第三章 勇者進軍
勇者大戦、最終戦を終えたヒルケが呼び出されたのは、いつもの国王の私室ではなく、護衛の騎士たちが詰める宿営所だった。
郊外に設置された巨大な天幕の中は、異様な雰囲気に包まれていた。砂の国で広く信仰される闇の神ダルムの祭壇が設置され、そこかしこに闇の神の偶像が配置されている。
各国の代表と勇者が連れてくる護衛の兵士の人数は百人までと決められている。しかし実際には砂の国の兵士に偽装して、護衛としてはほとんど役に立たない闇の神の神官百人を連れてきている事は、砂の国の国王デストゥートと勇者ヒルケだけが知っている極秘事項である。
道中で盗賊に襲われた時には、多少は戦えるデストゥートとヒルケが神官たちを守るという本末転倒ぶりであった。
それが今は護衛の兵士という偽装を解き、黒一色に染め上げられた闇の神の神官服に身を包み、顔全体を隠す覆面を付け、ヒルケに迫るように取り囲んでいる。そしてその中心にいるのが国王デストゥートだ。
「お前という奴は、とんでもない事をしでかしてくれたものだな」
低く抑えたデストゥートの声は、隠しきれない怒気を孕んでいる。
「……お怒りはごもっともです」
ヒルケは神妙に跪く。
六カ国の名だたる勇者に挑んだ勇者大戦。しかしその結果は全戦で敗北。三年前の魔王との戦いで砂の国を救った六人の勇者に、ヒルケはまるで歯が立たなかった。最も勝ちたいと望み、また勝つ可能性が高いと思われ、標的と想定して技を磨いたレヴィンとの戦いこそ善戦したものの、結果は敗北だった。
しかしヒルケに悔いはない。そもそも世界を救った勇者に挑む事さえおこがましい身の上なのだ。ある程度でも戦えただけで満足である。
……尊敬する王様の期待に添えなかったのは残念だが。
「敗北を喫した罰は甘んじて受けます。どんな重い罰でも受ける所存です」
「罰……だと?」
デストゥートが口の端を引きつらせる。
「貴様、自分のしでかした罪の重さがわかっているのか!」
デストゥートは跪いたヒルケの顔を蹴り上げる。ヒルケの軽い身体はひっくり返り、尻餅をついた。
「この勇者大戦での敗戦で、砂の国は希望を失い、六カ国に敗戦の代償を支払う事になる。恐らく数千人の餓死者が出るだろう」
「………」
「罰だと? 貴様の身を千回引き裂き、内臓を引きずり出して闇の神の祭壇に捧げたとしても、罪を購う事など叶わぬわ。数千人の罪なき者の命と貴様一人の命が釣り合うとでも思っているのか? 思い上がるのも甚だしいわ!」
「そんなっ……王様……」
ヒルケは狼狽える。これまでの五戦の敗戦の時は、ヒルケの尊敬する王様は優しい言葉で励まし、次の戦いに期待していると言ってくれた。
しかし最終戦で敗北し、一勝を上げる事さえ叶わなくなった今、デストゥートはそれまでの優しげな仮面をかなぎり捨て、怒りを露わにする。
ヒルケは尊敬する王様がかけてくれた期待を裏切った。砂の国の民を救いたいと望みながら、逆に罪なき民を窮地に追いやる事になったのだ。
「どうしよう……僕は取り返しの付かない事を……」
「罪を償う方法はひとつしかない」
デストゥートは静かに告げる。冷酷な声で告げられた救いの言葉に、ヒルケは藁にもすがる思いで飛び付く。
「どうすれば……僕はどうすればいいんですか? どうすれば罪を償えるんですか?」
「なあに、難しい事はない。この者たちの言う通りにして、全てを闇の神の御手に委ねればいい。それだけでお前は全ての罪を許され、今度こそ砂の国を救う勇者になれるのだ……」
デストゥートの背後に居並ぶ百人の闇の神の神官の目が光ったような気がして、ヒルケはごくりと固唾を飲み込んだ。




