。

 何事もなく平穏無事に勇者大戦の閉幕を告げるはずだった場に、エミリアは一石を投じる。

「この場を借りて皆様に提案させていただきたい事があります」

「何でしょう? 勇者大戦はもう終わりますのよ?」

 交易の国の女王セラフィナが答える。そして、腹立たしい事に、と小さな声で付け加える。

「各国の砂の国への要求……それを取り下げてもらえないでしょうか?」

「砂の国への要求……を……ですって?」

「ええ……砂の国はとても貧しい国です。我々六カ国からの様々な要求を飲めば、より経済的に困窮するのは目に見えています。多くの餓死者が出る事でしょう」

「それがどうしたというの? 私たち六カ国との対戦を望んだのは砂の国。どんな目に遭おうと自業自得。市場原理に従った当然の結果ですわ」

 セラフィナの言葉には一片の容赦もない。長年に渡り、七カ国の交易の要である商業国家、交易の国の舵取りを一手に担い、残酷で容赦なく、臆病で移り気な市場原理の荒波を乗り切ってきた者の言葉であるから、それも当然だ。

「もし砂の国が経済危機に陥れば、砂の国から大量の難民が押し寄せ、六カ国の治安と商取引に支障を来たすでしょう」

「そんなものは軍隊を送り込んで押さえ込めばいいんですわ」

「セラフィナ様、あなたはただ救われたい一心で国境を越えてきた罪なき民を、みんな処刑して国境沿いを血で染め上げるつもりですか?」

 エミリアは怒りに声のトーンを上げ、白皙の頬がわずかに朱を帯びる。

「まあお二人とも、まずは落ち着いて下さい」

 やんわりと二人の間に割って入るのは平原の国の代表バドだ。狼の獣人である彼はにこやかな笑みを浮かべているが、そうできるのが本物の狼との違いだ。

「エミリア殿の真意を伺いたい。あなたは我々に砂の国への要求の取り下げを求めていますが、竜の国の要求はどうなさるおつもりですか?」

「もちろんこの話し合いの結果に関わらず、取り下げます」

「結構です。では我が平原の国の立場を明確にしましょう。エミリア殿のご意見はもっともであり、我々も砂の国への要求に強くこだわるつもりもありません。ですが竜の国以外には平原の国だけが要求を取り下げるというのも腹立たしい話。

 そこで他の国の方々のご意見を伺った上で、竜の国に倣って要求を取り下げるか否か決めたいと思います」

「あら? 尊敬するお兄様が手にした勝利の結果を無下にしていいのですか?」

 セラフィナが揶揄するように問う。

「我が兄ボロスは戦いその物にはこだわっても、結果として得たものには頓着しません。その事はレヴィン殿との戦いでお解りかと」

「………」

 さらりと返され、セラフィナは渋面になる。

「バド様、ありがとうございます」

 エミリアは軽く頭を下げる。

 族長で勇者でもあるボロスの影に隠れ、気弱で自分の意志を示す事がないと思われていた平原の国の代表バド。しかしこの土壇場にきて彼が示したのは、勇気ある中立というべき物だった。これまでの認識を改めなければいけないと、エミリアは思った。

「礼には及びません。私は自分の示すべき立場を示しただけですから。それよりもお三方の意見を伺いたい物ですな」

 バドの視線を受けて、まず口を開いたのは夜の国の代表ランスダウンだ。

「はてさて、困った物だな、要求を取り下げるなど、考えてもみなかった……我が夜の国もバド殿に倣って、中立とさせていただこう。皆の意見を参考にさせていただく」

 夜の国も中立を表明した。続いて口を開くのは、森の国の代表ハーミッシュだ。

「我が森の国は竜の国に倣い、要求を取り下げよう。砂の国の人間どもがどうなろうと知った事ではないが、すでに交易の国に勝って利益を得ているし、砂の国への要求にこだわる物ではない。余計な混乱に巻き込まれるのは御免被りたい」

 口ぶりは冷淡だが、それでも要求の取り下げを表明するハーミッシュ。そして最後に残ったのは神聖王国の代表ブレウスだ。

「砂の国の窮状は察して余りある。我が神聖王国としても他人事とは思えず、胸を痛めているところだ」

 ブレウスはそう切り出す。しかしすぐに首を左右に振る。

「しかし法と秩序を重んじる光の神は、この勇者大戦のルールをねじ曲げる事を良しとしない。砂の国には心苦しい事だが、要求を取り下げるわけにはいかない」

 苦虫を噛み潰した表情を見せる。そんなブレウスをハーミッシュが嘲笑う。

「法を破るから隣人を助けられないというのか? 人間の崇める神というのは心が狭いのだな」

「何とでも言え、エルフの族長。ひとつ法を破れば、その次も、そのまた次もという事になる。それでは法の意味がない。秩序の乱れの始まりとなろう」

「ではこういうのはどうでしょう?」

 竜の国の代表エミリアが提案する。

「まずは砂の国への要求を取り下げず、そのままお受け取り下さい。そしてその上で同額の援助を砂の国に行なうのです」

「なるほど……ですがそれは法の目をかいくぐる行ない。それは法を破るのと同じ事」

「寡聞にして光の神が貧しい者に手を差し伸べる事を禁じているとは聞いた事がございません。私などが光の神の事を語るのもおこがましいのですが、光の神も大目に見ていただけるのではないでしょうか?」

「………」

「三年前、我々五カ国は勇者と軍隊を砂の国に送り込み、魔王を倒しました。その直後は勝った我々も多くの財政負担と人的資源の喪失に苦しみましたが、ようやく立ち直ってきたところです。しかし砂の国だけが今もその時の傷跡に苦しんでいるのです。

 勇者大戦は間違っています。勝者だけが利益を得て、負者は辛酸を舐める……それではいつまで経っても貧しい者は貧しいままです。

 今こそ私たちは方針を変えるべき時です。争い、奪い合うのではなく、互いに手を取り合い、貧しい者を助けるべきです。

 その第一歩として、まずは六カ国が一致して砂の国への要求を撤回し、砂の国を見捨てず、手を差し伸べるというメッセージを世界に示すべきです」

 そこまで言い終え、エミリアは息をつく。

「魔王との戦いは、今も続いているのです。砂の国が立ち直るまで続くのです」

「………」

「………」

 エミリアに答えるのは沈黙。しかしやがてバドとランスダウンが交互に口を開く。

「やれやれ……そこまで言われては……」

「我々も首を縦に振るしかありませんな」

「で、では……」

 エミリアが恐る恐る反応を伺うと、バドとランスダウンは揃って破顔する。

「平原の国は砂の国への要求を取り下げましょう……もっとも、最後にはそうするつもりでしたがね」

「だったら最初から賛成していればいいのだ……我が夜の国も要求を取り下げよう」

 そしてそこに神聖王国の代表ブレウスも加わる。

「確かに今はルールを破る事になったとしても、結果的に光の神の意向に添う……わかりました。神聖王国は要求の取り下げは行ないませんが、その後に同額の援助を行なう事を約束しましょう」

「皆様……ありがとうございます!」

 エミリアは席を立ち、深々と頭を下げる。そして一同の視線は自然に最後に残ったセラフィナに向く。

「わたくしは絶対に砂の国への要求は取り下げませんわ」

 セラフィナの睨み付ける視線が動き、ハーミッシュの上で止まる。

「それでもどうしても取り下げろと仰るなら、その代わりに森の国から我が国への要求を取り下げていただきますわ」

「なっ……どうしてそうなる!」

「我が交易の国は砂の国に勝ち、森の国に負けましたわ。もしここで砂の国への要求を取り下げれば森の国からの要求だけが残り、一方的な損失となります。それだけは断じて認められませんわ」

「……そもそも交易の国は勇者大戦の入場料収入を得ている。今さら何を言う」

 呆れ顔で言うランスダウンだが、それをセラフィナは一蹴する。

「入場料収入は会場として闘技場を提供し、つつがなく勇者大戦を運営した対価です。それとこれとは関係ありませんわ」

「関係ないというなら、我が国との対戦と砂の国との対戦も関係ないはずだ。我が妹アリアーネがもぎ取った勝利の対価、決して手放しはせぬ」

 ハーミッシュがきっぱりと言い切る。

「あら? 砂の国への要求はあっさり取り下げるくせに、我が国への要求は取り下げて下さらないのはどうしてかしら?」

「事情が違うだろ。砂の国は貧しく、交易の国は豊かだ。要求を取り下げなければならない理由がどこにあるというのだ?」

「くくくくく……」

 低い笑い声が二人の激しいやり取りを制する。一同の視線が一人の人物に集まる。

「何が可笑しいのですか? デストゥート殿」

 そう問うのはバドだ。込み上げる笑いを抑えようとしても抑えきれず、低い笑い声を漏らし続けながら、その隙間を縫って砂の国の代表デストゥートは答える。

「……いや、なに。交易の国の女王殿の強欲ぶりは聞きしに勝るな」

「なっ……何ですって!」

 セラフィナが白い頬を紅潮させる。

「自覚がないのか? 交易の国の女狐。この国では誰よりも強欲でなければ生き残れぬのであろう。外面をどれだけ美しく飾ろうと、内面が醜く穢れているのは致し方ない事だ」

「わたくしが……このわたくしが……みに……とっ、取り消しなさい! デストゥート殿!」

 セラフィナは日頃の優雅さをかなぐり捨て、椅子を立って取り乱す。

「落ち着かれよ、セラフィナ殿」

 そのセラフィナを隣に座るブレウスが抑える。

「……デストゥート様、今の発言はあまりにも失礼なのでは?」

 エミリアが低く抑えた声で抗議する。

「竜の国の女王、お人好しは美徳だが、度が過ぎれば足を掬われるぞ。それに砂の国の事を話し合うのに、私を抜きにして進めるのはいかがなものか」

「……それは失礼を致しました」

 込み上げる感情を抑え込み、務めて冷静にエミリアは答える。

「もう少し茶番に付き合おうとも思ったが、笑いを堪えるにも飽きたわ。こちらからの要求を伝えよう」

「要求……ですって?」

「そうとも。砂の国は六カ国に対し、我が国の勇者ヒルケが勝った場合の、それぞれ二倍の移民の受け入れ、あるいは資金援助を要求する」

「………」

「………」

 デストゥートの突然の要求に唖然とする一同。いち早く立ち直ったエミリアが問い質す。

「正気ですか? デストゥート様……勇者大戦で勝ったのは私たちの国の勇者たちです。要求をするのは私たちの方です」

「……さて、そろそろ頃合いか」

 エミリアを丸っきり無視し、デストゥートは窓の外を窺う。

 その時だった。激しい揺れが一同を襲い、それぞれ椅子に座ったりテーブルにしがみついたりして転倒を免れる。

「な、何事ですか?」

 幸い、揺れはすぐに収まった。セラフィナは文官や兵士を呼び集め、速やかに指示を飛ばして何が起きたか調べに行かせる。

「調べに行かせるのも必要だが、まずは窓の外を見た方が早いぞ」

 悠々としたデストゥートの言葉に、一同は大急ぎで窓辺に駆け寄る。

「あれは……」

 漏れ出た言葉は誰の口からか。

 自分の目で直に見た者も伝え聞いただけの者もいたが、話し合うまでもなく誰もがひとつの名前を思い浮かべる。

「魔王……」

 三年前、砂の国に忽然と現われて破壊の限りを尽くし、大陸を恐怖のどん底に叩き落とした、今なお謎に包まれた存在。

 宙に浮かぶ球状の巨体は無数の顔に埋め尽くされ、その隙間からは粘液にぬめる触手が伸び、蠢いている。

「さっきの揺れは、アレが勇者たちのいる控え室を破壊した時の物……今頃、勇者たちは瓦礫の下敷きになっているだろう。アレを止められる者は、この大陸にはいない」

 淡々と説明するデストゥートに、一同は返す言葉もない。

「さあ、交渉を続けようじゃないか。勇者大戦はまだ終わっていないのだから」

 デストゥートの目がぎらりと光った。

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