第二章その40
「……で、それからずっとあんな感じなんですか」
「はい。そうなんですよ~」
レヴィンとリーゼは自分たちの部屋に戻り、そこに竜の国の王女エミリアと侍女のクレアが訪ねてきた。
しかしレヴィンはずっと何やら考え事をしていて、黙り込んだままベッドに寝転がっている。エミリアはそんなレヴィンに色々と話しかけていたものの無駄に終わり、結局は困り顔で、しかしレヴィンの側にいたいとベッド脇に座っている。
そしてそんな二人を前に、リーゼとクレアももうひとつにベッドに腰掛けておろおろと狼狽えるしかなかった。
「あの、エミリア様……」
重い沈黙を破って、レヴィンは口を開く。エミリアはぱっと笑顔を咲かせる。
「は、はい……!」
「明日の対戦……負けてもいいでしょうか?」
「……えっ?」
「ちょっ、……ゆーしゃ様!」
「な、何を言っているんですか!」
リーゼとクレアも色めき立って声を上げる。
「もし明日の対戦で俺……じゃなくて、私が勝ったら、砂の国はきっと大変な事になります」
ただでさえ財政が厳しく、多くの餓死者を出し、多くの民が新天地を求めて故国を離れる。そんな国が重い財政負担を強いられればどんな事になるか、火を見るよりも明らかだ。
「私は今まで世界のため、竜の国のため、そして多くの民のために戦ってきました。ですがこの勇者大戦は違います。世の中をより良い方向に導くためではなく、勝者が敗者の権利や財産を奪い取るための戦いなんです。そこに正義の介在する余地はありません。ただ勝った方が正義という弱肉強食の理論だけが唯一絶対の真理。そんな戦いなんです」
「………」
「私は明日の対戦で負けた方がいいんです……いえ、負けるべきなんです」
「レヴィン様……」
エミリアの口から力無い声が漏れる。しかしすぐに気を取り直し、きっと視線を上げると、愛しい勇者の名をもう一度呼ぶ。
「レヴィン様。ここに座って下さい」
エミリアはベッド脇に腰を下ろす体勢から、両足を上げてベッドの上で正座する。そして自分の目の前の布団をぽんぽんと叩く。
「な、なんですか?」
「いいから早くして下さい。さあ」
「はあ……」
言われるままにエミリアの目の前に正座するレヴィン。何となく背中が丸くなるが、エミリアはしゃんと胸を張っている。
「レヴィン様。あなたは何故勇者に選ばれたとお考えなのですか?」
「え? えっと……私が竜の国で一番強い竜騎士だから……でしょうか?」
「そうです。竜と共に生きる竜騎士であるあなたは竜の国の他の誰よりも強く、国王陛下と並んで尊敬を集める存在です。あなた以上に竜の国の勇者に相応しい方はいません。ですがそれだけでは充分ではありません」
「………」
「レヴィン様は他の誰よりも竜の国と民の名誉と利益を思い、命がけで戦っている。皆そう信じているからです。
全力で戦い、その結果の負けであれば仕方のない事です。誰にも責める資格はありません。ですがわざと負けるのであれば、レヴィン様は私や皆の信頼を裏切る事になります。竜の国の勇者としての資格はありません」
「………」
「だからレヴィン様、明日の対戦はぜひとも全力で戦い、そして勝利を竜の国にもたらして下さい。それが勇者として、私たちの信頼に応える唯一の道です」
「で、ですがそれでは砂の国が……」
「レヴィン様、そもそも砂の国はすでに五カ国と対戦を行ない、全て負けています。今さら竜の国に勝ったところで、重い負担を強いられる事に違いはありません」
「あっ……」
レヴィンは間の抜けた声を上げる。それをすっかり失念していた。エミリアはくすくすと上品に笑う。
「明日の対戦、やはり勝って下さい。勝った上で、竜の国は砂の国への要求を撤回し、他国にも同じ事を求めます。だからまずはレヴィン様には勝っていただかないと、砂の国を救う事はできないのです。それでいいですね?」
「それなら願ったり叶ったりですが……いいんですか? 竜の国の利益を放棄するんです。後から何を言われるか……」
「構いません。竜の国の勇者であるレヴィン様と、王女である私がそうするべきだと言っているんです。お父様にだって文句は言わせません」
そしてエミリアは大輪の笑顔を見せる。
「……エミリア様、ありがとうございます」
レヴィンは深々と頭を下げる。二人の距離が近かったから、ほとんどエミリアの太股に顔に埋める寸前になる。
「礼には及びません。明日の対戦は全力を尽くして下さい」
「はい。かしこまりました」
とりあえず一件落着したようで、はらはらしながら二人を見守っていたリーゼとクレアもほっと胸を撫で下ろす。
「いやあ、一時はどうなるかと思いましたが、ひと安心ですね」
「ええ……ですがお二人はいつになったら男女の関係になってくれるのでしょう……?」
脳天気なリーゼと違い、生真面目なクレアには別な悩みがあった。
そして夜は更けていく。明日は勇者大戦の最終戦……。




